小さな嘘

        【お題】(一緒にいる口実って気づかれませんように)



  基本、僕は、彼と彼女の仲を取り持つように振る舞う。

 たとえば、彼女が1人で物思いに沈んでいれば、彼に話を
聞いてやれとけしかける。
 彼女が彼を気にしているのに、意地を張って声をかけられないなら、
適当な理由を考え彼女にきっかけを作ってあげる。

彼を求める彼女の想いを叶えるために。
世界を危うくしないために。


「あっ」
「どうしたの? 古泉くん」
 下校途中の坂道で急に立ち止まった僕を、涼宮さんが振り返る。
長門さんと朝比奈さんも足を止め、隣を歩く彼も怪訝な顔で僕を見る。

「すみません……忘れ物です。鍋一式を部室に忘れて来てしまいました」
 頭をかいてそう言った僕に、彼が眉をひそめて聞き返す。
「鍋一式って、おとといやった闇鍋のアレか」
「ええ。実はあれは借り物でして、今日返すようにと言われてたんです」
「そうなのか」
 取りに戻りますので僕はここで、と言って踵を返そうとすると、
腕を組んで聞いていた我らが団長が高らかに告げた。

「わかったわ。キョン、一緒に行って手伝ってあげなさい!」
「俺かよ」
「だって、土鍋とか調理道具一式とか卓上コンロとか、かなりの量だったじゃない。
いくら古泉くんでもひとりじゃ大変よ。あんたどうせヒマなんだから、
ついていってあげなさい。団長命令よ!」
「あーはいはい。わかったよ」
 反論してもムダと思ったのか、それとももっともだと納得したのか、
彼はやれやれと肩をすくめ、元来た道の方へと踵を返す。

 ちゃんと手伝うのよ、と指を突きつけ、足取りも軽く坂を下る涼宮さん。
気を付けて下さいねぇ、と微笑んで手を振る朝比奈さん。長門さんは無言のまま、
先を行く2人のあとをついていく。

 そんな彼女たちを見送って、彼はマフラーを巻き直し、寒そうに肩をすくめて
坂を再び登り始めた。
「しょうがねえな。ほら、古泉、行くぞ」
「申し訳ありません。お手数を」
「まぁ、俺たちも一緒に使ったもんだしな。かまわんさ」
 ぶっきらぼうに言い放って歩く彼に、僕は小走りで追いついて隣に並ぶ。

「お礼に、何かおごりますよ。帰りに寄り道しませんか」
「んー……そうだな。たい焼きが食べたいかな。クリームのヤツ」
「了解しました。クリームとは、めずらしいですね」
「最近、流行ってるみたいだぜ。この間妹が、イチゴミルクだの
レモンクリームだの買ってきてな」
「それは……なんだかチャレンジ精神をかきたてられるラインナップですねぇ」
「ははっ。意外といけるぜ、どれも」
「へぇ……ちょっと楽しみです」
 背中を丸めて学校への道を戻りながら、彼はめずらしく声をたてて笑う。
「どうせならいろんな種類たくさん買って、半分こして食ってみるか」
「いいですね」
 なんということもない、他愛ない会話を交わすこのひとときがたまらなく嬉しい。
 僕はふと足を止めて振り返り、もうすっかり姿の見えない彼女に胸の中だけで、
ごめんなさいと告げた。

 本当は、あんな鍋一式なんて、いつ持って帰ったってかまわない。
どうせ機関が涼宮さんのために用意したものだ。
あのまま捨ててしまったって、別にいいのだけれど。
 でも、このタイミングでああ言えば、きっと優しい彼女のこと。
彼に手伝うように指示するだろうとは、簡単に予想できることだった。


 基本、僕は、彼と彼女の仲を取り持つように振る舞う。
彼を求める彼女の想いを叶えるために。
世界を危うくしないために。
いままでも。たぶん、これからも。

 ――だから、涼宮さん。
ほんのたまにだけ、こんな小細工を許してください。
あなたをあざむく小さな嘘が、彼と一緒にいるための口実だということに、
気づかれませんように。……どうか。
 少しの間だけ、彼との時間を、僕にわけて下さい。

「こいずみー。何してんだ、早く来い」
「あ、はい。……今行きます」

 
                                                 END
(2009.11.17 up)
たい焼きはうちの近所で実際売ってるやつです。
いけますよ。イチゴミルク。