彼と花束

【お題】花束


 
 駅前にたたずむ彼を見つけたとき、思わず50mも手前で足が止まった。
いつもの待ち合わせ場所で、彼がオブジェに寄りかかって立っているのは
いつものこと。つまらなそうな、眠そうな表情で、ボンヤリと待ち人の
来る方向を見ているのもいつものことだ。
 なのに僕の足が止まったのは、下げた右手に彼が持っている物に目がいってしまったから。

 半透明のセロファンに包まれ、薄い茶色のリボンをあしらわれている、
紫と青が主体となった遠目にも鮮やかなその物体は……どうみても花束だった。

 彼と花束。
惚れた欲目かもしれないが、彼には花もよく似合うと思う。
だが取り合わせとしてはかなり妙……というか、らしくない。
ごく一般的な高校生である彼が花束を持つ機会と言えば、卒業式などの式典とか
誰かの病気見舞いくらいだと思うのだが、今日はそのどちらでもない。

 今日彼は、はじめて僕の家に遊びに来る……ただそれだけのはずなのだが。

 彼と、いわゆるおつきあい≠轤オきものをはじめて、まだ1週間。
らしきもの、というのは、いまいち彼がどう思っているのかがはっきりしないせいだ。
 ―――1週間前、文字通り決死の思いで告白した。
まさに、己の存在を賭けた告白だったのだが、あろうことか彼はそれに、
あっさりと了承の返事をくれたのだ。

「ん、いいぜ」って、そんな、あまりに軽すぎやしませんか。

 だからというか、僕は未だに、彼が何か勘違いをしているんじゃないかという
疑いを消せないでいる。
たとえば、つきあって欲しいという言葉を、友人同士でどこかへ遊びに行くという意味で
とらえているとか。あるいは、何かの冗談とか悪ふざけとか……もしくは、ドッキリや
大がかりな悪戯の一環だと思っているとか。
 これが機関が用意した涼宮さん用のサプライズイベントで、そんなものに
引っかかってやるものかと思っているとか……ありえそうだ。

 だから僕は、今日はじめて彼を自宅に招くことになったこの機会を逃さず、
あの告白が僕の本気であると告げ、あなたはちゃんと僕と恋愛的におつきあい
しているつもりがあるのですかと問いただすつもりでいたのだ。

 が、少々出鼻をくじかれた思いだ。
なんなんだろう、あの花束は。

 やがて、とっくに僕に気がついていた彼が、足を止めたまま一向に近づいて
こない僕に焦れたのか、早足でこちらに歩いてきた。
右手に花束を持ったままものすごい勢いで歩くものだから、花びらは彼の歩調に
あわせてはらはらと散り、アスファルトに彩りを添えていく。そのまま進んで、
僕のすぐ目の前で立ち止まった彼は、ほんのりと頬を染めて僕をにらみつけた。

「他人のフリするんじゃねえ! 俺だって恥ずかしいんだよ!」

 それが、くだんの花束のことだと気がついて、僕はようやく我に返った。
「す、すいません。……それで、どうしたんですか、その花束。今日は
何かありましたっけ?」
「……別に」
 仏頂面で、彼は右手に持った花束を肩に背負う。
そして、あらぬ方向を向いて、はぁと溜息をついた。

「ちょっと早く着き過ぎてな。時間つぶしにそのへんの店を見てまわってたら、
つい花屋のおばちゃんと話し込んじまって。今日はどこに行くんだって聞くから
正直に答えたら、そういう時は花束のひとつも持ってくもんだって……」

 大サービスするから、と格安で作ってもらった花束がこれ、というわけらしい。
「正直にって……あなた、どこへ行くと答えたんですか」
 近くで見ると、紫なのはバラのようだった。他の花の名前は知らないが、
あまり甘くない凛々しいイメージで作ってあるものだとわかる。
 僕が花束をためすがめつしていると、彼はそっぽを向いたまま、ぼそりと
ぶっきらぼうにつぶやいた。

「……コイビトの部屋に、はじめて行くんだって、言った」

 はい?
……今、なんて言いました?

「恋人の部屋に、はじめて行くんだって言ったんだ! あーそうだよ、うかれてたんだよ! 
花屋のおばちゃんに自慢しちまうくらいにな! 悪かったなっ!」

 イメージカラーとか雰囲気とか聞かれて、ずいぶんボーイッシュな子なのね
なんて言われて、顔から火吹くかと思ったわ! とかまくしたてながら、
彼は花束を僕に押しつけた。
「そういうわけなんでその花束はお前のイメージなんだが、なんだお前、
似合いすぎるぞふざけんなちくしょう」
 照れ隠しなのか、彼はぶつぶつとボヤキ続けていたが、僕はもう半分も聞いていなかった。

 僕は未だに、彼が何か勘違いをしているんじゃないかという疑いを消せないでいた。
たとえば、つきあって欲しいという言葉を、友人同士で、どこかへ遊びに行くという意味で
とらえているとか。あるいは、何かの冗談とか悪ふざけとか……もしくは、ドッキリや
大がかりな悪戯の一環だと思っているとか。
 だから今日は、彼にあの告白が僕の本気であると告げ、あなたはちゃんと僕と恋愛的に
お付き合いしているつもりがあるのですかと問いただすつもりでいたのだ。

 それなのに、まさに出鼻をくじかれた。
まさか、彼のこんな言葉を聞くことになるなんて。

「僕は……」
「は? なんだよ」
「あなたの、恋人、ですか?」
「違うのか」
「いえ……」
「好きだつきあってくれと言われて了承したんだから、恋人でいいんじゃないのか」
「そう、ですよね」
「いまさら違うとか言われたら、泣くぞ俺は」
「泣くんですか」
「泣く」
「それは、困りものですね」
「泣かすつもりか」
「とんでもない」
「いいんだろ、恋人で」
「いいです、恋人で」

 よし、とうなずいて、彼は歩き始めた。花束を僕に押しつけたおかげで空いた両手を
ポケットに突っ込み、お前んちはどっちだと振り返って聞いてくる。
僕は花束を持ったまま、小走りで彼に追いついた。
マンションへの道を彼と並んで歩きながら、こんな幸せがあっていいものなのかと思う。

 そうか……恋人、なのか。

 似合いすぎるからやめろ、とあきれた声でいう彼の隣で、僕はふわりと香るバラの
花束に、だんだん火照ってきた顔をうずめた。


                                                 END
(2010.02.06 up)
乙女古泉。
キョン古っぽい感じもしますが、どっちでもいい。