calling

【お題】一行だけのメール


 がしゃん、という自転車のスタンドを蹴る音が、思ったより大きく響いて、
俺は思わず首をすくめた。
 いかんいかん。深夜と言って過言でないこんな時間、うちの家族だって
隣近所だってみんな寝静まっているはずだ。うるさくしたら近所迷惑だろう。
 なるべく静かに門を開け、自転車を引き出してちゃんと戸締まり。
それから俺はおもむろに自転車にまたがって、そろそろ春の兆しはあるものの
夜だとまだ息も白くなる外気に身をすくませながら、ペダルに力をこめた。


 さて、唐突だが、古泉って男のメールはやたら長い。
普段のしゃべり方そのままにどーでもいいことまでをだらだらと、
やっぱり普段通りの丁寧語で書くものだから、そりゃ長くもなるさ。
 しかも決して文字を打つのが早いというわけでもないから、しばらくやりとりしているうちに
面倒になって、もういいからお前電話してこいと言ってしまうことも度々だ。
 あ? お前らは度々、なんて言うほど頻繁に、メールのやり取りを繰り返してるのかって? 
毎日部室で顔をあわせて、毎日差し向かいでゲームしてるくせにって?

 悪かったな。
その場所……つまり、ハルヒとか長門とか朝比奈さんがいるところじゃ、
しにくいような話をしてんだよ。メールで。
人前で堂々とするには支障があるんだ。特に俺たちの場合は、色々と。
……コイビト同士の会話ってやつにはな。
 ああそうだよ。
並み居る美少女三人を差し置いて、なんでか俺は団内唯一の同性である古泉とつきあってんだ。
どうしてこうなったのかなんて、俺に聞かれてもわからん。
わからんから聞かないでくれ。頼むから。


 夜道を走っていると、やがてこんな時間でも皓々と灯りのついた店舗が近づいてくる。
まぁ、平たくいうとコンビニだな。
俺は自転車を止めて店に入り、買い物をするべくカゴを持って店内を物色した。
スポーツ飲料とコーラ、あとスナック菓子を数種類。
少し迷ってから弁当を手に取り、さらに迷ってそれを置いて、おにぎりを4つカゴに入れた。
 それにレジで肉まんを2つ追加して、再び自転車にまたがる。
制服と鞄が入っている前カゴに、買い物の袋をさらに詰めて走り出すと、
重さで少し前輪がふらついた。


 話がそれたが、とにかく古泉のメールは長いのだ。
送ってくるのは大抵が深夜で、内容はといえば、読んだ本が面白かったとか、
今日食べたコンビニの弁当は当たりだったとか、こんな夢を見ただとか、
雑誌で見たあそこに今度ふたりで行こうだとか、好きですだとか、
そんな些細なことがだらだら書いてあるのがほとんどだ。
 俺はそれに、そうかい今度その本貸せとか、コンビニ弁当ばっか食ってんじゃねえとか、
人を勝手に夢に出演させんなとか、不思議探索のない日なら行けるなだとか、
馬鹿野郎だとか、簡潔な短文で返事する。
 バイト≠フ話は出ない。
あからさまにハルヒの機嫌の悪かった日も、以前みたいに、
彼女に優しくしてあげてくださいませんか、とは言ってこない。
バイトが入ったので失礼します、と早退していった今日みたいな日だって、
送られてくるのはいつも通りの、帰り道で見た猫が可愛かっただの、桜のつぼみが
そろそろふくらんできてただの、そんな暢気な話題ばっかりだ。


 通い慣れた道を、自転車で進む。車のライトが、時折俺を照らし、追い越していく。
空にかかるのは細い三日月。だから星がなかなかきれいに見える。
うん。確かにきれいだ。
見慣れたマンションが近づいてきたので、俺は自転車を降りて敷地内の置き場に止め、
荷物を持って玄関ホールへと向かう。
 ガサリ、とコンビニのビニール袋が音をたてる。
俺はポケットから携帯を取り出して、つい30分くらい前に来たメールをまた開いた。


 いつもは長ったらしく、どうでもいいような話題ばかりのメール。
だけど、そのメールは違った。
たった一行だけ、

ほしがきれいです≠ニ。

変換もしないまま、だからどうしたという説明もないまま。


 馬鹿にすんなよ、古泉。俺を誰だと思ってんだ。
心の中でつぶやいて、俺はホールのドアを暗証キーで開けてエレベーターに乗り込み、
階を示すボタンと閉まるボタンを順番に押す。扉はすぐに閉まり、エレベーターは
上昇をはじめた。

 たった一行のメール。
さしたる内容でもない言葉だけが綴られた、あいつからのメッセージ。
お前がその気なら、俺だって一行だ。
一行だけのメールを送ってやる。


 俺はドアの前に立ち、今すぐ玄関のドアを開けろ≠ニだけメールした。
待つほどもなく目の前のドアから、あわてたようにガチャガチャとチェーンを
はずす音が聞こえ、ついでものすごい勢いでドアが開いた。
 呆然とした顔でそこに立ってるのは、泥と血で汚れボロボロになった制服のシャツを、
こんな時間まで着たままの古泉。
額と腕には真新しい包帯が巻かれ、頬には絆創膏が貼られている。
……やっぱりか。やれやれだな。
「あなた、一体どうして……」
 俺は携帯の画面に、こいつが送ってきた一行だけのメールを出し、
目の前につきつけてやった。

「……呼んだだろうが」

どうせお前のことだから、俺にそんな姿は見せられないって意地と、
本当は会いたいって本音にはさまれて、ぐるぐる無駄に悩んでたんだろ。
その結果が、あの一行メールだったんだな?
 馬鹿にすんなよ、古泉。それくらいわかるさ。俺を誰だと思ってんだ。

 お前の、恋人、なんだぞ。

 どうせ何もないだろうから飲み物と食い物と、あと制服と鞄持って来たから泊めろ、と
えらそうに宣言したら、呆然としていた古泉はようやく笑顔を見せた。
 笑顔っつーか、なんか今にも泣きだしそうな感じだったけどな。

 とりあえず、そんなことしてないで早く家の中に入れてくれ。
 ……玄関の鍵かけたあとなら、いくらでも抱きしめられてやるから。

 
                                                 END
(2010.03.21 up)
きょんでれ!