I Love you からはじめよう。
09

「っは……ぅああ……っ!」
 早い。
いくら一ヶ月ぶりだからと言って、早すぎるぞ、俺の息子よ。
 がっくつような勢いでベッドに押し倒され、キスだけで腰がくだけそうになった。服もまだ半端に脱がされただけの状態で咥えられたと思ったら、あっという間に追いつめられて、堪えようもなくイっちまったのだ。まったく、情けない。
 はぁはぁと激しく息をつき、呆然とする俺の目尻に浮かんだ涙を舐め取りながら、古泉は嬉しそうに笑っている。
「すごく気持ちよかったみたいですね……?」
 声を出すのもままならなかったので、うなずいてやる。安堵の表情をみせて性急に先に進もうとする古泉を、だが俺は必死に止めた。
「……っま、待て! ちょっと落ち着け」
「え、なんでです?」
「いや、ずっと聞いてみたかったことがあってな。……お前、いつも俺にしてくれるばっかりだが、お前は自身はそれで満足できてるのか?」
「ええ、もちろん。あなたがすごく気持ちよさそうな顔で、いっぱいイって、いっぱい出してくれると、とても嬉しいです」
 だからその、身も蓋もない言い方はやめろ。いたたまれねぇからっ。
「最初の時、お前言ってたろ。その……挿れるのと挿れられるの、だっけ? どっちがいいかって。お前としては、本当はどっちが好きなんだよ」
「好き、と言われましても……」
 よくわかりません、と古泉は困った顔をした。どうやらこいつは本当に、相手を悦ばすためのセックスしかしたことがないみたいだ。
「なぁ、古泉」
「はい?」
「聞いていいものか迷うんだが……お前にその……やり方、を教えたのは誰なんだ?」
 奉仕一辺倒の、自分自身の快楽はほとんど無視したそのやり方は、あまり普通とは思えない。話したくないならいいが、と言ってはみたのだが、古泉は特に気負う様子もなかった。
「たぶん、僕をあの研究所から連れ出した人にです」
 たぶんというのは、連れ出される前後の記憶が曖昧だかららしい。古泉の断片的な記憶をつなぎ合わせてみるに、それは産業スパイに研究所から盗み出されたものの売り物にならず、親玉だか取引先だかに放逐された、そのすぐあとのことらしかった。
「悲しそうな顔をした、綺麗な女の人でした。彼女が“例の”と呼んでいた仕事のとき以外は、夕方からどこかの店で働いていたみたいです。朝方に帰ってくると、たいていお酒の匂いがして……いつも、寂しいって泣いていました。僕になにかできることはありませんかと聞いたら、抱いてくれたら嬉しいって」
 セックスについてはデータとしての知識しかなかった古泉に、彼女は1から手ほどきをしたらしい。古泉はそのたびに彼女が少し笑ってくれるのが、嬉しかったのだという。
 そうか。その彼女は、売り物にもならず役にも立たないこいつを、捨てたり殺したりはしなかったんだ。手間も金もかかるだろうにな。
「じゃあ、男相手の方は……?」
「彼女のところに、ときどきやって来てた男性に。おそらく彼女の恋人だったんだと思うんですけど……彼女のいない間に他の女の人を連れ込んでいたりしたので、定かではありませんね」
 ああ、たぶんヒモってやつなんだろうな。そいつが彼女が留守の間に、古泉にまで手を出したわけか。
「その気になれば、お前売れっ子になれるぞと言われて、抱く方と抱かれる方、両方教わりました」
「……って、お前まさか客とらされたりしてたのか!?」
「いいえ? 彼女がそれだけはさせないと、すごい剣幕で怒ったので、それは」
 僕は別にかまわなかったんですけどね、と首を傾げる古泉は、あまりよくわかっていないんだろうと思う。止めてくれた見知らぬ彼女に、俺は感謝した。
「で、その人は結局どうし……」
 ふいに、研究所の応接室での会長の言葉が脳裏によみがえった。そういえば聞いた気がする。確か……数ヶ月後に、スパイの方は死体で発見された、って。
 案の定、古泉は言った。――いなくなりました、と。
「たぶん1年くらいたったころ、その男の人が彼女のところに来なくなって。彼女は仕事にも行かずにずっと泣いていて、ある日ふらりと出て行ったまま……帰ってきませんでした」
 かなり長い間、古泉はその部屋で彼女を待っていたという。玄関のドアが見える場所に座り込み、来る日も来る日もそのドアが開かないかと見つめていた、と、なんでもないような顔で言う。でもそのときのこいつの心情なんて、さっき俺が出て行こうとしたときの反応でわかる。
きっと思い出しちまったんだ。たった1人、部屋に置きざりにされた日のことを。
 やがて古泉は、アパートの持ち主に部屋を追い出された。そしてそれからは、様々な人間に拾われ、暮らしてきたらしい。
「僕を拾ってくださる人たちは大抵セックスを希望するので、恩返しのためには教わったことが役に立ちましたよ。希望しなかったのは……たぶん、あなたが初めてです」
 記憶が曖昧な部分が多いので、ちゃんと憶えてはいないんですけど。そう言う古泉の表情には悲壮なところはカケラもなかったが、俺はなんだか哀しかった。最初の彼女に悪気はきっとなかったのだと思うけれど、そのせいで古泉の感覚はかなり歪んでしまっている。
 俺が拾った直後、こいつの身体に残っていたアザや傷を思い出す。たぶんあんな目にあうこともめずらしくはなかったろうに、奉仕することで相手に報いることできるのが、こいつは本当に嬉しいんだ。
 俺はこいつに教えてやれるだろうか。
 一方的にではなく、抱きあう、ってことの意味を。
「拾ってくださった方たちは僕を……」
「もういい。他の奴の話は」
 ベッドの上で向かいあうように寝そべっていた古泉の口を、唇でふさぐ。俺からふっといてなんだが、こんなときに他の奴の話なんて、無粋だったよな。
「これまでのことは、もうどうでもいい。お前は、俺だけ見てればいいよ」
 古泉の身体に乗り上げ、息がかかるくらいの距離から見おろして、そう囁く。古泉はすごく嬉しそうな笑顔で、はいと答えた。
 もう一度、唇をあわせて舌をからめあう。互いの舌を追って互いの口腔内に自分の舌をもぐりこませ、息があがるほどむさぼりあって、ようやく離れたときには、古泉の唇は真っ赤だった。
 はぁ、と息をついて古泉が俺の前髪をかきあげる。
「……あなたとのキスは、とても胸がきゅうっとします……」
「そうか」
「なんだか、泣きたくなります」
 頬も目尻も赤く染めて、古泉は泣きそうな顔で微笑む。背丈も体付きも俺よりデカイくらいなのに、可愛いな、なんて思っちまう。そのとき俺の胸を支配していたのは、愛おしいという、せつないような苦しいような感情だった。俺はその衝動のままもう一度その唇に食いつき、パジャマのボタンをはずしながら、首筋へと唇を這わせていった。
「ん……っ」
 おとなしく、古泉はされるままになっている。しなやかな薄い筋肉のついた胸にもたくさんキスを繰り返しつつ、俺は古泉のズボンを下着ごと引きずりおろした。
「っ、あのっ……」
「なんだ」
「あなたが、したいんですか……?」
「…………」
 古泉の質問に、俺は答えなかった。俺が古泉を抱きたいのだと言えば、たぶんこいつは受け入れるだろう。でも、それじゃだめなんだ。
 無言のまま、俺はまだ半勃ちくらいの古泉のそれをつかんだ。生々しい感触に一瞬躊躇するが、考えてみりゃ自分のものと大差ねぇよな。多少の個人差はあるだろうが、構造だってほぼ同じなんだ。気持ちいい場所も、似たようなものだろう。
 つかんだ時点で反応して芯が硬くなり始めたそれを、思い切って舌を出して舐めてみる。舌先で裏側をくすぐるようにしたらあっという間に完全に勃ったから、そのあとは、こんな感じかと試行錯誤しつつ、舐めたり吸ったり手でこすったり揉んだりといろいろやってみた。
 まったく。男のコレをしゃぶるなんて、数ヶ月前の俺だったらとても考えられなかったろうよ。本当に、人生ってのは意外性の連続だな。
「ふ……っく……」
 自分の唾液と、とどまることなくあふれてくる先走りで口のまわりも手もベタベタだ。
 最初のうちはおとなしくしていた古泉は、いつのまにか両腕を顔の上で交差させ、激しく息をつきながら身体を震わせている。じゅる、とすすり上げてふと見ると、古泉が何かを小さく叫んだところだった。
「な……で、こんな、に……っ」
 信じられないくらい気持ちいい、というようなことを切れ切れにつぶやくのが聞こえて、無性に嬉しくなる。初トライの俺のテクがそれほど優れてるはずがないから、うぬぼれていいのかな。たぶん俺のことが好きだから、その相乗効果なんだと思っていいよな?
「う……」
 だけどそんな状態の古泉を半端に放り出し、俺は舐めるのをやめた。情けない顔で訴えてるのを黙殺しつつ腰のあたりにまたがって、色っぽく上気した古泉の顔をじっと見おろした。
 すっかり硬く勃ちあがっているふたりのアレが、ちょうどこすれるように触れあって、そのたびにぞくぞくとした感覚を伝えてくる。俺はその姿勢のまま、中途半端に脱がされた状態だった服をゆっくり脱ぎ始めた。
「あ、の……」
「よく見ろよ古泉……俺を」
 古泉を見つめたまま、焦らすようにシャツを肩から落とし、Tシャツをずりあげる。我ながら何やってんだか、と思いつつ、俺はストリップじみた行為を古泉の目の前で展開した。
服をすべて脱いでしまってから、次の目的のために、舌を出して自分の中指を舐め始める。わざと何かを想起させるような仕草で、唾液を指にまといつかせた。
 俺のそんな様子を熱っぽく見つめる古泉の喉が、ごくりと動く。俺に触れている古泉のソレが、さらに硬度を増すのがわかった。
 どうだ、古泉。
お前の中の、お前自身の欲望は動くか?
お前自身が、俺を欲しいと感じてるか?
怖がらなくていいんだ。
お前の中に、生まれてはじめて芽生えた、その気持ちを。
受け入れろ。恐れずに。
 それから俺は腰を浮かせて、充分に唾液で濡らした指を、自らの後ろに触れさせた。ぐぷ、という音をたて、指が中にもぐり込む。
「んう……っ!」
 さすがに恥ずかしいな、これはっ。
「あなた、は……何を……」
「うっせ……だま……てろ……」
 苦鳴にも似た声をもらしながら、後ろを自分で慣らす。ふたり、それぞれのものがこすれあって、もどかしい衝動が背筋に走る。はぁ、と息をついてから指を抜き、俺は真っ赤な顔で呆然と俺を見ている古泉のソレを支えてあてがって、一気に腰を落とした。
「うくっ……!」
 ぐ、とねじこむようにするとさすがに苦しくて、止めていた息を思い切り吐き出して耐える。思ったよりは楽に入ったが、キツイ。たぶん、動くのはもっとキツイな。
「んっ……こいず……っ」
 どうやって動けばいいのかよくわからずに、ぎこちなく腰を揺する。それでも飲み込んだものが熱くて、じわじわとそこから何かが這いのぼってきて声が上擦る。思わず古泉の方に手を伸ばすと、何かをこらえるようにぎゅっと目を閉じていた古泉が、俺のその手をつかんでいきなり引いた。その衝撃で中のものが内側をこすり、ちょうど俺のイイ場所を直撃した。
「っ……うぁ……っ!」
 ビクリ、と身体が跳ね上がる。細かく痙攣しつつ胸に倒れ込んだ身体を抱きしめられ、つながったままで器用に上下が入れ替えられた。膝裏をつかまれ、両脚を折り曲げて大きく広げられる。ぐいぐいと深くねじ込まれ揺さぶられて、喉から嬌声としか表現できない声がもれた。
「こっ……こいず……みっ」
 無言で、痛いくらいに強く抱きしめられて、乱暴に突きあげられる。激しすぎる律動に俺の声が悲鳴じみたものに変わっても、古泉の動きは止まらなかった。今まで、少しでも俺がつらそうな声を出したら、すぐに動きを止めて様子をみていた古泉が。
 凶暴なまでの激しさで、むさぼるように俺を求めている。
 乱暴に、ただ本能の欲求に従うように、俺を蹂躙する。
耳元で、怖い、と小さく叫ぶ声がした。
「あなたを……大切にしたいのに……っ。でも、すごくめちゃくちゃにも、したくなって、止まらな……っ。どうして……っ!」
 狂いそう、と吐き出す声をキスで受け止める。抱きついた背中に爪を食い込ませ、両足を腰にからめて、俺はもっと、と囁いてやった。
 嬉しいから。もっと狂え。もっと俺を求めろ、と。



 際限なく古泉は求め、俺はそれに応えた。
モラルだとか常識だとか、そんなものはとりあえず置いておけ。とにかく今の俺たちには、必要なことなんだ。お互いを求めること。欲しいって、思うことが。
「……っく……あ……」
「は……」
 とはいえ、さすがに体力の限界だな。いくら若いったって、限度というものがある。
 汗まみれの身体をベッドの上に投げ出すと、その上に重なるように、古泉もぐったりと脱力した身体をもたせかけた。何度イッたのやら、7回くらいまでは数えたがあとは憶えてない。これは明日……もう今日か、かなりつらいことになるな。
「はは……っ」
 思わずこみ上げた笑いに声をもらすと、古泉が、ようやくといった感じで顔をあげた。
「どうしました……?」
「見ろよ、ひでえぞ。シーツがぐっちゃぐちゃ」
 たまたまかぶせるタイプだったのが災いして、半ばめくれたシーツは皺だらけ。オマケにアレやらソレやらの染みがいたるとこについて、もう本当にぐちゃぐちゃとしか言いようがない惨状だった。上掛けも枕もとっくに床にずり落ち、マットまでがズレていて、まるでベッドの上を台風が通過したかのような有様だ。
「ああ……これはひどいですね……」
「大体、このベッドだって1人用の安物なんだ。こう酷使したら、そのうち壊れるぞ、きっと」
 古泉はシーツをしばらく惚けたように眺めていたが、やがて大きく溜息をついた。ぎゅう、と抱きついてくるその身体を受けとめ、頭を撫でてやる。
「なんだ、どうした」
「なんだか、自分が信じられなくて」
「ん?」
「セックスのときに、こんなに凶暴な衝動を感じたこと、いままでありませんでした。ダメだって思うのに止められなくて、あなたを壊してしまうのじゃないかと怖かった。それでもあなたが僕の名を呼ぶたびに、もっともっと欲しくて、いくらでもキスしたくて……」
 僕はどうしちゃったんでしょう、と途方にくれたようにつぶやくから、俺はぐしゃぐしゃと両手で髪をかきまぜてやった。
「ちょ、なんですか」
「ありがとな」
 汗混じりのシャンプーの香りに鼻をくすぐられながら、俺はそう言ってやる。
「お前は今日、本当の意味で俺を抱いてくれたんだ。お前自身が真実、俺を欲しいって思ってくれたんだよ。好きって気持ちはさ、時々すごく身勝手なんだぜ?」
「僕は……」
「嬉しいよ。お前が俺のこと、すごく好きなのがわかったから、とっても嬉しい」
 俺から去っていった彼女にだって、もちろん愛情は感じてた。あれももちろん恋だったとは思うけれど、古泉に抱く感情はそれとはまったく違っている。
 なんて言うんだろうな。言葉で説明はできないんだけど、すごくもどかしくて、泣きたくなる感じ。不安も感じるけど同時に満たされてるみたいな、あやふやな気持ち。
 たぶんこれが、あれなんだな。照れくさくて、とても口に出せなさそうな5文字の言葉。
「なぁ、古泉。あのさ……」
「はい?」
「えっと……俺さ、お、お前のこと……」
 気持ちを伝える、たった5文字。それだけなんだけどさ。
「………………ええぃ! 言えるかっ!」
「な、どうしたんですか一体」
 うるさい! 恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよちくしょーめ!
「すごく素敵な言葉が聞けそうな気がしたんですけど?」
「気のせいだ!」
 ずるいなぁ、と口をとがらせる古泉に、俺はつい吹き出してしまった。
古泉。お前と会って、もう数ヶ月がたつけどさ。
しかも、出会ったその日から、身体だけの関係ならさんざん繰り返してきちまってるけど。
なんだか俺たち、やっと今、はじまったんだって気がするんだ。
俺はもう二度と、お前も気持ちを、言葉を、疑ったりしない。
だから俺たちは、これから進めていこう。一歩ずつ、ゆっくりとな。
「とりあえず今度の休みに、新しいベッド見に行こうぜ。ちょっと大きめのやつな」
「そこそこの大きさでいいですよ? 広いと寂しいです」
「だが、そうじゃないとお前が落ちそうな気がする」
「だいじょうぶです。こう、くっついて寝ますから!」
「これから夏に向かうってのに、暑苦しいなお前」
 ヒドイです、なんて言っていじける古泉を、俺はくすくすと笑いながら抱きしめた。古泉も、さっきからずっと俺を離そうとしない腕にさらに力をこめて、幸せそうに囁く。
「そのうち、聞かせて下さいね。さっきの言葉の続き」
 まぁ、そのうちな。
そう答えた俺は、まったく疑っちゃいなかった。この幸せが、このままずっと続くんだってことを。あの言葉の続きを伝えられなくなる日が来ることなんて、考えもしなかった。

 ――翌朝、あんなことが起こるまでは。



「――古泉っ!」
 抱きしめる俺の腕の中に、全体重を預けてぐったりする身体。
その背中にはごついナイフの柄が生えて、根本から染み出す液体が、古泉のシャツをじわじわと赤く染めてゆく。
「古泉……こいずみ! しっかりしろ!」
 ぴく、と目蓋が震え、古泉がうっすらと目を開けた。その視線が俺を認め、柔らかく微笑む。心底、安堵したような笑顔で俺を見る。
「ああ……あなた、が……無事で……よかっ……」
 やめてくれ。俺はまだ言ってない。
お前に、あの言葉の続きを伝えてないんだ。
 再び目を閉じて脱力した身体を抱きしめて、俺は絶叫した。
「こいずみーーーーーーーーっっ!!!!」

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(2010.05.23 up)

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