ソファと口実

     【お題】大きなソファ




 彼はどうやら、僕の部屋の大きなソファが、ことのほかお気に入りのようだ。

 週末の不思議探索のついでだとか、手に負えない宿題をするためにだとか、
そんな用件で彼が僕の部屋を訪れることは、ままあることで。
同じ部活に所属する親しい友人同士として、そんなことはありがちで
特筆する必要もないくらい普通のことなのだ。

 僕個人の想いがどうであろうと。

 とにかく彼は、普通の友人にするように僕の一人暮らしの部屋をしょちゅう訪れ、
来るたびにワンルームのほぼ中心にある、そのソファを占領する。クッションふたつを
背もたれに、時にはブランケットまで持ち込んでゴロゴロとしている姿は、
まるで巣作りをする小動物のようで微笑ましい。

「あなた、お好きですね、そのソファ」
「ああ、でかいし座り心地がいいし、かなり気に入ってるな」

 遊びに来た日、彼は夜遅くなると、たいていこのソファで眠りこんでしまう。
うちのベッドよりよく眠れるんだよな、なんて言いぐさを聞いてると、
彼が僕の部屋に来る一番の目的は、このソファなのではないかとまで思う。

 別にいいんですけどね。
彼が、僕に部活仲間以上の興味を持っていないのは、知ってます。
ソファ目当てにしろ、たびたび遊びに来ては泊まってくださるのは、嬉しい限りですよ。

 微妙に困るのは、このソファで眠る彼がものすごく無防備だということだ。
もともとよく眠る人ではあるのだけれど、自分のベッドよりよく眠れるのだと
いうのは本当のようで、静かだなと思うともう寝息をたてている。
その寝顔はあどけなく幸せそうで、眺めているとこちらまで眠くなってくるようだ。

 いや、眠くなるならまだいい。
無防備に眠る彼の寝顔、かすかな寝息、額にかかる後れ毛、しどけなく投げ出された
手足、寝乱れた着衣……いったんそんなものに目を奪われてしまうともう、
とめどなくわきあがる妄想を押さえるのに四苦八苦することになる。
どうしてこの人は、こうも警戒心がないんでしょうね?
まぁ、警戒されても困るんですが。


 季節が夏に近づくにつれ、あたりまえだが彼の服装は薄着になっていった。
クーラーを好まない彼のために、バルコニーに続く大窓は網戸をいれて開け放っている。
上層階なので一応風は入ってくるけれど、吹き込む風はぬるくてべとつくようだ。
 今日も彼はお気に入りのソファの上、タンクトップにジーンズという姿で寝転んで、
暑い暑いといいながらアイスを食べている。

「あっちいな」
「まぁ、夏ですからね」
「お前はなんでそう涼しげなんだ」
「鍛えてますから」

 寝転がったままで、器用に棒付きのバニラアイスをくわえている姿を
なるべく視界に入れないよう努力しながら、僕は簡潔に応答する。
動揺を悟られないようしていたから、必要以上に冷たく聞こえたのかもしれない。
なんだ古泉、機嫌悪いなとつぶやいて、彼は溶けて手を伝い落ちるバニラアイスを
ぺろりと舌でなめとった。ああもう……勘弁してください。

「うわ!」
 と、いきなり彼が叫んだので、あわててそちらを向いた僕は、今度こそ
鼻血を吹きそうになった。
 彼の顔から胸にかけてを、白い液状のものが汚していたからだ。

「な、何してるんですか!」
「すまん。アイスが落ちた」
「もう、早く顔洗ってきてください!」

 彼は悪い悪いといいながら、あわてて洗面所の方に行った。僕は雑巾を手に、
床に落ちたアイスを拭いて片付けにかかる。
 そうしてしばらくリビングと洗面所を往復したあと、リビングに戻った僕を
待っていたのは、

「おう、古泉。悪いな、片付けさせちまって」
「……あなた、上は」
「ん? ああ、アイスがついたら洗濯機に入れた。ついでに洗ってくれよ。
1枚くらいいいだろ?」
「それはいいですけど、その格好……」
「あっついじゃんか」

 ごろん、と再びソファに寝転んだ彼は、下はジーンズで上半身は裸のままだった。
割と筋肉のついたなめらかな肌が目に飛び込んでくる。
しかも履いているジーンズもかなりローライズで、なんかいろいろ見えそうだ。
 もう……限界だ。理性とか、忍耐力とか、そのへんが。

「……そのソファ、差し上げましょうか」
「へ?」
「いえ、お気に召しているようなので。あなたのご自宅に置いたらいかがですか」
「何言ってんだ。ソファないと困るんじゃないか?」
「別に、座るなら床で充分ですから」

 もともと僕の趣味で買ったわけではない。機関が用意したこの部屋に、最初から
置いてあったというだけのものだ。
 譲ってしまえば、ソファ目当てでここに来ていると思われる彼は、もう訪ねてこなく
なるのかもしれないけれど……このままでは僕は、彼に取り返しのつかないことを
してしまいそうだ。

 運ぶならこちらで手配いたしますよと言うと彼は、眉をしかめてしばし考え込んでいた。
なんだろう。置く場所の算段でもつけているのだろうか。
だが彼は、やがて左右に首を振った。

「遠慮しとく」
「そうですか。置く場所がないとか?」
「まぁ、それもあるがな。うちのリビングせまいし」
「あなたの家のものとこれを、交換しては」
「意味ねえよ、それじゃ」
「は? 何がです?」

 ふあ、とわざとらしくあくびをして、彼はソファの上で寝返りをうつ。
裸の背中を僕の方に向け、なにげない口調で答えを口にした。

「この部屋で寝るソファが、うちにあったやつに変わるだけだろ」
 ……あれ? ソファ目当てで来てるわけじゃないんですか?
 僕が疑問を口に出さずに首をかしげていると、彼は背中を向けたまま、
ほとんど聞き取れないような声でつぶやいた。
「大体それじゃ」
 ぼそぼそと早口の言葉が、僕の耳に届く。

「……ここに泊まる口実がなくなるじゃねえか」

 ……………………………………は?
あの、それはどういう……という僕の質問に、彼は狸寝入りを決め込んでいる。
でもこちらからは、真っ赤になっている耳が丸見えなんですけど。

 ……えーと、とりあえずコレ、抱きしめちゃっていいんでしょうか?


 
                                                 END
(2009.12.24 up)
もともと私のイメージでは、古泉の部屋の真ん中にでかいのがある気がしてました。
というか、それとローテーブル以外は何もない感じ。