バードケイジ
03

 復讐だっていうのか。
これが。お前の。

「うあ……っ!」
「おや……なんという反応の早さなんでしょう。嫌なんじゃなかったんですか、あなた」
 耳たぶをかじり、首筋をたどっていた唇が、ふいにそこに吸い付いて牙を剥いた。
噛みつかれた痛みがわけのわからない快感になって、背筋を通り腰の奥に響く。
慣れた手順で身体をなぞる指がそこにたどりつけば、俺のソレは素直に反応してしまう。
 だって、中身は確かに違うのに、そいつの手も指も唇も舌も、全部なじんているものと相違ないのだ。
何故だか手順やクセまでがいつもと同じで、俺の身体だって反射的にいつもと同じ反応を返しちまうのは仕方ないことだろう。
 頭上で縛られた俺の手は、そのままベッドのヘッド部分につながれている。
身動きするたびヘッドはギシリと鳴るが、引っ張ったくらいではビクともしそうにない。
「やめ……っ」
「こっちは全然やめたがっていないようですけど? ほら」
 とっくに固く勃ちあがったソレを古泉の手が擦りあげるたび、先走りがからみついてグチグチといやらしい音を立てる。
同時に舌と歯とでしきりに責め立てられている乳首は、もう敏感になりすぎて痛いくらいだ。
身体のどこかを触られたりいじられたりするたび、ビクビクと身体は痙攣し、声があがるのを止められない。
「んぁ……や、あ……っ」
「ここも……ここも感じるんですか? ははっ、敏感すぎですよ。こんなカラダで、よく大丈夫ですね」
 うるさい。俺がこんなになるのは、古泉に触れられたときだけだ。お前じゃないぞ……いつもの、あいつだけなんだ。
 俺は歯を食いしばって、せめて声をあげるのを我慢しようと試みた。
が、そうすると奴は身体のあちこちをまさぐっていた手を俺の口腔内に差し込んでこじあけ、殺していた声を出させようとする。
「ふぁ……んっ……」
 唾液が唇の端を伝い落ちる。古泉はそれを自分の舌で舐め取り、そのまま唇を寄せて口づけてきた。
指のかわりに入り込んできた舌が、俺の舌をからめとりなぶり尽くす。
同時に注ぎ込まれる唾液をなすすべもなく飲み込んで、さらに深く舌をからめあった。
 そうしている間にも俺をしつこく擦っていた手が、裏側をなぞり柔らかい部分をもみしだく。
やがて指が、最奥の穴の周辺をなでた。はっとした途端に、指はずるりとそこにもぐりこんでしまう。
「……んっ!」
「すごいですね……簡単に2本入っちゃいましたよ」
 ゆっくりと出し入れを繰り返し、じわじわと周辺をほぐす指を締め付けるのが自分でわかる。
せわしなく息をしつつ、無意識に受け入れ体勢を整えている俺に気づいたのか、古泉がまた蔑むような笑い声をたてた。
「すごい締め付けて来ますよ。いやらしいカラダですねぇ」
 しばらくすると古泉の指は、魔法のように俺の一番感じる箇所を探り当てた。
縛られたままの腕に力が入って、ベッドが軋みをあげる。
「ひっ! うぁ……そこっ……!」
「ああ……ココが、前立腺というやつなんですか。興味深いですね」
「っああ! や……!」
 実験でもするかのような面持ちで、古泉がそこを強く擦った途端、俺は耐えきれずに白濁をほとばしらせた。
古泉は俺が出したものを裸の胸に受け、それをあいているほうの手でぬぐって楽しそうに笑った。
「ふふ、いっちゃいましたね。でもまだ、大丈夫でしょう?」
 差し入れられた指を抜かないまま、さらにぐりぐりとそこを擦られる。
1度放出した俺のものは、それだけで再びゆるく勃ち上がった。
「も……やだ……っ」
 じわりと涙がにじんで、目尻にたまる。
両手を縛られていてはそれを拭うこともできずに、俺はただ首を振った。
「泣いても無駄ですよ。ここは、鳥籠の中ですから……どこへも逃げられません。出口なんてないんです」
 そうつぶやいた古泉は、そのあとは無言のまま、押し広げるように指の出し入れを繰り返す。
情けないと思いつつも嗚咽の止まらない俺の意識は半ば朦朧としていたけれど、身体の方は勝手にさらなる衝撃に備えはじめていた。
 おそらく無意識の防御反応なのだろう。身体から力が抜け、膝を割って腰を進める古泉を迎え入れ、ぐいぐいと押し入ってくる熱い猛りの侵入にあわせて息を吐く。
タイミングをはからないと、最中もその後もとてもとてもツライと、身体はわかっているのだ。
「ぅくっ……こ、いずみ……」
「ん……はぁっ……」
 すべてを俺の中に収めて、古泉は熱い息をつく。
俺はまだぼろぼろと涙を流しながら、微妙な表情をしている古泉を見やった。
 満足か。俺を痛めつけて、屈辱を与えて、征服して、お前は復讐を果たせたのか?
「こいずみ……っ……んぁ」
 もういいから、抵抗しないから、さっさと終わっちまってくれ。
口はしないその言葉を感じとったのか、古泉はうって変わった優しい手つきで俺の前髪をかきあげた。
「あなたが呼ぶ……その古泉、は……きっと、僕のことじゃありませんね……」
 荒く吐き出す熱い息とともに、古泉の口から苦しげな言葉がこぼれ落ちる。
「こんなに……素直に、僕の愛撫に反応して、こんなに自然に僕を……受け入れてくれるのに……それでも……あなたは」
 何を……こいつは一体、何を言ってるんだ……?
いきなり、古泉は動いた。ずるりと、1度体内に収められたものが半ば引きずり出され、再び深く突き入れられる。
声にならない悲鳴をあげて、俺は身体の中をかきまわす嵐に耐えた。
 さんざん無体なことをしやがったのに、震えながら抱きしめる古泉の腕は、まるですがりつくようだ。
ガツガツと乱暴に腰を打ち付けつつ、古泉は泣きそうな声で、小さな叫びを吐き出した。

「……それでも、あなたは……僕のものでは……ないんですね……っ」

「お前……何を…………っく」
 お前は俺を、憎んでるんじゃないのか。これは復讐なんだろう?
俺をなぶって蹂躙して、目的を果たしているんじゃないのか。

 それなのに……なんでお前まで、泣いてるんだよ。

「僕は……涼宮さんが、好きでした。好きな、はずでした……。でも、1年前のあの日、あなたに会って……そして、僕らの世界のあなたと知り合って……過ごすうちに……僕はいつのまにかあなたのことが……!」
 あなたのせいです。全部、あなたが……あなたがあの日、僕らに会いに来たりさえしなければ。僕はこんなに、苦しい思いをしなくてすんだのに。
 こぼれ落ちるように、古泉の口からそんな言葉があふれだす。
腕をつかんでいた手がはなれ、俺の首にかかり締めあげてくる。
だんだん力のこもる両手は、冗談ごとじゃない勢いで俺の気管を圧迫した。

 それは確かに、告白だったのだと思う。
逆恨みだとか、自分勝手だとか、言い返したいことはたくさんあったが、古泉の苦しそうな切なげなその顔に、いつもいつも悩んでばかりのあいつ……こっちの古泉の顔が重なって、怒ることもできなくなった。
 ハルヒの妙な力がなければ、お前は普通の高校生として、平穏な生活を送れるはずだと思ってた。
だから、あの世界を選ばなかったことを、古泉には申し訳ないと思ってた。
それなのに、馬鹿だな。
結局あっちの世界でもお前は、俺なんかに惚れて悩むのかよ。

「ご……めんな……古泉」

 息すら出来なくなった喉から声を絞り出し、かすんできた目を閉じる。
だんだん遠くなる意識を手放す直前、最後にもう一度会いたかったなと思う。
こっちの世界の……俺の、古泉に。





 ガシャン、と遠くで何かが壊れる音がした。
とたんに首への圧迫感がなくなり、俺はゲホゲホと激しく咳き込んで必死に空気をむさぼった。
ガンガンと頭痛がする。こめかみがどくどくと脈打っているのがわかった。

「……大丈夫ですか?」

 身体をくの字に曲げてぜいぜいと息をしている俺の耳に届いたのは、聞き慣れた声だった。
さっきまで聞いていた声と一緒のはずなのに、まるで違う。そっと背中をなでてくる手の温かさに、また涙があふれてきた。
「古泉……?」
「はい、そうです。酷い目にあわせてしまいましたね……申し訳ありません」
 ちくしょう、みっともない。涙が全然止まらないぞ。
ようやく息が整って、あふれる涙をぬぐいつつ身体を起こすと、そこにはいつも通りの微笑みをたたえた古泉がいた。
そういえばいつの間にか、いましめられていた手首もほどかれている。
「馬鹿野郎……! お前っ……」
「はい。ご心配おかけしました……もう大丈夫ですよ」
 ああ、やっと帰ってきた。――俺の古泉だ。
思わず、らしくもなく抱きつこうかなんて思ったとき、俺は古泉の右手が真っ赤に染まっていることに気がついた。お前、なんだよその手は。
「ああ……あれです」
 ふと見ると、サイドボードに載っていたはずの置き時計が潰れていた。
上から叩きつぶされたかのように、ガラスは割れ文字盤はひしゃげネジやバネが飛び出していて、おまけにその大半が血まみれだ。
「……お前がやったのか?」
「ええ。正気を……というか、自分の意識を取り戻すためには、痛みが一番なのではと思ったので。うまくいって、よかったです」
「馬鹿……!」
 俺はあわてて古泉の手をつかみ、ベッドからひきずりおろしてから、救急箱を取りに走った。


「ずっと半分眠っているような感じでした」
 右手のケガを手当てして包帯を巻きながら、俺は古泉に今朝からのことを聞いてみた。
「ぼんやりとした半覚醒状態のような感覚で、自分が部屋の中をひっかきまわしたりあなたとしゃべっているのを遠くから見ているような感じです」
 ふいに意識がはっきりしたとき、自分の手が俺の首をしめているのがわかったらしい。
それでも身体のコントロールは取り戻せなかったが、必死に抗って右手を動かし、手の届くところにあった置き時計を思い切り叩きつぶしたのだという。
割れたガラスやはずれたバネで手を切った痛みを感じた直後に、完全に元に戻ることができたのだと古泉は言った。

「本当に、間に合ってよかった」
 今頃になって恐怖がよみがえってきたのか、古泉は俺に預けていない方の手をじっと見つめて、ふるりと身を震わせた。
「もう少しで、僕はこの手であなたを……」
 そんなことがもしあれば、僕も生きてはいられません、とつぶやく古泉に、俺は包帯を巻く手を止めて肩をすくめてみせる。
「まぁ、何事もなかったんだからいいさ」
「よくないですよ」
 手当が終わり包帯でぐるぐる巻きの腕で、古泉は俺を抱きしめてきた。
優しくて暖かな抱擁が心地よくて、俺は素直にその胸に身をもたせかける。
「この3日間、あなたをこの部屋で守るつもりだったのに……部屋の中で、しかも僕自身が加害者ってどうすればいいんですか。本当に12月18日は、僕にとって厄日です」
 はは、敵から身を守るはずの鳥籠の中に敵と一緒にいれられちゃ、逆効果だよな確かに。逃げ場がないし。
「まったくです」
 憮然としながら、さらにぎゅうぎゅうと抱きしめる古泉の腕を、苦しいからゆるめろとたたく。
そうしながら俺は、そういえば玄関のドアはどうしたろうと思い出して、そちらの方をのぞいてみた。
「おい、古泉……」
「はい、なんですか?」
「まだ鳥籠状態は継続中みたいだぞ」
「は……あれっ?」
 玄関のドアがあるはずの場所は、相変わらず壁だった。
すなわちこの部屋は、未だに出口のない鳥籠の中だということだ。
俺たちはしばし呆然と壁を凝視していたが、やがて古泉が溜息をついて仕方ないですねぇ、とかつぶやいた。
なんだか、嬉しそうだなお前。
「いえいえ。決して、これで3日間、片時もあなたと離れなくてよさそうだとか、部屋の中にいるしかないなら、服着る必要もないくらいですよねとか、思ってませんよ?」
「……お前、ケガ人だろうが」
「このくらい、愛の力で克服してみせます」
「ほんっとに馬鹿だろ、お前」
 あきれ果てた口調で冷たく告げてやったら、古泉はまた俺を抱く手に力をこめて、全然冗談に聞こえない声で冗談ですよと言った。
 まったく、しょうがないなこの馬鹿は。……やれやれ、だ。





 さて、蛇足かもしれないが、一応その後のことを語っておこう。
出口もなければ外界との通信手段もない部屋では他にすることもなかったので、俺たちはそのまま2人していちゃいちゃと……していたわけでは全然なく、あっちの古泉がひっくり返していった部屋の片付けに大わらわとなった。
 右手が使えない古泉はろくに役に立たず(いや、右手が無事だって立ちゃしないんだが)、仕方なく俺が1人で奮闘することになり、なんとか片付いたのは、もうすっかり深夜になったころだ。
 俺はすっかりヘトヘトだったし、半日身体を乗っ取られてた古泉もそれなりに疲れていたのだろう。
風呂からあがるなりベッドに倒れ込んだ俺たちは、何をすることもなく、ぐっすりと寝入ってしまったのだ。


 そしてふと気づいたとき、俺はなにやら霧のたちこめるだだっぴろい場所に立っていた。
ああ、ここは夢の中だな。俺は間違いなく今、夢をみている。
そんなことがはっきりとわかる不思議な夢の中で、俺の前に現れたのは古泉だった。
ただし、光陽園の学ランを着て、どことなくしょんぼりとした顔をしているがな。

「ごめんなさい」

 俺の顔を見るなり、古泉は言った。
「自分勝手なわがままを押しつけて、あなたに八つ当たりをしたこと、謝ります。あと、ずいぶん酷いことをしてしまったことも」
 ひどく消沈したその様子は本当に消え入りそうで、俺はすっかり怒る気もなじる気も失せてしまった。
まぁ、最初からそんな気はあんまりなかったんだけどな。
「なぁ……古泉」
 はっとしたように、うなだれていた古泉は顔をあげた。怯えたような、でも少し困ったような瞳が俺を見る。
「お前に会えたこと、俺は嬉しかったんだって言ったら、信じるか?」
「……え」
「俺は、長門が創ったあの世界とお前たちを、消しちまったんだと思ってたんだ。ホントいうと俺は、あの世界もけっこう悪くないと思ってた。あそこで出会ったお前たちも、けっこう好きだった。だから、消しちまったことについて、かなり後悔と罪悪感を感じてたんだ。だからお前に会って、あの世界が存続しててお前たちがそれなりに楽しく過ごしてるって聞いて、すごく嬉しかった」
 古泉はじっと口をつぐんだまま、泣きそうな顔をしている。やっぱりなんとなく、こっちの古泉より幼い感じに見えるな。
「でも、僕はあなたに……」
「もういいって。せっかく、二度と会えるはずのなかった奴に会えたんだ」
 そう考えれば、得難い体験ではあったよな。
それにお前はあの時、ギリギリで思い直して、こっちの古泉に身体を返したじゃねえか。そうなんだろう?
「だからさ、古泉。俺はお前のこと、悪い思い出にはしない。だからお前も、気に病む記憶にしなくていいから……できれば、そっちの俺と仲良くしてやってくれよ」
 少しの間考えてから、ようやく古泉は笑った。眉をハの字にした情けない笑顔だったが。
「はい……ありがとうございます」
 こっちの彼ともこれで、屈託なく会うことができそうですと溜息とともに言う。
「僕たち、けっこう気はあうんです。2人で遊びに行くことだって割とあるんですよ」
 古泉は少しはにかみながら、大切な思い出を語るかのように、そう教えてくれた。そうかい、よかったな。
 古泉の周りに、霧みたいなもやが立ちこめる。
だんだん姿が見えにくくなり、俺はもうすぐ目が覚めるのだと悟った。
二度と会える気はしなかったけれど、またな、と言ってみると、古泉も、また今度、と返してくれた。
 そうして最後の一言を俺の耳に残し、学ラン姿の古泉は消えた。

「やっぱり僕は、あなたが好きですよ」

 それは、そっちの俺に言ってやれよ、バーカ。
なんていう俺の一言は、はたして奴の耳には届いたのかね?





 翌朝、目が覚めたときには、鳥籠状態だった古泉の部屋は元に戻っていた。
古泉が、昨夜何もせずに眠ってしまったこととあわせて、残念でしかたないという顔をしていたが、もちろん無視を決め込んだ。
 携帯の方は、確認しようと思いつく前に長門から連絡が入ったことで復帰を知った。
長門は連絡後に古泉宅を訪れ、そしてあちらの世界を消滅から救って残したのは、自分なのだと告白した。
 ハルヒの力を使ってどうたらと言ってたが、いかんせん説明がややこしくて理解不能だ。
そっちは解説役の超能力者にまかせた。
「私は、あの世界を消したくなかった。結果として、あなたたちを苦しめてしまった。許して欲しい」
「いいさ長門。俺も、あの世界が残っていてくれて、嬉しいよ」
「僕も彼も無事でしたから……もう気にしないで下さい、長門さん」
 おそらく、という但し書き付きの長門の解説によると、今回のことは緊急脱出プログラムのバグだろうということだった。
改変の1年後のあの時間、時限式のコンピュータウィルスのように発動したプログラムが、あの日のことをもっとも気に病んでいた者に不完全な形で影響をおよぼしたのではないかと。
「この部屋の出入り口がなくなったのはどういうことだ?」
「不明。だがおそらく、影響下に置かれたものの願望を反映したと思われる。もとは涼宮ハルヒの力だから」
「へぇ……」
 隣で聞いている“影響下に置かれた者”に目をやると、そいつは不自然に視線をそらした。
そういや昨日、鳥籠に閉じ込めたいとか言ってたな。変態め。

 長門が帰宅したあと、そう言ったら古泉は憤慨した様子を見せた。
ちなみに右手のケガは、長門が治療してくれた。いつもすまないな、長門。
「変態って、ひどいじゃないですか。あなたを守りたいと思っただけなのに!」
 はいはい、わかったわかった。
そういやあっちの古泉も、鳥籠を一種のロマンだとか言ってたな。
やっぱ似てるのか……というか、本人だもんな。
 ついでに昨夜の夢であっちの古泉に会ったという話をしてやったら、古泉はあごをなでながら、何事か考えこんでいる様子だった。
「そうですか。あなたを傷つけたことは許し難いですが、心情を考えれば同情も共感もできますね。当たり前なんでしょうが」
「ただの夢なのか、本当にあっちの世界の古泉と話ができたのかはわからんがな、まぁ、俺はあれでよかったんじゃないかと思ってるよ」
「まったく、あなたの優しさにはほとほと感心しますね」
 それはほめてるのか、けなしてるのか。
「もちろん、惚れ直しているんですよ?」
「……そんなこと、聞いてねぇよ」
「照れなくてもいいじゃないですか」
 うるさい黙れ。
昨夜の分を取り返せとばかりに、ベタベタとくっついてくる古泉を押しのける。
こんな朝っぱらから、盛るんじゃない。
「う〜ん、その気にはならなそうですねぇ。残念です」
 アホか、お前は。
「そんなことより、何か飲みたいんだが」
「色気より食い気ですか。はいはい。承りましたよ」
 いつものポーズで肩をすくめ、古泉はキッチンスペースの方に歩いて行った。
ヤカンをコンロに置いて火にかけ、焙煎したコーヒー豆を手動ミルにいれて挽き始める。
 ガリガリという豆の砕ける音を聞きながら、俺はいい気分でソファに座り込み、新聞を広げたのだった。


                                                   END
(2009.12.20 up)

おつかれさまでした! 消失企画、終了です。
すこしでも楽しんでいただけたなら、これ幸い。

現象の理由はかなりいいかげんなこじつけですが、スルーしてやってください。
SFは苦手なんだ……。