青少年の心理と体験に基づく変遷に関する考察
00

 どちらかといえば俺は、淡泊な方だと思う。
男同士での雑談がシモネタになったときに谷口が自慢(?)してたみたいに、毎日3回づつが日課だぜ!なんてことはまずないし、それっぽい言葉やら映像やらを聞いたり見たりするだけで興奮するなんてこともない。
 大体そんな体質では、美少女3人が集う部室で平気な顔をしてることなんて、できやしなかっただろう。そりゃあ思いがけないハプニングで朝比奈さんのあられもない姿を見てしまえば動揺もするが、それはまぁ健全な青少年としては常識の範疇だと思う。それでも、その後朝比奈さんをみるたびに思い出しては血圧が上昇する、なんてこともなかったあたり、やっぱり俺はもともと淡泊なんだよなと思う。

 だが、だからといって2週間もご無沙汰というのは、年頃の青少年としてどうなんだ。

 ちなみに言っておくと、普段からこんなペースというわけではない。いや、もっと正確に言うならば、自分でするのは確かに週に2、3くらいで、俗に言うやりたい盛りの高校生男子としては少ない方だろう。だが俺には一応、恋人、と呼ばなくてはならない存在がいて、そいつが実に熱心に3日とあけずに部屋に誘ってくるので……まぁ、それだけの頻度で、することはしているわけだ。
 だって、しょうがないだろ? かなりイレギュラーとは言え、仮にも恋人なんだからっ! 2週間前のあれだってあいつが、来ることが規定事項みたいな顔で誘ってくるから(来ますよね? って質問じゃない、確認だそれは!)、断り切れずにしかたなく部屋に寄ったら、なんかいきなりベッドに押し倒されたんだから不可抗力だろ。
 大体あいつは、枕を替えたんです見て下さい新品ですよ、なんてセリフで俺をベッドサイドまでおびき寄せて、のぞき込んだところにいきなりのしかかるなんて卑怯なことを……。

 ああ、話がずれたな。
つまり、両親が妹をつれて親戚の家にいってしまったこんな夜、ふとそんな気分になったのが、実に2週間ぶりだったという話だ。3日とあけないはずのそいつ……古泉の誘いが、先週今週とまったくなかったのは別にケンカしたとか倦怠期とか言うわけではなく、単にタイミングの問題だ。まぁ、こういうことも時折ある。
 そういうわけで、とりあえず俺は、せっかくその気になったのだからと、ひさびさに秘蔵のグラビア雑誌を引っ張り出してみた。

 一応、万が一を考えて部屋に鍵をかけ、準備してベッドに座り込む。雑誌を手に取りおそるおそる広げる様子は、もし誰か見る者があったらさぞ滑稽だろうと思う。
 それは俺が抱える、とある懸案事項に由来する行動であって……そのことを確認するのが嫌だったというのが、2週間もの間恋人との逢瀬がなかったにもかかわらず、自分ですることもなかった大きな理由のひとつだった。いや、それにしても2週間ってのは、長すぎるよなとは思うが。
 開いたページには俺好みの、胸大きめでポニーテールの女の子が、水着姿で扇情的なポースをとって映っている。その姿にこみあげてくるものを感じて、おかしな話だが俺はほっと安堵の溜息をついた。よかった。まだ大丈夫そうだな。



 つまり懸案事項とは、一般常識からは少々はずれた恋人を持っちまって、さらに肉体的接触をともなう深い関係をさんざん繰り返している自分が、もう普通の男子高校生らしい興味(つまり女の子の身体とかそういういろいろに、だ)を失ってしまったのではないかという不安だった。
 朝比奈さんをはじめとする女子たちは可愛いと思うし、笑ったりしゃべったりしているところを見るのはとても目に楽しいし心ときめくものではあるが、ソレとコレは別だろう?

 これまでも、マズいなと思うことはたびたびあった。
雑誌やらなにやらを使わずに、目を閉じて妄想だけでナニしようと思った際、妄想に使用するのが、それまではグラビアのモデルとかアイドルの誰かとか(ちなみに俺は、身近な女子は罪悪感が先にたって使えないタイプだ)だったはずのなのに、気がついたらあのスマイル0円野郎になってたときとか。
 しかもその確率がだんだんあがって、どうも7割越えてんじゃないかと思ったときとか。
 さらに思い浮かべるのが、真っ最中の、熱に浮かされたような表情だったらまだいいが、普通に真顔で俺を見つめている顔だったりしたときは、もう叫び声を上げて飛び起きたね。

 それでも俺は、残りの3割はなんとか死守し続けていたんだ。
 淡泊なのは自覚するところではあるのだが、女の子にまったく反応できなくなったらもう、男として終わるような気がする。それでなくても古泉との関係において、俺は不本意ながら受け身側であるので、そのへんに忸怩たる思いとかが複雑にからみあってるのだと察して欲しい。ぜひとも。
 懸念の原因となる出来事があったのは、先々週のことだ。出先で雨に降られ、ずぶ濡れになりながら、俺が古泉と二人でこの家に帰ってくると、なぜか家にオフクロも妹もいなかった。シャワーを浴びて、俺のこの部屋で二人きりでなんだかんだしてりゃ、そんな雰囲気にもなるだろうが。若いんだし。――ああそうだよ。やっちまったよ。このベッドでな!
 あれは、俺が誘ったことになるんだろうなぁ、たぶん。
しかもつい調子にのった俺は、古泉のアレを咥えたあげく、奴のを……飲んじまった。確かに、青臭いっつーかエグいっつーかクソ不味かったが、そんなに不快でもなかったのは、我ながらおかしいよな。どうかしてやがるぜ、まったく。

 だから俺は、不安だったのだ。この部屋でそんな気分になったら、きっとそのときのことを思い出す。思い出したらもう、直接触れもしない写真の女の子なんかじゃ満足できなくて、もうあいつのことしか考えられなくなるんじゃないかって。
 大体、あいつは表情とか声とか匂いとか、いろいろやばすぎるんだ。
嘘くさく笑ってる顔なんかはむかつくだけでなんとも思わないが、ふと気がついたときに俺をじっと見つめてる顔は胸に食い込んでくるようだし、気が抜けたみたいにボンヤリとしてるときはやけに可愛い。営業用じゃない素の笑顔なんかは、他の奴には絶対見せるななんて思っちまう。耳元でささやく声は妙に腰とか背筋に響きやがるし、香水なんて使ってないと言ってたくせに近くに寄るとすごくいい匂いがして……って、おい!

 水着写真を眺めながら、スェットのズボンと下着をずらしてソレを握ってたはずの俺は、気がついたらグラビアにはただ視線が向いているだけで、頭の中では古泉のことばかり考えていた。自分で自分に触りながらも、あいつの手の動きとか手順とかを思い出してなぞり、いつもささやかれる言葉を反芻して昂ぶっている。
 一体、何をしてるんだ俺は。

 いかんいかん。集中集中!
そんなことを思いながら、気合いをいれてベッドに寝転がって枕に突っ伏したのがマズかった。
 枕カバーからは、洗剤といつものシャンプーの入り交じった香りがした。あのとき、胸一杯に吸い込んだ匂い。この香りに包まれて、この天井を見ながら俺は……。

「う……んっ……」

 もーダメだ。やっぱりダメだ。
グラビアの女の子の方には、もう戻れない。
匂いは記憶を呼び覚ます作用が強いって、あいつが滔々と語ってた蘊蓄は正しかったわけだな。それが呼び覚ましたまだ新しい記憶が、この部屋の光景と重なって引きずり出されてくる。ささやかれた声が頭の中で繰り返し再生され、触れられた部分の感触が思い出されては熱を帯びる。
 右手でソレを握って上下させつつ、左手をそろそろとTシャツの中に潜り込ませる。指先が胸の突起に触れたとたんに、身体がびくっと跳ね上がった。

 そうだよ。俺の身体はもう、かなりおかしいんだ。
前は、こんなもん男の身体に必要あんのかいらねーだろとか思ってた乳首が、触れるとかなりの快感をともなう性感帯に変わっている。その気になれば、ココだけでもかなりイイ線までいくくらいなんだ。いや、マジで。
 一度、試してみましょうか、なんて笑顔で言われて、何をと聞き返す前に両手を拘束されたことがある。そして本当に他の部分にはいっさい触れず、延々と乳首だけをなめられてこすられて噛まれて吸われて責められ続けた。
 結局、最後の一押しが足りなくてなかなかイけず、もうおかしくなりそうで、懇願してアレをしごいてもらった途端にすごい勢いでイッちまったのは……ああ、なんかあんまり思い出したくない記憶だな。しかもものすごく疲れたし。

「ふ……んん……っ」

 胸の突起をいじりながら、右手で自身を激しくこすりあげる。
服が邪魔になってきたので、もぞもぞと腰を動かして、ずらしていたスウェットのズボンと下着を取り去り、Tシャツの裾を噛んでめくりあげた。確かあの雨の日もこんなことしてたよなと思い出したら、ますます鮮明にその記憶がよみがえってきた。途中から急に強く感じられるようになった古泉の汗の匂いまでが鼻孔をかすめた気がして、途端に俺の身体は馬鹿みたいに反応した。熱を持って固くなったソレからあふれる粘液を全体に塗りつけ、息を荒げながら自分を追い詰める。気持ちいい……けど……だけど。

「ん……っ、なんで……っ!」

 確かに、自分でわかっている自分のツボから生まれる快感は、たいそう気持ちいい。
だが……昂ぶる身体の中に、どうしようもなく落ち着かない場所がある。
 ああもう、俺の身体は本格的におかしくなっちまった。

 後ろの方の……その、中が、物足りないと疼いてる、なんて。

 正直な身体が、ココに欲しいと訴えてる。
何を、なんて言わせるな。言うくらいなら舌かんで死んでやる。
 手をずらしてちょっとそこを触ってはみたものの、正直、最中にだってどこをどうされてるのかなんて、わかってない。ただどこか一点をピンポイントでこすられると、頭がおかしくなるくらい気持ちいいって、それだけなんだ。
自分ではホントに、どうしようもない。

 俺の身体は、変わっちまった。……いや、変えられちまったんだ。古泉に。
耳とか乳首とか臍とか、そんなところが気持ちいいなんて、自分でも知らなかった。
鎖骨の下、手の指の間、脇の少し手前。そんな、普通に考えたら性感帯であるはずのないところまで、あいつの指や舌が這うとぞくぞくと背筋に震えが走って、腹の底がうずく。自分で自分を慰める時にさえ、身体の奥の方で何かが、物足りないと叫んでいる。
なんなんだ、このエロい身体。
どうすりゃいいんだよ、こんなの。
もう、戻れそうにないじゃねえか。いろいろと。



 仕方なく俺は、後ろの方は放置したままで、前だけを手と指とで慰め、のぼりつめた。開放感とともに吐き出した欲望をティッシュで受け止め、しばらくそのまま肩で息をしながら脱力する。
 やがてのろのろと身体を起こし、とりあえず下着とズボンを履き直し、後始末をしてからベッドにゴロリと仰向けになったものの、やっぱりなんだかすっきりしない。モヤモヤとしたものが、まだ腰のあたりを中心にわだかまっているような感じだ。気にせず寝ちまえとも思ったけれど、このままでは明日の朝、情けない事態が待ってるような気がする。

「……ええい、もう!」

 悲しいかな、俺が思いつく解決策はたったひとつだった。
今日も明日も平日だし、時刻はそろそろ日付も変わりそうな頃合いだったが、背に腹は代えられん。ことわざの用法が違う? 知らん。
 どっちかといえば俺は、淡泊な方なんだ。それなのに、こんなになっちまうのはあいつのせい。あいつが俺をこんな風にしたんだから、責任を取ってしかるべきだよな?
 俺は枕元に放りだしてあった携帯を取って、ひとつの番号を呼び出し、発信ボタンを押した。いつも通り、コール3回で相手が出る。

「おう、古泉か。寝てたか? ……いや、用事ってほどでもないんだが……うん、あのな」
 不審そうな古泉の声。まぁ、そうだろうな。普段はあんまり電話かけないし。
「その……今から、お前のとこ行っていい……か? ああ、ええと、宿題がな、明日提出のやつでわからないとこがあって……うん、まぁな」
 まさか、本当の理由が言えるはずもなく、俺はとってつけたようないい訳をして、とにかく今日、お前のとこに泊めろと言いつのった。
 古泉は、何をどう思ったのかしばらく沈黙してから、承知の返事をくれた。
明日は学校だからちゃんと支度してこいとか、冷静だな。2週間ぶりなんだぞ、わかってんのか。……なんてこともやっぱり言えず、俺は普通の口調を装って答える。
「ああ、制服と鞄は持ってくから。うん、今日は家族みんな出払っちまってるんだ。だから……え? 買い物? ああ、かまわないぞ。一体何を……はぁ? う、まぁ、そりゃそうだが……え、おい、古泉!」
 では、お待ちしてますねと言い置いて、電話は切れた。

 唐突に、今切らしているから途中で買ってきてくれと古泉に頼まれたのは……ボックスティッシュだった。コンビニのものでもかまわないので、よろしくお願いしますね、なんて言われたんだが。
ないと、困りますよね、とも。
そりゃあ、ティッシュがないといろいろ面倒だけどな。後始末とか。

「って……バレバレじゃねえか! ちくしょう!」

 いきなりカッと頭に血が上って、おそらく赤くなっているだろう顔を片手で覆った。
どうしてわかったんだ、忌々しい。古泉のくせに。ああもう、恥ずかしい!
だけどもう、身体の方は後戻りできない感じだ。
なまじ声を聞いちまったのもマズかった。
どんな顔で迎えられるのか想像するだけでもう2,3回は死ねる気がしたが、それよりもせき立てられる気持ちの方が強い。
 俺は手早く支度をすると、自転車の鍵を持って部屋を飛び出したのだった。



                                                   END
(2010.06.13 up)

何書いてんだか。
我ながら(笑)