Missing
05

 【お題】再会10題(TOY*様より)
   01:美化しすぎかと思った記憶は逆だったらしい
   02:変わった、いや変わってない…やっぱり、変わったな
   03:思い出話をすれば昔に戻ったようで
   04:君の中ではもう過去のこと?
   05:冗談交じりに打ち明けた、僕の秘密
   06:お互いのイマ
   07:昔も今も、君は僕の心など簡単に奪ってしまうのだ
   08:焦れったい空回り
   09:成長とは恋に臆病になることなのか
   10:ここから始まる新たな関係

<5.変わった、いや変わってない…やっぱり、変わったな>

「すっごくいいと思いますよっ、先生!」
「ホントですか……って、先生はやめてくださいよ。まだデビューすらしてないってのに」
 キラキラと目を輝かせてそんなことを言われると、正直ものすごく恥ずかしい。しかも声が大きいもんで、いつも打ち合わせに使っているオープンカフェの、近くの席に座る人たちがチラチラとこっちを見てくるから、さらにいたたまれない。
「いいじゃないですか、もうウチの出版社からデビュー作が出ることは決まってるんですし! 私、先生がWebサイトに作品を掲載してるときから、ずっと大ファンだったんですから!」
 たしか去年、新卒でその中堅出版社に入社したと言っていた彼女は、担当になるのは俺がはじめてだと言っていた。だからというか、編集者というより俺の読者層に目線が近くて、その点ではとても助かる。が、このパワーに時々たじろいじまうのは、もう俺もトシだってことなのかね。
「Webに掲載してた分をまとめたものがデビュー作になるのはとても素敵ですけど、やっぱりファンとしては新作も読みたいですしね! 編集長も、絶対喜びます!」
「じゃあ、短めの番外編、書いてもよさそうですか?」
「はいっ! あ、一応このプロット、いただいていきますね!」
 ニコニコしながらストローをくわえてジュースを飲みながら、彼女は楽しそうに、俺が殴り書いたプロットを眺めている。リップサービスじゃなく、ホントに俺の書いたものを好きでいてくれるんだなと思うと、気恥ずかしいがやっぱり嬉しい。
「でも、先生にしてはちょっとめずらしいですよねー」
「はい? 何がです」
「だって、こんなに恋愛色が前面に出てる話って、他にはあんまりないじゃないですか。何か心境の変化でもあったんです?」
 ちらりと上目遣いでこっちを見て、彼女は悪戯っぽく笑う。なんというか、女性の勘というか洞察力は、ときどき恐ろしいな。
「もしかして、カノジョでもできたんですかぁ?」
 仕事の話の時よりさらに興味津々に、単刀直入にそう聞いてくるもので、俺は多少たじろぎながら首を振った。
「い、いや……ホラ、この間の打ち合わせの時、学生時代の友達と再会したでしょ」
「あっ、あのすっごいイケメンの……えっ、まさか先生ってそっちの」
 いやいやいやいや違うから! 昔はちょっとアレコレあったけど、別に俺はそっちの人じゃないから! だから目を輝かせて身を乗り出すのをやめなさい!
「昔のアレコレって! なんなんですか!」
「だから立ち上がるな首を絞めるな落ち着けーっ!」
 えーでもーとか言いながら席に座り直した彼女に、俺は別になんでもないのだと言い訳した。ちゃんと訂正しておかないと、あの出版社内で俺の人物像がどうなるかわからん。
「高校時代、あいつとはすごく仲が良かったんで、いろいろ勘ぐられたりしたんですよ。まぁ、ほとんど冗談みたいな他愛ない噂ってやつで」
「えー、ホントに噂だけだったんですかぁ?」
「あたりまえです」
 まぁ、アレだ。本当は1回、セックスはしちまったんだがな。でもそんなことを軽々しく言ったら、とんでもないことになりそうだ。
「それで、高校時代のこととか思い出してるうちにいろいろと……」
「そっかー。青春時代の思い出ですか。いいですよねぇ、高校生の恋愛って純粋で」
 薬指にはまっている指輪をなでながら、彼女はそうつぶやいてニマニマと笑っている。何かその指輪にまつわる純粋でないエピソードがありそうで、好奇心はいたくそそられたが、藪から蛇がでそうな気もしたので、コーヒーを飲むフリをしつつ口をつぐんだ。
「ま、とにかく! 先生の書くラブストーリー、期待してますねっ」
「ああ、はい。頑張ります」
「あと、もし……」
 ぐい、と顔を近づけてのぞき込まれ、ついのけぞってしまう。な、なんだなんだ。
「あのイケメンさんとの仲が進展することがあったら、ぜひそっちも教えて下さいっ! 個人的にっ!」
 仕事以上に熱心にそう念を押されて、俺は思わず気管にコーヒーを入れてしまい、しばし激しくむせかえることになったのだった。



 というわけでまぁ、古泉に言った人生の転機的なこと≠ニはつまり、小説家デビューなのである。
 最初は、趣味だった映画鑑賞や読書をしたとき、レビュー的なものを書いてブログにアップしているだけだった。そのうちにそれが高じて、高校時代のはちゃめちゃだった思い出をベースに、ファンタジーともSFともつかないような物語を書き始め、せっかくだからと自作小説を投稿できるところに投稿をはじめたのだ。
 何作か書くうちに固定読者というか、感想をくれたりする人も増えてきて、調子に乗った俺はフリーの素材やテンプレートを使って本格的に自分のサイトを立ち上げ、そこでスローペースで好き勝手に書いた小説をアップしていた。
 それが、なにがどうなったのか自分でもよくわからんが、いちおう名前だけは聞いたことがある出版社からオファーが来て、いつのまにやら本として出版するという運びになった。聞けばその出版社は現在、そういったWeb作家たちの作品をまとめて本の形にしたシリーズを展開中なのだという。
 まぁ、人生の転機などと大げさなことを言いはしたが、そんな経緯なので今回の1冊で終わる可能性も大いにある。だから、デビューと言っても今の仕事を辞める気はないし、ま、ちょっとアルバイトをする程度のことと考えた方がいいかもしれん。
 それでも大勢の手を経て世に出る1冊なのだから、それなりには売れて欲しい。出版に関わる人々やわざわざ金を出して本を買ってくれる人の時間や対価が、無駄だったと思われるのは嫌だ。だから俺は、俺に出来る精一杯のことをするべきだと思う。
 そういった理由から、俺はWebに上げていたものの他に、書き下ろしの番外編のようなものを載せられないかと編集さんに相談してみたのだ。やっぱり短くても新作が読める方が、読者としても嬉しいと思うし。幸い、提案は快くOKが出て、ほっとした。
「よーし、頑張って書くぞ−」
 いいものを書いてやると志を新たにし、妙に気分が高揚していた俺は、その勢いで古泉の携帯に電話をかけた。いや、決して編集の彼女に言われたことを実行に移そうとしたわけではないぞ。単にこの、昂揚した気分を誰かとわかちあいたかっただけだ。幸い、今日は土曜日だしな。
「あ、古泉。今日、これから遊びに行ってもいいか?」
 いきなりの俺の打診に、古泉は1秒も迷わずに承諾の返事をくれた。
 それは嬉しいんだがデートとかないのかね、あいつも。カノジョがいるんじゃなかったっけ、とコンビニで酒やつまみを物色しつつ、ちょっと考えてみる。が、再会したときに見た美男美女っぷりが脳裏によみがえり、なんとなくむかっとしたので、急いで頭を振って考えを追い出した。
「何かいいことでもあったんですか? 楽しそうですね」
 俺はよっぽど浮かれていたんだろう。部屋に上がり込んで飲み始めてまもなく、古泉が首を傾げつつ聞いてきた。やっと聞きやがったなこの野郎、とは思ったが、今、話してしまうより、本が出版されて現物を見せてやった方が面白そうだと考え付いた。ペンネームは使わずに本名のままで出すつもりだから、びっくりするだろうな。
「内緒だ、内緒」
「はぁ?」
「こうなりゃその時まで秘密だ。決定したら教えてやるよ」
「なんですか。意地悪ですね」
「フフフフフ、あとで驚け」
 古泉は肩をすくめて、困ったように笑った。子供っぽいとか思われてんのかな、ちくしょうめ。
 呆れたのかどうかしらんが、古泉はそれ以上は追求してこなかった。しょうがないですねと言わんばかりに肩をすくめてニコニコしているが、なんとなく元気がないな。それほど無茶な飲み方はしてないはずなのに、顔色もあんまりよくない。だがそう聞いてみても古泉は、仕事で疲れているだけだとしか答えなかった。
 本当かどうかはわからん。昔のこいつは、寝ていなかろうが食ってなかろうが疲れ切っていようが風邪ひいていようが、今と同じような微笑みを浮かべて、大丈夫ですよとしか言わなかったからな。社会人になって、外見とかもずいぶん変化があったと思ってたが、そういうところはホント変わってねえ。
 まぁ、本気でどっか悪いというわけでもなさそうだし、飲み過ぎたりしないように気をつけてやればいいだろう。それこそもう、子供じゃないんだし。
 それから俺は、せめてこいつを笑わせてやろうと、映画の裏話とか有名作家のエピソードとか、楽しい話題を選んでしゃべりまくった。ちょっと調子に乗り過ぎかなと思ったけど、古泉が楽しそうだったから、まぁよしとしよう。
 そんなことをしているうちに、俺はいつのまにか眠ってしまっていたらしい。古泉に揺り起こされて、ベッドに行けと言われた。寝惚けた視界に古泉の顔が映ったとき、いつもそう言われる度に、俺の中に湧き上がる思いがまたよみがえる。
 嫌だ、と強く思う。
 きっとそのベッドには、彼女の痕跡が残ってるんだろう?
 古泉と彼女が並んで眠り、愛を囁いたり身体をかわしたりしたのだろうベッドになんか、寝たくない。見たくない。知りたくない。考えたくない。
 俺はそのままソファに倒れ込み、梃子でも動くまいと身体をまるめた。やがてあきらめたのか、古泉が布団を持ってきてくれた。この布団だって彼女が使ったものかもしれないとは思ったけれど、さすがに拒否するわけにもいかないな。
 仕方なく俺はその布団をかぶって目を閉じた。眠りがすぐに、俺の意識をさらっていった。

 翌朝は、電話の着信音で目を覚ました。
 俺のじゃないなと半分眠ったままで考えていたら、すぐ側で、はい、古泉ですと応答するのが聞こえた。古泉のやつ、もう起きてたのか。早いな。
 聞くともなしに聞いているうちに、古泉の応答はすぐに英語になった。ああ、もしかしたらあの金髪の彼女か。俺だって、英会話までは無理だが、いちおう大学でも英語の授業は取っていたから、何をしゃべっているのかくらいは判断できる。少なくとも、仕事に関する話じゃないってことはすぐにわかった。
 古泉は携帯を持ったまま、キッチンの方へと歩いて行った。声は聞き取りにくくなったけれど、さっき時間と場所を確認しているのが聞こえたから、デートの打ち合わせかと理解した。自分でもびっくりするくらい、心が痛かった。
 外見はちょっと変わったけれど、1人でなんでも飲み込んじまうようなところは昔のままだと思ってた。だけど今ではこんな風に、俺とは関わりのないところで世界を広げて、愛する人を見つけている。
 古泉は変わった、いや変わってない……でもやっぱり、変わったんだ。
 まるで昨日の高揚感が嘘みたいに、俺の気持ちは暗く沈んでいった。



                                                 NEXT

(2011.10.30 up)

BACK  TOP  NEXT

キョンのターン。
いつかやりたかった、小説家キョン設定! なんか似合いますよね。
キョンにはぜひ、普通にサラリーマンか、小説家か、教師になって欲しい。