ちいさなわがまま

【お題】ちいさなわがまま
  テーブルに無造作に置かれた赤い携帯が、無粋なコール音を鳴らす。
相変わらず着メロのひとつも設定されてない、ただの電子音だ。
手が伸びて携帯は取り上げられ、ピッと音をたてて通話状態になった。
「はい、古泉です」
 携帯だってのに、わざわざ名乗る律儀さも健在……っていうか、この部屋で
この事態に遭遇するたび、同じことを考えてる俺も大概だ。

「はい、大丈夫です。変わりありません。……その件については、後ほど報告書を」
 いくつかのやり取りをかわし、やがて古泉は、了解しました、では、と
言って通話を切り、ため息をつく。
 これもいつものことだ。
俺は眺めていた雑誌から顔を上げ、ご苦労さん、とだけ言ってやった。
古泉は苦笑しながら、再び携帯をテーブルに置く。
「申し訳ありません。せっかくあなたが来てくださっているのに、いつも」
「仕事じゃしょうがねぇだろ」

 古泉の携帯には、毎晩9時に“機関”からの定時連絡が入る。
 その日のハルヒの動向やご機嫌と、その周辺人物……主に俺、の様子に変わりが
ないか、情勢の変化や妙な出来事の兆しはないか、などが主な報告内容だそうだ。
 そんなのメールでもいいだろうにな、と言ってみたことはあるのだが、どうやら
そうもいかないらしい。
「直接、会話をして報告をさせることで、僕の健康や精神状態のチェックを
兼ねているのだそうですよ。僕は機関内では下っ端ですが、特殊な立場にいる
人員でもあるので、気を使っていただいているようです」
 と、肩をすくめるのを見たのは、先々週のことだったかな。
 そりゃ、世界に10数人?くらいしかいない超能力者らしいし。ハルヒと
直接話ができる立場だってのもあるんだろう。確かに貴重だよな。
 俺は雑誌を床において、隣に座っている男の肩をつかむ。振り向いたところを
さらに力を入れて引き寄せて、面食らう唇に食いついた。しばらく硬直していた
古泉は、やがて身を乗り出して、舌を俺の唇の間に忍び込ませてきた。

「……俺とこんな関係だって知れたら、どうなるんだろうな」
 ひとしきり舌をからめあってから、名残惜しそうな顔を押し返してそうつぶやく。
古泉は困ったように笑って、さぁどうでしょうねと答えた。
 立ち上がった古泉に手を引かれてベッドに導かれ、シーツの上に押し倒されながら、
俺の視線はテーブルに投げ出された携帯から離れなかった。



 2ヶ月前、必死の形相で告白してきたのは古泉の方で、その顔があまりにも
壮絶だったので、その場では断ることが、どうにもできなかった。
 その時点では俺は、古泉とそういったつきあいをする気はなかったのだ。
こいつの気持ちは薄々察していたし、告られて別に嫌な気はしなかったが、
男は男とつきあったりしないというのが、俺の常識だったから。
 答えを保留したら、古泉は予想外に驚いて、ついでものすごく嬉しそうな顔をした。
なんで嬉しそうなんだお前と聞いたら、絶対に即断で断られるか罵られるか
軽蔑されるかの3択だと思っていたから、考えさせてくれ、という言葉だけで、
僕はもう満足ですと笑った。

 その夜から、俺の頭は加速度的におかしくなり続けている。

 翌日、アホみたいに早起きして校門の前で古泉を待ち受けてとっつかまえ、
しょうがないからつきあってやると宣言した。その場で初キスをすませて、
放課後の2回目のキスはディープなものになり、週末には古泉の部屋の
ベッドで初体験をすませた。我ながらなんてスピードだ。
 そしてそれから、ちょくちょくと古泉の部屋に入り浸るようになって、
毎晩9時の定時連絡にも気がついた。まるでセットされたアラームみたいに、
きっちり9時に、古泉の携帯は鳴り響く。

 そんなものにイライラしている俺は、本当にどっかおかしくなっちまってるに
違いない。



 今日も、古泉の携帯が鳴った。単調な電子音が部屋の中に流れる。
だが、ふと見たベッドサイドの時計の針は、8時半過ぎを指していた。
「あれ?」
今日は、ずいぶん早い……というか、半端な時間だな。
 古泉もちょっと不審そうな顔で、テーブルの上の携帯を取り上げて、発信者の
名前を確認した。そして、ああ、違います、とつぶやいて電話に出る。
「はい、古泉です。どうされましたか? 涼宮さん」
 ……ハルヒか?
「明日の時間変更ですか。はい、11時ですね。了解です。……え? そうなんですか?
まぁ、彼のことですから、電源を入れ忘れてらっしゃるか、充電が切れているのに
気がついておられないとかではないでしょうか。はい……わかりました。この時間なら、
お家の電話にかけてもご迷惑にはならないでしょうし、僕の方から連絡しておきますよ」
 おまかせください、と請け負って、古泉は通話を終えた。俺はなんとなく話の
内容を察して、床に転がしてた自分の携帯を見る。案の定、古泉は薄く微笑んで、
首をかしげつつ言った。
「……涼宮さんが、あなたの携帯が通じない、とおっしゃってましたよ?」
「ああ、悪い。電源切ってた」
 一瞬だけ電源を入れ、ハルヒから届いていたメールを読む。明日の不思議探索の
待ち合わせ時間変更と、なんでつながんないのよバカ! と書かれたメールが
2通ほど届いているのを確認し、また電源を切った。
「切るんですか」
 少しだけ困ったように眉を寄せ、古泉は苦笑した。
「また涼宮さんから、連絡があるかもしれませんよ」
 うるせぇな。だからだろ。
「……それは、どういう?」
「邪魔だ」
 何がともどうしてとも説明せず、俺は端的にそう告げる。黙り込んだ古泉の顔が、
だんだん赤くなっていくのを面白く眺めた。
真っ赤になった顔の下半分を手のひらで覆い、古泉は目を泳がせる。
「それは……大変嬉しいお言葉、なのですけど、涼宮さんのご機嫌を損ねては」
 またそれかよ。結局お前は、ハルヒハルヒだな。
言葉にはしなかった俺のそんな憤りを感じ取ったのか、古泉は俺の方を見て
嬉しそうに目をなごませた。困った人ですね、とでも言いたげな顔だな。
「……損ねては、閉鎖空間が発生して、結果として、時間を取られることに
なってしまいますよ? こういうことが、出来る時間を」
 古泉の手が伸びてくる。
肩をつかまれ、そっと押されて倒れた上に、熱い身体が覆い被さってきた。
俺は全身の力を抜き目を閉じて、柔らかな唇が落ちてくるのを待ち受ける。
触れた瞬間に唇を薄く開くと、湿った舌が当たり前のように進入し、その感触を
俺に伝えた。くすぐるように触れてくる舌がもどかしくて、目の前にある頭を
抱え込み、激しくそれをからめとる。
 ちゅ、くちゅ、と耳の奥に水音が響く。苦しくて荒くなる息をつきながら、それでも
唇を離さずにしつこく繰り返すうちに、古泉の手はいつのまにか俺のシャツのボタンを
器用にはずしていた。手はそこからするりと中に潜り込み、乳首やらヘソやらを
まさぐっては、俺の反応を引き出しはじめる。腿に当たる古泉はもうとっくに
固くなっていたから、俺は口づけたまま手をおろして、そこをそろりとなでてやった。

 ――と、いきなり聞き慣れた電子音があたりに響いた。
そういえば忘れていた。
9時の、機関からの定時連絡の時間だ。

「……出ろよ」
 情けない顔で俺を見る古泉を、そう促してやる。
古泉は深くため息をついて、しぶしぶ身体を起こし、床に座り込んで携帯に手を伸ばした。
「はい。古泉です」
 表面上はまったく普段と変わりなく、古泉は電話に応対する。声の調子だけは
いつも通りだが、髪はセットが崩れ、服もかなり乱れて、頬にはまだ赤みがさしている。
俺も床から身を起こしてのぞきこんでみると、奴のソコはまだ完全に平時の状態には
戻っていなかった。
「はい。今日も彼女はお変わりありませんでしたよ。……ああ、彼が携帯の電源を
入れ忘れているらしくて、連絡が取れないとボヤいておられましたが、フォローは
しておいたので大丈夫だと思……ひゃっ!」
 いきなり、古泉はびくんと身をすくませて妙な声を上げ、あわてて自分の口を手で
ふさいだ。
 なぜかと言えば、俺がおもむろに奴のジーンズのジッパーをおろし、ソレを取り出して
舐めたからだ。
「……っいえっ! なんでもありません。ちょっと、急にくしゃみが出そうになった
だけです、だいじょうぶで……っひ」
 さらに舌を出して裏側を舐め上げてやると、古泉はぎゅっと目を閉じて、何かに
耐える顔をした。そのまま全体を咥え込みながら見上げたら、涙目になりながら唇だけで、
やめてください、と訴えかけてくる。もちろん無視して、さらに先っぽのあたりに
ちろちろと舌を這わせてやった。
「や……だい、っじょうぶ、ですっ! くしゃみが止まらない、だけで……ああ、
季節外れですが、花粉症なのかも……っく……」
 頭でもつかんでもぎ離せば、さすがに俺だって続けられはしないだろうに、古泉は
どうもそれは出来ないらしい。ひたすら耐えて平静を装いつつ、なんとか報告を終えて
通話を切った。
「あっ……あなたは、どういうつもりなんです! まったくもう!」
 さすがに怒った顔で、古泉はにらみつけてくる。が、そんなところをおっ立てたまま
怒っても、間抜けなだけだぞ。
「そんなこと言ってもしょうがないじゃないですか……!」
「いいからほら、おとなしくしろ」
 一応、手加減はしてやってたから、俺はいよいよ本腰をいれてソレを舐めはじめた。
古泉も息をつめ、声を殺し気味にあえぎながら、ぎゅっと俺の肩をつかむ手に力を込める。
「もう……わけがわからな……っあ」

 いいんだよ。わからなくて。
これは俺の、ほんのちょっとしたわがままなんだから。
 ……俺といるときに、ハルヒのことをカケラも考えてほしくない、なんて。
言えばきっとお前は困るから、言う気もない。
だからお前は、わからなくていいんだ。

「も……出ま……っ」
「んっ……」
 小さく声をあげて、古泉が果てる。
口の中に広がるなんとも言えない味の、喉にからみつく液体を飲み下しながら、
ホントに俺はどこまでおかしくなっちまうんだろう、と考えた。



 翌朝、出かける支度をしながらパソコンでメールをチェックしていた古泉が、
いきなりガクリと肩を落として頭を抱えたので、何事かと横からのぞき込んだ。
「どうした?」
「……機関から、メールが」
 開かれたメールのタイトルを見ると、そこには強調された文字で、
健康診断のお知らせ≠ニ書いてあった。

 大事にされてるようで、何よりだな。
 うん。


                                                 END
(2010.11.14 up)
いじわるキョンくん。