Missing
02

 【お題】再会10題(TOY*様より)
   01:美化しすぎかと思った記憶は逆だったらしい
   02:変わった、いや変わってない…やっぱり、変わったな
   03:思い出話をすれば昔に戻ったようで
   04:君の中ではもう過去のこと?
   05:冗談交じりに打ち明けた、僕の秘密
   06:お互いのイマ
   07:昔も今も、君は僕の心など簡単に奪ってしまうのだ
   08:焦れったい空回り
   09:成長とは恋に臆病になることなのか
   10:ここから始まる新たな関係

<2.君の中ではもう過去のこと?>

 4年と9ヶ月ぶりに再会した彼は、女性と一緒だった。
 凛として涼やかなたたずまいも、茫洋とした中にも優しさと知性の見え隠れする表情も、髪型すらも変わっていなかった彼。服装こそ一度も見たことのない地味なスーツだったけれど、経過したはずの約5年の年月は彼に限って素通りしたのじゃないかと疑うくらい変化がなかったのに、その隣には可愛らしい女性の姿があった。
 左の薬指に、小さな石の填った指輪。
 何を話しているのかは聞き取れなかったが、彼を見つめる彼女の瞳は尊敬と好意に満ちあふれていて、邪魔するみたいでなかなか声がかけられなかった。あげくに通りすがりにテーブルの上の本を落として、彼が気がついてくれることに賭けるなんてバカなことをしてしまった。

「あれ……古泉、か?」

 すみません、と謝罪した僕に、彼は気がついてくれた。
 嬉しさをこらえつつ、なんでもない顔をして再会の挨拶する。さりげなく、向かいに坐っている女性とどういう関係なのかを聞き出そうとしたときに、背後から名前を呼ばれて自分にも連れがいたことを思い出した。
 白いスーツに身を包んだ金髪の女性は、いま僕が関わっているプロジェクトのビジネスパートナーだ。慣習からお互いをファーストネームで呼びあってはいるが、初顔合わせからまだ1週間ほどで、やっと個人的な雑談などが会話に混じるようになった程度の親しさである。今日は、近くに簡単に昼食をとれるところがないかと聞かれて案内してきたが、二人きりで食事(ファストフードだが)するのも初めてのことだった。
「連れがいたのか。すまん、引き留めたな」
 律儀に謝ってくれる彼に、笑って首を振ってみせる。あとであらためて連絡することを約束し、携帯の番号を変えていないことを確認してから、僕はその場を離れた。
 少し先で待っていてくれたビジネスパートナーは、くす、と笑って英語で話しかけてきた。
「とても嬉しそうね、イツキ。彼はお友達?」
「学生時代のね。久しぶりに会ったんだけど、変わってなかったな」
「あなたも、そんな顔で笑うのね」
 そう言われて僕は、彼女につかまれていない方の手で、自分の顎をなでてみた。
「いつもと何か違うかな?」
「まるで、小さな子供みたいよ」
 くすくすと笑う彼女に肩をすくめてみせ、僕はこっそりと振り返って彼の様子をうかがった。彼はまっすぐ目の前の彼女の方を向いたまま、楽しげに話をしている。
 こちらの様子を気にしている気配は、なかった。



 大学4年の秋の終わり。ぎゅっと手を握りあって、また連絡しますねと言って別れてから、もう5年もたったのか。
 涼宮さんの力の沈静化を受けて、僕たちが高校を卒業するのと同時に機関≠ヘ規模を縮小ということとなった。力が消滅したという確証はとれなかったので、それでも解散させることはできなかったのだ。なるべく刺激しないようにという方針のもと、彼女と同じ大学に行くように要請されたけれど、僕はそれを断って東京の大学に進学した。
 このまま近くで、彼と涼宮さんの行く末を見守るのは無理だと思ったからだ。
 大方の予想に反して、彼と涼宮さんはその後交際を始めることもなく、いい友人同士として卒業を迎えたけれど、僕はそのまま東京で就職した。入社したのは機関≠ニは無関係の企業だ。機関のスポンサーだったお偉いさんたちからはいくらでも紹介状を用意しようと言われたが、すべて丁重に断った。ささやかな反抗だということはわかっていた。
 大学生活が4年目を迎える頃には未来人も撤退し、TEFIも統合情報思念体から独立した長門さんをのぞいて地球上から姿を消していた。そしていよいよ、涼宮さんまでもが海外へと居を移すこととなり、僕ら5人をつなぐものは、共有してきた思い出だけとなる日が来た。
 アメリカに旅立つ涼宮さんと長門さんの送別会があったあの日、僕は彼に言いたいことがたくさんあった。高校時代に胸の中に飲み込んだまま、吐くに吐けなかった想い。僕をじっと見返す彼も、同じように何かを訴えかける目をしていたけれど、結局また僕は、全部を喉の奥に押し込めたまま、彼が差し出してきた手を握った。

「5年……いや、もう9年か」
 社宅でもあるマンションの一室に帰り、シャワーを浴びてソファに腰を下ろした僕は、さっきから濡れた髪を拭くこともせずに、携帯をじっと見つめている。
 転勤してきてから2年住んでいるこのマンションに、自分以外の人間の気配はまったくない。越してきてからこっち、誰も招いた憶えがないから当たり前だ。そういえば東京にいたときも、つきあっていた女性すら自分の部屋に入れたことがなかったなと思い返す。まぁ、部屋に招く機会があるほど、長くつきあった相手がいないというだけの話だけれど。
 高校を卒業してから、もう9年。
 僕はいまだに囚らえられたままなのだ。
 あの、不確かであやういバランスの上に成り立っていた僕らの関係と、卒業式の日の、夢だったような気さえするあの記憶に。
 ぽた、と髪から垂れた水滴が、携帯のディスプレイにかかった。首にかけていたタオルでそれを拭き取って、僕は意を決して携帯のアドレス帳を開き、たびたび眺めていた名前を呼び出し通話ボタンを押した。数コール目で、プツッと音がして通話が繋がった。
「こんばんわ。古泉です」
『ああ……』
 あのころと変わりない、ちょっとだるそうな声での返事が聞こえてくる。とたんに騒ぎ出した自分の心臓をなだめながら、礼儀として彼の都合を確認した。
『お時間、大丈夫ですか?』
「ああ、平気だ。お前は?」
『明日は休日ですからね。全然、大丈夫ですよ』
 今日が金曜日なのは幸いだった。とくに切羽詰まった業務があるわけでもない今は、ちゃんと週末に休暇がとれる。だが、どんな長電話でも大丈夫だという意味でそう言ったら、彼からは思わぬ返事が返ってきた。
『なぁ、古泉……せっかくだから、どっかで会わないか?』
「えっ?」
『せっかく5年ぶりに会ったんだからさ。電話なんかじゃなくて、顔見ながら話そうぜ。積もる話だってあるだろ』
「え、え……もちろん、いいですよ」
 押さえきれないほどに湧き上がる喜びを必死で押さえつつ、平静を装ってそう答える。しかもどこで会うかという話になり、お互いの住んでいる場所を付き合わせた結果、意外に至近に居をかまえていることが判明してさらに驚いた。
『ああ、使ってる駅が違うんだな。ニアミスしなかったわけだ』
「反対方向ですもんね。それじゃ、どちらかの駅の近くの店にでもしますか?」
『そうだな……でもそうすっと、どっちかが帰るの大変になっちまうな』
 彼は何やら考え込み、やがて、ん、そうだと声を上げた。
『お前、社宅に住んでるって言ってたが、あの企業の社宅ならけっこう広いとこなんだろ。邪魔しちゃだめか?』
「えっ、うちにですか?」
『宅飲みの方が安上がりだし、帰りのこと気にしなくていいじゃねえか。泊めろよ』
 実に気楽に、彼はそう提案してくる。それはそうだ。気心の知れた昔なじみの友人宅を訪ねるのに、気を張る意味も遠慮する必要もあるはずがない。普通なら。
「泊まる、おつもりで?」
『ああ、布団がなけりゃソファでも床でもいいぞ。風邪ひくような季節でもないし』
「いえ……」
 言うべきか、忘れたふりをするべきか迷った。
 彼が本当に忘れているのか、それとも忘れたふりをしているのかはわからない。もしも言ってしまったら、せっかく再開できそうになっている彼とのつきあいを、ふいにしてしまうかもしれない。大体、大学に通っている4年間に数回会ったときは、お互いにそのことには触れなかったのだ。いつも大抵5人で集まって騒いでいたから切り出すきっかけがなかったせいだと言われればその通りだが……もしかしたら彼は、なかったことにしたいのかもしれない。
 あの、卒業式の日のことを。
「大丈夫なんですか、あなたは……」
 逡巡したあげくに僕が言ったのは、そんなあやふやな言葉だった。
 これに彼がなんのことだと返してくるなら、忘れたか忘れたことにしたいかだと判断して、それきり触れるまいと思った。
 が。電話の向こうで、彼は一瞬黙り込んだ。ああ、忘れていたわけではないのか。
 しばし沈黙したあと、彼は低い声でぶっきらぼうに言い捨てた。
『……昔のコトだろ』
 そうですね、と僕は答えた。
 それから彼はメールで地図を送れと言い、じゃあ買い物していくぞ何が欲しい、ああもちろん割り勘だからなとまくしたて、段取りを整えて電話を切った。
 僕は立ち上がってキッチンに行き、グラスや氷の準備をしながら、ひとり苦笑した。
 昔のコト、か。それはそうだ。9年も前の、ほんのちょっとした若気の至りだ。いい大人になって、いつまでも引きずるようなものじゃない。
 ソファの前のローテーブルにグラスだけを並べ、僕は窓の方に視線を向けた。晴れ渡った夏の夜空が、街の明かりに照らされて白っぽく光っている。
 そういえば、卒業式のあの日は雨だった。
 その日のうちに東京に向かう予定だった僕の部屋、家具もほとんどなくなった部屋の床に卒業証書の入った筒を投げ出して。

 僕たちは1度だけという約束で、セックスをしたのだった。


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(2011.10.09 up)

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古泉のターン。
交互にお互いの心情を書いていくのは楽しいです。

特にフォントとか変えてませんが、タメ語の古泉と金髪の彼女の会話は
英語だと脳内変換してください。斜体にしてみたけどなんか違和感だったのでやめましたorz
古泉を丁寧語にするかどうかさんざん迷ったさ……。