Hide and Seek

【お題】Hide and Seek
「ただいま帰りました。……おとなしくしていましたか?」
「…………」
 にっこりと笑ってそう言ってみても、彼はただじろりと僕をにらみつけるだけ。
ソファーの端っこに腰掛けて、無言のまま目をそらす。首につけた鍵付きの拘束具から伸びる鎖が、じゃらりと鳴った。
 僕は少し肩をすくめて、テーブルの上の物に目を止めた。今朝出かけるときに用意していった、
パンやおにぎりといった食事がそのまま残っていた。
「あれ? 今日も食べなかったんですか? ダメですよ、ちゃんと食べないと」
「…………」
 やはり無言。相当怒っているらしいな。まぁ、無理もない。
 彼を、このマンションの一室に監禁して今日で三日目。ここに連れ込んで一夜明けた昨日は
大いに暴れて力づくで脱出を試み、無駄だと悟った今日、出来る抵抗はハンストであると考えたわけか。
「無駄ですよ、そんなことをしても。あなたが何をしてもしなくても、8月が終わると同時にすべてが
リセットされて元に戻るんですから。……このまま食べずに弱ろうが、あげくに死のうが、ね」
 食べないつもりなら、それでも全然かまいませんけどと告げると、彼は再び、無言で僕の方に憎々しげな視線を向けた。
が、しばらくにらみ続けたあと、やがて溜息をつき、嫌そうにテーブルの上のパンに手を伸ばす。どうやら無駄な我慢は
得策ではないと判断したらしい。彼のその頭の回転の良さと潔さは、わりと嫌いではない。
「……水」
「はい、ただいま。やっとしゃべってくれましたね」
「うるせぇ。変態野郎」
 ふふ、と含み笑ってみせて、僕はミネラルウォーターをとりにキッチンへと向かう。
 世界の鍵≠セのなんだのと言われ、各勢力から最重要人物扱いの彼が、今は完全に僕の支配下にいる。
その事実がたまらなく愉快だった。



 夏休みに入る少し前から、彼のことがひどく気になっていた。
端的に言えば、やたらと目障りでしょうがない。
 もともとこの北高での任務に着く以前から、彼にはあまりいい印象は持っていなかったのだ。
神のお気に入り、世界の鍵として特別視されているわりに、あまりに平凡で凡庸。
なんでこんな奴が、というのが正直な感想だった。
 その感想自体は、5月の終わり、涼宮ハルヒが世界を作り直そうとしたあの事件で、
少し認識を改めるべきかなとは思った。が、その後一緒にいる時間が増えるにつれ、彼を見ていると
どうにももやもやするものを感じるようになった。
 たぶんそれは、彼のことをどう評価していいものかわからない苛立ちから来ているのだと思う。
SOS団の活動にもあまり乗り気な様子を見せず、ただ彼女に振り回されるだけの彼。
そのくせ彼女の信頼を一身に受け、あきらかな好意を寄せられているのに気付きもせず、なんの責任も持たず。
なのに一度コトが起こると、すべてを見事な解決に導いてしまうのだ。
 ああ、もう。本当に苛つく。もやもやする。
 だから、夏休みに入って孤島合宿(ここでも彼は、普段ボンヤリしてる癖に奇妙な鋭さをみせ、
僕の計画を半分ほどつぶしてくれた)が終わったあと、彼が田舎に帰るというので、これでしばらくは
この理由のよくわからないもやもやに煩わされずにすむと思ったものだ。まぁ、それが間違いであったことは、
すぐに身に染みてわかったのだが。
 せっかく顔をあわせずにすんでいるのに、立場上、彼の動向の報告は受けなければならず、聞かされるたび、
写真をみるたびいろいろ考えてしまう。僕の手の及ばないところにいるという事実がもどかしくて、
早く帰ってくればいいのになんて思ってしまい、自分の矛盾した感情にまたもやもやする。
 その上、彼と会えないせいか涼宮ハルヒの気分はどこか晴れないままなようで、彼の帰省中ずっと
小規模な閉鎖空間が頻発していた。いい加減、疲労と睡眠不足で限界が近づいていた頃、ようやく彼が帰ってきて、
これでやっと安定するかと思いきや、今度は怒濤のようにSOS団での活動がはじまったのだ。
 そして活動再開と同時に感じ始めた、奇妙な感覚と頭痛。疲れから来る錯覚かと思えば、そういうわけでもないらしい。
5人でプールに行ったり、夏祭りに参加したり、花火をしたり、そんな行事の間中ずっと、おかしな既視感に襲われる。
以前どこかで同じことがあったような、同じことをしたような、そんな感覚が頭から離れず、
やがてそれは頭痛や吐き気を伴うようになった。
「どうした、古泉。さすがに疲れたか」
 今日はなぜか、いきなり涼宮さんが請け負ってきたアルバイトに駆り出された。酷暑の中で着ぐるみを着ての
販促作業はかなりキツイ。控え室で着ぐるみを脱ぎ、汗を拭っていたら、彼がめずらしくそんなことを言ってきた。
僕はなるべく平気な顔で、肩をすくめて見せた。
「さすがにこの暑さでは、参ってしまいますねぇ。これだけ汗をかけば、ダイエットにはよさそうですが」
「その前に脱水症状で倒れるわ」
 ほら、と彼が渡してくれたスポーツドリンクをありがたく飲む。が、本音を言えばそんな風に僕を気遣うよりも、
彼には涼宮さんを気にしていて欲しい。彼女が機嫌をそこねないよう、かまっていてくれさえすればあの空間は
発生しないから、その間だけでも休むことができるはずなんだから。お願いしますよ、と心の内だけでぼやいたとき、
バタンと勢いよくドアが開いた。
「やっほー! みんなごくろうさまー!」
 開いたドアから顔を出したのは涼宮さんだった。着ぐるみでの作業には従事せず、しかもアイスなど食べながら
涼しい顔での登場に、彼の怒りのボルテージは一気に上がったようだ。
「ハルヒ! お前、俺たちに重労働させといて、自分は何をのんびりしてやがる!」
「あら、だってあたしはマネージャーだもの。監督義務があるのよ?」
「はぁ? 意味がわからんぞ。……まぁ、いい。それで俺たちのバイト代は」
「このカエルの着ぐるみよ! ずっと欲しかったのよね!」
 ああ、これはさすがに呆れるな。いくらなんでも、彼が怒るのも無理はない。が、個人的感情はともかくキャラ的には、
涼宮さんに詰め寄ろうとする彼を止めざるを得ないだろう。まぁ、これも仕事だ。
 内心でそう自分に言い聞かせつつ、古泉一樹≠轤オくまぁまぁと彼をなだめる。だけどそうしながらも僕は、
心の内にまた、じわりと黒いものが広がってゆくのを止められなかった。
 この人はいつでもこうやって、何も考えずに彼女に食ってかかる。世界の安定だの、対抗勢力との力関係だの、
余計なことにがんじがらめでろくに本音を言えない僕と違って。鍵≠ニしての責任など考えもせず、
心のままにふるまい、自分勝手に。
 別に、それでかまいませんけどね。面倒な準備やら手配やら根回しやら、やっているのだって僕らの勝手なのだし、
彼女の相手をまかせられて助かっている部分も確かにある。
でもまぁ、もうちょっと自覚して、神様のご機嫌取りくらいはしてもらっても罰は当たらないと思いますけど。
「なによ雑用係! キョンのくせに生意気よ!」
「生意気とはなんだ! 報酬の交渉は、労働者の正当なる権利だろうが!」
 ……ああでも、彼とこんな言い合いをしている時の彼女は、なんて楽しそうなんだろう。瞳がキラキラと輝いて、
生き生きと頬を紅潮させて。中学生の時分、毎日つまらなそうにただ心の底に不満と憤りを溜めていた頃とは大違いだ。
彼との出会い一つで、なんという劇的な変化だろう。
 そんな思いは、僕の中の黒いものをさらにざわざわと波立たせる。
正体の分からない胸の中のもやもやが、ひどく僕をいらだたせる。
「古泉離せ! 今日という今日は、一言文句いってやらにゃ気がすまん!」
「まぁまぁ、落ち着いてください」
 だけどそんな考えなどおくびにも出さず、僕はいつも通りに笑って過ごす。心の中に、暗い闇を抱えたまま。
 ふとその時、また既視感がやってきた。以前にも僕はこんな状況で、同じようなことをしながら同じようなことを
考えなかっただろうか? 気のせいか、と思うには、あまりに生々しい感覚だった。

 ――そして、その夜。朝比奈みくるからの電話で、それ≠ェ発覚した。



「今回が、14423回目に相当する」
 淡々と、長門有希がそう告げた。つまり僕らはこの夏の二週間を、一万四千回以上も繰り返してきたということらしい。
 延々と繰り返す、時間のループ。SF小説や映画でならよくある手法のひとつだが、実際にその輪の中に
閉じ込められることになるなんて。ここしばらく感じていた既視感は、おそらくそのせいだったのだ。
「何なんだろうな、一体」
「さぁ……」
 ループ発覚の翌日。
 天体観測をするとかで集まった、長門有希のマンションのバルコニー。はしゃぎ疲れ、肩を寄せ合って眠る
涼宮さんと朝比奈さんを眺めながら、彼が物憂げにそう言った。
「ハルヒのやつ……一体何がしたいんだ」
「さて。それがわかれば、このループも解決したも同然ですが。あなたには何か、心当たりはないんですか?」
「さっぱり思いつかんな」
 本当にそうなんだろうか。少しぐらい、考えないのか? 普通、これだけあからさまな好意を向けられていれば、
自分の勘違いかと思いつつ、恋愛的なアプローチのひとつくらい、試してみようという発想がでてくると思うのだが。
鈍感なのか馬鹿なのか、それともわかっていながらわざとなのか。どれにしても質が悪い。
 僕は喉の奥で笑い、にらみつけてきた彼にこう言ってみた。冗談めかした言い方だったが、その実はかなり真剣だった。
「涼宮さんの望みが何かは知りませんが、試しにこうしてみてはどうです? 背後から突然抱きしめて、
耳元でアイラブユーとでも囁くんです」
「誰がそれをするんだ」
「あなた以外の適役がいますかね」
「拒否権を発動するぜ。パス一だ」
 彼は、冗談じゃないという仕草で嫌そうに吐き捨てる。その態度になんとなくムカッとして、
思わず反射的に言い返していた。
「では、僕がやってみましょうか」
 もちろん、カケラも本気ではなかった。そんなことでどうにかなるとは思ってはない。
単に彼を煽っただけのつもりだった。――なのに。
 無言で僕をにらみつけてきた彼の顔は、いっそ壮絶だった。怒りと焦りと戸惑いを主成分に、ほんの少しの悲しみを足したような。
そんな顔をするくらいなら、さっさと告白してくっついてしまえばいいのに。馬鹿にしている。
「なんて顔をしてるんです」
「……別に。普通だ」
 それでもあくまでも彼は、平静を取り繕う。牽制しようとすらしない。僕のことなど、眼中にもないだろうとでも?
 ああ、そうか。
 その瞬間に、僕は理解した。ずっと彼に感じていた、もやもやする気持ちの正体。彼をみていると、苛ついて仕方なかった理由。
あまり、いままで他人に対して抱いたことはない気持ちだから、わからなかった。
 ――そうか。僕は、彼が嫌いなんだ。


「いいかげんにしてください」
 彼に対して声を荒げるのは、はじめてだったかもしれない。静かに、だけど抑えきれないいらだちを滲ませた声に、
彼はぎょっとしたようだった。
「古泉……?」
「あなたはどうして……」
 そこまで言ったとき、長門有希がじっとこちらを見ていることに気がついた。僕は口をつぐんで、彼の腕をとった。
「ここではマズイですね。長門さん、ちょっと彼と話をしてきますので、あとをよろしくお願いします」
 こくりと彼女がうなずいたのを確認し、そのまま彼の手を引いて、マンションの下に降り、小さな公園の外灯の下へと連れだした。
小さなベンチが灯りの中に照らし出されていたが、腰をかけることも勧めることもしなかった。
「……なんだよ。離せ」
 僕の手を振り払い、彼は拗ねたようにそっぽを向く。僕がめずらしく怒りを見せていることに、驚いているのだろうか。
「あなたはいつもそうだ」
「何がだよ」
「わかっているはずでしょう? 涼宮さんの気持ちに、まったく心当たりがないなんて言わせない。あの5月の事件でも、
野球大会でも、孤島の合宿でも、彼女のあなたに対する想いを、僕はさんざん示唆してきたはずです」
 目をそらしたまま、彼は黙り込んでいる。
「この夏に彼女が何をしたいか? そんなこと、わかりきっているでしょう? 恋をしている女性なら誰だって、
好きな相手からアプローチされたい、デートのひとつもしたいと思うに決まっている。なぜ、叶えてあげられないんです?」
「そんなこと言われてもだな」
 ぼそぼそと、彼がつぶやく。どこか途方にくれたみたいな表情で。少しだけ声を落ち着けて、僕は優しく彼に問いかけた。
「涼宮さんが、お嫌いですか?」
 すると彼は、困ったような表情のままで首を傾げた。
「いや、別に……まぁ、もうちょっと常識ってもんをおぼえろとは思うが」
 嫌いではないな、と言う彼の脳天気な言葉に、胸の中のもやもやがさらに膨らむ。
頭の中が、真っ黒に塗りつぶされた気がした。
 それならなんで、わがままを言うんだ。嫌いじゃないならさっさと告白なりなんなりしてくっついてくれれば、
世界は安定するかもしれないのに。僕だって夜中にたたき起こされてあの空間に行かなくてすむかもしれないし、
こんなバカげた騒ぎに神経をすり減らすことだってなくなるかもしれないし、彼の言動にいちいち苛つくことだって……。
「古泉?」
「……嫌いじゃないなら、とりあえずおつきあいしてみてくださいよ。なんならそのまま勢いに任せて、
ひと夏の思い出でもなんでも、作ればいいじゃないですか」
 ぎゅっと拳を握りしめ、下を向いて吐き捨てる。意味がわかったのか、彼の声に動揺がにじんだ。
「な、なんだよ。ひと夏の思い出って」
「そんなもの、決まっているでしょう。……機関内での話し合いで、何度か可能性として示唆されたことだってあるんですよ。
彼女の能力が消えるのは、もしかしたら彼女が処女性を喪ったときではないか、とね。迷信じみているとは思いますが、
試す価値はあるかもしれない」
 彼が、むっと怒りをあらわにしたのがわかった。人をなんだと思ってるんだ、と言いたいのだろう。
それはそうだ。僕だって、機関でこの案が議題に上ったときは、同じことを言って反対した。
「いっそ、試してみてくれませんか? あなたならたぶん涼宮さんも」
 いきなり、頬にすごい衝撃が来た。殴られたのだ、と気がついたときは、反射的に彼の手首を握って押さえ込んでいた。
何も考えないうちに訓練の通りに身体が動き、彼の腕をひねって背中側で固定する。はっと我に返ったときには、
彼が顔を歪ませて、僕をものすごい目でにらんでいた。
「お前らは……ハルヒを、なんだと思ってやがるんだ……っ!」
 ああ、彼は自分のことよりも、彼女のことで怒ってるんだ。そう思うと、殴られても仕方ないと納得しているのに、
僕の口から謝罪の言葉は出なかった。
「好きな相手に捧げられるなら、そう悪いことではないんじゃないですか? あとはあなたが、ちゃんと避妊をして、
痛くないようにしてさしあげればいい」
「この……っ!」
「それとも自信がない? あなた、童貞ですか?」
 カッと、彼の頬に赤みがさす。どうやら図星だったらしい。まぁ、機関の調査でも、中学の頃に交際相手はいたようだが、
そこまで親密な関係ではなかったようだという結果だったしな。
「そんなの、お前には関係ねえだろ!」
「まぁ、そうですけど。よろしければ、指南いたしますよ? ……今すぐにでも」
 こんな時間だからか、それともいつものことなのか、小さな公園には人影も人通りもまったくない。
自分でも何をしているんだろうと思いながら、僕は外灯の灯りの届かない暗がりに彼を引きずり込み、
暴れる彼の腕をベルトで拘束し、ハンカチを口に押し込んだ。その段になってようやく何をされるのか察した彼の顔が、
恐怖に歪む。凶暴な気分が僕のすべてを支配して、止まらなかった。
「……んんっ!」
「あまり暴れない方がいいですよ? ケガしますから」
 そうは言われても暴れるしかない彼の身体をやすやすと押さえ込み、ハーフパンツとトランクスだけを引っぺがす。
恐怖に縮み上がっている性器を乱暴に揉みしだいて、無理やり反応を引き出した。僕自身は、彼の怯えた顔を
見ているだけですでに準備万端だ。とんだ変態だな。
 指南だのとは言ったが、男同士での行為、ましてやされる側では女性とのそれの参考になどなるわけがない。
わかっているから僕は、ただ唾液で濡らした指を突っ込む程度でろくに慣らしもせず、四つん這いにさせた彼の後ろに、
裂けるのもかまわずに自分のものをねじこんだ。
「……っ!!!」
 彼が息を飲み、声にならない声で悲鳴をあげる。ビクビクと身体が痙攣する。すごくキツくて、こっちもかなり痛い。
「力抜いて、ください。その方が、あなたも、楽ですから……っ」
 にらみつけてくる彼の目の淵に、涙がにじんでいる。驚愕やら恐怖やら、信じられない信じたくないという惑いが彼の表情を彩る。
やがてその表情が憎悪と絶望に塗りつぶされるかと思うと、ものすごく興奮した。
 僕は彼の腰を抱えて激しく何度も突き入れ、そのまま彼の中に吐精した。信じられないほど気持ちよくてすぐには動けなくて、
抜かないままひと息入れてからようやく抜いた。ぐったりと倒れ伏す彼のそこから、白いものがどろりとあふれ出る。
その光景にまたぞくぞくしている自分に呆れて、本当に何をしているんだと渇いた笑いがこみ上げた。
 僕はバカだ。こんなことをしてしまってはもう、ループを脱してこの夏を残すわけにはいかなくなった。
必ず、今回の夏はリセットしなければ。
「……手だけ、はずしておきますから、動けるようになったら適当に帰って下さい。涼宮さんたちには、
急に具合が悪くなったようだとでも言っておきます」
 手を拘束したベルトだけはずして、僕は先に戻ろうと立ち上がった。さすがの彼も立ち直るには時間が
必要だろうと思ったからだが、踵を返そうとしたところで、おいと呼ばれて振り返った。
「てめぇ……こんなことして、俺がループ脱出に積極的になるとでも思ってんのか?」
 まぁ、そうだろう。こんなことがあった夏など、彼にしたって記憶に残しておきたくはないだろうし。
もちろん僕にとっても、その方が好都合だ。
「別に、僕はかまわないんですよ。永遠にこのループから抜け出さなくたってね」
「何……?」
「だってそうでしょう? このループを繰り返している限り、僕は世界の安定を気にすることもなく、
他の勢力との勢力争いやら、機関内部でのいざこざやらからも離れていられる。終わらない夏休みなんて、
最高じゃないですか」
 彼が、得体の知れないものを見る目で、僕をみている。僕はそれににっこりと微笑んで、両手をあげて肩をすくめてみせた。
「ただ、せっかくの夏休みですからね。どうせなら楽に、遊んで過ごしたいんです。宿題だってする必要ないんだし。
ですから、あなたにはせいぜい彼女のご機嫌をとってもらって、閉鎖空間を作らないようにしていただきたいんですよ」
 彼にこんなことをした理由なんか、自分でもわからない。だけど、今言ったことの前半は本音だ。
僕はこの時間のループから脱出したいなど、カケラも思っていない。
繰り返す既視感が気持ち悪くて不安定だったが、理由がわかればそれもなくなる。
「……ってやる」
 彼が、下を向いて何かを言った。聞き返すと彼は顔をあげ、はっきりとこう言った。
「抜けてやる、と言ったんだ。このループをな。俺が、ホントはその方法を知ってると言ったら、どうする」
「……まさか」
 一万四千回以上も失敗してきたのだ。そんな確実な方法なんか、彼が知っているはずはない。はったりだ。
「お前が言ったんじゃねえか。ハルヒに何かすればって。……5月の時のこと、思い出してみろよ」
 ふいに、彼があの世界から戻って来たときのことを思い出した。あのとき、彼と涼宮さんが
戻って来るためのヒントは、確か……?
「――まさか、長門有希から何らかのヒントが……?」
 ありえないことじゃない。彼女は観察者。すべてのシークエンスの記憶を保持している存在だ。
いままでは観察に徹してきたが、あまりに進展がないことを鑑みた情報統合思念体からの指示、
あるいは彼女の個人的な考えで、彼にわずかなヒントを渡すことは充分にありえる。
「本当に……?」
 彼が、ニヤリと笑ってみせる。少しだけ血の気が引いた。
 絶対に、この夏を残すわけにはいかない。すべてはリセットしなければならない。確実に消滅させなければ。
僕のしたことも、この胸の中で渦巻く正体のわからないもやもやも。跡形もなく、消し去らなければ。
 僕は彼に向き直り、足音もなく彼に近づいた。
 彼は、表情を喪っているだろう僕の顔を、じっと見上げていた。



 部屋の隅で膝を抱え、警戒心を隠しもしない彼をボンヤリと見つめる。小さな間接照明だけに照らされた部屋の中で、
ときおり彼が身動いて鎖が鳴る音だけを聞いていた。
 あのあと、彼に当て身をくらわせて昏倒させ、タクシーに乗せて僕のマンションに連れ帰った。
機関の車を使うわけにはいかなかったから、普通のタクシーだ。ちょっと酔ってしまってと言い訳したら、
タクシーの運転手はあんまりハメをはずしすぎるなよと苦笑いして、エレベーターに彼を乗せるところまで手伝ってくれた。
 眠っている間に彼を縛り上げ、涼宮さんたちには具合が悪そうだったので家に送ったと連絡した。
しばらくすると彼が意識を取り戻し、拘束されている自分の状態に気付いたようなので、もうあなたは
ここから出られませんよと宣言した。
「この夏休みが終わり、新たなループに入るまで、あなたにはここにいていただきます。ちゃんとあなたのご自宅や
涼宮さんたちには、連絡しておきますから」
「古泉、お前」
「ああ、大丈夫。僕は正気です。あなたを傷つけるようなことはいたしません。……今のところはね」
 そんな話をしたのが、一昨日のことだ。
 連れ込んだ翌日にはまず、手配しておいた首輪と鎖に拘束具を変えた。これならば、鎖を充分に長くしておけば、
部屋の中を自由に動き回れる。トイレにだってちゃんと行けるし……まぁ、ドアを閉め切るのは不可能だが、
それくらいは我慢してもらおう。用意しておくつもりの食事だって、水だってちゃんと摂れるはず。ただ彼には、
ループ脱出のための行動をしないでもらうだけでいいのだ。
 その後は、約束通りに彼の自宅と涼宮さんたちへの工作を済ませた。沖縄へ泊まり込みのリゾートバイトに
行くことになったということにして、自宅の方へは、事情でキャンセルせざるを得なかった友人に頼み込まれて
断り切れなくてと彼本人に電話をさせた。涼宮さんたちには親戚のごり押しでしかたなくと、僕が団活の時に直接言った。
涼宮さんはもちろん不満タラタラだったが、その方がかえって都合がいい。これでこの夏は間違いなくループ決定だ。
 ただ誤算だったのは、その不満のせいで閉鎖空間の発生率が上がったことだった。考えてみれば当たり前なのだが、
まぁ仕方ない。昨日も1度、今日は早朝と夕方に発生した。一日に2回も発生したのは久しぶりだ。このままでは
団活と閉鎖空間の処理に忙殺されるのは目に見えているが、自業自得というものだろう。
「Hide and Seek、か……」
 ぽつりとつぶやいた言葉に、彼が反応した。なんだそれは、と言いたげな顔に、力なく微笑んで解説する。
「かくれんぼのことですよ。神様からのかくれんぼ。言い得て妙、でしょう?」
「お前、ずいぶん疲れてんな。……大丈夫かよ」
 思わず、笑いが漏れた。自分を理不尽に監禁してる相手のことを気遣うなんて、おかしな人だ。
彼の質問には答えず、別の質問で返した。
「それより不思議だったんですけど、あなたはなぜループを脱出しようなんて思ったんです? 
男友達にレイプされた記憶なんて、持っていたくないでしょうに」
 きゅ、と彼は口をつぐみ、またひざを抱えた。答える気はなさそうだ。が、なんとなく理由はわかる。
やり逃げは許さない、ということなんだろう。必ず、なんかしらの方法で報いを受けさせてやると、そういうことだと思う。
 僕は座っていたソファから立ち上がり、彼の側に行って目の前にしゃがんだ。
ビクッと身を縮ませる彼の鎖をひいて、顔をあげさせる。
「もしかしてあなた、実は僕のことが好きなんじゃないですか? 本当は、レイプされて嬉しかったとか?」
「なっ……!」
 まぁ、そんなわけないのはわかってる。彼が好きなのは涼宮さんだ。きっとこのループだって、
彼と彼女がうまくいけば、脱出できるに違いない。そう思うと、再び黒くもやもやしたものが、胸を塗りつぶした。
「なんて、そんなわけないですよね。別にいいんですよ」
 何を言ってるんだこいつは、と言わんばかりに、困惑した様子の彼に顔を近づける。
キスできるほどの距離で、僕はやさしく微笑んだ。
「正直に言いましょう。僕はあなたが嫌いです。世界の鍵でありながら、神の想い人としてすべてを
左右する位置にいながら、なんの責任も持とうとせず、自分勝手にしているあなたが、ね」
「……それがどうした」
 その口調と表情が、少し傷ついた様子に見えて嬉しくなった。平和に、平凡に、家族や友人たちに
愛されて生きてきた彼は、いままで誰かに正面切って嫌いだなどと言われたことはないのだろう。
「あなたに何かするつもりはなかったのですが、気が変わりました」
「…………!」
「どうせ1度、レイプしちゃいましたし。それならもう、何度やったって同じことですよね。それにこの夏は
必ずリセットさせるつもりですから、僕があなたをどうしようと、誰にも知られることはありません。――あなた本人にすらね」
 念のために一緒にそろえておいた、他の拘束具を持ってくる。怯えてあとずさる彼の腕を、
まずは後ろ手に拘束した。履いていたハーフパンツと下着をさっさと脱がせて、上にはおったシャツ1枚の姿にする。
「ふふ。僕のこと好きって言ったら、ひどいことはしませんよ? 気持ちよく、イかせてあげます」
「……誰が言うか」
 ぷいと顔をそむけて、彼はかたくなに唇を引き結ぶ。まぁ、そうだろう。彼らしい。
僕はわざとらしく溜息をついて、しょうがないですねとつぶやいた。
「ストックホルム症候群、って知ってます?」
 少し考えて、彼は何かに思い当たったように眉をしかめた。成績はそれほどよくないのに妙に博識な彼のこと、
たぶん知っていると思ったら案の定だ。
「そう。実際にストックホルムであった事件の際に起こった、あれです。長期間監禁され、
命の危険にさらされ続けた人質たちが、自己防衛の本能から犯人に好意的な感情を持つようになったという。
……あれが、本当なのか試してみませんか? 興味あるでしょう?」
「ねえよ。あるわけない」
 にこりと笑ってみせた僕に、何を感じたのだろう。彼はあからさまな怯えを見せ、壁際まで後さじった。
そんな顔が余計に僕を煽るのに、なぜ気付かないんだろう。可愛い人だ。
「な、にを……する気、だ」
「そうですね。まずは基本からでしょうか?」
 彼の頭をつかみ、ぐいと床に押しつける。這いつくばる姿勢になったその鼻先に、僕は前をくつろげて出した
自分のものを突きつけた。
「舐めて下さい。丁寧に、お願いしますよ?」
 彼の顔が絶望に染まるのを、僕は笑い出したい気持ちで眺めた。



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(2012.06.13 up)
すみません、続きます。ガクリ