素顔

         【お題】まずい、口元が緩む


 移動教室で渡り廊下を歩いている途中、中庭の木の下で知った顔を見つけた。

「何やってんだ? 古泉のヤツ」

 木の根もとあたりにしゃがみこんで、じっと一点を注視している。
こっちにはまるで気づいておらず、俺からはヤツの横顔だけが見えていた。
誰もいないと思っているのか、いつものうさんくさいポーズや笑顔は
なりをひそめていて、ぼーっとしている顔は意外と幼く見える。

「うおっ」
 そのまま見ていたら、いきなり古泉が笑った。
いつものゼロ円スマイルじゃない。年齢相応の笑顔だ。
不意打ちをくらった気分で、俺はちょっとのけぞってしまった。

 なんだ。何を見てるんだ。
ヤツの視線を追ってみたら、木の陰から尻尾がのぞいていた。
猫、か……? と思ったとたん、そこからするりと茶色っぽい猫が姿を現した。
 古泉はそっと手を伸ばして、

 ……にゃーとか言ってるよおい。

 まずい、口元が緩む。
こんなところで、男を眺めながらニヤニヤしてるって、変態みたいじゃねえか。
でもあいつのこんな姿、レアすぎて見逃せないぞ。

 猫は古泉が伸ばした手の指にそっと鼻を近づけて、くんくんと匂いを嗅いでいる。
古泉は期待に満ちたような顔で、じっと手を伸ばしたまま……あ、ひっかかれた。
顎をなでようと手を動かしたところに、見事な猫パンチが飛んできたようだ。
びっくりした顔で尻餅をつく姿に、吹き出しそうになってあわてて口をおさえた。

 よかった。気がつかれなかった。
古泉は残念そうな……というかしょんぼりとした顔で、立ち上がった。
俺はあわてて渡り廊下の柱に身を隠す。
なんで隠れてんだ、俺。

 と、肩をいきなり叩かれた。
「何してんだ、キョン」
「休み時間終わっちゃうよ?」
 ああ、谷口と国木田か。
「いや、ちょっとな」
 柱の陰から顔を出して中庭の方をみたら、もうそこにあいつの姿はなかった。

 谷口たちと一緒に教室に向かってまた歩き始めると、国木田が教科書を抱えて
俺をのぞきこんできた。なんだ、俺の顔がどうかしたか。
「なんだか楽しそうだね、キョン。なにかあったの?」
「別に。ちょっとめずらしいものを見ただけだ」
 わざといつも通りの表情をつくって、俺はそう言ってごまかすように肩を
すくめた。すかさす谷口が俺の発言に食いついてくる。
「さては美少女のパンチラでもゲットしたか! くそぅ、俺にも教えろよな!」
「そんなんじゃねえよ」

 いつも笑顔の仮面をかぶって、慇懃無礼な態度で壁を作ってるヤツの、
意外なゆるさを発見しちまっただけだ。
 あんな顔で笑えるんだな、あいつも。

 さて、今日の団活に行くときには、絆創膏でも持って行ってやるか。
俺が見てたって知ったら、今度はどんな顔を見せてくれるんだろうね。

 口元が勝手に緩みそうになるのを、俺は必死でこらえながら廊下を急いだ。

 
                                                 END
(2009.11.17 up)
指摘されて真っ赤になってればいい。