もったいない男

【お題】もったいない人

 古泉一樹は、実にもったいない男である。

 具体的にどういうことかって? OK、説明しよう。
 まずこいつは顔がいい。そこらのアイドルよりよっぽど整っているうえ、いつも
にこにこと愛想のいい微笑みを浮かべているのだから、そりゃあ女子だって騒ぐだろうよ。
 オマケにスタイルも悪くない。一見したところは細く見えるが、脱ぐとちゃんと
実用的に鍛えられた筋肉がついていて、だがマッチョというわけでもない、ほどよいバランスだ。
脚だって長くて、身長は俺の方が低いのに座ると座高は同じくらいなのだ。まったく忌々しい。
 そして頭がいい。特進クラスってのは、特に理系に抜きんでた成績をたたき出す生徒のみが
集められたクラスで、その中でも古泉はまずまずの上位をキープしているらしい。
教師の憶えもめでたい。

 だがこれだけのスーパースペックを有しているにもかかわらず、中身に難ありなあたりが、
俺がこいつをもったいない男≠ニ称するゆえんでもある。
 ああ、中身と言っても別にモラルに反することが好きだとか、電波を受信しているとか、
そういった難があるわけじゃないぞ。どちらかといえば学校などの公共の場では、品行方正で
礼儀正しく何事にも控えめで、さらに細かいところにまで気配りできるおだやかな人格者であるという、
どこのチートキャラなんだお前はと言いたくなる性格の持ち主だ。

 でもまぁ、あくまで公共の場では、だな。

 素の古泉はといえば、自宅では品行方正どころか、脱いだものは脱ぎっぱなし、
出したものは出しっぱなしのズボラ人間で、さらに言えば掃除も洗濯もろくに出来ず、
料理にいたってはフライパンすらまともに使いこなせないという不器用さであり、
何度俺をあきれさせたか知れないほどのポンコツっぷりなのだ。
 しかも日頃のおだやかな人格者たる性格は完全に演技であって、実際は根暗で
ひねくれもののペシミスト。なんというか異様に自己評価が低くて、何かあるとすぐに
後ろ向きで全力疾走しはじめるから、本当に始末に負えないというか目が離せないというか。
 なんだってこんな、天から二物も三物も与えられてる高スペックチートキャラの分際で、
そんなに自分を卑下できるのか、マジわからんね。

 まぁ、完璧な外見を有しているわりには、仕草や言動が大げさで芝居がかってるせいで
妙にうすら寒かったり、蘊蓄やら解説やらがうっとおしかったり、ゲーム好きのくせに
やたらと弱くて負けっぱなしだったりと、そのほかにも残念な要素は多々ある。
 あとはあれだな。これだけそろってりゃ女にだって引く手あまたで、そりゃもう相手なんぞ
選び放題だろうに、よりによって俺なんかに執着してるのが、残念クオリティの最たるもんだろうよ。
 そういうわけで、総じて言えばまさしくもったいない男、としか言いようがないだろうが?


「あの……それが、さっきの僕の質問に対する、あなたの答え、というわけなんでしょうか?」
「それ以外の何だというんだ」
 がっくりと肩を落として、古泉は大きく溜息をついた。
「僕はあなたに、『僕のどこが好きですか?』という、恋人同士なら定番ともいえるような
甘い答えが期待できる質問をしたつもりなのですが……」
「だから答えただろうが。何を聞いているんだお前は」
「すみません。期待した言葉とは、ほど遠かったもので」
 大げさに嘆いてみせる古泉に、そりゃ悪かったなと誠意のこもらない口調で言ってから、
俺は顔をしかめた。
「だがこんな時にそんなことを聞いてくるお前もどうかと思うぞ」
「今を置いて、この質問をするにふさわしいシチュエーションが、そうそうあるとは思えませんけどね」
 顔をあげた古泉は、苦笑しつつそう言った。それは今現在俺がおかれている、けっこう大変な事態を
考慮してのセリフなんだろうな?
「まぁ、それは……」
「目をそらすな」
 ぐい、と顎をつかみ、無理やりこちらに顔を向かせて、俺は反撃を試みた。
「じゃあ、お前は俺のどこが好きなんだよ。すぐに言えるのか」
「ええ、もちろん。全部ですけど、それが何か?」

 一秒も考えず、古泉はしれっとした顔で答えやがった。
「えらく適当だなおい」
「適当だなんてとんでもない。本当に心からそう思ってますよ? この少し硬めの髪も
すっきりした凛々しい顔立ちも細く見えても意外と筋肉質な抱き心地のいい身体も僕の愛撫に
敏感に反応してくれる肌もキスしたあとの色っぽい目つきも入れたとき苦しそうにしながらも
だんだん蕩けていく表情も痛い痛い痛い髪ひっぱらないでくださいハゲますってば!」
「黙れ変態」
 つまりお前は、俺の身体が目当てってことでいいんだな?
「冗談ですよ。そんなに怒らないでください」
「怒ってねぇ。あきれてるんだ」
 じろりとにらみ付けながらそう言ってやると、眉間に皺を寄せたその顔もすごく好きですよ、なんて
ほざきながら、古泉は俺の前髪をかきあげて額にキスを落とす。
唇はそのまま、目蓋に鼻先に頬にと順に降りてきた。
「いちいち言うまでもないことなんですけどね。……あなたの、意地っ張りで素直じゃない性格が好きです。
それなのに面倒見がよくて、優しいところが好きです。いざというときに見せる、潔い行動力が好きです。
そして、こんな僕を受け入れてくれる懐の深さと、目と鼻と口と耳と手と肩と爪と……」
「わかった、わかったからもういい」
「ふふっ。ほら、全部でしょう?」
 口に出すごとに、そのパーツにキスをする唇がこそばゆい。おかげでけっこう大変な事態≠セったものが、
さらにだんだんのっぴきらなくなってくる。

「もう一度、ちゃんと聞かせて下さい。あなたは、僕のどこが好きですか……?」

 頬を両手ではさみこみ真上から見下ろして、古泉はそう囁いた。
お互いの裸の胸が触れあって、また高鳴ってきた鼓動を伝えあう。
じっとしていられなくなって身動いたはずみに、ベッドがギシリと音をたてた。
「うぁっ……急になんですか。痛っ」
「うるさい。一回出したってのに、いつまでも人ん中に居座りやがってるお前が悪い。
しかもなんか、また大きくなってきてるのは気のせいか」
「あなたがいきなり締め付けるからですよっ」
「やかましい黙れ」
 ああもう、本格的にどうしようもない。
じわじわと再び身体の奥から炙られる熱に逆らえず、俺は古泉の首に手をまわして
唇を奪った。もぐりこんで来た舌を迎え入れ、積極的にからめとる。
「もう……いいから、さっさと動け……っ」
 唇を離して耳元でそう囁いてやると、古泉はしょうがないですねぇと、やけに嬉しそうに、
わざとらしく溜息をつく。ちくしょう憶えてろ。
「では、我を忘れるくらいに気持ちよくしてさしあげますから、終わったら今度こそ
僕のどこが好きか、教えて下さいね?」
 まだ汗の引ききっていなかった身体を、古泉はそう言ってまた強く抱きしめる。
わき上がってくる快感に身をゆだねて古泉の身体にしがみつきながら、俺は
馬鹿言ってんじゃねえよと、心の中だけでつぶやいた。

 どこが好きかって?
だから最初から言ってるじゃねえか。
お前のその、もったいない男、としか言いようのないところだよ。

 
                                                 END
(2010.06.02 up)
実は真っ最中でした、という……(笑)