Missing
06

 【お題】再会10題(TOY*様より)
   01:美化しすぎかと思った記憶は逆だったらしい
   02:変わった、いや変わってない…やっぱり、変わったな
   03:思い出話をすれば昔に戻ったようで
   04:君の中ではもう過去のこと?
   05:冗談交じりに打ち明けた、僕の秘密
   06:お互いのイマ
   07:昔も今も、君は僕の心など簡単に奪ってしまうのだ
   08:焦れったい空回り
   09:成長とは恋に臆病になることなのか
   10:ここから始まる新たな関係

<6.冗談交じりに打ち明けた、僕の秘密>

 携帯の着信音で目を覚ましたら、自分がリビングの床に座ったまま眠っていたことに気がついた。横たわる彼の、胸があるあたりのソファに頭を載せていた。彼より先に目が醒めてよかった。なんとなく。
 寝惚けていたので相手を確認するでもなく電話に出ると、聞こえてきたのは英語だった。そういえば今日の夜、ビジネスパートナーである彼女の観劇のお供を仰せつかっていたのを思い出した。
「どうしたの。何か用事?」
 すぐに言葉を英語に切り替えてそう聞いてみると、笑みを含んだ返事がかえってきた。
『約束の確認よ。基本でしょ』
「わかってるよ。今夜7時に、マンションの下で待っていればいいんだろう」
『OK。タクシーをまわすから、ちゃんと素敵にしてきてね。ビジネス用のスーツはNGよ』
「了解だ。お気に召してもらえるかは、わからないけどね」
 キッチンの方に移動しながら、その後もいくらか雑談を交わした。ここのところ急にフレンドリーになってきた彼女は、ときどきこんな風に他愛もない用事で電話をしてくる。気に入られたのか面白がられているのかは、いまいち判断がつかないが。
 今日のお誘いにしたって、僕とデートしたいというよりは、どうしても聞きにいきたかった楽団の日本公演にエスコートなしでいくのはいやだという理由から、僕に白羽の矢が立っただけだ。たしか2,3歳ほど年上の彼女は、たぶん僕を異性とは見ていないのだと思う。いいところ弟か、下手すれば下僕だろう。
『それじゃ、楽しみにしているわ』
「うん、僕も。また今夜」
 そう言って通話を切り、リビングに戻ると、彼がソファの上に起き上がって伸びをしていた。まだ眠そうだったが、二日酔いの心配はなさそうだ。
「おはようございます。起こしてしまいましたか」
「ああ、おはようさん。なんだ、デートの約束でもあったのか?」
「聞こえてました?」
 英語わかるんですかと何気なく聞いたら、彼はいいやと首を振って肩をすくめ、だがまぁ、何を言ってるかくらいは聞き取れるさと言った。
「一応、中高大学と勉強したわけだからな。それで、ちらっと聞こえたが、約束は夜なんだろ。飯食いにいかないか」
「ええ。喜んで」
「んじゃ、顔洗ってくるから待ってろ」
 そう言って洗面所に足を運ぶ彼を見送りつつ、そう言えば僕も起き抜けのままだったと思い出す。とりあえず服を着替えるために、僕は寝室へと向かった。
 今日、彼と一緒に過ごせるとわかっていれば、彼女の誘いなんて断っていたのに。だがさすがに先約を反故にするのは気が引けるし、仮にも仕事のパートナーなのだから、業務を円滑に進めるためには機嫌を損ねない方がいいのだろう。そう自分を納得させつつ、僕は手早く着替え、彼のあとに洗面所を使って身支度をととのえた。
 僕がよく行く喫茶店に案内し、ギリギリ終わってなかったモーニングを食べている間も、彼はごく普通の態度だった。根掘り葉掘り聞かれたらどうごまかそうかと思っていた彼女のことなど、一言も聞いてこない。ほっとすると同時に、僕の恋愛事情になんてまったく関心がないのだと思うと、ちょっと寂しかった。確かに彼は昔から、そういう類のことへの興味は薄かったが、友人の交際相手について、少しくらい気にしてくれてもいいじゃないか。
 内心で密かに文句を言っていたら、まるで心を読んだようなタイミングで、彼が口を開いた。
「――彼女は……」
「え」
 目玉焼きの黄身をつぶしつつ、彼は顔をあげずにつぶやく。
「同じ会社の人なのか?」
「あ、いえ、同じというか系列の会社の人で……仕事でこちらに出向してきてるんです」
「日本に住んでるわけじゃないのか」
「はい……それが?」
「いや……」
 オレンジジュースの入ったグラスに口をつけ、彼は少し言葉を濁す。グラスを干す間があいたあと、彼は笑って言葉を続けた。
「日本に住んでないならもしかして、彼女が帰るときにお前もついて行っちまうんじゃないかと思っただけだ。せっかく飲み友達が出来たのに、残念だなって」
「そんな……」
「元SOS団のメンバーで、今現在の日本に残ってるのはお前だけだからなー。ハルヒも実家に帰ってきたときは連絡くれるが、数年に一度単位だし。長門も似たようなもんだし、朝比奈さんは気軽にこっちには来れないよな」
 そんな理由か、と思わず落胆した。が、まぁ、親交が途絶えるのを惜しんでくれているのには違いないと、思い直す。
「とりあえず僕は、日本から出るつもりはありませんよ。今のところは」
「そっか」
 彼女に関する話題は、それで終わりだった。そのあと彼は来週封切りの映画についてひとくさり語り、僕が興味をしめすと、そんじゃ始まったら一緒に見に行くかと気軽に約束してくれた。
 食べ終わって店を出ると、彼とはそのまま店の前で別れた。じゃあまたな、と手を振って人混みに紛れていく背中を見送る。彼の姿が見えなくなってから、僕は踵を返してマンションへと引き返した。



「上の空ね?」
「えっ?」
 コンサートが終わってから、近場のバーに誘われるまま同行して、ショットグラスを2杯ほどあけたあたりでそう言われた。
「聞いてなかったでしょ、私の話」
「いや……ただちょっと、わからない単語がいくつか出てきたから、考えてただけだよ」
 実際、英会話に不自由はないものの、意味の分からない単語はまだたくさんある。大体は話の流れで意味を察して事なきを得るが、時折本当に理解できずに聞き返したり、意味を考え込んだりしてしまうこともないとは言えない。
 が、今は確かに、一瞬だが彼女の話から気を逸らしてしまった。店内のモニタに流れていた映画らしき映像が切り替わり、彼が今日言っていた映画のシリーズ前作になったからだった。
「この映画好きなの?」
 僕の視線が向かっていた方向に気づいたのか、彼女がモニタをちらりと眺めてそう聞いてきた。身動いたはずみで、くすんだ金色の髪が白いドレスに包まれた肩から、するりと滑り落ちた。
「残念ながら見たことがないんだ。でもちょうど今日、友人に勧められたもので」
「ああ、そういえば続編がこっちでも公開されるのよね。割とオススメよ。難しいこと考えずに見ていられるわ」
「友人もそう言ってたよ。頭空っぽにして楽しむのがいいって」
 ふふ、と彼女は笑って、意味ありげな視線を僕に向けた。
「その友人≠フことを考えてたの? 私とこんなに至近距離で話していながら?」
 抑え気味の照明を受けて光る、緑の瞳が軽く睨みつけてくる。だけど赤いルージュを塗った唇は、かけひきを楽しむように微笑をたたえていた。
「……男の友人だよ?」
「ああ、この間会った、学生時代の友人と言っていた彼ね」
 さらりと指摘されて、思わず声を飲み込んでしまう。なんで、と思わず日本語でつぶやいたら、ニュアンスから察知されたのか、彼女にさらに笑われた。
「彼と会ったあとのあなたが、やけに嬉しそうだったからよ。まるで、おもちゃ屋のショーで着ぐるみのヒーローに握手してもらった子供みたいな顔だったわ」
「ヒーロー……か」
 そう言われてみれば、あのころの僕にとって、彼はヒーローに違いなかった。
 彼は、高校時代に僕が悩まされた涼宮さんがらみの大変な事態を、いつも必ずあざやかな解決に導いてくれた。能力を授けられて以来、機関やその他のしがらみにがんじがらめになっていた僕を、その強さで、優しさで救ってくれた。本来なら対抗勢力だらけでギスギスするはずだったSOS団が、あんな楽しくあたたかなものになったのも、彼が中心にいたからに相違ない。
 結果として僕は彼のおかげで、失った青春を取り戻し、仲間と友情と……そして、これ以上ないほど真摯な恋を知ることが出来たのだ。
「そうだね……僕にとって彼は、最高のヒーローだった」
 バーテンに身振りで3杯目を要求する。すっと目の前に出された琥珀色の液体の満たされたグラスを揺らすと、氷がからりと音を立てた。
「ふぅん……」
「チームのみんなには秘密にしておいて欲しいな。恥ずかしいから」
 冗談交じりの口調で肩をすくめてみせる僕に、彼女の返事はなかった。
 カウンターに頬杖をついて、こちらをじっと見ている。その緑の瞳は、バーの照明の中では、妖しく深い褐色を帯びて見えた。
「私は差別主義者じゃないわよ、イツキ?」
 思わず、飲もうとしていたウィスキーにむせた。
「……っ、なにを」
「本国にはゲイの友人もけっこういるわ。残念ながら、つきあったことはないんだけど」
 あっけらかんとそう告げる彼女の言いたいことは、すぐにわかった。咳き込みながらもどう反論しようかとぐるぐると思考を巡らせた結果、僕がようやく言えたのは、ゲイというわけではないよ、という一言だった。
「同性を好きになったのは、後にも先にも彼だけだ。他は普通に女性が好みだから、同性愛者でも両性愛者でもないと思う」
「そうなの? じゃあ、彼だけが特別なのね」
 特に気負いもなくそう言われて、ああ、そういうことなんだと、すとんと腑に落ちる。僕にとっては確かに、彼だけが特別で、彼だけが最高なのだ。
「……告白はしないの? 彼はヘテロ?」
「たぶん」
「ずっと想っていたんでしょう。このままでいいの?」
「高校のときからずっとだから、もういまさら言い出せないかな」
 正確には、すでに告白はしたけれど答えはもう聞けない、だろうか。いまさら蒸し返しても、彼が困るだけだと思う。そんなことをして、友人づきあいすら出来なくなるのは嫌だし。
「ハイスクールの時から? あなたはもっと、割り切った恋愛をするタイプだと思ってたのに……一途なのね」
 気持ちだけでも伝えてみればいいのに、と彼女は言う。その表情で、彼女がからかっているわけではなく、真剣に僕のことを考えてくれているのがわかって、ちょっと嬉しくなった。だから僕は、おだやかな微笑みを彼女にみせることができる。
「いいんだよ、もう。あきらめるつもりなんだ。彼には、結婚する予定の恋人がいるみたいだから」
「あら、そうだったの……」
「ずっと友達でいられれば、それでいいんだ」
 気軽に遊びに来てくれたり、楽しく酒を飲んだり、映画に誘ってくれたり、そんなつきあいが嬉しい。気の置けない、彼の一番の親友だなんて、文句をつけたら罰が当たりそうなベストポジションじゃないか。僕にはそれで充分だ。
 そう考えながらゆっくりとグラスをかたむけたとき、黙って何事か考えていた彼女が、本日二度目の爆弾発言を投下した。
「ねぇ、イツキ。私とつきあわない?」
「は!?」
 思わず、グラスをカウンターにおいて、彼女を凝視してしまった。いきなり何を言い出すのだ。
「と言っても、私は仕事が終わりしだい本国に帰国するから、それまでの半年だけね。お互い割り切った感じで、楽しみましょうよ」
 にっこりと微笑みを向けて、彼女は綺麗にウィンクしてみせた。
「もちろん、仕事は別よ。ビジネス上では私の方が上司になるんだから、けじめはつけてもらうわ。でもプライベートは自由なはずでしょ?」
 とんでもない、と最初は思った。そんな、恋愛とも呼べない欺瞞的なつきあいが、何になるのかと。だけど……しばらく考えるうち、それもありかと思えてきた。
 理由はと言えば、彼があまりに無防備すぎるから、だ。
 再会して以来、ちょくちょくと遊びに来てくれる彼は、いつも楽しそうに飲み明かし、酔ったあげくにソファやそのあたりですぐに寝入ってしまう。相変わらずスキンシップも多くて、気を許してくれているのは嬉しいけれど、あまりに警戒心がなさすぎるとも思う。
 だって、彼に触れられたり、彼の寝顔を間近で見たりすれば、やっぱり思い出してしまう。9年前のあの日、春の雨に閉ざされた部屋で知った彼を。僕の腕の中で息を荒げ、甘い声を上げて、身体の奧から湧き上がる熱をわけあったあのひとときを。どうしたって、忘れることなんてできない。
 このままでは僕は早晩、忍耐が切れて暴走してしまうかもしれないと、再会以来ずっと危惧していた。このまま、友人のままでいるのがいいと自分に言い聞かせても、一度知ってしまった感覚が、ことあるごとによみがえっては身体を内側から炙るのだ。どうにかしなければならないだろうと、考えてはいた。
「だけど、今の話の流れだと、君は彼の代役ということになると思うんだけど。君はそれでいいの?」
「ええ、そのつもりよ。私はイツキが気に入ったから、慰めてあげようと思うの。あなたにとっても、女がダメってわけじゃないなら悪くない提案じゃないかしら」
「そうだね……悪くはないかな」
「じゃあ、決まりね」
 そう言って彼女は自分のグラスの縁を、僕が掲げたグラスに軽く触れあわせた。
 こうして、冗談交じりの秘密の告白は、思わぬ結果を招くこととなったのだった。



 そんな成り行きにはなったのだが、バーから出たあとはタクシーを拾って、彼女は僕をマンションまで送り届けてくれた。
 こういったことは段階を踏んでいくのが楽しいのだから、一足飛びにラストステージに行ってしまうのは、犯人を知ってからミステリを読むようなもので興ざめだわ、というのが彼女の主張だ。世の中には、そうしないと安心してミステリが読めないという人種もいるらしいとは知っているが、僕も彼女の意見には賛同したい。
「それじゃイツキ。また週明けに」
「うん。おやすみ」
 タクシーの窓を開けて顔を出した彼女と、唇を触れるだけの軽いキスをする。走り出す車に軽く手を振り、僕はその場に立って彼女を見送った。
 やがてタクシーが角を曲がって見えなくなると、僕はひとつ息をついて踵を返した。マンションのエントランスに向かって、敷地内の小道を歩く。水銀灯の灯りが照らし出す場所にさしかかった、その時だった。
「古泉」
 少し先の暗がりに、立っている人影があった。呼びかけられた声は、よく知っている相手のものだ。昨夜から今朝にかけてだって、聞いていた。
「どう、したんですか……?」
 今朝別れたときと同じ服装の彼が、近づいてきて水銀灯の灯りの中に立つ。ずっとこのあたりにいたのだろうか。だとしたら彼には、今の一幕が見えたはずだ。
「悪いな。お前んとこに、俺の部屋の鍵を忘れちまって」
 なんでもないような様子で、彼は用事を告げる。
「えっ、じゃあ、この時間まで部屋に戻れなかったんですか?」
「いや、大家さんに頼んだら合鍵で開けてくれたんで、部屋には入れたんだ。でも会社のロッカーの鍵も一緒についてるからさ」
「そうですか……」
 ふたりで部屋に戻ってみると、彼のキーホルダーはテーブルの下に落ちていた。玄関で靴も脱がずに待っていた彼にそれを渡し、あがってお茶でも飲んでいきませんかと誘う。だが彼は首を振って、ゆうべも邪魔しちまったしなと断ってきた。
「今日は帰るよ。ありがとな」
 受け取ったキーホルダーをジーンズのポケットに入れ、彼は軽く手をあげて玄関のドアに手をかけた。そこで動きを止め、背中を見せたまま彼はポツリとつぶやく。
「さっきのタクシーの……彼女だよな」
「はい……」
 やはり見られていたのか、と、僕はひそかに唇を噛んだ。
「やっぱ美人だな。お似合いだ」
 それだけを軽い調子で言って、彼はドアを開けて早足で出て行った。パタリと閉じたドアの向こうから、彼が立ち去る足音が聞こえた。
 そういえば今日はまだ、土曜日なのだとふいに思い当たった。ロッカーの鍵など、明日にでも取りに来れば充分間に合う。わざわざ今夜、いつ帰ってくるかわからない僕を待っている必要などない。
 彼がなぜ今日ここに来たのか……いくら考えてもわからなかった。



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(2011.11.06 up)

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古泉のターン。
例によって、ビジネスパートナーさんとは英語でしゃべってると思ってください。
敬語じゃない古泉、違和感が……orz

いよいよラストスパートに入りますが、10章でおわるかなぁ……心配になってきました。