お揃い

【お題】お揃いのアクセサリー



 プレゼントです、なんて言いつつ、上機嫌の古泉が有名ブランドの
ロゴの入った袋を渡してきたとき、嫌な予感はしたんだよな。
 袋を開けてみると中に入っていたのは、薄手のセーターだった。
落ち着いた焦げ茶色のシンプルなもので手触りもよく、あったかそうだ。

「いい趣味だな。ありがたいが、急にどうしたんだ。誕生日でも
クリスマスでもないのに」
「この間、気に入ったみたいなことを言ってたじゃないですか」
「この間?」
「ほら、僕が夜中に書き物をしていたとき、コーヒーを持ってきてくださって、
そのとき僕が着ていたセーターを」

 ああ、そういえば、古泉が着込んでいたセーターがあったかそうで
デザインもよかったので、そのセーターいいなとか言った気がする。
待てよ? ってことは。
もう一度、デザインをよく見てみる。
うん。この胸のとこのロゴといい、首元の編み目といい、渋い焦げ茶の
色合いといい、あのときこいつが着てたのと、寸分の違いもないな、って。

「今度、一緒に着て出かけましょうねっ」
「アホか−−−−−−−−−っ!!!!」

 俺は新品のセーターを、力一杯、古泉のニヤケ顔に投げつけた。
だが、ふんわりと軽いカシミアは、命中しても大したダメージは
与えられなかったようだ。忌々しい。

「お前、わかってんのか! 俺たちゃもう、28なんだぞ! いい歳こいて
ペアルックってアホか!」
「別に、何歳になったらペアルックしちゃいけないなんて決まりはないですよ?
いいじゃないですか、いくつになってもラブラブな夫婦みたいで」
「誰が夫婦か!」

 そりゃあな。高校時代に知り合い、いろいろあって、あまり一般的とは
言い難いものの、恋人同士、と呼ぶべき関係になってもう10年がたつ。
同居生活もすっかり板について、今更別れようとか関係をやめようとか、
そんなことは考えやしないが。
 それとこれとは別問題だと思うがどうか。

「ダメですか。あこがれなんですけどねぇ」
 名残惜しそうにセーターを広げ、古泉は寂しそうな顔をしてみせる。
そんな顔をしてもダメだ。俺はだまされんぞ。
「いい歳こいた大の男が2人でペアルックなんて、サムいにもほどがある。
やりたきゃひとりでやってろ」
「ひとりでペアルックですか? それはまた難しいご注文ですね」
 まぁ、同時に着なきゃいいんですからとりあえずどうぞ、と再びセーターを
渡される。たしかに物は気に入ってるし、こいつとかぶらないように着れば問題はないな。
「……もらっとく。サンキュ」
「はい」
 古泉はうなずいてにっこりと笑う。この10年ですっかり見慣れた、でも
出会った頃のとはまるで違う、自然な笑顔。……いかん、見とれてる場合じゃない。
あわてて視線をそらそうとしていると、古泉はいきなり真面目な顔になった。

「セーターのペアルックはあきらめますが……でも僕、何かあなたと、
お揃いの物が欲しいです」
「はぁ? なんだその女子高生みたいな要求」
「だって、最近お互いに仕事が忙しくて、あまり一緒にいる時間もとれないじゃ
ないですか。何か、離れていてもあなたを感じられるような、そういったものが
欲しいと思うのはわがままですか?」
「う……」
 思わず俺は、返す言葉につまる。
ずるいぞ、お前。そんな真摯な瞳で見つめられて、そんな殊勝なことを
言われれば、俺だって無碍にはできなくなっちまう。
 だって、しょうがないだろ。惚れた弱みってやつは、俺にだってあるんだよ。

「……目立つ物は勘弁だぞ」
 しかたなくそう言ってやると、古泉はとたんに目を輝かせ、嬉しそうにうなずいた。
「わかりました。マフラーなんてどうです?」
「セーターとさして変わらんじゃないか。恥ずかしいから却下」
「では腕時計は」
「腕時計は使わない」
「でしたね。では……そうですね、アクセサリーならいいのでは?」
「ふむ……」
 そうだな。古泉と違って、普段はそんなものをつける柄じゃあないが、
ネックレスやペンダントなら襟の中に入れちまえば見えないし、ブレスレットなら
袖をかぶせちまえばわからないだろう。

「よし、じゃあそれでいい」
「ありがとうございます。では、品物は僕が選びますから、ちゃんと身につけて
くださいね。約束ですよ?」
「わかったわかった」

 そのときの古泉が、なんだかやたらにはしゃいでいたのを、俺はもっと
おかしいと思わなきゃならなかったんだ。
ホント、安請け合いするんじゃなかった……。



 数週間後、古泉が喜々として差し出したお揃いのアクセサリー≠ニやらを
目の前にして、俺は頭を抱える羽目になった。
はめられた……完全に、してやられた。

「さあ、約束です。つけてくださいますよね、お揃いのアクセサリー」
「いや、古泉……これは……」
「大丈夫。ちゃんとプラチナですし、サイズもばっちりのはずですから」
「お前な……」
 ニコニコと全開の笑顔で、古泉はそれを箱から取り出して、俺の左手をつかむ。

「薬指で、いいですよね?」

 古泉の手元で光っているのは、銀色の小さな―――指輪、だった。
ご丁寧に、今日の日付とイニシャルまでが内側に刻み込まれているのを、さっき見せられた。
ビロード張りの箱の中には、もう1本の同じデザインの指輪が納まっている。
ああ、確かにアクセサリーだよ。お揃いのアクセサリーには違いねえよ。
でもこれは、お揃いとかペアルックとか、そういうのとは次元が違うんじゃないか。

 古泉は俺の左手をつかんだまま動きを止めて、じっと俺を見つめている。
ここまで周到に人をはめて、強引にことを進めやがったくせに、今はただ
口元に笑みを残したままの少し不安そうな顔で、俺が返事するまで待つかまえだ。
 その真摯なんだか泣きそうなんだかわからない表情を見ているうちに、俺の中には
じわじわと、なんだかよくわからないものがわきあがってきた。
 ……はぁ。わかったよ、もう。

「……それでいいから、さっさとしろ。お前には、俺がつけてやるんだろ?」

 次の瞬間、左手をぎゅっと、痛いほど強く握られた。
その手の熱さと、これ以上ないほど幸せそうな古泉の笑顔が、胸の中に強く刻印される。
きっとこれから先、指輪に刻まれた日付を見るたびに、俺はそれを思い出すんだろうよ。
 たぶんな。

                                                END
(2010.02.06 up)
30歳目前のふたり。
もう夫婦ってことでいいじゃない。