バードケイジ
01

「明日から3日間、僕の部屋に泊まってくれませんか?」

 12月17日。長門が読んでいた本を閉じ、ハルヒが団活の終了を宣言したあと、朝比奈さんのお着替えを待つ間のことだ。
部室のドアに寄りかかっていた俺に、隣に立っている古泉が、こちらを振り向かずに言った。
「はぁ?」
 いきなり何を言い出すのかとのぞきこんだ横顔は、じっと床に視線を落としたまま、妙に固い。
「明日からって……そりゃまぁ、週末だが」
 明日が金曜日で土日は休みだから、まぁ泊まり込みで遊ぶにはちょうどいい期日だろう。
週末に泊まること自体はそうめずらしいことでもないのだが……どこか思いつめたような古泉の言い方に、違和感を覚えた。
 その横顔をじっと見つめてなんとなく首をかしげていると、古泉はふと顔をあげて俺を見た。
「お願いします。3日間、あなたから目を離したくないんです」
 真剣な、それでいて不安の揺れるそのまなざしを見て、俺は明日の日付と3日間という期間の意味に思い当たった。
 12月18日。それは去年、俺の世界が俺1人を残して、消失≠オた日だった。


 こいつの記憶の中では、俺はあの日階段から落ちて、3日間、原因不明のまま昏睡していたことになっている。
心配と不安のあまり食べることも眠ることもできず、それでも平常通りに学校に行き、交代で俺の付き添いをし、閉鎖空間にも対処していたこいつは、俺が目覚めると同時に倒れたらしい。
それでも、おかげでリンゴの剥き方が上達しました、なんて笑ってたのを覚えているが、そうか、実はかなりのトラウマになってやがったんだな。
 懇願するようにじっと俺を見つめる古泉に、俺はわかった、とうなずいてやった。
「まぁ、3日くらいならなんとかなるだろう」
 親よりもむしろ、妹への言い訳の方が大変そうだけどな。そう言って肩をすくめると、古泉はあからさまにほっとした表情を見せた。
「ありがとうございます。3日間、退屈させないよう、精一杯おもてなしいたしますよ」
「って、おい。まさかずっと部屋に閉じこもれってのか?」
「いえ……できればそうしたいところですが、買い物にも行かなければなりませんしね」
 本当は、少しでも危険の可能性がある場所には行かせたくないんですが、って、どんだけ過保護なんだ。
「そうそう何度も、階段から落ちたりしねえよ」
 あきれた口調でそう言えば、古泉は不満そうに眉を寄せる。
「それはそうなんですが……」
「俺は籠の鳥じゃねえっての。いいかげんにしろ」
 すると古泉は、そっと俺の手をとって握りしめた。
馬鹿やめろ、ここは人通りがほとんどないとはいえ校内だし、ドアの向こうにはハルヒも長門も朝比奈さんもいるんだぞ。
「本心から言えば」
 俺の抗議にまるで聞く耳をもたず、古泉は真面目な顔で言った。
「鳥籠にでもなんにでも、閉じ込めておきたいくらいなんですが」
 アホか、と言って思い切り手を振り払ったとき、背後のドアが勢いよく開いてハルヒが顔を出し、さぁ帰るわよ! と言い放った。




 そんなことを言ってたくせに、翌18日、古泉は学校を休んだ。
めずらしく休み時間に顔を見せなかったので、なんとなく9組まで足を運んだところ、入り口付近の席の奴に欠席だと告げられたのだ。
風邪でもひいたか、それともあのヘンテコ空間でも発生してるのかとメールしてみたが、返事がない。
「何かあったのか……?」
 今日のハルヒは特に機嫌も悪くなさそうだが、機関がらみで急用でもできたのかもしれない。
とりあえず放課後、団活も終わったことだし、このまま行ってみるかと思っていたら、帰り道で1度解散したあとに長門だけがそっと俺の側に戻って来た。
「どうした、長門」
 長門は大きな目でじっと俺を見つめて、つぶやくような声で言った。
「今朝、4時23分49秒、小さな時空変動が観測された。詳細は不明。……気をつけて」
「お、おう……」
 長門はそれだけ言うと、すっと踵を返して離れていく。そのまま、振り返らずに歩き去る背中を、俺はしばし呆然と眺めてしまった。


 長門のその言葉を思い出したのは、実は少しあとになってからだ。
通い慣れた部屋のインターフォンを押して、出てきた古泉の第一声を聞いた時に思い出すべきだったのだ、おそらく。
だがそのときの俺が思ったのは、こいつは一体何を怒ってるんだろう、だった。

「……何しにいらしたんですか」

 そう言った古泉の目は、冷たかった。
いつもなら、俺の顔を見た途端にふにゃふにゃなしまりのない顔になるくせに、なんだよその醒めきった目とやっかいな客を迎えたみたいな口調は。
「お前が、泊まりに来いって言ったんだろうが」
 なんでこいつはこんなに機嫌悪いんだ。俺が何かしたか? なんてことを考えつつ眉をしかめていると、古泉は俺の全身を上から下まで眺め回してから、ようやく、へぇ……とつぶやいてドアを大きく開けた。
「どうぞ」
 うながされて部屋にはいると、部屋の中はずいぶん散らかっていた。
いや、散らかると言うより、なんだか家捜しでもしたみたいだ。
衣装ダンスは開け放たれて服が散乱してるし、本棚やデスクに収まっていたはずの書類やらファイルやらが床にぶちまけられ、通学鞄がひっくり返されている。
なんだ、泥棒でも入ったのか。
「いえ。事態を把握するために、僕がやりました」
「事態?」
「……ええ」
「どうしたんだ、古泉? 学校休んでたから風邪でもひいたかと思えばそういうわけでもなさそうだし、機関の用事があったって感じでもないし……サボるなんてお前らしくもない」
 すると古泉は、妙なことを言った。
「ああ、やっぱりそうなんですね……。どうりで制服がないはずだ」
「え? 制服?」
 北高の制服なら、ベッド際の壁にかかってるじゃねえか。
その質問には答えずに、古泉はじっと俺を見つめている。
なんだか様子がおかしいなと俺が無言で首をかしげていると、やがて古泉は、お茶でも淹れましょうと言ってキッチンに立った。
 そして、俺にこう聞いたのだ。

「コーヒーと紅茶、どちらがよろしいですか?」

 ――誰だ、こいつは。
いきなり俺は、背筋にぞっと悪寒が走ったのを感じた。
 古泉なら……いつものこいつなら、出してくるのは問答無用でコーヒーだ。
しかも焙煎から自分でやった豆を使い、手動のミルで挽いて淹れる手間のかかるやつ。
間違っても、今、この古泉モドキが手に持っているインスタントじゃない。

「お前、誰だ」

 湯を沸かそうとしていた古泉モドキが、手を止めて振り返った。
俺にむけられたその目は、やっぱり冷たい色を帯びている。
「古泉、一樹ですよ」
 長門の言葉を思い出したのは、そのときだった。
小さな……時空変動? と言ったか。なにかまた、ろくでもないことが起きているのか。
「……この世界の古泉じゃないだろ?」
 やつはそこで気障ったらしく笑い、両手をあげて肩をすくめてみせた。そんな仕草は、いつもの古泉とそっくりだ。
「どうもそのようですね。……あなたとは、1年ぶりです。おひさしぶり、と言えばいいんでしょうか?」
「1年ぶり……だって?」
「ええ。去年のちょうど今頃、あなたは僕と涼宮さんの通う光陽園学院の校門で僕らを待ち伏せ、妙な話を聞かせたあげく北高の文芸部室に連れていって」
 古泉が、唇をゆがめて笑みのようなものを形作る。
俺はただ目を見開き、じっとそいつを見つめるしかなかった。

「―――あげくに僕らの目の前から、煙のように姿を消したじゃありませんか」



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(2009.12.18 up)

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はじめに行っておきますが、現象の理由はこじつけです。
重要なのはそっちじゃないんじゃよ。