Missing
03

 【お題】再会10題(TOY*様より)
   01:美化しすぎかと思った記憶は逆だったらしい
   02:変わった、いや変わってない…やっぱり、変わったな
   03:思い出話をすれば昔に戻ったようで
   04:君の中ではもう過去のこと?
   05:冗談交じりに打ち明けた、僕の秘密
   06:お互いのイマ
   07:昔も今も、君は僕の心など簡単に奪ってしまうのだ
   08:焦れったい空回り
   09:成長とは恋に臆病になることなのか
   10:ここから始まる新たな関係

<3.思い出話をすれば昔に戻ったようで>

「昔のコト、か……」
 ちょっとした好奇心だったんだ若気の至りさと笑い飛ばすことは、きっと出来る。だってあの時の俺たちは、高校を卒業したての、まだ18のガキだったんだんだから。

「あなたのことが好きでした。友情じゃなく、恋愛的に」
 卒業証書を抱えた古泉が、吹っ切れたような微笑みを浮かべてそう告白してきたとき、俺の中に浮かんだ言葉は、知ってたよ、だった。
 そんなこと、1年のときからとっくに気がついてた。古泉もたぶん俺が気がついてるってことをわかってたし、実は俺の方もまんざらでもないなんて思っちまってることも知ってたはずだ。それでも……というか、俺がそう思っていたからなおのこと、古泉にとってその気持ちは禁忌中の禁忌になっちまったんだ。
 想うだけなら自由なはずだった。それなのに、俺がそう悪くないと思っちまったばっかりに、古泉の恋心は告げることはおろか、自分で認めることすらできない代物になった。それは百万が一にも、成就しちゃいけない想いだったからだ。
 だから、古泉は俺を含めた世界を守るため、そして俺はそんな古泉の気持ちを汲んで、お互いにお互いの気持ちを知らないふり、見ないふりをして3年間を過ごした。
 だからと言って、薄っぺらい表面上のつきあいをしたってわけじゃないぞ。俺たちは自分の中の恋心をわざと友情とはき違えて、周囲からおかしな勘ぐりを受けるくらいに仲よくつきあい、お互いを親友とも相棒とも呼びあったんだ。
 卒業後の進路は、相談しあわなかった。俺が地元を離れる気がないのは知ってたはずだから、古泉が東京の大学を選んだのはわざとかもしれない。卒業式が終わったらその足で東京に向かうのだという話をしてから、古泉は俺を誰もいない文芸部室に連れて行き、そこでバレバレだった想いを告白してきたのだ。
 言うだけ言って、この部屋にすべての想いを埋めていくつもりなのだとすぐに察した。その頃にはハルヒの力はすっかり沈静化していたけれど、機関の方針としては刺激は避けるべきだと決まったと、数日前に聞いたばかりだったし。
「返事はいりません。言っておきたかっただけです」
 そう言って笑う古泉に俺は、ずるいなと返した。
「ずるいでしょうか」
「俺には言わせないつもりか?」
「はい。聞きません」
 やっぱりずるいじゃねえかと言い返したら、古泉は困ったように笑った。
「そうですね……すみません」
「最後まで、ひどいやつだ。お前は」
 しょうがないなと俺は笑った。そして沈黙がおりたとき、ふとその音に気づいて窓の外へ視線を向けた。いつの間にか外は、細かくけぶる春の雨に閉ざされていた。
「古泉……」
「はい、なんでしょう」
「雨がすごいからさ、お前の部屋で雨宿りさせろ」
「……かまいませんけど、もう荷物も運び出したあとなので、何もないですよ? それこそ着替えすら」
「いらねえよ。服なんか」
 察しのいい古泉は、それで俺の意図を察したようだった。俺たちはそのまま傘もささずに雨の中を走って、びしょ濡れになりながら古泉のマンションに転がり込んだ。
「うわ、パンツまでぐっしょりだ」
「だから言ったのに。断っておきますが、タオルだってドライヤーだって、全部もう段ボールごと引っ越し業者のトラックの荷台ですからね。エアコンは部屋に備え付けのやつだから、暖房くらいなら入れられますけど」
「まぁいいや。脱いで干しときゃ乾くだろ」
 濡れてぴったりと身体に張り付いた服はなかなか脱げなくて、俺たちはお互いのシャツを苦労してひっぺがすことになった。なんだかおかしくなって二人してクスクスと笑いながら、素っ裸の間抜けな姿で向かいあって、まるでなにかの儀式みたいに両手をあわせてつなぎあい、キスをした。
「……一度だけだ」
「はい。一度だけです」
 言い訳とも誓いともわからないそんな言葉を言いあって、鼻先が触れるほどの距離で俺たちは笑った。もう一度、唇を重ねるために近づいた古泉の髪から、雨の匂いがしたのをよく憶えている。
 やり方なんてよくわからなかったけど、俺たちはぎこちなく抱き合って、ただ本能のままに互いの身体にしたいと思ったことをした。そうしてるうちに、いつの間にやら役割が定まり、やがて俺は古泉のアレを体のいちばん奧に迎え入れることになった。別に俺はどっちでもいいと思ってたから、引き裂かれるみたいな痛みに必死に耐えて、泣きそうな顔で俺にすがりつく古泉を抱きしめていた。
 終わったあとは二人とも疲れ切ってそのまま眠ってしまい、目を覚ましたときにはもう古泉はいなかった。俺の身体は、どこからか調達してきたらしい毛布に包まれており、手元の床には部屋の鍵と、古泉のへったくそな文字で書かれたメモが残っているだけだった。ありがとうございました、さようなら、とだけ書かれたメモを読んでから、俺は生乾きの制服を身につけて、鍵をかけて部屋をあとにした。

 9年も前の記憶を掘り起こしつつ、酒やらツマミやらが入ったビニール袋を下げて、携帯に転送された地図を見ながら、古泉の住むマンションへと向かう。
 昔のコト、と自分で言い捨てたあの日の記憶。若気の至りと笑い飛ばすことはできるけど、あのときの俺たちは子供なりに真剣だった。
 成就させることはできなくて、でも言わずにはいられなかったんだろう古泉の告白は、俺の答えを聞かないことがギリギリのラインだった。それがわかってたから、俺も言葉で答えを返すことはできなかった。
 だからあの行為は、俺があのときにできた唯一の返答だったんだ。あいつがそれをどう受け取ったのかはわからんが、俺にとっては精一杯の本音だった。確かに昔のコトだけれど、冗談だったとか気まぐれだったとかで片付けたくはない。
 思ったよりも立派なマンションに多少ビビりつつ、俺はフロアに入って教えられた部屋番号を入力し、インターフォンを押した。すぐに応答があって、エントランスのドアが開く。正面のエレベーターで3階に上がったら、左手に並んでいたドアのひとつが開いた。中から出てきてこちらに向かって手を挙げたのは、黒っぽいシャツに白いパンツ姿の古泉だった。
「いらっしゃいませ」
「おう。なんかすげえな。これが社宅かよ」
「独身者用の社宅なんです。実は今年中に出て行かないとならないので、部屋を探さないといけないんですよね」
 さらりとそんなことを言われて、ドキッとした。お前それは、今年中に結婚するってことか? 誰と? 昼間一緒にいた、あの金髪美人となのか?
 気にはなったがいきなり立ち入ったことを聞くこともできず、俺は先に立つ古泉のあとについてリビングに足を踏み入れた。さすがにそれほど広くはないが、まだ新しそうな感じがする。部屋の中は薄暗くて、備え付けなのか古泉の趣味なのか、しゃれたスタンドの明かりだけが灯っていた。
 思わず、キョロキョロと部屋の中を見回してしまう。危惧したような、うっかりしまい忘れた女物の服とか化粧品とか、そういったものはとりあえず見える範囲にはない。寝室はどうだろうと思いつつも、少なからずホッとしている自分に気づいてうろたえた。なんでだよ俺。
「お酒、何を買ってきたんですか?」
「え、ああ。普通にビールとチューハイと、あとハイボール」
「そういえば、流行ってますよね。ハイボール」
 うちにはワインと、もらいもののウィスキーがありますよと、古泉はキッチンの方から何本かワインのボトルを持ってきた。赤だったが冷やした方が美味いので、軽めのものを選んで冷蔵庫に入れさせた。まぁ、まずはビールで、再会を祝そうじゃないか。
 冷えたビール缶をぶつけあって乾杯してから、ビーフジャーキーとサキイカをつまみに飲みはじめた。大学卒業から現在までの近況からはじまって、次々とよみがえる昔の思い出や、共通の知人たちの消息を話せば、いつまでだって話題は尽きない。そんな、身にもならない馬鹿話をして笑っていると、まるで昔に戻ったような気がした。
「えっ、警察官になったんですか!? 谷口さんが?」
「ああ。あの野郎、いくら進路のこと聞いてもはぐらかしやがったから知らなかったんだが、前の同窓会の時にやっと吐かせたんだ。卒業してすぐ、警察学校に入ったらしい」
「へぇ、おまわりさんですか。なんか意外ですねぇ。国木田さんが鶴屋グループの中心企業に入ったのは知ってましたけど」
「笑っちまうだろ? まぁ、国木田のやつはな、中学のころから鶴屋さん一筋だったらしいし」
「そうなんですか」
「卒業式の日に、告白しないのかってたきつけてみたんだがなー。そういうのとは違うんだよ、なんつってさらっとかわされちまった。だったらどういうのなんだかは、結局教えてくれなかったな」
「ふふ、国木田さんらしいですねぇ……」
 一瞬、話題が途切れた。静かな沈黙が、部屋の中に降りてくる。
 気詰まりなこの沈黙はたぶん、俺が流れで口に乗せた卒業式の日≠ニ告白≠ニいう単語のせいだろう。高校時代のことについても俺たちはさんざん話していたけれど、たぶん双方意図的に、あの日のことと、それに付随する感情についての話題は避けていたのだ。
 テーブルの上のビールとチューハイはすでに全部が空き缶で、俺たちはさらにワインの栓を抜いていた。夜ももうずいぶん更けて、2人ともすっかり酔いが回っている。
 古泉は手にしたグラスを揺らしながら、中で波立つ赤い液体を見つめていた。伏せた睫毛が色の薄い瞳に影を落としていて、俺は相変わらず長え睫毛だななんてボンヤリ考える。どうでもいいが、どうしてこいつの顔って、歳くっても俺好みのままなのかな。
 古泉は、あの行為をどう考えているんだろうな。やっぱり一時的な熱情であって、あのころは若かったなと苦笑しつつ思い出すだけの過去になってるんだろうか。……まぁ、それが普通かな。
「……涼宮さんと、連絡はとってるんですか?」
 ふいに古泉はグラスの中身をぐいと干し、空になったグラスを見つめたまま言った。短めの前髪は、昔みたいに表情を隠す役には立ってない。
「いや。あいつはアメリカを拠点に世界中を飛び回ってるみたいでな。ときどきとんでもないところから、絵ハガキがくるくらいだ」
「そうですか……」
「お前は把握してないのか? ハルヒのこととか、もう……」
 数年前までは、ハルヒの動向については古泉がいちばんくわしかった。こいつの属する機関≠ェ、いつでもハルヒのことを監視し続けていたから。
「機関≠ヘ、いまや有名無実の存在ですよ。涼宮さんの能力は、ここ数年はまったく観測されていません。僕自身ももはや自分の中になんの力も感じられませんし、彼女の能力はやっと、完全に消滅したんだと思います」
 長門さんからの定期連絡も、このごろはただの近況報告なんですよと、古泉は言った。ああ、あのころの長門からは想像もつかないほど楽しそうな写真付きのエアメールなら、俺のとこにも届いてるぞ。
 そうか。これでお前はようやく、世界の安定がどうのとかいう重責から、完全に解放されたんだな。
「そっか。……よかったな、古泉」
 心底安らいだ表情で、古泉は微笑んだ。
 本当に、よかったな。まだほんの子供だった中学生のときに、否応なく失った自分自身を、お前はやっとすべて取り戻すことができたんだ。その後に構築してきた古泉一樹≠フ全部がニセモノだとは決して思わないけれど、これでお前は、混じりっけなしのお前になることが、ようやく許されたんだよな。
 ――と、同時に俺は気づく。そうだ。ハルヒの問題が完全になくなったってことは、出会った当初から俺たちの間にあった、大きな枷が消滅したってことじゃないか? つまり、もう俺たちの間に障害は……。
 ああ、俺、そうとう酔ってんな。何をアホなこと言ってんだか。
 あれから何年たってると思ってるんだ。9年だぞ。たとえ最後に別れた大学のときまで想いが残ってたとしても、そこからさらに5年たってる。その間に、古泉だって人並みに恋愛だってしただろう。こんなハイスペックの男を世の中の女が放っておくわけないし。
 そうだ。そういえばここに来たとき、古泉は言ってたじゃないか。
「そういえばお前、結婚するのか?」
「は?」
 あいたグラスにまたワインを注いでいた古泉は、手を止めて目をしばたたいた。ワインクーラーの中の氷はもうとっくに溶けているんだろう。テーブルの上に、瓶から水滴がボタボタとしたたる。
「なんで突然、そんな話になるんです?」
「だって、今年中にこの独身者用の社宅を出ないといけないんだろ? だったら結婚するのかなって思うだろ普通」
「なるほど」
 あ、入れすぎたと小さくつぶやいて、古泉はワインがなみなみと満たされたグラスをそっと持ち上げる。そして、そいつを掲げるように、にっこりと笑った。
「誤解ですよ。結婚するしないに関わらず、ここは2年住んだら出ないといけない決まりなんです。新入社員用でもあるので」
「そうなのか」
 なぜかホッとしている自分に焦って、俺は残っていたビーフジャーキーを噛みちぎった。古泉はにこにこしながら、注ぎすぎたワインにゆっくり口をつけている。
「まぁ、僕たちだってもう27ですからね。そろそろそういう話があったって、おかしくはないですけど。……あなただって」
「俺か?」
 あいにく、ここ1年ちょっとは彼女すらいないからなぁ。彼女を作ったりデートしたりってことより、優先したいことがあったんだ。――ああ、そういう意味で言うんなら。
「んー、人生の転機的なことなら、間近に控えてるかな」
 ちょっと照れくさくて、頬のあたりを指でかきつつ言ってみた。でも、何があるんですかと突っ込んでくれたら教えようと思ってたのに、古泉のやつは、興味がないのかそのままスルーしやがった。ちぇっ。
「お前だって、結婚こそ考えてなくても彼女の1人ぐらいはいるんだろー? 今日一緒に歩いてた金髪美人とか」
 思わずからかうみたいに言ってしまったその一言を、古泉は否定しなかった。ただ余裕綽々のムカツク微笑みを、唇に浮かべただけだった。

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(2011.10.16 up)

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キョンのターン。
谷口君の職業は単なる趣味です(笑)
交番のおまわりさんとか似合いそうだなーって。