Missing
01

 【お題】再会10題(TOY*様より)
    01:美化しすぎかと思った記憶は逆だったらしい
   02:変わった、いや変わってない…やっぱり、変わったな
   03:思い出話をすれば昔に戻ったようで
   04:君の中ではもう過去のこと?
   05:冗談交じりに打ち明けた、僕の秘密
   06:お互いのイマ
   07:昔も今も、君は僕の心など簡単に奪ってしまうのだ
   08:焦れったい空回り
   09:成長とは恋に臆病になることなのか
   10:ここから始まる新たな関係

<1.お互いのイマ>

「あれ……古泉、か?」
「えっ?」

 思わぬ場所で、思わぬ奴と再会した。
 オフィス街のオープンカフェ。俺が座っていたテーブルの側を通り抜けようとして、スーツの裾が置いてあった本にひっかかったのだろう。バサリと床に落ちたことに気づいたそいつが本を拾い上げ、すみません、とテーブルに戻したときに、なんだかなつかしい響きを聞いた気がして顔を上げた。
 たぶん、5年ぶりくらいだったと思う。
 最後に会ったのが、確か大学最後の年の秋くらいの……卒業を待たずにアメリカに移住すると決めたハルヒの送別会でだったかな。俺は現在27歳なんだから、おそらくそれで間違ってないはずだ。
 顔を見て思わず名前を呼ぶと、古泉もすぐに気がついて、びっくりしたように目を見開いた。
「これは……奇遇ですね。お久しぶりです」
「ああ。お前、こっちに戻ってきてたのか。確か、東京で就職したんじゃなかったっけ?」
「ええ。一昨年、こちらの支社に転勤になったんですよ」
「なんだよ、それなら連絡くらいしてくれりゃよかったのに」
「いやぁ。長いことご無沙汰していたので、しづらくて」
 そんなことを言いながら頭をかく古泉は、見た感じはそれほど変わっていなかった。そりゃあ大学生の頃にくらべれば髪型も服装も違うし、顔つきなんかにも5年分の年月の経過があらわれちゃいる。だけど、相変わらずにこにこと無駄に笑顔を振りまいてるところも、敬語が常態らしい言葉遣いもあの頃のままだ。任務≠ゥら離れてもう何年もたつっていうのに、お前はさっぱり変わらないな。
「あなただって、変わっていませんよ。あ、すみません、お話中にお邪魔して」
 俺の向かいに坐っている連れに、古泉はそつなく侘びを入れる。いいえ、と彼女が微笑んだとき、少し離れたところからイツキ、と呼ぶ声が聞こえた。声の方を見てみたら、そこにいたのは白いスーツを着た金髪の美女で、古泉はそちらに向かって英語で何事か言ってから、もう一度俺の方に視線を向けた。すまなそうに眉を寄せる古泉に、俺は肩をすくめてみせる。
「連れがいたのか。すまん、引き留めたな」
「いいえ、大丈夫ですよ。あとであらためてご連絡します。携帯の番号、変わってませんよね?」
「ああ。キャリアは変えたけどな。番号はそのままだ」
 古泉はうなずくと、それじゃまた今度、と手をあげて、金髪美女のもとへと戻っていった。
 バランスのとれた長い手足を高価そうなスーツに包み、どこのモデルかと疑いたくなるほど整った顔に笑みを浮かべつつ、金髪美人をエスコートしてゆく姿は、なんだか現実離れしている。まるで映画かドラマのワンシーンだな。
 妙に感心しながら眺めていたら、向かいの席から溜息が聞こえた。
「……なんかスゴイですねぇ。学生時代のお友達ですか?」
 スゴイ、の内訳は気になるところだが、まぁ大体俺が思ったのと同じようなことだろうな、と苦笑して、俺はうなずいた。
「ええまぁ。高校時代の友達です。卒業後、あいつが東京の大学に行ってからは疎遠になってたんですけどね。俺は地元の大学入ったんで」
「偶然の再会ってわけですね。あの金髪美人さんが恋人なのかなぁ。すごいお似合いー」
 そうですね、と適当に相づちを打って、俺は飲みかけだったアイスコーヒーのストローをくわえた。
 向かいの席の俺の連れだって、なかなか可愛い部類に入ると思われる女性なのだが、あいにく彼女は俺の恋人というわけじゃない。初対面のときから左手薬指に指輪をしていた彼女との間には、最初からお互いにまったく、そっち方面の感情の行き来はなかった。だいぶ年下ということもあり、ぶっちゃけ妹と大差ないのだ。頬を染めてはしゃいでる姿を見ても、やれやれと思うくらいだった。
「高校のころから、あんなイケメンだったんです? もしかして、モテモテだったんじゃないですか」
「今よりもうちょっと、中性的な感じでしたけどね。理系の特進組だったし、モテてたんじゃないかな。俺はよく知りませんけど」
「頭もよかったんですか! それじゃ彼女なんてとっかえひっかえですね!」
「さぁ……誰かとつきあってるって話は、ついぞ聞きませんでしたね。部活とバイトで忙しかったみたいで」
「そうなんですかー。もったいない」
 よっぽど古泉が気に入ったのか、根掘り葉掘り聞こうとする彼女に苦笑していると、やがて彼女は、はっと我に返ったようだった。
「す、すみません! 私ったら、つい。お仕事の話しにきたんですよね!」
「はは。いいですよ別に」
「いえいえ、せっかく貴重なお昼休みのお時間をいただいてるのに」
 そう言って彼女はテーブルの上に置いてあるトレイを脇に避け、書類を広げ始めた。あれ、書くものがないとつぶやきつつカバンを探っている彼女から目を逸らして、俺はそっと背後を振り返る。
 エリート然としたスーツの後ろ姿は、もうとっくに見えなくなっていた。



 5年ぶりとは言ったが、それはまったく会わなかった期間がそれだけあったという意味で、関東と関西の大学にそれぞれ進学した俺たちが在学中に顔を合わせたことなんて、年に2回がせいぜいだった。それも大抵はSOS団の団活だとハルヒに強引に招集をかけられたときだったから、ハルヒが度重なる留学の果てにアメリカへの移住を決めて長門とともに渡米することになったとき、ああ、きっとこれでこの集まりも終わりなんだなと寂しく思ったものだ。
 送別会のときに古泉が東京で就職する予定だと聞いて、その気持ちはさらに強くなった。俺は俺で地元から離れるつもりはなかったし、朝比奈さんもとっくに自分が本来属する時間へ戻っていたから、これでもう本当にバラバラなんだなと溜息をついた。送別会が終わり、ハルヒたちを駅まで送ったあと、人気のない駅前広場を二人でぶらぶらしながら古泉とかわした会話を、5年ぶりに思い出す。
「いよいよ、バラバラになっちゃいますねぇ」
 相変わらずの笑顔のまま、古泉は寂しそうにそう言った。
「ああ。でもまぁ、いつまでもつるんでいられるもんじゃないよな」
「楽しかったです。高校から今まで、ずっと」
「そうだな」
 高校時代、ハルヒの妙な能力に振り回されまくった古泉は、それでもその時代を楽しかったとなつかしむ。確かに大変だったことは大変だったが、今になって思えば得難い青春時代だった。いろいろとあり得ない事件に巻き込まれ、それらを乗り越えて俺たちは絆を育んできた。ある大事件を最後にハルヒの力が沈静化したあとも、つきあいは変わらずに続いてきたんだ。そりゃあ、卒業後はそれぞれが学業やら何やらでいそがしくて、頻繁に会うのはままならなかったがな。
 気がつけば満月に近い月を背に、古泉がじっと俺を見つめていた。穏やかに微笑んでいるがその瞳は、言いたいことが胸の内にあふれんばかりに詰まっていると語っていた。
 たぶん俺の目つきも、似たようなもんだったと思う。だけど俺たちは結局何も言わずに、ただ最後に不自然なくらいにぎゅっと互いの手を握りあって、それじゃまたそのうちなと言って別れたのだった。

「それっきり、5年だもんな……」
 仕事を終えて、会社の近くに借りている一人暮らしの部屋に戻り、上着を脱いでネクタイをゆるめつつ独りごちる。
 1年ちょっと前に、つきあってた彼女と別れて以来女っ気のない部屋は、雑然としちゃいるがそれなりに片付いている方だろう。それまでにも数人とつきあいはしたが、結局、結婚を考えるほどの相手はいなかったから、大体のことは一人でできるようになった。
 さっさと着替えて、デスクの上に出しっぱなしのノートパソコンの電源を入れてから、俺は無造作にデスクに放りだした携帯に、ちらりと視線を向けた。あとですると言った古泉からの連絡は、まだない。
 高校時代、古泉は実にマメに、いつだって先回りするように連絡をくれていた。でも本当は、それほどマメな性格なわけじゃないのだと察したのは、知り合って1年ほどが経過したあとだ。出逢った当初はギスギスしていた俺たちだったけど、さすがに行動をともにするようになって1年が過ぎる頃には、かなり打ち解けるようになっていたから。
 それはそうだろう。なんだかんだ言って、俺が古泉と一緒に過ごす時間は家族をのぞけば他の誰よりも多かったし、しゃべった量なら家族すら凌駕していたろう。数々の事件を乗り越えるとき、パートナーとして組んだのも、ほとんどの場合があいつだった。頼りになるという点では確かに長門の方が上だったけれど、俺にとっては長門も、ハルヒや朝比奈さんと同じく、守ってやらねばならん対象だったからな。背中を預ける相手としては、やっぱり古泉の方がふさわしかったんだ。
 最後まであいつは秘密ばっかり抱えていて本当のことはろくに話しちゃくれなかったが、それでも俺は古泉を全面的に信頼していて、それは結果的に間違ってなかった。俺たちはずっと、友達というよりは親友、親友というよりは相棒と言った方が正しい関係で、ときどき妙な勘ぐりをされるくらいに仲がよかったのだ。
 まぁ、それは主に古泉の、俺と話すときの距離が近すぎたりスキンシップが多すぎたり、俺に対して腰が低すぎたりする態度のせいなんだが。ああ……俺もそれに対してまったく違和感を持たなくなってたのも、原因のひとつだったかもしれん。
「いや……それだけじゃないよな……」
 ホントはわかってるんだ。それよりもっと、根深い原因があったことなんて。
 俺も、もちろん古泉も。
 ――溜息をついたとき、いきなり携帯がデスクの上で震えた。マナーモードを解除していなかったせいで光を点滅させつつデスクの上で暴れる携帯をつかみ、ディスプレイに表示された名前を確認してから通話ボタンを押した。
『こんばんわ。古泉です』
「ああ……」
 懐かしい、電話越しの声。今日見たばかりの、スーツ姿が脳裏によみがえる。
 あの頃よりも短くなった髪。精悍さを増した顔。変わらない穏やかな瞳と、長い睫毛。そして、イツキとファーストネームを呼んで親しげに隣に寄り添う、華やかな後ろ姿も。
 5年ぶりに思い出したなんて嘘だ。あれからずっと、俺はたびたび、最後に別れた日のこいつの姿を夢に見ていた。何か言いたそうだったあの瞳を。
 あいつの言いたいことなんて、ホントは全部わかってたんじゃないか。聞かなかったことを、俺はずっと悔やんでたのかもしれない。
『お時間、大丈夫ですか?』
「ああ、平気だ。お前は?」
『明日は休日ですからね。全然、大丈夫ですよ』
 ふふ、と含んだような笑い方も、あの頃とまるで変わっていない。俺はつい、携帯を耳に強く押し当てて、ベッドの側にある時計の針を確認した。
「なぁ、古泉……せっかくだから、どっかで会わないか?」

 あの輝かしくも、思い返すと少し胸の痛む日々から9年。
 大人になった俺たちはそれぞれ別の道を歩いて、それぞれが作り上げた場所で生きている。お互いが立っている、それぞれのイマ。
 もう遅いのかもしれない。いまさら時間を巻き戻すことなんて、出来ないのかも。
 だけど今日再会して、俺は悟ったんだ。
 自分で思っていたよりずっと、残っている気持ちは強かった。


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(2011.09.25 up)

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20代後半の古キョン、社会人編です。相互視点でお送りします。
高校生編、大学生編とも時系列はつながっていません。
めざせスーパー攻様古泉(スペックだけ)。

大好きなお題サイト「TOY*」さまよりお借りした、「再会10題」に沿って行きます。
お題の順番は、ちょっと変わる予定です。