I Love you からはじめよう。
02
 2年付き合った彼女がいたのだから、もちろん他人と肌をあわせるのは、初めてじゃない。
だが、男である俺はいつもなら主導権を握る側だ。
そりゃあ、彼女がしてくれることだってあったけれど、あくまでそれは手順のひとつに過ぎないものだった。こんな……こんな一方的に、されるだけの立場になったことなんて、ない。
「うぁ……っあ」
 最初は、押さえつけられて身動きがとれなくて、全身を這い回る古泉の舌と指の感触に必死に耐えていた。だけど、ざわざわと這い上ってくる感覚が気色悪さではなくて、えもいわれぬ快感だと悟る頃には、もう身体に抵抗するだけの力は入らなかった。
 いつの間に脱がされたのか、憶えてない。
 気がつくと俺は半身を起こして、俺の両脚の間で卑猥な水音をたてつつ揺れている髪をつかみ、息を荒げていた。先端から根本まで、そしてその下の柔らかな部分すら、じっくりたっぷり丁寧に舐められる。俺がどこが好きかをすぐに把握して、そこを中心に舌と唇と手をつかって愛撫する。
 もう頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられない。この快楽を与えているのが自分と同性だなんてこと、もはや問題にならない。ただ気持ちよくて、その感覚に翻弄されて、自分がどんな声を上げているかすらわからなかった。
「っは……あ、も、いっ……いくっ……!」
「んっ、はい」
 じゅ、と強く吸い上げられる。当たり前のように古泉は目を閉じて、それを待つ体勢になった。ああもう、ホントに……っ。
「……っああああああああ!」
 信じられないほどの快感をともなって、俺は射精した。その瞬間のことはよく憶えていないが、ふと我に返ったとき、古泉は喉を鳴らして俺の放ったものを嚥下したところだった。唇の周りや手指についた分まで綺麗に舐めている。頭の働かない俺がぼーっとそれ見ていると、古泉は当然といった顔で萎えた俺のソレをまた咥え、残りを吸い出したあげくに、舌で清めるかのように隅々まで丁寧に舐め取った。
 と、その舌がさらに下方に下がっていき、とんでもないところを舐め始めたから、俺はようやく身体を動かして、力が入らないまでも抵抗を試みた。
「な……そこ……やめ」
「こちらは、経験ないですか」
「何……が」
「だいじょぶですよ。しっかりほぐせば」
 身体を起こした古泉は、まだスエットをちゃんと着たままだった。俺の足の間に正座して、きょろきょろと周囲を見回している。
「ん、っと。……あ」
 古泉がベッドを降りてカラーボックスの棚から持ってきたのは、小さなプラスチックの容器だった。乾燥肌なの、と言ってた彼女が愛用していた、ベビーオイルだ。
「これ、お借りしますね。えっと、どっちがいいです?」
「へ?」
「挿れるのと、挿れられるの。あ、挿れる方でも僕、自分で準備するので平気ですよ」
 なんのことか、さっぱりわからない。
まだまともな思考の戻らない俺がボンヤリとしていると、首を傾げて俺を見ていた古泉がまた笑った。ぱち、とベビーオイルの蓋を開け、手の平に中身を出す。
「じゃあ、はじめてということなので、僕が」
「え……うわ!」
 身体をひっくり返され、腰だけをあげさせられる。さっき舐められた“とんでもないところ”にとろりと液体がたらされて、うわ、と思ってるうちにそこに……たぶん指、が入ってきた。
「や……あ……っ」
 あとから考えると馬鹿じゃないかと思うんだが、そのときの俺は、力抜いてくださいね、リラックスして、もうちょっと腰あげて、なんていう古泉の指示に、いちいち素直に従っていた。何度かオイルが足され、抜き差しを繰り返しながら指が少しずつ奥へと進んでいくうちに、最初は気持ち悪いだけだったその行為が、じわじわと快感としか思えない感覚を掘り起こし始めた。
 枕をしっかり抱え、すすり泣くような声をあげる俺の耳元で、古泉が嬉しそうに囁く。
「気持ちいいんですね……よかった」
 実際、俺はすでに数えるのも面倒なくらい、何度も達しては白濁を吐き出していた。中への刺激で勃ち上がるたび、古泉がそれをつかんで丁寧にしごき上げ、俺を導こうとするからだ。その都度真っ白になる思考にすべてがどうでもよくなって、俺はもう考えるのを放棄した。
 だから、指よりもっと大きな異物が入ってきたときも、俺には抵抗する気力なんて1ミリも残ってなかった。ひ、と声を上げてぎゅっとシーツをきつくつかみ、もうちょっと腰をあげてくださいという指示に諾々と従った。
 ごりごりと、固い、太いものが俺の中を浸食する。どこをどうされているのかわからないが、それが大きく激しく動くと、それにつれて俺の口から声がもれる。なんだか捕食されてる小動物みたいだ、とちらりと思う。
 懲りもせず勃ってる前を中と同時に刺激され、いいかげん枯れかけた喉からまた叫び声をあげて達したとき、一段と動きを早めた背後の男が、中に出しますね、と言った。
 何を? と思った次の瞬間、腹の奥に熱いものがドクドクと注ぎ込まれるのを感じた。

 体中の力を、すべて使い果たしたみたいだった。
全身を濡らす汗を、拭こうという気にもならない。寝返りすら億劫だ。
いつの間にか俺の上からどいて姿を消していた古泉は、戻ってきたときは濡らしたタオルを持っていた。あったかいタオルで優しく俺の汗をぬぐい、痛いところはないですか、なんて聞いてくる。
 答えるのも面倒だ。というか、だるい。それに、ちょっと熱っぽい気がする。
「はじめてだと、やっぱり負担がかかりますねぇ。あ、失礼します」
 古泉の手が、ぐいと俺の片足を持ち上げた。なんだ、と思ったとたん、指がまた後ろにもぐりこんでくる。
「ちょ……もうやめ……っ」
 まだ何かする気なのかこいつは。
冗談じゃない死んじまう、となけなしの気力を振り絞って抵抗しようとしたが、古泉はやっぱりやすやすと俺を押さえつけてしまう。
「ちょっと我慢してください。出しておかないと、身体に悪いですから」
 ぐぷ、と音がして、中から何かが掻き出されてきた。
「下腹に少し力いれて……ほら出てきた」
 どろりと中から流れ出てくる白いもの。これはあれか。古泉の。
うわぁあああああ! なんだこの羞恥プレイ! いっそ殺せ! 殺してくれ!
 何度も指を出し入れながらせっせと後始末に精を出す古泉を尻目に、俺は逃避行動に走った。すなわち、すべての思考を放棄して睡眠という安寧の中に逃げ込んだのだ。
 まぁ、気絶したともいうかもしれん。




 なるほど、こういう手口なのか。
同情を誘うような姿で家に上がり込み、寝込みを襲って無理やり犯す。目を覚ましたときには、金品やら金目のものやらはすべて盗まれ、犯人は逃走済み。男が男に強姦された、なんて警察にも届けにくくて、そのまま泣き寝入りするやつも多いんだろうよ。うまいこと考えてやがる。
 やれやれ。恋人と親友をなくしたその日に、今度は強盗にあって一文無しか。しかも男としての尊厳というか、なんか大事なものまで失ったぞ。ついてない。
 まだ半分眠っている意識の中、昨夜の出来事を忘れちゃくれなかった自分の脳みそを恨みつつ、俺はそう分析する。あんな人畜無害そうな顔しやがって、とんでもない悪党だ。あの綺麗な顔にすっかり騙された。
 カーテンの隙間から射す光が、覚醒を嫌でもうながした。しかたなく目を開ける……と、目の前にあったのは、すぅすぅと寝息をたてる人畜無害そうな綺麗な顔だった。
「こっ……! ……ったたたた」
 びっくりして飛び起きた途端、腰が悲鳴を上げた。
痛てぇというか、ありえないほどだるい。
 ちゃんとパジャマを着てはいたが、この腰のだるさといいシーツの惨状といい、枕元に転がった空っぽのベビーオイルの容器といい、夢ではありえない。記憶もしっかりしている。
 狭いベッドの端で平和そうに眠っている男の寝顔を見るうちに、むかむかと怒りがこみあげてきた。逃げなかった度胸は褒めてやろう。だがなんのつもりだ。俺がこのまま大人しく泣き寝入りすると思ったら大間違いだぞ。
「おい……起きろ」
 ドカ、と蹴飛ばしてやると、古泉はうっすらと目をあけた。ぱちぱちと目をしばたたき、まだ眠そうな顔で起き上がる。そして俺を認識すると古泉は、あろうことか、にっこりと微笑んできた。
「おはようございます。身体は大丈夫ですか?」
「おかげさんで、すこぶる不調だ」
「え、つらいですか。どこでしょう」
 なんて白々しい。心底心配してるようにみえるその顔に無性にイラっとして、俺は思いきりそいつをベッドから突き落とした。
「何が大丈夫ですか、だ! お前、自分が何したかわかってんのか。恩を仇で返しやがって、最悪だ!」
 床に転がったまま、古泉はびっくりした様子で俺を見ている。
「あの……怒ってますか」
「当然だろうが!」
「気持ちよく、なかったですか?」
「そ、いう問題じゃ」
「もしかして……僕は間違えましたか」
 途方に暮れたようなその表情に、拍子抜けする。なんだろう。思っていたのと反応が違う。
てっきり、ごまかそうとするか開き直るか、最悪、そっちが誘ったんだ、なんて言ってくるかと思った。
 正座してうなだれる姿を見ていると、なんだか俺の方がいじめてるみたいな気がしてくる。冗談じゃないぞ。拾ってやってメシまで食わせてやったのに、いきなり襲って来やがったのはこいつだ。
「すごく、気持ちよさそうだったのに。何回もいったし、いっぱい出したし……。それともやっぱり、挿れる方がよかったですか?」
「な……!」
 無神経なセリフに、カッと頭に血が上った。思わず襟首をつかんで、片手を振り上げる。だがその手を振り下ろす前に、激変した古泉の表情に愕然として手をとめた。
 古泉の顔は、底知れない恐怖に染まっていた。ガタガタと震える身体を縮こまらせて、だが逃げることもできずに硬直している。
「ご、めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
 壊れたおもちゃみたいにごめんなさいとひたすら繰り返す姿に、拾ったときのこいつの様子を思い出す。血のこびりついた唇、あざだらけだった頬や目元、寒いのに薄手のセーター1枚、靴下すらはいてない素足、妙にびくびくとしていた態度。
 俺は無言で、古泉のスエットをめくってみた。俺が正気なうちは、自分はまったく脱ごうとしなかった昨夜のこいつを思い出したから。
「あ……」
「お前これ……」
 案の定、古泉の身体は無数の傷とアザだらけだった。すっかり治って赤い線のようになっているものもあれば、まだ痛々しく張れているものもある。中には火傷の痕、というかどう見ても煙草を押しつけた痕のようにしか見えない傷まである。
 虐待、か……?
 肉親か、そうでないかはわからないが、こいつは日常的にさらされていた理不尽な暴力から、逃げてきたのか。箸の持ち方がおかしいのも、肉じゃがを食べたことがないと言っていたのも、そういうことを教えてくれる相手がいなかったせいなのか。
 そこまで考えて、俺ははっとした。
昨夜、俺を襲う前に、こいつは恩返しをしたいと言った。自分の快楽などそっちのけで、ただ俺を気持ちよくさせるためだけのやり方で、ひたすら丁寧に抱いてきた。
 強姦じゃない。あれは、自分勝手な欲を満たす行為じゃない。
俺に快楽を与えることだけを目的とした、奉仕、だったんだ。
 誰がこいつに、それを教えたんだ。アザができるほど殴って傷をつけて、さらにあんな方法で人に奉仕させることを教え込んで。それは一体、どんな教育方針なんだ。
 怒りで、目の前が真っ赤に染まった。
どこの誰か知らないやつを、死ねばいいと思ったのは初めてだった。
「あの……?」
 スエットをまくりあげたまま、微動だにしない俺が心配になったのか、古泉が顔をのぞきこんできた。俺はスエットから手を放し、座り込んだまま俺を見上げている古泉を見下ろした。
「古泉」
「は、はい?」
「俺が好きか」
「えっ」
「いや……昨日会ったばっかりじゃあれだな。俺のこと、好きになれそうか?」
 古泉は、少し困った顔をした。そうだな、こんなこと唐突に聞かれても、とまどうよな。
そう思ったけれど、古泉の困惑はちょっと意味が違ったらしい。
「あの、僕、好きとかそういうの、よくわからないんですけど」
 言葉を選び、考えながら、古泉は精一杯真摯に、俺に答えようとした。
「……一緒にいたいなと思うのは、好きってことでいいんでしょうか?」
「ああ、そうだな。いいと思うぞ」
「だったら、僕はあなたが好きです」
 そうか、と俺はうなずいた。
「ならお前、しばらくここにいるといい」
 思いがけないことを言われたという顔で、古泉はぽかんと俺を見つめた。
「……いいんです、か?」
「ああ。お前を拾うことにしたのは、俺だからな」
 古泉の顔に、心底嬉しそうな笑みが浮かぶ。それを向けられた俺も、なんだかいろんなことをすっとばして、まぁこれでいいか、なんて思っちまった。
迷い込んできた猫がなついた瞬間って、こんな感じなのかね。



 こうして俺の部屋には、その日から住人が1人増えた。
住人というか、拾ったんだからペットなのかな。このアパートはペット禁止なんだが、なんとかごまかすしかないか。拾っちまった以上、飼い主として責任をとらなきゃいかんからな。
 ……まぁ、ペットにしちゃあ少々かさばりすぎだとは思うんだが、しょうがないさ。

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(2010.04.25 up)

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キョン、流されすぎ(笑)