もう少し

        【お題】私の名を呼ぶその声が
              眠ったふりをもう少しだけ


 いつもの放課後、いつもの部室。
しかし今現在、ここにいるのは俺だけだ。

 ハルヒは、新規オープンのケーキ屋に行くと言って、
長門と朝比奈さんを連れて飛び出していった。
 俺は団長命令に従って、いまだ現れない副団長に本日の
団活の終了を告げるべく待機中ってわけだ。そんなもん、
メールかなんかで伝えりゃすむことだと思うんだがな。

 まぁ、待機といってもすることもないんで、俺は長机に
伏せって絶賛居眠り中。遠くから聞こえる喧噪をBGMに
心地よい半覚醒状態を満喫してるところなのである。

「こんにちわ……あれ?」

 ノックのあとにドアが開いて、ムダにさわやかな声が聞こえた。
副団長殿のおでましだ。さっさと用件をすますとするかと思ったが、
眠りに落ちかけていた身体は、なかなか言うことをきいてくれない。

「みなさんは……おでかけですか」

 俺が眠っていると思ったんだろう。古泉は小さくつぶやくと、
音をたてないようにそっと椅子をひいて、俺の向かいのいつもの
席に腰をおろしたようだった。
 そのまま身じろぎもせず、俺にじっと視線を注いでいるのが、
感覚でわかって、さらに起き上がりづらくなる。

「……さん?」

 古泉が、俺の名を呼んだ。
普段、ほとんど誰からも呼ばれない本名を。

 なぜかこいつはいつも、俺の間抜けなあだ名を呼ぼうとせず、
呼びかけるときは二人称、誰かに俺のことを言うときは三人称だ。
だが、ほんのときどき……本っ当にたまーに、本名で呼びかけてくる。

 そこにどんな意味があるのかは知らん。
ただ、そうやって俺の名を呼ぶその声は、いつだって、何か
大切なもののことを音にするときみたいに、優しく、切なく響く。

 古泉は何度か俺の名を呼んで、それでも俺が起きないと知ると
カタンと小さな音をたてて立ち上がり、身を乗り出してきた。
 ああ……また言うんだな。

「……好きです」

 うん。
知ってる。何度も聞いた。
こうやって、眠ったふりをしてるときだけだけどな。

「あなたが、好きなんです」

 わかってる。
最初に聞いたときは驚いた。何を言ってるんだこいつはと思ったさ。
でも何度も何度も繰り返し聞いて、本当に本気なんだなって理解して、
考えるうちにいろいろわかってきた。

 そっと近づいてきた古泉の唇が、俺の唇の端をかすめる。
でも俺は、ここで目を覚ましちゃいけない。
聞いていたことを、悟られちゃだめなんだってことを。

 もしもそうしたなら、多分、古泉は翌日、俺たちの前から姿を消すだろう。
ハルヒのために。ひいては、世界を守るために。

 だから俺は知らないふりを、しなくちゃいけない。
俺は知らない。何も聞いてない。何も気づいてない。
この告白も。お前の気持ちにも。
 ……それを告げられるたびに締めつけられる、俺自身の胸の痛みにも。

「……さん」

 俺の名を呼ぶその声が、鼓膜を震わせる。

「好きです」

 恋を告げるその言葉が、胸の奥をうずかせる。

「……大好きです」

 眠っている俺にしか告げられない、その想いが。

「……さん」

 だから、俺は顔をあげない。
あいつが、またいつも通りの顔を取り繕えるようになるまで。
俺が、胸の痛みをやりすごせるようになるまで。

 ――それまでは。
 眠ったふりを、もう少しだけ。

 
                                                 END→NEXT
(2009.11.17 up)
これにて「恋に気づいた20題」コンプリート。
このお題は最後に書きたかったのです。

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