Missing
04

 【お題】再会10題(TOY*様より)
   01:美化しすぎかと思った記憶は逆だったらしい
   02:変わった、いや変わってない…やっぱり、変わったな
   03:思い出話をすれば昔に戻ったようで
   04:君の中ではもう過去のこと?
   05:冗談交じりに打ち明けた、僕の秘密
   06:お互いのイマ
   07:昔も今も、君は僕の心など簡単に奪ってしまうのだ
   08:焦れったい空回り
   09:成長とは恋に臆病になることなのか
   10:ここから始まる新たな関係

<4.美化しすぎかと思った記憶は逆だったらしい>

 春の雨に濡れた彼の身体は、熱かった。
 冷えた反動かもしれない。それとも別の理由だろうか。家具ひとつない部屋の床の上に横たえた身体は、触れるごとに熱く、汗ばんでいった。
 正しいやり方なんて知らなかった。ただ、触れたいと思ったところに触れ、キスしたいと思ったところにキスをした。その都度に彼の身体が震え、聞いたこともなかった甘い声を上げてくれるのが嬉しかった。
「お、まえ……っ、はじ、めて、だよな?」
「そ、ですよ……?」
 信じらんねぇ、というつぶやきは、あえていい意味にとっておく。
 僕らは言葉少なく、役割を確認することもなくコトを進めた。が、どうやら彼は僕を受け入れる側にまわってくれるつもりらしいと、途中で察した。彼の気遣いと勇気に感謝しつつ、僕は胸の中に詰まって破裂しそうになっていた想いとともに、彼の中に熱を注ぎ込んだ。
 終わったあと、床の上で抱き合ったまま寝入っていたら、携帯電話の震える音に起こされた。ここ数年で身についた習慣だ。この音が聞こえた瞬間に、どんなに疲れて眠っていようと、意識はあっという間に覚醒する。
 届いたのはメールだった。新川さんから、そろそろ迎えに行くという報せだ。僕は了解の旨を返信し、ついでに毛布を1枚持ってくるようにお願いした。
 生乾きの服を着込んでいるうちに到着した新川さんをドアの外で迎え、受け取った毛布を持って部屋に引き返す。裸のまま、いまだぐっすりと眠っている彼の身体を毛布で包んで、側に部屋の鍵とメモを置いて立ち去った。
「よろしいのですか?」
 そう聞いてきた新川さんは、何をどこまで了解していたんだろう。僕は特に問いたださず、はい、とだけ答えて車に乗り込んだ。

 言わないつもりだった想いを最後に告げてしまったのは、僕のわがままだった。彼の返事を聞きさえしなければセーフだなんて、勝手に決めたずるいルールで、少しだけ楽になろうとした。
 僕の気持ちはとっくに彼にばれていたはずだ。それを彼が拒否するつもりがないことも、僕は知っていた。だがそれは天にも昇る喜びだったけれど、ある意味では最悪の事態だった。彼は神のものと決まっていたから、僕の恋心は決して報われてはならなかったのだ。
 だから告白は、本当は許されないことだった。返事を聞かないことで成就を拒み、そして二度と彼とは会わないつもりだった。
 彼は、そんな僕の気持ちを察してくれたのだろう。1度だけ、という約束の下、想いを遂げさせてくれた。嬉しかった。これでやっと、吹っ切れると思った。
 たぶん彼も、そのあとは二度と会う気はなかったのだと思う。だけど一人離れた土地へ移り住んでも、涼宮さんから招集を受けてしまえば、応じないわけにはいかなかった。
 それでも離れていれば、いずれ想いは薄れていくだろうと思っていた。きっと彼は涼宮さんと交際を始めるだろうと考えていたから、ふたりの幸せな姿を遠くから見ていれば、そのうちあきらめもつくだろうと。
 だけど大学に通う4年間が過ぎ、ついに5人で集まる理由がなくなることになったあの日、僕は悟った。この想いは、つのりこそすれ、決して薄れることなどないのだと。彼と彼女が恋仲になることは結局なかったけれど、もしあったとしてたぶん、同じことだったに違いないと。
 偶然の再会のあと、訪ねてきてくれた彼と酒を酌み交わしつつ昔話に興じるうちに、その考えは確信に変わっていった。
 本当は彼が来る前までは、僕は往生際悪く、間近に接すれば幻滅するのじゃないかと考えていたのだ。思い出の中でいろいろなものが美化されていただけで、実際に彼を見て話をすれば、なんだただの普通の男じゃないかと、あれは本当に若い頃特有の思い込みからくる錯覚だったのだなと、目が醒めるんじゃないかって。
 だけど、まったく逆だった。歳を重ねた分だけ、彼の魅力はますます磨かれていて、声も笑顔もちょっとした仕草までが、僕の心を捕らえてはなさない。
 ああ、僕は今でもこんなにも、彼が好きだ。
 だから彼が、少し不安そうにお前は結婚するのかと聞いてきたときは、ドキッとした。独身寮から出ないとならないと言う僕の発言を誤解したらしいが、そんなことを気にしてくれるなんてどうしたのかと、期待した。
 僕は忘れていたんだ。今日見たばかりの、薬指に婚約指輪をはめた彼の連れ。ひたむきに彼に尊敬のまなざしを向ける、可愛らしい女性の存在を。
「んー、人生の転機的なことなら、間近に控えてるかな」
 そう言って照れくさそうに笑う彼の顔を見るまでは。
 そうか。いよいよ結婚へ向けて動き出すのか。そろそろそういう歳だなんて、自分の言ったセリフがはね返って胸に突き刺さる。何があるんですかとも、おめでとうございますとも言えなかった。
 今日、彼と会ったときに一緒にいたビジネスパートナーとの仲を勘ぐっているらしい彼の言葉を、否定せずに虚勢を張ることくらいしか、僕にはできなかった。



 しばらく後の土曜日、再会したときのオープンカフェで、再び彼を見かけた。
 あのときの彼女と一緒に、本や雑誌をテーブルに広げて、楽しそうに話し込んでいる。ここはきっと、2人にとっての定番デートスポットなのだろう。
 チクチクと心がささくれ立つ。何かを彼女に言われて、それにすごく嬉しそうな笑顔を返す彼に、声をかけることなどとても無理だ。僕はその場からそそくさと、逃げるように立ち去った。
 その日の夜、上機嫌の彼が、これから遊びに行っていいかと連絡してきた。かまいませんよと答えると、彼はまたビールやツマミを買い込んで、僕の部屋にやってきた。
「何かいいことでもあったんですか? 楽しそうですね」
 そう聞いてしまったのは自虐以外の何ものでもなかったけれど、彼はそれにニヤニヤとしてみせて、内緒だとしか言ってくれなかった。
「こうなりゃその時まで秘密だ。決定したら教えてやるよ」
「なんですか。意地悪ですね」
「フフフフフ、あとで驚け」
 なるほど。それでは僕は、ある日突然彼に、俺、結婚するんだ式にはぜひ来てくれよなと、はにかんだ顔で告げられて、結婚式の招待状を手渡されたりするわけか。ならばその日までに、心の準備を整えておかなくては。
「どうした古泉。元気ないな?」
 酔いが回ったのか少しばかりぽやんとした顔で、彼は僕の顔をのぞきこんでくる。気安く僕の前髪をかき上げるようなスキンシップは、高校のときから変わらない。親しくなってくるにつれ、スキンシップの増える人だと知ったのはいつ頃だったろう。仲のいい妹さんのいる彼にとっては、それほど重大なことではなかったようだ。
「大丈夫です。ちょっと仕事で疲れているだけですよ」
「そうなのか? 押しかけて悪かったな」
「いいえ。いつものことですし、気の置けない友人と楽しく飲むのはリフレッシュになりますから」
「ならいいけど、無理すんなよ?」
 それから彼はまた上機嫌に戻って、ビールを飲みながら話を続けた。彼は映画を見たり本を読んだりするのが趣味らしく、最新の話題作から古典まで、ジャンルも幅広く網羅しているようだ。僕はといえば最近は仕事が忙しくて、仕事関係の雑誌やビジネス書の類しか読んでいなかったから、適度な蘊蓄混じりの彼の話がとても面白かった。
「あー、なんか俺ばっかしゃべってんな。すまん」
「いえ。すごく興味深いです。聞いていて面白いですよ」
「そっか? 昔はお前がべらべらしゃべって、俺が聞く方だったのにな」
 まぁ、半分くらいは耳を素通りしてんだがなと彼は肩をすくめる。それでも、僕のくどい蘊蓄にいちいちレスポンスを返してくれていたのは、彼くらいだ。
「あなたの忍耐強さには、いつも感謝していましたとも」
「そう思ってたんなら、もうちょっと簡潔に話をまとめる努力くらいしろっての」
「あれでも精一杯努力していたのですが……」
「マジでか。理系のくせに」
「関係あるんですか、それ」
 他愛のない会話が楽しい。成就することのない想いを抱えているのは苦しいけれど、それでもこんな風に彼と一緒に時を過ごすのは、心楽しいものだった。まるで高校の頃、彼とゲームをしながら話をする時間が何よりも大事だった、あの時に戻ったような。
「……あれ?」
 しばらく黙っているなと思ったら、彼はいつのまにか僕にもたれかかった姿勢で、船をこいでいた。手にしたままのビール缶を取り上げてテーブルに置き、そっと肩をゆする。
「寝るなら今日こそベッドにどうぞ。気に入ったのか知りませんけど、毎回毎回ソファで寝ないで下さいよ。そのうち風邪ひきますよ?」
「んー……」
 彼はゆらゆらと身体をゆらしつつしばらくボンヤリしていたが、やがてソファの上にぱたりと倒れて、そのまま寝息を立て始めた。
「ちょ、どうしてここで寝るんですかあなたはっ」
 ゆすっても引っ張っても起きる気配はない。昔から酒には弱かったが、相変わらずのようだ。仕方なく僕は、寝室から上掛けを持ってきて彼の身体にかけてやる。彼はむにゃむにゃと何事かつぶやきつつ、上掛けを握りしめて寝返りをうった。
 僕はやれやれと溜息をついてから、ソファに寄りかかるように床に座り込み、気持ちよさそうに眠る彼の顔をじっと眺めた。
 きっと、このままでいるのがいい。
 彼が結婚しようが家庭を持とうが、友人としてならずっとつきあいを続けられる。あの日のことは、ただの若かりし日のあやまちだったことにして、想いも錯覚だったことにして、なんでもない顔で楽しく過ごせばいい。その方がいい。

 ただ一度、想いをかわしたあの日から9年。
 もう二度と、あの日には戻れない。



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(2011.10.23 up)

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古泉のターン。
短めですみません。