責任の所在と追求に関わるとある案件
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 俺は一体、何をやってるんだろうな?
自転車で外気にさらされ、コンビニで頼まれた買い物をすませるうちに、おかしかった俺の脳にもいくらか冷静さが戻ってきたらしい。
 手にしたコンビニのビニール袋の中には、ジュースや菓子と一緒に、買って来てくれと頼まれたボックスティッシュが入っている。袋を掲げてそれを見るうちに、ないと困りますよね? という古泉の声が耳によみがえってきて、いきなり顔に熱が昇った。
困るってなにがだ。なんのときにないと困るんだ。お前は鼻炎か。それとも季節外れの花粉症か。
 心の中でブツブツと突っ込みながら自転車を飛ばし、やがて通い慣れた古泉のマンションにたどり着く。ロビーのドアを教えられている番号で開き、エレベーターを呼んで上昇するという手順を何も考えずにやっている自分に気がついて、我ながらここに通いすぎなんじゃないかと、眉間にシワを寄せつつ考える。
 そんなことをやっているうちに、エレベーターは目的の階にたどり着き、俺はコンビニの袋をガサガサ言わせながら古泉の部屋の前に立った。

 インターフォンを押そうとして、一瞬、手が止まる。
俺は一体何をやって……というか、何をするために来たんだろうな?
いや、うん。いまさら取り繕ってもしょうがないな。
あれだ。
セックスしたくて来たんだ。
もっと正確にいうなら、抱いてもらいたくて、来た。
……うわ、なんか俺、すげえ恥ずかしい奴じゃね?
男としてどうなんだそれって思わねぇ?
しかも、その目的は相手にばれてるっぽいときた。
なら俺は、どんな顔してあいつに会えばいいんだ?
あいつは、どんな顔で俺を迎える?
ダメだ。恥ずかしすぎる。いっそこのまま帰るか。
いや、でもこのままじゃ。

「……何してるんですか?」
 指をボタンの上に浮かせたまま逡巡していたら、いきなりドアが開いた。
中から、部屋の主が不思議そうな顔をのぞかせている。
「お……う、古泉。いや、こんな夜中にベル鳴らしたら悪いかと思って……」
 しどろもどろに弁解すると、古泉はいつものようににっこりと笑った。
「大丈夫ですよ、防音はしっかりしてますから。さぁ、どうぞ」
 俺が玄関に足を踏み入れると、古泉は閉じたドアに背を向けて、後ろ手でカチリと鍵をかけた。……なんかいろいろ思い出すから、やめないかその閉め方。
「思い出すって、何をです?」
「……いろいろだ」
 初めて、の時のこととかな。
 だがそんなことは、口には出せない。
 古泉は、いろいろですか、とつぶやいて、俺を追い抜いてリビングに行き、沸騰していたヤカンの火を止めた。
「ホットでいいですか?」
「ああ。一応、菓子とかも買って来たぞ。……頼まれものと一緒に」
 なんとなく躊躇しながらコンビニの袋を差し出すと、古泉はありがとうございますと言って、ローテーブルに中身を出した。あとで精算しますねと言いつつ、ティッシュをベッドの枕元の……いつもの位置に置いた。
 ……ああ、そうだよ。いつも事後に手を伸ばす、その位置だよ。

「どうかしました?」
「いや……別に」
 なんか俺、やっぱりまだおかしいな。いつもより、そっち方面のことが気になりすぎてる。家で自分でしたのが不完全燃焼だったのがまずいのかな。……欲求不満?
「それで、宿題でしたっけ。科目はなんですか?」
 古泉がコーヒーの豆を挽きながら、そう聞いてくる。あー、そういえばそういう口実だったな。まぁ、宿題は本当に出てるから問題ないが。やる気はなかったんだけどな。
「数学だ。たぶん、明日当たるんだよ」
「数学なら得意ですよ」
 古泉はまた笑顔を見せて、コーヒーの粉に湯を注ぐ。……というか、こいつは本当に宿題を見る気なのか? 俺の本当の目的、わかってるんじゃないのか?
「どうぞ」
「ああ、サンキュ」
 コーヒーを出されてしまい、俺は仕方なく、持ってきた鞄から数学の教科書とノートを取り出した。古泉は俺が広げた問題集を、身を乗り出してのぞき込む。風呂に入ったあとなのか、近づいた古泉の髪から、ふわりとシャンプーが匂った。
 いつもこいつから匂ってるのは、このシャンプーの匂いなのかな。でも俺もよく使うが、古泉の匂いとは違う気がするんだよな。こいつから匂ってくるのは、もっとこうほのかな、もっと甘ったるい感じの……。
「どの問題ですか」
「え? あ……えーと」
「あなた、大丈夫ですか。なんだか顔が赤いですよ。……熱でも?」
 そう言って古泉は、顔を近づけて俺の前髪をかきあげる。キスする距離まで近づいて、でもそれ以上は動かずに接近を止め、小さく笑った。……こいつ。

「……古泉」
「なんですか?」
「ふざけんな」
「は、何がでしょうか」
「俺が何しに来たか、わかってるんだろうが」
「おや。宿題では?」

 そらとぼけた顔で、古泉はまた笑う。
この野郎……ああ、そうかい。お前がそのつもりならな!

「帰る」
 俺はいきなりそう言って教科書とノートを鞄につっこみ、立ち上がって、そのまま玄関に向かおうとした。が、すぐに手首をつかまれて、すごい力で引っ張られてしまう。
「あはは。すみません、つい」
 引かれて腕の中に倒れ込んだ俺を抱きしめながら、古泉は嬉しそうに笑い声をたてた。
「もうお前なんか知らん」
「そうおっしゃらずに。あんまり嬉しくって、つい意地悪したくなっちゃました」
「あいかわらず悪趣味だなお前はっ!」
 ぎゅっと腕の中に背中から抱き込まれ、耳に唇が押し当てられる。それだけで俺の身体は、ぞくりと震えた。
「本当に、嬉しかったんですよ。……僕を、欲しいと思ってくださったんでしょう?」
 耳元でささやかれて、また顔が熱くなる。いまさら意地を張っても仕方ないと、俺はまぁなとつぶやいた。
「お前は、どうなんだよ」
 すると古泉は、俺の首筋に顔を埋めたまま、情けない声で言った。
「そんなの、欲しいに決まってるじゃないですか……! 前にあなたを抱いてから、まる2週間ですよ? いろいろ忙しかったせいとはいえ、もうこれ以上あなたに触れなかったら、おかしくなるところでしたよ」
 なんで買い置きのティッシュがなくなったと思ってるんですか、なんてことを言われて俺は一瞬考え、すぐに答えに思い当たった。
「……お前、サイテーだな」
「なんとでも言ってください」
 開き直った変態はこれだから始末に負えん、とつぶやきながら、俺は近づいてきた唇を受け入れるために目を閉じた。



「……それで、どうしてこんなコトになってんだ」
「いやぁ、せっかくですから」
 正直に言おう。自分の部屋で自分でやった不完全燃焼のアレコレのせいで、俺の身体はすぐにでも突っ込んで欲しいくらいになってたんだ。もう男としてそれはどうなんだと言う気もするんだが、俺のせいじゃない。断じてない。
 いやだからつまり、俺の身体は相当せっぱ詰まった状態だったし、聞いた限りでは古泉だってかなりのもののはずなのだ。それなのに。

 俺はどうして、手を縛られて目隠しされてるんだ?

 しかも上には、忌々しいことに俺には少しサイズの大きい古泉のシャツを羽織って、下半身はと言えば下着もつけずに靴下のみという姿だ。なんだこのフェチっぽい格好。
「素敵です……」
 少し離れたところから、古泉のうっとりした声が聞こえる。うるさい、この変態。
「相変わらず、減らない口ですねぇ」
 いつのまに近づいてきたのか、いきなり顔を上向かされ、唇をふさがれた。入り込んできた舌が、ねっとりと口腔内を舐めあげる。舌をからめあい、唾液をすすりあううちに、熱はどんどん下半身へと集中する。ああもう、張りつめすぎて痛ぇ。
 古泉の唇と舌は耳を舐めて首筋をたどり、ふいに離れては、あらぬところを舐めてくる。脇腹を下の方へと向かっていたと思ったら、いきなり乳首を噛まれて思わず引きつった声を漏れらした。目隠しされて見えないから、次の攻撃がどこにくるのか予想がつかない。俺はふいうちに声を殺せなくて、そのたびにあられもない声をあげた。視覚が奪われている分、刺激だけがクリアに神経に伝わる。指の形も唇の温度も舌の感触も熱い息も漏れる声も、すべていつもよりくっきりとリアルにダイレクトに感じずにいられない。どこもかしこも敏感になって、気持ちよさも5割増しだ。
「は……っん、こい、ずみ……やめ……っ」
 はだけられたシャツの中のすみずみを、古泉の舌が這う。特に乳首を入念に舐められ、噛まれ、吸われて、じんじんするのに下半身は放置されたままで、思わすじれったさに足をすりあわせた。自分でどうにかしたくても、手は縛られてどこかにつながれているので、どうしようもない。
「や……もう……っ」
「あなたのココ、すごいあふれてますよ……。もうびちょびちょですね」
「ったりまえ……だろが……」
 早く、触れて欲しかった。もうどうでもいいから、ぐちゃぐちゃにして欲しい。
「……いずみ……はやく……っ」
「なんですか?」
 意地悪くとぼける古泉の声も、おさえきれない情欲に濡れている。かすれた声でささやくように、熱い息と一緒に俺の耳朶をくすぐった。
「聞きたいですねぇ。……おねだり」
「ふざけ……っ」
 もうなんなんだこいつ。焦らすのもいい加減にしろ、と思ったが、それすらももうどうでもよかった。くらくらする。頭がおかしくなりそうだ。痛いほど張りつめるソレに、触って欲しくてしかたない。
 でも正直に言えば、それよりもっとなんとかして欲しいところがあるのだ。あんまり認めたくはないんだがそれは、自分でした時からずっと物足りなさにうずいていた、後ろの……その中。
「後ろに、垂れてきてますね……」
 わかっているのかいないのか、ぴちゃ、と淫猥な音をたて、古泉の指がそこの入り口をなぞる。その感触に反応して息を飲み、背筋に走る戦慄に身をすくませた。
「ココ、ですよね? どうして欲しいか、言えませんか……?」
「う……」
 じわりとにじみ出る涙が、目隠しの布に吸収された。ぞわぞわと痺れる感覚が全身を支配する。足指に力を入れてシーツをつかみ、ビクビクと身体を痙攣させながら、もどかしさに身をよじる。
 もう気が狂いそうでどうしようもなくて、俺はただ本能にしたがって、自分が欲するものを伝えるしかなかった。
「いっ、挿れ……て……っ、お前……のっ」

 はやく、と絞り出すような声で伝えると、腰に当たっていた古泉が、固く硬度を増した。耳元に聞こえていた息が荒く、熱くなる。その感触と興奮は、俺をさらに煽り立てた。
「今日のあなたは、なんて素直で……いやらしい……」
「なんでも……いから、もう……っ」
 自分でも何を言ってるのかわからない。うわごとじみた声でさらに何かを叫んだ気がするが、覚えてない。
どっかおかしいのなんて百も承知だ。でももう、とにかくどうにかして欲しかったんだ。早く。はやく。
「ふあ……っ!」
 周辺を焦らすようになぞっていた指が、後ろにずるりと潜り込む。
欲しくて欲しくてうずいてた場所に、ぐいぐいと突き入れられて思わず声が漏れた。
中をまさぐる指が、いちばん感じる場所をすぐに探り当てる。そこを激しくこすられ責め立てられて、もう完全に理性は飛んだ。
自分の声とも思えない、意味をなさない嬌声が喉からあふれる。
自分がどんな格好をしているか、何を口走ってるかも、全然わからない。
ギシギシとベッドがきしむ。
視界がふさがれているせいで、ぐちゅぐちゅという水音がやけによく聞こえて、その卑猥さにも煽られる。気持ちよすぎて、死にそうだ。
 耳元でささやかれた、いいですか、という声に必死でうなずき、次の瞬間に襲ってきたあらたな衝撃と快感に、俺はまた声を上げた。

「すごい……です……中が、熱くて……蕩けそうで……っ」
 俺の中で、何かが激しく動いてる。
打ち付けられ、擦りあげられ、えぐられて、どうしようもない激しい快感がどんどんせりあがる。俺の上にある熱い身体に抱きつけないのがもどかしくて、靴下を履いたままの両足を腰にからめて引き寄せると、動きはさらに激しくなった。
 もっともっと深く。奥の方まで欲しい。ぜんぶ欲しい。
 すでにかすれがちの声でひたすら愛しい名前を呼び、もう死ぬかもしれないと何度も思う。
やがてそこを激しく突き上げられた瞬間、叫びに近い声をあげて俺は達した。
 同時に耳元で小さなうめき声を聞き、腹の奥に熱を感じた直後に、俺の意識はブラックアウトした。



 意識を失っていたのは、ほんの数秒だったらしい。
気がついたら古泉が、汗まみれの身体でしっかりと抱きついて、はぁはぁと肩で息をしていた。いつのまにか、目隠しになっていた布は、はずれて首のあたりにわだかまっている。
 俺自身もまだ息をはずませながら、顔をあげてにこりと微笑んでくる古泉に、なんともいえない表情を向けた。この野郎、好き勝手しやがって……。
 いや、まぁ、ものすごく気持ちよかったんだがな。
 いたたまれない思いで目をそらそうとしていると、古泉はなんだか嬉しそうな顔で、俺の頬に手を添えてキスしてきた。なんだよ。
「ふふ。気がついてます? あなた、今日は後ろだけでイッたんですよ?」
「い……っ!」
 マジでか!
「ええ。僕は触ってませんし、あなたの手は……」
 そういや、まだくくられたままだな。早くほどけ。
「ああ、申し訳ありません。今、ほどきます。……今日はなんだか、いけそうな気がしたんですよ」
 挑戦するなら今日だと思ったんです、ってお前、新技の試し打ちじゃないんだから。
どうやら俺はさんざん焦らされて煽られたあげくに、突っ込まれて、前立腺への刺激だけでイッちまったってことらしい。
 あー……俺、死んでいいかな?
なんだか……男の尊厳とかそんなものがこう、ガラガラと……。それでなくても、自分の狂態やら思わず口走った言葉やら思い出すと、思わずベランダからダイブしたくなるってのに。
 俺が恥ずかしさやらいたたまれなさやらに身をよじっているのに、古泉は全開の笑顔で、嬉しさを隠そうともしていない。
「いいじゃありませんか。新たな世界の発見ですよ」
「……なんでお前は、そんなに嬉しそうなんだ」
 縛られていた腕をほどかれ、周到に用意してあったらしいミネラルウォーターを渡されながら、俺はかすれた声で恨めしげに言ってみた。こいつは、俺の身体をとんでもないものに変えやがった自覚があるのか。責任とれ責任。
 俺が責任の所在について考えていると、古泉は俺を眺めながらニコニコと、さも楽しそうに言い放った。

「いえ。あなたの身体が、だんだん僕仕様になっていくのが嬉しいんで……あいたっ」

 確信犯なのかこの野郎。
あ、この場合の「確信犯」は誤用の方だからな、当然。
 俺は口元のゆるみきってる変態エスパーの頭を思い切りはたき、しかえしのようにそのまま抱え込んで唇をふさいでやった。目を白黒させてもがいてる古泉を、さらにその状態のままでベッドに引き倒す。
「お前は、いろいろ責任を取るべきだ」
「は、あの……」
 どうしたんですか、なんてあわててる耳元にこそっと、足りねぇんだよとささやいてやる。
どっちかといえば俺は、淡泊だったはずなのにな。2週間もの間ご無沙汰でも全然平気だったのに、お前に会ったとたんにこうだ。やっぱりどうかしちまってるとしか思えん。
 俺の一言でたちまち回復をみせた古泉に満足して、熱い腕の中に抱き込まれながら、俺は心の内だけで奴に判決を言い渡す。

 ……当分、この責任の追及をあきらめる気はないから、覚悟しろよ?



                                                   END
(2010.06.20 up)

「青少年の〜」の続き。
身も蓋もないエロ話。ある意味正しい801ですよね!