背徳のGAME

【お題】二人で熱中したゲーム


「ん……っ」
 漏れそうになる声を必死にこらえる。
声の代わりに吐いた息は、きっと蕩けそうな熱を孕んでいる。
椅子に座った俺の両脚の間にある、色素の薄い髪がゆれる。
除けようとしているのか押しつけようとしているのか自分でもわからない手は、
指にその髪をからませたまま、さっきからずっと細かく震えていた。

「……髪、痛いですよ」
「る……さい……集中、しろ……」
「はいはい」
 ぴちゃ、と水音をたてて舌がうごめく。
生暖かい感触が下から上へと舐めあげて、快感が背筋をゾクリと這い上った。
ガクガクと腰が揺れる。
熱が内側から身体を炙る。
とじたまぶたの裏にチカチカと光が瞬いた。
ギリギリまで追いつめられている俺の状態を察して、舌はさらに激しく這い回り、
唇が水音をたてて上下する。きゅう、と吸われて、思わず喉から声が漏れた。
ダメだ。もう、出ちまう。

「……彼女の到着まで、あと4分23秒」
 平坦な少女の声が、耳に届いた。
脚の間にうずくまって俺のを咥えてる奴が、だそうですよ、とつぶやいた。
それに答えることも出来ずに小刻みに震えながら、その瞬間に備えて息をつめる。
頭の隅をちらりと、妙に冷静な考えが横切った。

 端から見たら、さぞおかしな光景だろうな。
広くもない部室の真ん中で椅子に座ったまま前をくつろげ、同じ制服姿の男に
咥えられてあえいでる男。
そちらを見向きもせず、窓際の席で淡々と本を読む少女。
まったく、シュールすぎる。

「あと2分10秒」
 その声と同時にグイとすべてが口咥内に咥え込まれ、一際きつく吸い上げられる。
「……っ、も……イく……っ!」
目の前が白く灼きつく。俺は息を止めて、そのままそいつの口の中に吐精した。
思わず腕の中にその頭を抱え込むと、耳元でごくりと何かを飲み下す音がした。



「やっほー! そろってるー!?」
 破壊音に等しい音をたてて扉が開き、いつだって無駄に元気な涼宮ハルヒが
部室に飛び込んできた。
「もっと静かに開けられんのか、お前は」
「こんにちわ、涼宮さん」
 ハルヒは部屋の中を見回し、いつものように向かい合わせに座ってオセロを
している俺と古泉、置物のように窓際の席で本を読む長門を確認し、満足そうに
うなずいた。ちなみに3年生の朝比奈さんは、受験準備のため、最近はあまり
部室には顔を出さない。さすがのハルヒも、それでも団活を優先させろなどという
無茶は言わないようだ。
「そろってるわね! さぁ、今日もがんばりましょう!」
「何をだ」
「団活に決まってるでしょ、キョン。有希、今日は……あら? どうしたの、
この寒いのに窓なんてあけて」
 ああ、換気しないと臭いがな。すぐに飲み込んでも、さすがにこればっかりは。
「空気がこもってたんでちょっと開けてもらったんだ。長門、もういいぞ。閉めてくれ」
 俺が言うと、長門は素直に立ち上がり、窓を閉めた。
 そうしてまた、何もなかったような顔で椅子に座り直し、分厚い本に目を落とす。
俺もマス目に駒を置いて、盤上を黒一色で埋めつくす作業に戻った。

 いつもの光景。何も変わらない、いつも通りの日常が戻る。
俺は顔をあげて、目の前の対戦相手と目を見交わし、少しだけ笑う。
そいつもいつもの微笑みを共犯者のそれに変え、すっと目を細めた。

 ―――今日もゲームは、俺たちの勝ちだな。



 それは、我ながら悪趣味なゲームだった。
賭けられているのは、俺たちのこの世界。
もしくは、俺たちの存在そのもの。
見つかった瞬間がゲームオーバーで、その後にやってくる罰ゲームは
どんな規模でどんな事態が巻き起こり、どのくらいの被害があるのか、
それともないのか、俺たち自身がどうなるのか、それすらわからない。

そんな、まったく悪趣味なゲームに、俺たちはいつの頃からか熱中していた。

 きっかけは、俺のワガママだった。
ハルヒや機関や未来人や宇宙人やその他の勢力に隠れて古泉とつきあいだし、
もう後戻り出来ない深みまでハマり込んだそんな頃。
ため込んだイライラと抑圧された鬱憤と積もりに積もった憤懣が、少しずつ
少しずつ俺を蝕み侵し、ある日ついに爆発した。
もう我慢できないハルヒに何もかもぶちまけてやるこんな世界どうなったって
知るかと叫んだ俺に、ゲームを仕掛けてきたのは古泉だ。
 たぶんこいつも、俺と同じような鬱屈を抱えていたんだろう。

 最初はハルヒがやってくる時間を狙って、キスをした。
舌をからめて唾液をむさぼるような深いキスをかわしながら、あいつが扉を
開ける瞬間には、何事もない顔をして平常営業。
見つかったらすべてが終わり。たまらないスリルだった。

 一歩、足を踏み外したのは、長門にそれを知られた時だ。
というか、俺と古泉がつきあっていること自体は、長門はすでに知っていたから、
その趣味の悪すぎるゲームに気づかれた時と言うべきだろう。
 長門は特に驚きもせず、ハルヒが部室に入ってくるまでの正確な時間を告げ、
あとは俺たちが何をしようとさっぱり無反応で読書を続けた。
 それからというもの、正確無比な時計を手に入れた俺たちは、どんどん行為を
エスカレートさせていった。
見つかってもなんとかごまかせる範囲を飛び越え、あれもこれもと試して、
今ではやっていないのは本格的な挿入行為だけという有様だ。
あれはとにかく、尋常でなく時間がかかるからな。後始末も大変だし。



 だが、ダメとなると挑戦してみたくなるのが人間というものだろう。
その機会が、はからずもめぐってきた。
 来年の進路別クラス替えに備えて開始された、第1回目の進路調査で、
どうやらハルヒは相当に妙なことを希望したらしい。放課後、生徒指導室に来いと、
岡部に朝のHRで呼び出しをくらっていた。
 あの調子じゃ、軽く1時間以上かかりそうだな。
そう思った俺はそのまま9組まで遠征し、そのことを古泉に告げた。
そうですか、わかりましたと答えたときの目つきで、俺は意図がちゃんと
伝わったことを確信した。

「……やっぱり緊張してますね。もっと力抜いてください」
「難しいんだよ……意識して抜くの……っ」
 長机に上半身を預け、後ろを向いて、ズボンをおろした尻を突き出す間抜けな姿。
部室棟とはいえ学校の中で、俺は一体何をやってるんだろうね。
オマケに背中からのしかかる男に首筋を舐められ、右手でアレをしごかれながら、
左手で後ろの穴をいじられて、しきりに甘い声をもらしてる。
かぶせられたゴム製品の中には、早くも吐き出された白いものがたまっており、
そんな状態で息を荒げる俺たちの向こうで、制服姿の小柄な少女が涼しい顔で
本を読んでるときた。なんだこの状況。まるでギャグだ。

「そろそろいけそうですね」
「っん……こいずみはやく」
「わかってます」
 密室でなら、挿入自体は何度も経験済みの行為だから、息を吐いてタイミングを
あわせるのも、微妙に力を加減してソレを迎え入れるのも慣れたものだ。
熱い楔に穿たれ、ガツガツと腰を打ち付けられる。
気持ちいい場所を重点的にえぐられて、殺しきれない声が漏れる。
ガタガタと机が揺れる音と、ケダモノじみた声と息とが部屋の中に反響する。
「んあ……っ、こいずみ……っ……」
「っ……いつもより……すごい、締まってます……よ」
「んんっ……! あ、い……い……っ!」

 今、この瞬間、あの扉が開いたら。
神と呼ばれるあの少女が、俺たちの痴態を目にしたら。
言い訳しようもないこんな行為を、全部見られたら。
きっと、世界は終わる。
もしくは、俺たちが消える。
あとかたもなく。

 そう思った瞬間、全身をものすごい感覚が貫いた。
恐怖とも快感ともつかない衝撃が脳を灼く。
腹の奥に、覚えのある熱い何かが注ぎ込まれるのを感じたとたん、
俺は足を突っ張らせ、全身を痙攣させて、高く声をあげながらイった。

「彼女の到着まで、あと8分17秒―――」



 結局その日も、俺たちはゲームに勝った。
ハルヒが不機嫌な顔で部室の扉を開けたとき、俺たちは後片付けも換気もすませ、
長門と同じく涼しい顔で将棋をさしていた。
 岡部に何を言われたのか知らないがハルヒの機嫌は相当悪く、来るなり、今日は
もう解散! と言い放って帰ってしまった。もしやと思い限定エスパーの顔を見れば、
そいつは着信件数134件と表示された携帯をもてあそびながら微笑っていた。
 パタンと本を閉じ、長門がふらりと立ち上がって鞄を手に取る。
さよならも言わずに部室を出て行く背中を見送って、俺はつぶやいた。

「なぁ、古泉……俺は思うんだが」
「なんでしょう?」
「俺たちのゲームの勝敗を握ってるのって、実は長門だよな」
 もしも長門が、自分の意志にしろ親玉からの指示にしろ、ハルヒの到着時間を
正確に告げることをやめたら。それだけで、このゲームは簡単に終わりを告げる。
 視線を目の前の男に向けてみれば、そいつはそんなこととっくに承知している顔で、
ただ笑っているだけだった。
「そうですね。彼女が何を考えて僕らのゲームに荷担しているのかは不明ですが、
いつからか彼女がこのゲームのゲームマスターになっていることは確かです」
 カタッと音をたてて、古泉が椅子から立ち上がった。
長机をまわりこみ、椅子に座ったままの俺の後ろから、背もたれごと抱きしめる。
耳元で、吐息とともにつぶやく声。

「いいじゃないですか。絶対公正なはずのゲームマスターすら信用できないゲーム。
……まさに、スリル満点です」

 ささやかれたその言葉に、俺の身体にまたゾクリと痺れが走る。
世界を、存在を、賭の俎上にのせる背徳のゲーム。
そんなものにこの上ない快感を憶える俺は、きっともうどこか壊れてるんだろうな。

 まぁ、いいさ。
世界とか存在なんてそんなものより、俺はこの快楽を手放したくない。
俺は手をあげて、強く抱きしめてくる共犯者の顔を引き寄せ、唇をあわせた。

 
                                                 END
(2010.03.18 up)
どうしてこうなった。
キョンも古泉も、もしかしたら長門もぶっ壊れ。あとみくるちゃんハブってごめん。