自覚症状

【お題】恋?私が、あいつに?

「ズバリ! ――それは、恋よっ!」
「はぁ?」

 空になったビールの缶を握りつぶしながら、森さんは
目を輝かせて妙なことを言い出した。



 彼女がいきなり大量の缶ビールとツマミを持って、僕の部屋に押しかけてくるのは
日常茶飯事だ。相伴する相手が欲しいらしく、未成年だからと断っても、私の酒が
飲めないのかと定番のからみ方をされて断りきれず、仕方なくおつきあいするのもいつものこと。
 まぁ、缶を1本開けて、チビチビと口をつけるだけなんですけどね。

 瞬く間にダース単位の缶を開けた森さんは、ひとしきりグチを垂れ流したあと、
僕に水を向けてきた。話題は、最近任務のために転校した北高での僕の動向だ。

 観察対象のはずだった我らが神・涼宮ハルヒに拉致されて、妙な部活に入団させられた。
敵対勢力であるはずの未来人や宇宙人、そして神に次ぐ重要観察対象である“彼”と至近に
接することになったのは、予定外ではあったが得難いチャンスだと、上には言われた。
仲良くしておけとの指示だから、言われた通り彼らと好意的な関係を築くべく努力している。
 上機嫌な森さんが、どうなの、うまくやっていけてるのと聞いてくるのでそう答えたら、

「違うわよ! 高校生活と言えば青春よ!
なんかこう、思春期的なイベントとかフラグとかないの!?」
 なんて言い出した。
 そんな、ゲームじゃあるまいし。
「その……SOS団? の子たちとは、どうなのよ」
「ですから、思った以上に楽しくやれていますよ。いい人たちです」
「いい人とかじゃなくてー、こう……なんか気になっちゃうとかー、そういうのがいいー」

 酔っぱらいめ。
 そんなことを言われても、神さまは予想以上に普通の魅力的な少女で、未来人はとても
愛らしく、宇宙人は頼もしくも可愛いいが、3人とも控えている背後関係を考えれば
とてもそういった対象には見られない。
 残る一人の彼は一般人ではあるが神の鍵であり、加えて同性だ。
が、そう言われてみれば……。

「気にかかるというなら、そうですね。あの人は、とても興味深いです。
一緒にいるときは目が離せなくて、ついついずっと観察してしまいますし」

「それよ、古泉っ!」
「えっ?」
「ズバリ! ――それは、恋よっ!」
「はぁ?」



 ……というわけで、冒頭のセリフに戻るわけだ。
「恋って……何を言い出すんですか、森さん」
「いいえ、お姉さんにはわかるの! 相手が気になって気になってしょうがない。
いつでもその人のことを考えてしまう。今、何をしてるんだろう。何が好きなんだろう。
どうしてあんな顔をしてるんだろう。誰のことを考えているんだろう……」
「……」
「そんな気持ちの正体は、そう……恋しかないわ! 青春よ、青い春よ!」

 そんなバカな。
今、森さんがつらつらと挙げた事柄。
その、すべてが思い当たる。
目の前にいれば目が離せず、いなければずっと思い出している。
いつの頃からか、ずっと。――彼を。

 恋? 僕が、彼に?

 いやいやいや。そんなことはない。なんの力も背景もない彼が、
ごく普通の一般人たる彼が、どうして涼宮さんにあれほど影響を与えるのか。
それが不思議で謎で、だから気になるだけだ。それだけのはずだ。

 だって彼は男だし。僕にはそっちの趣味はないし。

「恋ならばそう……その体を抱きしめたい。その髪に触りたい。そして唇にキスしたい。
そんな気持ちになるものよ。どうなの、古泉っ!」
 とたんに頭の中に、彼の姿が浮かび上がる。いや相手、男ですから!
そんなの気持ち悪いに決まって……決まって……あれぇええええええ!?

「あははは、赤くなっちゃって! カラダは正直ねぇ古泉〜?」
 僕を指さして、森さんは上機嫌でケタケタと笑う。
「それで? 誰なの、その相手って? お姉さんに教えなさいよ〜」

 そんな……そんなの、言えるわけないじゃないですかっ!

                                                 END
(2009.10.27 up)
森さんはいつの間に飲んべキャラになったんだろう。