「早く来なさい、キョン! 遅れたら死刑っていってるでしょ!」
「バカ、ひっぱるなハルヒ!」
授業の合間の休み時間。廊下をいささか元気よすぎるほどに元気よく、
走り去る彼女を見た。涼宮さんにネクタイをつかまれ、引きずられるように
付いていく彼は、迷惑そうな顔はしているものの足取りはゆるまない。
ああ、いつもの光景だ。
彼と彼女が仲むつまじいのは、とても喜ばしいことだ。
世界の安定に、僕のささやかな人生の安寧に、また一歩近づいた。
日々、ふたりの仲を取り持とうとしている僕の努力は、確実に実を結びつつある。
努力がむくわれる、それはありがたく、嬉しいことだ。
聡明で愛らしく、一途な彼女。
平凡に見えても、懐深く限りなく優しい彼。
お似合いな二人は、きっと素敵な恋人同士になれる。たぶん、幸せになれるはずだ。
僕はふたりの友人として、そんな彼らを祝福する。世界もきっと救われて、
すべてがめでたしめでたし。
―――そのはずなのだ。
「痛っ……」
そう思うたび、胸が痛い。
最近はそれはもう、物理的に痛い。
キリキリと締め付けられるように、心臓が苦しい。
どうかしている。僕は。
ねぇ、彼女と仲良くしてくださいなんて、本心であるはずがないんです。
それでも、あなたのいるこの世界を守るため、僕は笑います。
本当は世界なんて、どうでもいい。
あなたが幸せならそれでいい。
* * *
かすかな音をたてて、古泉の携帯が震える。
どこに置こうかと迷っている風だったポーンを持ったまま、ヤツは携帯を
操作して眉を寄せた。
これはあれか。例のやつか。
「いえ、違います。定時連絡のようなものですよ。……最近は、涼宮さんも
ずいぶん落ち着いてらっしゃるので、あれの発生件数もかなり減っています」
ハルヒは今、朝比奈さんと長門を連れて校内のどこかにいるはずだ。
今日は昼休みにあいつにつきあって、朝比奈さんの衣装選びとやらを一緒にしたから、
たぶん機嫌はいいはず。ジュースをおごらされたしな。
「あなたのおかげのようですね。ありがとうございます」
「……たいしたことはしとらん。あと別にお前のためじゃない」
そうですか、といつも通りにニコリと微笑んで、古泉はポーンをいつも通りに
とんちんかんな場所に置いた。
ああ、まったく、いつもの光景だ。
涼宮さんと仲良くしてください。
そろそろお互い素直になって、お付き合いすればいいじゃないですか。
なんの不都合があるっていうんです?
そんなセリフもいつも通り。
それを聞くたび、胸の痛みに耐えてる俺になんて、気づかないんだろうな。
でも、お前があの空間で、傷ついたり疲れ切ったりするよりはいいんだ。
そのために俺は、なんだってしようと思う。
(痛い、な……)
なぁ、お前のためじゃねえよっていうのは本心だ。
これは俺自身のためなんだ。俺が安心するためなんだ。
本当は世界なんて、どうでもいい。
お前が無事ならそれでいい。
* * *
彼と彼女が、仲良く日々を過ごしている。
そんないつもの光景を守るため、僕は笑う。
あいつが、あの空間へと戦いにいかなくてすむように。
嘘くさく笑ういつもの光景を見るため、俺は努力する。
大事な人のために、自分に出来ることをしよう。
……胸は、痛いけれど。
END
(2009.11.02 up)
お互いの努力が、お互いと自分を傷つける。