夢か現か

         【お題】気づいた途端にぎくしゃく、ぎくしゃく
 ついに夢にまで
            「何でこのごろ避けてるんだよ?」
                「あ、熱いからだ」「冬並みだぞ今日は」

 ものすごく余計なことに、うっかり気づいてしまった。

 彼が好きだ。
もちろん、恋愛的な意味で。

 当然この場合の彼≠ニは、部活仲間にして神の想い人、
大部分の人々にキョンと呼ばれている彼のことだ。
 よりによって、想いを寄せるのに最も適さない人物に、
一体僕は何をやっているんだ。バカじゃないか。

「古泉?」
「うわっ! は、はい」
 自分のクラスの自分の机に、苦悩のあまり突っ伏していたら、
いきなり呼ばれて飛び起きた。するとすぐ目の前に彼がいて、
僕は思わず飛び退いて椅子をガタガタと鳴らすはめになった。

「あ、あなたでしたか」
「人の顔見て驚きすぎだ。借りた辞書返しに来た」
「それは、わざわざすみません。お役に立てましたか」
「ああ、助かった。……それにしてもお前」

 ふいに、彼の手が額に触れた。
「具合悪いのかよ。寝不足か? ……もしかして、あのヘンテコ空間か」
 彼の顔が近づいて、耳元でささやかれる。耳に吐息がかかった。
「いえっ! 違います、ちょっと目が疲れただけで」
「そうか? でも顔が赤いぞ。熱があるんじゃないのか」
「そんなことないです。あ、暑いからです。めっきり暖かくなりましたよね!」
「……冬並みだぞ、今日の気温は」
 そういえば11月だった。これからは寒くなる一方で、暖かくなるわけがない。
ああ、なに言ってんだ僕は。あせりすぎだ。
 おたおたしながら、あわてて彼との間に距離を取る。
近いとダメだ。ばくばくいってる心臓の音が、聞こえてしまいそうな気がする。

「疲れてんじゃないか? 今日は団活休んで早く帰れよ。
ハルヒにはうまく言っておいてやるから」
「いえ、大丈夫です。出ます!」
 せっかく彼と差し向かいで過ごせる貴重な時間を、みすみす逃すなんて
もったいない! そんなことできるか!

 なんてことはもちろん口に出せず、僕はただ何が何でも団活には
出るという気迫だけを彼に伝える。すると彼は、やれやれと肩をすくめた。
「ホントにお前は、ハルヒ第一なんだな」
 え、あ、まぁ。それはそうなんですけど。うん。
「そうか。具合が悪いわけでもないんだな……なら……」
 彼は眉を寄せて考え込むような顔で、何事かごにょごにょと言い淀む。
何を言おうとしたのかは、聞き取れなかった。
「どうかしました?」
「いや……」
「なんですか、気になりますから言ってくださいよ」
 困惑顔でしばし躊躇したあと、彼はぼそぼそと早口で言った。

「なんでこのごろ、避けてるんだ? 俺のこと」

 え……?
「や、いつもお前、話すときやたら顔近かったり、耳元でささやいたりしてたのに、
最近は全然……っていうかそれが悪いわけじゃないし、むしろありがたいんだが、
どうして急にやめたのか気になるじゃねえか。さっきだって、わざと近づいて
みたらさっさと離れるし」
 わざとだったんですか、アレ。それは惜しいことを……じゃない、違う違う。
そんなことより、それほど態度に出ていたのか。彼に不信感をもたれるほど。
どう言い訳をしよう。普段ならさらりと出てくる嘘八百がなかなか出てこない。
なんとかもっともらしい理由を告げねば、彼にますます不審に思われる。

「……わかった。もういい」
 声も出せずに冷や汗をかいていると、彼はふう、と溜息をついた。
そのまま踵を返し、僕に背を向け手をひらひらと振る。
「今日の団活までに、それらしい嘘考えとけ」

「……あ」
あきれられた。どうしよう。
ただでさえ彼にはあまりいい印象をもたれてないのに。
これじゃ完全に、嫌われてしまう。

 しばらく硬直していた僕は、我に返るとあわてて席を立った。
すでに教室の中には姿のない彼を追い、廊下に飛び出す。
階段で追いついて、半ばほど降りたところにいる彼の背を呼び止めた。
「ま、待って下さい……!」
 立ち止まって振り返る彼のそばに行こうと、足を踏み出した直後。
ずるりと足がすべり、天地がひっくり返った。
「古泉!」
 衝撃と彼の声を最後に、僕の意識は闇に沈んだ。


 ――ああ、あなたが好きだなんて、気がつかなければよかった。
気づいた途端に、ぎくしゃくぎくしゃく。
こんな自分は、本当にらしくない。
恋というのは、やっかいなものですね。
世界中の恋する人たちは、なんでこんなものに夢中になるんでしょう。

「やっかいだから、夢中になるんだろうよ」
自分の言動さえ、自分で制御できなくなるのに。カッコ悪い。
「そうか? 俺はわりと好きだけどな。そういうお前も」
そう言って、彼が笑う。あれ? これは夢、ですよね?
ああ、ついに夢にまで彼が出てきのか。
しかもなんだか、僕に都合のいいことを言ってる。さすが夢だ。
どうせ夢なら、キスのひとつもしてくれないだろうか。
「何言ってんだお前」
 ポン、と頭をこづかれて、はっと我に返る。
気がつけばそこは保健室で、ベッドに寝ている僕を、彼がのぞきこんでいた。

「あれっ?」
「寝ぼけてんのか。それとも頭打ったのか?」
 そうか、確か階段から……。
って、ええっ!? どこからが夢? どこまでが夢?
「すみません。なんか妙な夢見てたみたいで」
「いや。目、さましてくれてよかったぜ。派手に落ちたからな」

 彼の表情はいつもより少し柔らかくて、心配してくれていたのがわかる。
たださっきの会話のどこまでが夢だったのかは、さっぱり読み取れない。
「あのっ……僕、何か変なこと言いましたか。寝言で」
「ん? いや、別に変なことは言ってないぞ」
 そ、そうか。どうやら今のは全部、夢の中での会話らしい。よかった。
考えてみれば彼が、僕のことを好きとか言うわけないですよね。

「ホントに大丈夫か。なんかボンヤリしてるが」
 首をかしげて僕を気遣ってくれる彼。
 さっきのが夢でよかったとは思うけれど、ちょっと惜しかった気もする。
「いえ……もうなんともないです」
「そうか? ……ああ、古泉。それで」
「はい?」
 夢の記憶を引っ張り出しつつ彼の方を向くと、彼は組んだ脚の上に
頬杖をついたポーズで、真面目な顔のまま言った。

「キスはどこにすればいいんだ?」

 
                                                 END
(2009.11.02 up)
1本で4つのお題消化(笑)