なんでもない日常

【お題】なんでもない日常

 彼が、その居酒屋で高校時代の同級生を見かけたのは、単なる偶然だった。
 その同級生のことは、本名はもちろん知っているけれど、キョンという
少々マヌケなあだ名でしか呼んだことがない。けっこう仲はよかったはずだが
卒業以降は親交も少なくて、互いに25歳になろうという今日まで、会う機会といえば
数年に一度催される同窓会くらいだった。
 居酒屋の奥のテーブル席に座る同級生は仕事帰りらしいスーツ姿で、グラスを傾ける
仏頂面はあの頃とも数年前に会ったときともまるで変わりなくて、そのあまりの変わらなさに
思わずにやついてしまう。
 声をかけようと思いたった理由はもちろんなつかしかったというのもあるが、
それよりなにより重大なのは、彼と同じテーブルについているのが、自分たちより
いくつか年下らしき女性ばかり3人というメンバー構成にあった。ハーレムかようらやましい、と
思った次の瞬間には、彼はそのテーブルに近づいて声をかけていた。
「よぅ、キョンじゃねえか。奇遇だな」
 ふと顔をあげた同級生の顔に、驚きの表情がひろがる。自分自身でもそれほど
外見が変わっているとは思えないから、驚いたのは単に思わぬところで知人に
会ったからというだけの理由だろう。
「谷口! なんだよ。どうしたんだお前」
「どうしたもこうしたも、飯食いに来ただけだぜ? 独身のしがないひとり暮らしだからな、
家に帰っても食うもんなんかないわけよ」
 さりげなくフリーの身であることをアピールしつつ、彼はおどけたように肩をすくめてみせる。
「そこで、こーんな美女軍団に囲まれてる元同級生を見ちまったら、声かけねえわけには
いかねえだろ? ん?」
 えー、先輩の同級生だったんですかーすごーい偶然ー、などという会話を女性陣と
かわしつつ、彼はまんまと同じテーブルに席を確保することに成功した。
 もちろん元同級生と旧交をあたためるべく、なんて理由は口実であって、本音は
なかなか可愛い子ぞろいの女性たちとの親交を深めたいからに決まっている。
キョンってなんですか、あだ名だよこいつの、やめろそれで呼ぶな、なんて定番のやりとりも、
目的のためには恰好の話題といえた。
 そんな谷口の本音に気づいているだろうキョンも、お前も相変わらずだなと肩を
すくめるのみだったから、別にこの中に落としたい相手がいるというわけでもなさそうだなと、
谷口はこっそり心の中でガッツポーズを決めた。


 ――が、注文した酒や料理が届く頃、谷口は早くも最初のがっかりを味わうことになっていた。
ひととおりお互いの紹介をすませ、何の話をしていたのかと聞いたところ、女性陣の中でもっとも
谷口好みだったふわふわセミロングの彼女が、婚約者との結婚式を目前に控えた身であると
判明したからだ。
 本日はその彼女が親しい同僚と一緒に、先輩でありチームリーダーでもあるキョンに相談に
のってもらうというのが主旨の集まりであるらしい。
「へぇ〜。どんな相談?」
 焼いたホッケの身をほぐしつつ、聞いてみる。もしかして新婚ラブラブ生活についての
お悩みだったり? と軽口をたたいたら、婚約中の彼女はちょっと拗ねたような表情になり、
隣に座ったキョンからは仏頂面のまま肘鉄をくらった。
どうやら図星だったのかと取り繕うように視線を向けると、キョンは困った顔で笑って、
また肩をすくめた。
「マリッジブルー、とかいうやつらしいぜ」
 そうなんですよぅ、と婚約中の彼女の右隣に座っていた、少し幼い感じにみえる
ショートカットの女性が口をとがらせる。
「この子ったら、式はもう1ヶ月後だっていうのにいまさら、このまま結婚しちゃって
いいのかな、なんて言い出すんだから」
「そうそう。夫と言ってもしょせん他人なのに、一緒に暮らしていけるのかしらなんてね」
 さらに左隣に座っている赤いフレームの眼鏡の女性が、言葉をついで大きく溜息をつく。
槍玉にあげられている婚約中の彼女は、拗ねた顔のままでだってとぼやいた。
「今までは別々に暮らしててたまに会うだけだったけど、結婚したら同じ家に
住むわけじゃない。四六時中一緒にいるって、どんななのかなって思って……」
「この調子でうだうだ愚痴ってるから、そのあたりどうなのか聞こうと思って、
先輩を誘ったんですよ」
 ショートカットの子にそう言ってにっこりと微笑まれ、グラスに口をつけていたキョンは
酢を飲んだような顔になる。谷口はなるほどねぇとうなずいてから、あれ? と首をひねった。
「キョン、お前いつ結婚したの?」
「してねぇよ」
「だよなぁ」
 今ではあまり親交がないとはいえ、高校時代はそれなりに仲がよかったから、
結婚するなら披露宴は無理でも二次会ぐらいなら呼ばれるだろうし、式を挙げなかったと
してもお知らせの葉書くらいはくれているはずだと思う。
現に、一昨年出来婚したという国木田からは、ちゃんと結婚とジュニア誕生の報せを兼ねた
葉書が届いたし。
「独身なのに、結婚生活についての相談? 人選間違ってねぇ?」
「えー、でも」
 キョンが答える前に、眼鏡の子が横から口をはさむ。
「結婚こそしてないけど、もうずっと同じ相手と同棲してるって聞きましたよ−」
「お、そうなのか?」
「まぁ……」
 もちろん谷口としては、相手は誰なんだ教えろもしかして俺の知ってる奴か
まさか涼宮なのかそうなのかそれとも長門有希か朝比奈さんだとか言ったらただじゃおかねぇと
詰め寄りたかったのだが、それよりも婚約中の彼女の方が一足早かった。
「ぜひ、そのへん教えてください! 他人と暮らすってどんな感じなのか、
あと出来れば長続きの秘訣もっ!」
「んなこと言われてもな。あいつとは確かに長い付き合いだが、秘訣とかわかんねえよ。
別に特別なことは何もしてないし、ごく普通に暮らしてるだけだぞ」
 あー、そうらしいな、と谷口は腕を組んで、うんうんとうなずいた。
「ずっと一緒に暮らしてると恋人ってより家族になっちまって、恋人同士だったころの
トキメキとかなくなるし、キスすらろくにしないって、よく聞くよなー」
「アホ」
 キョンに思いっきり脇腹をどつかれて、谷口はしまったと顔をあげた。
つい調子よく一般論を語ってしまった。これでは、婚約中の彼女のマリッジブルーを
解消することはできない。口が滑った。
 あわてて彼女の顔色をうかがうと、なんだか泣きそうな顔になっていてますます焦ってしまう。
「あ、いや、それはもう何十年も連れ添った熟年世代の話で……いくらなんでも、
数年じゃそんなことにはならねえよな、うん。ああ、そうそう。そういや、キョンとこは
同棲して何年くらいなんだ?」
 わたわたしながらなんとか場を取り繕おうと、キョンの方に話を振る。キョンは
やれやれと溜息をつきながら、そうだなと言った。
「……もう7年くらいになるかな」
「おおう、7年か! いい感じだな! キスくらい、今だってちゃんとするよな?」
「あー……まぁな」
 微妙に目をそらしつつ、キョンはうなずいた。女性たち3人が目を輝かせて食いつく。
「ホントですかっ! 1日にどのくらいします?」
「お出かけのキスとおやすみのキスはしますよねっ」
 内心、7年もたったらそんなに頻繁にはしないだろ、外国じゃあるまいし、
1日1回あればラブラブだぜ、と思いつつ、谷口も調子をあわせて肩をたたく。
「まぁ、そんなもんだろ? なぁ、キョン!」
「んー……?」
 何を考えているのか、あらぬ方向へ視線を飛ばしてうなっていたキョンは、やがて
無言で指を折り始めた。ブツブツと何をつぶやいているのかと谷口が耳を寄せると、
帰宅後、夕飯前、風呂……と唱えるのが聞こえてくる。
 やがてキョンは折り曲げた自分の指を見下ろしつつ、ボソリとつぶやいた。
「……7回?」
「はぁ?」
 両手の指を折っているキョンに、全員の視線が集中した。今の流れだと、キスの
回数だよな、1日の、と谷口が確認している間に、キョンの指はさらに折られ、
しかもあろうことか数本が再び開かれた。
「休みの日だと、プラス5回くらいだな」
 ぽかん、と自分を見つめる全員の視線に気づき、キョンは、ん? と首を傾げる。
「どうかしたか?」
「いや……1日に、だよな?」
「そうだな」
「へぇ……7回。1日に」
「キスが好きらしくてな。あんまりうざかったから、減らさせたんだ」
 それでか、という言葉を飲み込んだのは、おそらくその場にいた全員だったろう。


 最初に、はっと我に返ったのは婚約中の子で、彼女はぐっと身を乗り出して、
新婚生活の参考にしたいので聞かせてくださいっとキョンに詰め寄った。
「参考ったって、ごく普通に暮らしてるだけだって言ったろうが」
「それでいですっ! 先輩の、なんでもない一日について教えてください。
まず朝起きたとこからっ! さぁ! あ、ちなみにベッドは一緒ですか!?」
「まぁな。……最初はベッド2台あったんだが、あんまり意味なかったんで1台は妹にくれてやった」
 谷口はそれを聞きながらグラスに口をつけ、しばし言葉の意味を考えた。
そして、つまり別々に寝ることがほとんどないから必要ないのだ、という意味だと
理解して思い切りむせかえる。
「なんだよ谷口……落ちつかねえな」
「すっ、すまん。それで、ふたりとも働いてんだよな?」
「ああ。朝はだから、普通に朝飯食って普通に出かけるだけだな」
 それでも、1日7回平均ってことは、その時点で2、3回くらいはキスしてないと
あとが厳しいよな、と谷口は考える。朝っぱらから結構なことで。
 谷口のそんな様子に気がつかず、キョンは眼鏡の子にメールって来ますか? と
聞かれて顔をしかめている。
「あんまり頻繁に送ってくるんで、うぜえって怒ったことがあるな。用事があるとき
以外はメール禁止にしてやったんだが」
「えー、先輩それはひどいですよ」
「そうは言ってもな。通勤途中に見た猫が可愛いだの、今日の社食の牡蠣フライが
旨いだの、桜が咲いてただの送ってこられても、返事書くの大変だろ」
 それでも返事はするのか律儀だなと思いつつ、谷口は、まぁ女ってのは他愛ない
メールが好きだよなと相づちを打つ。
「それで、禁止にしたらメールは減ったのか?」
「いや」
 キョンはますます苦い顔で溜息をついた。
「どうでもいいことを、用事を装って送ってくるようになった」
「ど、どんな」
「まぁ、猫が可愛いからカメラを買おうと思う、いいだろうかとか、桜が咲いていたから
遠回りして帰りますとかな。いっぺん、忘れ物したっつーからどうしたって聞いたら、
出がけのキスを忘れたとかぬかしやがったときは、思わず電話して怒鳴ったけど」
「そ……うか」
「もう面倒だから返事は5,6通に1回くらいだ。だから、俺から送るのは
1日5通ってとこかな」
 毎日、最低でも25通はメールが来るのか……と、たぶんみんな内心で計算したことだろう。
「ま、それくらいだな。あとはごく平均的な暮らしだよ」
 平均ねぇ、とつぶやいて、谷口はどこ調べだよと心の中で突っ込んだ。
「平均的だろ? あとは普通に夕飯食って後片付けして、風呂の準備して一緒に入って……」
「えっ!? お風呂、一緒なんですかっ?」
 びっくりしたように口をはさむショートカットの子に、キョンはまじめくさった顔でうなずいた。
「一緒の方が、ガス代かからんだろ? うちの風呂場、けっこう広いから二人でも余裕だしな。
部屋探すときに、あいつがやけに風呂の広さにこだわったもんで」
「えっと、節約のために一緒に……というのは先輩が?」
「いや、俺は風呂くらい一人でゆっくり入りたいって言った。んだが、髪だって背中だって
自分で洗うよりやりやすいはずだって主張されて、そんなもんかなと」
「はぁ……」
 髪と背中の洗いっこ付きなのか、ともはや全員突っ込む気にもならなかった。
 そのために風呂の広さにこだわったわけか、策士だな彼女、と納得しつつ、谷口は
ちょうど届いたアルコールのおかわりをすすめながら、キョンの肩をたたいた。
「しっかしなぁ、キョン?」
「なんだ」
「またえらく積極的っつーか肉食な嫁さんだな。お前、尻にしかれてんじゃねーのか?」
「なんでだよ」
「まぁ、お前は昔っから、そっち方面は鈍感通り越してたからなー。もしや不感性か
それとも齢16にしてすでに枯れてんのかと、かなーり心配してたんだぜ? 親友としてはよぅ」
「誰が親友か。年中盛りっぱなしだったお前と一緒にすんな」
 嫌そうな顔で吐き捨ててグラスを傾けるキョンに、冷てえなお前は! とわめいてから、
谷口はニヤリと笑う。
「お前そんなんじゃ、夜のアレやらコレやらもカノジョに主導権にぎられっぱなしなんじゃねーの?」
 一瞬きょとんとしたキョンは、やがて意味を理解したのか、ぱっと顔に朱をのぼらせる。
「なっ……谷口! 一体何を言い出しやがる!」
「だってなー。話聞いてると、カノジョの方がお前よりよっぽど、そっち方面じゃ
甲斐性ありそうじゃねーか。ホンローされちゃってるお前の泣き顔が見えるようだぜ」
「だまれてめぇ」
 思わず谷口の襟首を締め上げたが、谷口はニヤニヤするばかりだ。
「んじゃ聞くが、誘うのはどっちが多いんだよ?」
「そっ、それは……」
 顔を真っ赤に染めたまま、キョンはぐっと言葉に詰まる。
 このかいしょーなしがとけらけら笑う谷口の襟首を締めたまま、キョンは
うるせえ黙れとゆさぶった。


 と、そのとき、キョンの胸ポケットで、携帯が震えた。
 はっと我に返ってキョンはフリップを開き、ああ部長からだとつぶやく。
「悪い。ちょっと出てくるな」
 電話に応対するべく外に向かったキョンを見送ってから、谷口はぐっと女性たちの方へと
身を乗り出して、声を低めて内緒話の体を作った。
「……どうよ、アレ?」
 3人の女性達も、顔を寄せ合い真剣な面持ちだ。
「あんまり、平均的、とは思いたくないです……」
「うん。先輩は本気で普通だって思ってるみたいだけど……はっきり言って、
惚気にしか……っ!」
 うんうん、とうなずきあうショートカットと眼鏡の横で、婚約中の子が首を傾げた。
「でも聞いてるとなんだか、彼女さんの方がだいぶ熱量高めですよね。先輩の方は、
なんとなく流されてるというか、まるめこまれてる感じ?」
「あー、キョンはなぁ、昔っからそーゆーとこあったぜ。同じクラスにいた
傍若無人な女に、振り回されまくってたし」
「彼女の方は間違いなくぞっこんだけど、先輩の方はそうでもないのかなぁ」
 3人は互いに顔を見合わせて、首をかしげあっている。
「そんな温度差あるのに、よく7年ももってますよね。嫌にならないのかな」
「鈍感だったからなぁ、あいつ……」
 頭をつきあわせ、ヒソヒソコソコソとささやきあっている3人の上に、店内の明かりをさえぎり
影がさす。ガスッっと携帯らしき物体で頭をはたかれ、谷口はいてえと声を上げた。
「誰が鈍感だって?」
「よ、よぅ。おかえり、キョン。いやぁ、同棲7年目にしていまだラブラブで
結構なことだって話してたのよ。なかなかないぜ、そういうの」
「はぁ?」
 何を言ってるんだお前は、とでも書いてあるような表情で、キョンは谷口を見下ろした。
その口調は、本気で不審げだ。
「別に普通だろ? どこにだってありがちな暮らしだろうが」
 いやいやいやいや、と谷口が心の中で突っ込んでいると、なぜかキョンは元の席に戻らずに、
鞄をとって中からサイフを取り出した。
「すまんが、先に帰らせてもらうな。今日、早く帰るって言っといたの忘れてた」
「あっ、そうなんですか。彼女さんの誕生日か何かですか?」
「ん? いや、別に」
 札を数枚サイフから取り出し、テーブルに置きながら、キョンは首を振る。
聞いた眼鏡の子は首を傾げ、さらに追求した。
「あれ? 何かの記念日ってわけじゃなく? じゃあ、何か話し合い的なものでも、
あるんですか?」
「いや。それもないが」
「だったら……」
 渡された上着に腕を通して、キョンはただな、と言った。
「朝出るときに、今日は遅いですかって聞かれて、いつもの時間だと思うって答えたら、
自分もだって言われたからな」
「……それだけです?」
「ああ。俺が遅くなると、そのぶん顔あわせてられる時間が減るだろ? 明日も早いんだし」
 思わず絶句した全員に軽く手を振って、キョンはじゃあまたなと踵を返した。
数歩行ったところで何かに気づいたように足を止めて振り返り、谷口、今度は国木田呼んで
三人で飲もうぜと言い置いていったが、谷口はただ、おう、としか答えられなかった。
 ドアの開く音と、店員のありがとうございましたの声が同時に聞こえた。
 ドアが閉まり、再び店内が喧噪とBGMのみに満たされるが聞こえるようになっても、
しばらくの間、残された4人の間に会話はなかった。
 やがて、ショートの子の大きな溜息が、場の緊張を崩す。次の瞬間、彼女はドン! と
テーブルを叩き、低いうなり声をあげた。
「……ぜんっぜん、流されてないじゃん! まるめこまれてもいないし! ベタ惚れじゃん、
先輩の方もっ!」
「毎日一緒にいるくせにっ! 顔あわせる時間がちょっと減ったからって、それが
なんだっていうのよもー!」
「あたし、結婚生活に自信なくなった……あれが普通? ねぇ、普通なのっ!?」
「いや、まさかそんなことねえよ、キョンがおかしいんだって」
 アテられすぎたのかいきなりぶち切れた女性陣は、いきなりすごい勢いで
飲み物メニューを開き、呼び出しのベルを押すのももどかしく、大声で店員を呼んだ。
「どうせあたしらは独り身よ−! お兄さん、焼酎水割り! 梅干しつけて!」
「惚気もいい加減にしろってのー! あ、あたしワイン! ボトルで持って来て!」
「こうなったら日本酒解禁! お兄さん、久保田いっちょう! 紅寿か碧寿ないの!」
「あのー……」


 その後の阿鼻叫喚の有様は、あまり思い出したくないと谷口氏は語る。
 が、浴びるように酒を飲む女性陣を必死に止めながら、それでも彼はそういえば結局、
キョンの彼女が誰なのか聞き損ねたなと考えた。
 まぁ、相手は誰でもいいか、と谷口は思う。あの、涼宮に振り回されまくってた
超鈍感男キョンがと考えると、それだけでなかなか感慨深いものがある。
あのキョンがねぇ……。
 確か卒業してしばらく後に会ったときは、大学に通うために、あの涼宮団の
イケメンの……えーと、古泉? とルームシェアしていると言っていた。おそらく卒業を機に
その同居を解消してから、今の彼女との同棲を始めたんだろう。
だとしたら、大学で知り合った子という可能性もあるし、あの団の誰かとは限らないかな、
というところまで考えて、はたと思いつく。

 高校卒業時点で18歳で、今現在、自分たちは25歳。
 25マイナス18イコールは……?
「……7?」
 確かキョンは、同棲をはじめて7年と言っていたような……。
「あれぇ……?」
 首を傾げて考え込む谷口のグラスに、どばどばと焼酎が注がれる。
「ほらほら、飲みが足りないぞぉー!」
「ワイン? ワイン混ぜちゃう? あははー」
「おわっ! やめて!それやめて!」
 ――ま、いっか。
 彼の頭に浮かんだささやかな疑問。
 それはしっかりした実を結ぶより前に、ヤケクソ気味に盛り上がる女性陣を
必死に宥めているうちに、いつのまにかうやむやになったのだった。


                                                 END
(2011.05.01 up)
さて、キョンの同居相手とは? 簡単な引き算でしょう?(わざとらしい)