君の弱さ

     【お題】君と居ると、弱くなっていくようだ




 恋をすると、人は強くなるって、嘘ですよね。

 古泉がいきなり、そんなことをつぶやいた。
半分眠りかけていた意識が、ふと浮上する。どうでもいいが、腕枕てのは
寝心地はいまいちだよな。安定が悪い。

「……なんだって?」
 目をあけて聞き返してみると、今現在、俺の枕になってる腕の持ち主が、
ぼんやりと天井を眺めながら言葉を継いだ。
「なんで、そんな風に言われてるんでしょうね?」
 俺の質問はスルーらしい。
というか、俺に聞いてんのか独り言なのかもわからん。
まさか寝言じゃないだろうな?

「あれだろう。恋人を守るために勇気が出たり、パワーアップしたり、
必殺技を開発したりするからじゃないか」
「ジャンプマンガみたいですねぇ」
 くす、と小さく笑って、古泉は身じろいだ。とりあえず、寝言ではなかったらしい。
布団の中でごそごそと動いた身体が、半回転してこちらを向いた。
 ジャンプは、どっちかっていうと仲間とか友達とかなんじゃないか、と
突っ込もうかと思ったが、至近距離にある顔にいまいち納得していない表情が
浮かんでいたので、質問を変えてみた。
「お前は、違うのか。あのヘンテコ空間で戦うときに……」
 と、そこで言葉につまる。

冷静に考えたら、この質問はかなり恥ずかしいぞ。
つまり、俺を守ろうと勇気が出たりしないのか、っつう質問だよな?
自らヒロインポジションかよ。アホだろ、俺。
「そうですね……」
 幸い、古泉はその点には突っ込んでこなかった。
「以前の方が、強かった気もしますね。何も考えずにためらいなく神人に
かかっていけたし、命もたいして惜しくありませんでした。今は……危なく
なるとあなたのことが頭に浮かんで、思い切ったことができなくなります」

 あなたと居ると、僕は弱くなっていくようです。
あなたと会えなくなることが怖くて、命を惜しんでしまう。

 古泉はそうつぶやいて、情けなく笑った。
俺は思わず手を出して、その両頬を思い切りつねってやった。
「いたっ! 痛いですよっ! いきなり何するんですか」
 何もクソもあるか。
「お前のそれは、強いんじゃなくてただのヤケクソだ」
「はっ?」
「命捨てて敵に向かうのがカッコイイのはジャンプマンガのキャラだけだ、アホが」

 命を惜しまないのが強さだっていうなら、強くなんてなくていい。
情けなくて、臆病で、カッコ悪くていい。
 そりゃあお前も、世界を守って戦ってるわけだけど、お前なんてホントは
ちょっと限定エスパーなだけの、ただの高校生じゃねえか。

 言いたいことがうまく言えなくて、俺は黙ったまま、古泉に背を向ける。
しばらくすると、背後から伸びてきた腕が俺の身体を抱きしめてきた。
触れあう素肌はサラサラしてあたたかくて、気持ちよかった。
「……すみません」
「何を謝ってんだ。わかってんのかホントに」
「あなたが、僕を心配してくださっているということは、わかります」
 そういうことになるのか。……そうかもな。
お前はもうちょっと、自分を大事にした方がいい。その方が結局、俺の
ためになるってことも、もうちょっと認識した方がいいぞ。

「そうなんですか?」
「意味ないだろ。世界が壊れなくても、お前がいなかったら」

 しばし、古泉は沈黙した。
やがて意味を理解したのか、俺を抱きしめてる腕にぎゅうぎゅうと力がこもる。
やめろ。苦しいし中身が出そうだ。
「……僕は、今のままでいいってことですよね」
 俺の背中に額をあてて、古泉がそうつぶやく。
それになんとなくすねたような響きを感じて、俺は少しだけ首を後ろに振り向けた。
「不満そうだな?」
 思った通り、古泉は少し口をとがらせている。
なんて顔だよ。ハルヒには到底見せられんな。見せたくないけど。
「何が気に入らないんだよ」
「だって……やっぱりあなたの前では、弱いところなんて見せない、
格好いい僕でいたいじゃないですか」

 ……うん。バカだな、こいつは。
しかも、いろいろわかってねぇ。

「今更、何を言ってんだ」
「えっ?」
「お前の弱いとこなんて、いくらでも知ってんだよ俺は。ほら、こことかな」
「ちょ、どこ触ってんですか!」
「あと、こことここも。あ、こっちもか」
「やめ、やめてくださいって! そういう弱いじゃないでしょうっ!」
「ごちゃごちゃうるせえな。ほら、ここだって」
「くすぐったいですってー!」

 お前はそうやっていつもむやみに俺をかばおうとするがな、
守られてるだけなんて、俺の趣味じゃねえんだ。
まぁ、俺は宇宙人からも未来人からも秘密組織からもお墨付きの
凡人なわけだが、俺にだってできることはあるんだ。
 だから、お前の弱味なんて、全部俺にさらけだしてりゃいいんだよ。

 そのくらいわかってろよ。
 バーカ。


 
                                                 END
(2009.12.08 up)
事後の様子を書くのが大好きです。