xxx -キス・キス・キス− 

【お題】xxx
「おかえり、古泉」
 閉鎖空間の灰色の空が、ひび割れて崩れ去ったあと。
通常空間に復帰した僕の目の前、道路を照らす外灯の光の中に、彼は立っていた。
パーカーのポケットに手を突っ込んだまま、行ってきますと告げたその場所で、
約束通りに彼は待っていてくれる。
「ただいま、戻りました」
「ん。お疲れさん」
 うなずいてポケットから手を出し手招く彼に、僕は近づいてその両腕をつかむ。
そして心得たように目を閉じる彼の唇に、そっと自分の唇を触れあわせた。
「んっ……」
 ピク、と彼の身体が震える。ちゅ、と音を立てつつ唇を離し、もう一度
角度を変えて唇を押しつける。2度3度とくりかえすうちに彼の身体の
こわばりはほどけ、その手がぎゅっと僕の服の裾をつかんだ。

 そんなキスをしている僕たちだが、実は別につきあっているわけでもなんでもない。
僕はもうずっと1年ほども前から、彼に片想いしたままだけれど、彼が許してくれているこれは、
そういう意味のキスじゃない。
 これはご褒美なのだ。
閉鎖空間から無事に戻ってきたことへの、彼からのねぎらい。
数ヶ月前にかわした約束を、律儀に守る彼の真面目さにつけこんで、僕は
この至福のときを、ただ甘受し続けている。一体いつまで、彼の優しさと
忍耐が続くものなのかという恐れを、考えないように頭の隅に追いやりながら。



 始まったのは、数ヶ月前のある朝のことだ。

「おーっす、古泉。おはようさーん」
 パシッと背中を叩かれて、思わず悲鳴をかみ殺す。
ぐっと痛みを押さえ込み、背中を叩きざま追い抜いていったクラスメイトに、
いつも通りにこやかに、おはようございます、と答えることに成功した。
 クラスメイトは特に疑問を抱いた様子もなく先に校門の中へと走っていき、僕は
それを隠し通せたことに安堵して、ホッと溜息を吐き出した。
 ――のだが。
「古泉」
 聞き慣れた声に名を呼ばれ、思わずびくりと肩をすくめて立ち止まる。
ゆっくりと振り返ると、そこにいたのはやはり、仏頂面をした彼、だった。僕以外の
大抵の人に、キョンと呼ばれている彼は、怒っているのかと思えるような不機嫌な顔で、
じっと僕を見ていた。
「お、はようございます……。今日はまたずいぶんと、早いですね?」
 いつもなら彼は、遅刻にならないギリギリの時間に登校する。予習の時間を取るために
早めに登校する僕と、登校時間がかぶることなんてあるはずないのだが。
 彼は僕のその疑問には答えずに、ズボンのポケットに親指を引っかけたまま、
顔を貸せと顎だけで僕をうながした。
 連れて行かれたのは部室棟の裏手で、こんな時間にはもちろん人通りがあるはずはない。
彼はそこで、いきなり僕にひと言「脱げ」と言い渡したのだ。

 誤解無きよう言っておくが、その時点で僕と彼は、早朝いきなり二人きりになり、
お互いに服を脱いでかわす濃密なコミュニケーションを取るような間柄ではなかった。
 もちろん彼に絶賛片想い中の僕からすれば、そんなコミュニケーションだって
まったく吝かでないのだが、まぁ、告白すらおぼつかない立場と性格の自分に
そんな望みを抱く資格がないのはわかっている。

 話が逸れたがつまり、彼がいきなりそんなことを言うのはまったく予想外で、
一体彼に何が起こったのかと……いえ、すみません。心当たりはあります。
「嫌ですよ。なんでいきなり学校でストリップしなきゃならないんですか」
「全部脱げとは言ってない。とりあえずブレザーだけ脱いで、背中をこっちに向けろ」
 ああ、やっぱり。とぼけようとしたが、無駄のようだ。
 僕は予感が当たったことに溜息をつき、言われた通りにブレザーを脱いで、彼に
背中を向ける。近づいてきた彼の手が、シャツの裾を制服のズボンのウエストから
引っ張り出してまくりあげた。
「……ひでえな」
 シャツの下、上半身を覆い尽くすように巻いてある真新しい包帯に、彼の視線が
注がれているのを感じる。僕は彼に背を向けたまま、肩をすくめてみせた。
「そうでもないんですよ。ビルの壁で背中を打ってすりむいただけなんです。
傷は浅いんですが範囲が広いので、包帯が大げさに見えるだけですよ」
「でもさっき、叩かれて痛がってた」
 白い包帯を撫でながら、彼がつぶやく。そこからじわじわと熱が伝わってくる気がして、
僕は思わず目を閉じる。
「すりむいたところが、ヒリヒリするだけです……すぐに収まりますよ」
「なんか……すまん。昨日のアレは、俺のせいだな」
「いえ……」
 シャツを元通りに整え直し、ブレザーに袖を通しながら、僕は苦笑する。
確かに昨日の部室での一幕は、どうかばっても彼のせいではないとは言えなかった。

 とはいえ、事の発端を作ったのは涼宮さんの方だ。だが、彼女が唐突に言い出した
無理難題を窘める際に、話の流れで涼宮さんを、朝比奈さんと比較しておとしめるようなことを
言ってしまったのは、彼の失言以外の何ものでもないだろう。
 もちろん彼としては冗談のつもりだったのだろうし、涼宮さんが本気で傷ついた顔を
見せたことに気づいたあとは、土下座せんばかりの勢いで謝ってはいた。
 が、涼宮さんはそのままその日の団活の終了を宣言して一人で帰ってしまい、
残りの4人……いや、長門さんは普段通りだったから3人か……が、気まずげに
黙り込む中、僕の携帯が鳴り響いて閉鎖空間の発生を知らせた、という顛末だった。

「しかたないですよ。誰でも、失言することはあります」
「ハルヒにはあのあと、電話でもさんざん謝り倒して、やっと許してもらったんだ。
でも、間に合わなかったんだな。お前にそんなケガをさせちまうなんて」
 彼は見てすぐに分かるほどに、自分の失言を悔やんでいた。
 彼女を傷つけたことに対してもあるのだろうが、それが原因で僕が閉鎖空間に
呼びだされることになり、さらにケガをさせてしまったことにも負い目を
感じてくれているらしい。こんなの、僕の不注意なのに。
「僕のケガは、僕自身の責任ですよ。たるんでいると、森さんにも怒られました」
 それでも彼の表情は晴れない。何かを思い巡らせるように、空を見上げ、地面を見て、
また視線を僕に戻した。
「……最近、また増えてないか。アレの発生件数」
「そう……ですね。涼宮さんが中学生の頃よりは全然マシなんですが」
「俺が原因作ってることも多いんだろうな。なんでかハルヒとは、衝突することが多いし……」
 よっぽど相性が悪いのかな、なんて言ってる彼は本当に、鈍いんだか頑固なんだか。
どうあっても、涼宮さんの想いを悟る方向には考えがいかないらしい。
「どうすりゃ、怒らせずにすむんだか……」
「…………」
 だけど、今、彼がこんなことを言い出したということは、もしかしたら彼と彼女の仲が
変化してゆく兆しなのかもしれない。彼女の心が安定し、僕がお役ご免になる日も案外
近いのかも。それは喜ばしいことのはずなのに、やっぱり心のどこかがチクチクと痛む。
「まぁ、それはともかくだな。俺が原因でお前が苦労してるんなら、やっぱり謝って
おくべきなんじゃないだろうかと思ったわけだ」
「そんなことは……」
 まとめるようにそう言って、小さくすまんなとつぶやく彼を、僕は止めた。
 確かに閉鎖空間の発生は、彼が原因を作ることが多い。
でもそれは彼が悪いんじゃない。謝るようなことじゃない。
「あなたに謝っていただくようなことじゃないですよ。あなたや涼宮さんが悪いわけでは
ありません。これは僕の使命なんですから」
「古泉……」
 それでも彼は、納得できない様子だった。彼のそんな様子に、僕は不謹慎にも
少しだけ嬉しくなってしまう。彼が僕のことで、こんなに悩んでくれるなんて。
 だけどやっぱり、彼が苦悩する姿はあまり見ていたくなくて、僕はいつものような
冗談めかした口調で、ではご褒美をいただけますかと言ってみた。
「ご褒美?」
「ええ。あなたが僕に何か報いたいと思ってくださるなら、僕が閉鎖空間を
処理して無事にこちらの世界に戻れた時、それに対するご褒美をいただけると、
さらにやりがいが増すというものです」
 彼は少し首をかしげ、褒美と言われてもなとぼやいた。
「俺にはお前にやれるものなんてないぞ。毎週の理不尽な搾取のせいで、俺の
サイフは常に最軽量の状態を保っている」
「そうですね。……では、金銭的に負担のかからないものということで」
 ばくばくと激しく脈打つ鼓動を悟らせないよう、にっこりと微笑みながら、
僕はなるべく軽く、なんでもないことのように聞こえるよう提案した。
「キスを、いただけると」
「はぁ?」
 思った通り、彼は眉をしかめて不審げな声をあげる。
「キスって、あのキスか」
「ええ。唇でもって対象に行う、一次接触のことですね」
「男にされて嬉しいのか、それ」
「実は僕は、幼少時は外国で育ちまして」
 しれっとした顔で、得意の嘘八百を並べ立てる。
「親しい者同士での挨拶といえばキスが普通だったんですが、日本ではその習慣は
あまり一般的ではないようで、ちょっと寂しいなと思っていたんですよね。
親しい友人からいただくねぎらいのキスは、僕にとっては何よりの報酬です」
「はぁ……そんなもんかね」
 納得したようしないような微妙な表情で、彼はもう一度首をかしげた。そして
またしばらく考えてから、よしわかったとうなずいた。……マジですか。
「とりあえず、ゆうべの分な。ほら来い」
 ちょいちょいと手招かれ、僕は雲を踏むような思いで彼に近づく。
 夢にまで見た彼の唇が……僕に。

 目を閉じろと言われた僕は、その言葉に従い、彼の唇を待ち受ける。
挨拶にと言い訳したので、当然それは頬か額あたりに来るものと思っていた。
「んぅっ!?」
 が、彼が思い切りよく触れてきたのは、なんと僕の、唇だったのだ。
 肩をつかまれ不器用に押しつけられた彼の唇は、数秒間触れたあと離れていき、
目を開けたときには彼はすでに背中を向けて立ち去ろうとしているところだった。
「あの……!」
 僕の呼びかけに彼は振り返らずに右手をあげて応え、閉鎖空間に行くときは呼べ、
出たとこで待っててやるからと言い置いて、校舎の方へと戻っていった。



 それからというもの、閉鎖空間が発生するたびに、彼は律儀に現場にやってきて、
処理が終わるまで通常空間で待っていてくれる。約束を果たすために。
 とはいえ深夜や明け方にはさすがに連絡できず、授業中や団活の時に僕が
バイト≠ノ赴くときに同行するわけにもいかないのだが、それでも彼は大抵翌日に、
わざわざ9組までやってきては僕を呼びだし、人気のない場所でちゃんとご褒美の
キスを与えてくれる。
 お疲れさん、という言葉が合図で、一歩分近づく僕にあわせて彼は目を閉じる。
その腕をつかむと、彼は伸び上がるようにして、唇を触れあわせてくれるのだった。

 が、好きな相手とそんな接触をくり返していれば、さらに欲が出てくるのが
人間の……いや、僕の浅ましいところだ。
 決して歓迎できない事態であるはずの閉鎖空間の発生を、心待ちにしている自分には
とっくに気がついていて、自己嫌悪と申し訳なさに落ち込んだりもしたが、それよりも
最近はもっと困ったことになりつつある。
 もともと僕に対する罪悪感と義務、そして高校生らしい好奇心でそれを始めたのだろう
彼は、数ヶ月の間に何回もくり返すうちに、すっかりキスがうまくなってしまったのだ。
 しかも慣れたせいかやり方は徐々に大胆になっていき、壁に押しつけられたり、襟元を
ひっぱられたり、頬を両手ではさまれたりとバリエーションが増えてきた。大胆ですねと
言ってみれば、いつも同じじゃつまらんだろうと、どうとっていいのか悩むような答えが返ってくる。
 彼とのキスはどんどん気持ちよさを増していき、口づけたときに鼻先をくすぐる息や
ときおり漏れる小さな声に煽られて、たまらなくなってしまうことも多々ある。
あわてて頭の中で素数をかぞえたり数式を唱えたりしながら、平静を装うのが精一杯だ。

 口づけるたび、それをくり返すたび、もっともっと欲しくなる。
それ以上を望んでも無駄なことはわかっているのに、少しだけ与えられたことに
満足していればいいのに、与えられたばかりに欲望が際限なく高まっていく。
 普通なら、何もなかった時よりも少し進展したと喜ぶべきところかもしれない。
でも進むわけがない、進むべきではない、進んじゃいけないという事実が大前提の
僕にとっては、与えられたものは毒でしかなかったようだ。
 もう止めた方がいいのはわかっている。
すればするほど、苦しさが増すのもわかっている。
でも止められない。
彼の与えてくれる禁断の実は、甘すぎて手放せない。
なんて質の悪いリンゴだろうと思いつつ、その日もまた発生した閉鎖空間に、
僕ははずむような気持ちで赴くのだった。



 そんな、うかれた気持ちで戦闘に出たのが悪かったのかもしれない。
「古泉!」
 同僚の声が耳に届いてはっとした次の瞬間には、身体は地面にたたきつけられていた。
衝撃に息がつまる。目の前が真っ赤に染まる。痛いという感覚はまだなく、ただ苦しい。
 神人が踏み荒らしたそこはアスファルトがめくれて盛り上がり、瓦礫の山になって
いたから、カケラか何かで切ったのかもしれない。視界に自分のものらしい夥しい量の
出血を認め、数人の仲間たちがかけよってくるのを確認してから、僕は意識を手放した。

 幸い、出血が派手だっただけで、怪我自体はそうひどいものではなかった。
治療を受けたあと、貧血がひどいから自宅で大人しくしているようにと追い返された。
仕方なく部屋で一人伏せっていると、今日は発生が早朝だったから知らせてなかったはずなのに、
それどころか場所すら教えていないのに、彼が僕の部屋を訊ねてきた。
 まぁ、長門さんの仕業だろうと思ったので、僕はただ、いらっしゃいませと笑って、
彼を自室に迎え入れた。
「大丈夫なのか」
「はい。見た目ほどひどくはありません。明日は学校にも行くつもりです」
「そうは見えんが……」
 不機嫌に見える表情は、彼が心配してくれている証拠だと知っている。本当に
大丈夫なんですよと微笑む僕をしばらくにらみ付けるようにしてから、彼は
まぁいい、と溜息をついた。
「食い物買ってきたから、腹減ったら食えよ。別に食事に制限はないんだろ」
「ありがとうございます。口の中もちょっと切ったので、熱いものや辛いものは
少々つらいかもしれませんが」
「そうなのか。見せてみろ」
 驚いたように彼はベッドに身を乗り出して、僕の顎をつかむ。
「ちょ、重いですよ」
「口開けろ、口」
 のぞき込んだってわかるとは思えないのだが、彼はぐいと顔を近づけて来る。
吐息が僕の鼻先をくすぐって、にわかにドキドキと心臓が騒ぎ出した。
「中はよくわからんな、暗くて。あ、唇の端が切れてる」
「……っ!」
 おもむろに舌を出したかと思ったら、ぺろ、と彼が僕の唇の端を舐めた。
柔らかく湿ったものが触れた部分に、痺れが走る。
 血の味がする、と眉を寄せる彼の顔を呆然と眺め、僕は突然わき上がった
制御しきれない衝動と戦っていた。
 もう、なんなんだこの人は。どうしろっていうんだ。
 なんかいろんなものが欠落してるんじゃないのか。
 危機感とか警戒心とか羞恥心とか、そういうものが。
 命取りじゃないか、そんなの。
「……あなたは、今日は何をしにいらしたんですか?」
「ん? そりゃ様子見に」
「そうですか。じゃあ、もちろんいつものご褒美は、くださるんでしょう?」
 ほんのちょっと、彼はひるむ。きっと僕の様子が、普段とは違って見えたからだろう。
捕食される草食動物の本能というか。
「ああ、まぁ……そうだな。いいぞ」
 彼がうなずくのと同時に、ベッドに乗り上げていた彼の身体を引っ張り、シーツの上に押し倒した。
彼があっけにとられているうちに、覆い被さるようにのしかかって、唇を重ねる。
そしてその勢いのまま、その唇をむりやりこじあけて、中に舌をねじこんだ。
「んっ……ぅ」
 反射的に逃れようとする身体を押さえつけて、ねじこんだ舌で彼の舌をからめとる。
ちゅくちゅくという生々しい水音と、苦しそうな彼の声が鼓膜を震わせる。
背筋にそって戦慄が走り抜け、バカみたいな興奮が僕を昂ぶらせた。
やわらかく湿った熱い感触を夢中で味わい、もはやどちらのものかもわからない唾液を
すすり上げて、息苦しさにめまいがしてもやめなかった。
 いつのまにか暴れるのをやめた彼の手が、ぎゅっと僕のパジャマの二の腕あたりを
ひっぱるようにつかんでいた。

 我に返ったのは、ようやく唇を離して見下ろした彼が、上気した顔とうるんだ瞳で、
僕をにらんでいるのに気がついたときだった。ベッドに転がったまま、手の甲で唇を
ぬぐいつつ、乱れた息をついている。
 しまった、と思った。ここまでしてしまえば、さすがに挨拶のキスなんて域はとっくに
越えてることなど、子供にだってわかる。やってしまった、と思ったが、すでにそれは
正しく後の祭りというものだった。
「あの……申し訳ありませ……」
「血の味がする」
 謝ろうとした僕の声をさえぎり、彼が不機嫌そうに言った。
「口の中、実はかなりひどいな? 歯は大丈夫なのかよ」
「え……はい。歯は……」
「そうか。よかったな、歯抜けじゃカッコつかんからな」
 よ、とかけ声をかけつつ、彼はベッドの上に半身を起こした。
思わず拍子抜けしてしまう。……なんか、平常通り?
「あの……」
「ん、なんだ」
 ……あれ?
 いつもと変わらない様子に見えたが、違和感に気がついた。彼と、さっぱり目があわない。
視線が微妙にそらされたまま、でも無視されてるわけでもない。
「あのっ……」
「だからなんだよ」
「もしかして……嫌、じゃなかった、んですか?」
 今のキス、と言ったとたんに、彼の顔がいきなり赤く染まる。
しばらく言葉もなく気まずい沈黙が流れたあと、彼はやっと赤いままの顔をあげて、
僕に視線を向けた。
「あのな、古泉」
「はい?」
「俺は、ごく普通の男子高校生なんだよ。お前ら機関≠ェ保証してくれた通りな」
「それはもう、よく知ってます」
「だからだな。お前はそろそろ、いろんなことに気がつくべきだと思う」
 赤く染まったたままの仏頂面、という妙な顔で、彼はさらに言い募る。
 はて、いろんなこと、とは?
「そんな普通の高校生男子が、マウス・トゥ・マウスでキスする意味とかな」
 ご褒美だ挨拶だって、そんなことで出来るものなのか、常識で判断しろよボケ、と
彼は拗ねたような口調で言い捨てた。

 ええとそれは……もしかして、そういうことでいいんだろうか?

「じゃあ、今みたいなキス、を、またしてもいいんです、か?」
「すればいいだろ」
「そ、それならもっと、別の場所にもキス、していいですか」
「別の場所ってどこだ」
「耳、とか……、首とか、あと鎖骨とか胸とか」
「したけりゃしろ」
「あの、それじゃあもっと下の」
 彼の顔に、何を言い出す気だコイツ、と言わんばかりの表情が浮かぶ。
でもそれが不快のあらわれというわけではなく、照れているようにしか見えないのは
どうしたことなのだろう。
「――臍、とかにも、していいですか」
 とたんに彼は、プッと吹き出し笑い始めた。なんだそりゃ、マニアックだなと
言いつつさらに笑う。
「ヘソかよ。……まぁ、いいぞ。そのうちな」
 それを聞いた僕は、こみ上げる嬉しさのままに彼の身体をきつく抱きしめる。
そして、じゃああと肩と指先と手のひらとお腹と背中と太ももとふくらはぎと
足の爪と……とキリ無く数え上げて、彼にさらに笑われた。

 彼の身体のあらゆるところへのキスを予約してから、僕はまず一番大好きな
唇へのキスから開始したのだった。

                                                 END
(2010.11.21 up)
たぶん、外国でもここまではやらない(笑)