ランナーズ・ハイ

【お題】ランナーズ・ハイ

 嵐のような性欲、ってのは、本当にあるんだと実感する。
自分は、どちらかといえば淡泊な方だななんて思ってたのは、つい最近だと
思うんだが、こんな状況ではもう世迷いごとにしか聞こえないだろうよ。

「……っく……痛っ……」
「もっと足……ひろげて」
「も……むりだ……って……せまいんだから……っ」
 ここがどこかと言えば、男子便所の個室だ。
ただでさえ定員一名様の場所に、平均的体格の男子二人。しかもお互い不自然なポーズで
からみあってりゃ、せまくて当たり前だな。
 部室棟のはずれにあるこの便所には、人は滅多に来ない。
あたりはシンと静まりかえっていて、だから熱っぽい息づかいとか、殺しきれずにもれるエロい声とか、
ぐちゅぐちゅといやらしく響く水音なんかがやけにはっきり、いたたまれないほどよく聞こえる。
「すごい……ですよ、あなたのココ……。ぐちゃぐちゃで……聞こえますか、恥ずかしい音……」
 もちろん耳元で、必要以上に息多めで囁かれるそんな言葉も大ボリューム。
ゾク、と言いようのない快感が背筋を下り、腰のあたりがさわりとうずく。
「学校内でこんなにして……いやらしい人ですね……」
「んっ……ぁ……っ」
 そんなの知ってる。
というか、学校とか公園とか、そんなヤバイ場所でする方が最近は多いし、その方がイイ。
スリルと背徳感が快感を強くして、すっかりクセになっちまってる。
 今日だって部室に行く途中、きっかけは忘れたがいきなりソノ気になって、ふたりとも無言のまま、
部室棟はずれのこの便所にしけこんだ。
 キスしながら蓋をしめた便座の上に座らされ、魔法のような手際でベルトがはずされた。
靴下だけを残してはぎ取られた下半身の衣服は、大きく割り開かれた脚の片方に引っかかって揺れている。
古泉の手が俺のアレをつかんでしごきあげるたび、淫猥な水音とバックルがたてる金属音が個室の中に響いた。
 もう俺はすでに3回ほど達して、白濁を吐き出している。それでも身体のうずきは一向に治まらなくて、
目の前のずらしただけのスラックスから見えてる、もう完勃ちのそれをつかんで、はやく、と声を上げた。
「欲しい、から……っ……さっさと……」
 全部言い切る前に、キスと同時に乱暴にねじ込まれた。ずるりとそれが中にもぐりこむのにつれて、
ゾクゾクと快感が背筋を走る。体中のすべての感覚が、ソコ一点に集中した。
「…………っぁあ……!」


 古泉とこんな関係になったのは、たしかほんの1ヶ月くらい前だ。
好きですと告白して、それに応えて恋人同士に、なんて、可愛らしい始まり方をしたわけじゃない。
 いつからか俺たちは、はっきりした言葉は交わさないまま、お互いの気持ちを察していた。
だけどそれは、古泉にとっては禁忌中の禁忌だったから、俺への想いと欲望と世界を守ることへの矛盾に、
進むことも戻ることもできないで苦しんでいた。
 どうしようもなくて俺が手をこまねいているうちに、こいつはとうとう、俺への気持ちさえあきらめれば、
すべてがうまくいく、なんて結論に達しやがった。
 それを知った俺は怒って、半ば脅すようにこいつに迫り、押し流すようにセックスへと持ち込んだ。
色んなものが限界を超えちまったのは、その瞬間だな。
 締めつけていたタガがはじけとんだ古泉は、堰が切れたみたいな激情を俺にぶつけた。
だから抱き方は乱暴で、ほとんどレイプに近かった。当然、かなりダメージをくらったが、俺はそれで満足だった。
 そして、それからの1ヶ月というもの、俺たちは暇さえあれば……いや、なくったって構わずに、
馬鹿みたいにセックスをしてる。
学校の帰りに当たり前のように古泉のマンションに立ち寄り、部屋に入るなり靴も脱がずにいきなり玄関で抱きあったり。
休みの日は朝早くから押しかけて、メシもろくに食わずに一日中ベッドで貪りあったり。
学校の中でも、昼休みの体育館倉庫やら放課後の部室棟やら、授業中の空き教室やら、もう見境なしだ。
若いからしょうがないさと言えば言えるが、さすがに大丈夫なのか俺たち、と思わんでもない。


「んっ……あ……こいず……っ……」
 激しい呼吸音と規則的な水音、肌と肌がぶつかる音。
身体の奥で動くモノがたまらない感覚を生み出す。熱は上がる一方で、あまりの気持ちよさに何も考えられなくなる。
思考やら感情やら、頭の中の何もかもが真っ白に灼きついてしまう。
 もうこれ……何度イッてんだかわかんねえよ。
「……っく」
「ああ、また勃ちましたね」
 中で出されたのを感じて、その感覚でまた勃った。古泉は俺から抜かないまま、再び奥へとソレをねじ込む。
ぐいぐいと内壁の弱い部分ををえぐられて、ひ、と息を飲んだ。
「……っあ! あ……っく……こ、え……止まらな……っ」
 泣き声じみた声でそう訴えると、キスで唇をふさがれた。確かに声は押さえられたが、今度はからめられる舌が
気持ちよすぎて、さらに熱があがる。
 ああ、また来る。身体の奥から沸き上がり、脳ミソを侵すアレ。
「ま、またイっちま……っん!」
 抑えた嬌声が、せまい個室に響く。吹き出した液体はぴしゃ、という音をたて、腿のあたりをべっとりと汚した。


「なんかこう……どんどん脳細胞死んでってる気がする」
 ぼんやりとする頭に必死に酸素を取り込みつつ、それでもモヤがかかったみたいに混濁する意識のままつぶやいた。
視界も歪んでるし、たぶん焦点も定まってないんじゃないかな、俺。
「このまま理性とかどんどんなくなって、何も考えられなくなってさ。最後に本能だけ残ったりして。
それって人としてどうなんだ」
 さすがに萎えた俺のソレから残った精液を絞り出しながら、古泉はニコニコ笑ってる。
そうして手についた俺のを、眼を細めてうまそうに舐めた。変態め。
「ランナーズ・ハイってやつですかね」
 それはあれか。マラソンなんかで走ってる最中に、苦しかったのが急に消えて、気分が昂ぶってくるっていう。
「ええ。脳内麻薬の一種であるエンドルフィンの効果だとの説があるでしょう。体内で生成される物質ではありますが、
麻薬というからにはやはり依存性があるらしいですよ」
「それとセックスが関係あるのか」
「もちろん。性行為の際にも、β−エンドルフィンという物質が放出されるそうです。
モルヒネの6.5倍の作用を持つらしいですし、やはりそれだけ依存性も高いのではないでしょうか」
 なるほど。それじゃ俺たちは、日々自分が脳内で作りだした麻薬に耽溺してるというわけだ。
そりゃあ脳細胞だって死滅するな。
「そうなりますね」
 言いながら、古泉はまた俺の身体を抱きしめた。耳を甘噛みされ、懲りもせずに背筋をたまらない感覚が走る。
「嬉しそうだな?」
「わかります?」
 もうお互いなしじゃ生きていけないってことですよね、と古泉は心底嬉しそうに耳元でささやいた。
腰に響く低い声と吐息の熱さに、萎えてた俺がまた硬くなる。
くくっ、と喉の奥で古泉は笑い声をたてた。
「……やっぱお前、頭おかしいわ」
「お互い様ですね」

 身体中もう、どこもかしこも汗だか唾液だか精液だかわからないモノでベタベタのぐちゃぐちゃだ。
どうやって家まで帰りゃいいんだか。
いや、それ以前に、たしか団活に行く途中だったんじゃなかったっけ、俺たち。どうすんだ、コレ。
「どうしましょうねぇ……」
 俺と似たりよったりな姿の古泉が、まるで困ったように聞こえない声で言ってまた笑う。
つられて俺も笑いながら、もうダメだな、なんて思う。俺たちの脳は、もうすっかりエンドルフィンとやらに
やられちまってるらしい。すっかりクスリ漬けだ。

 まぁ、どうでもいいか。
団活なんてこのままずっと出なくたっていい。
ハルヒが何を言おうが、そのせいで閉鎖空間が生まれようが知ったこっちゃない。
古泉の携帯はこないだ浴槽に沈めたし、長門が渡してきた栞も、朝比奈さんの呼び出しレターもゴミ箱の中だ。
世界が壊れる? 改変される?
ああ、そうかい。
ハルヒも機関も宇宙人も未来人も、好きにすりゃいい。
俺には古泉さえいればいいから。
ほかにはもう、何もいらないから。

僕もですよって、そう言って笑ってるお前さえいればいいんだ。



                                                 END
(2010.06.26 up)
静かに心を蝕む狂気。