Call my name
02
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 深い眠りの中、見たのは懐かしい夢だった。
 士官学校時代、涼宮さんが結成したSOS団で、馬鹿騒ぎしている夢だ。こっそり仕掛けた大がかりな悪戯が成功し、引っかかった他の学生たちに校内を追い回されている。
 キラキラと輝く瞳で大笑いしながら先頭を走る涼宮さん、そのすぐ後ろを無表情で追う長門さん、朝比奈さんは半分べそをかきながらもわりと楽しそうだ。そのさらに後ろを苦笑しつつ走る僕の隣で、最初は仏頂面だった彼も今はにやにやしながら足を進めている。
「まったく、ハルヒはろくなこと考えねえな!」
「あんなに見事に決まるとは思いませんでしたねぇ」
「俺の作戦がよかったってことだろ」
「ふふ、そうかもしれませんね」
 素直に褒めると彼は、そこは自惚れんなとか突っ込むのがお約束だろと照れたように肩をすくめ、涼宮さんの叱咤を受けてさらに足を速めた。
 僕らは短い学生生活の中でかなりの悪評と、同じくらいの人気を獲得し、それでも個々の飛び抜けた優秀さと、それぞれが背後に抱える組織の力や事情により退学させられることもなく、騒がしく落ちつきなく、それでいて有意義な時を過ごした。
 本当に、僕にとっては一言では言い表せないような4年間だった。



 コロニーで生まれた僕は、研究者である両親の元でごく普通に育てられた、ごく普通の子供だった。――12歳のある日、突如として妙な能力に目覚めるまでは。
 その頃の僕は、マザーアースの研究所に勤める両親とともにイーストアジアの小さな都市に住んでいた。ある夜、まるで天啓に打たれたかのように能力に目覚めたとき、僕はすでに自分の力と使命、戦い方などすべてを理解していた。が、理解はしたがそんなことをにわかに信じきることはできず、こんな妙な妄想が頭を離れないなんて、きっと自分はおかしくなってしまったのだと考えた。親に知られたらどうなるだろう。きっと病院に連れて行かれて、二度とそこから出ることは出来ないかもしれない。子供ながら知識ばかりは豊富だった僕は、そう考えて震え上がった。
 だが、すでに発生している閉鎖空間、行かなければならないという自分の中の衝動はどうしても無視できない。思いあまって、真夜中にもかかわらずそっと家を抜け出そうとした僕に、あたりまえだが両親が気付いた。嘘の言い訳など考えられるわけもなく、僕は自分の使命と力を正直に話し、行かせてくれと懇願した。
 それはただの夢だと、両親は僕を必死になだめた。まぁ、当然だろうと思う。僕は突き動かされる衝動と両親のしごく常識的でもっともな説明に混乱し、自分はやっぱり狂ってしまったのだと絶望した。そんな年齢で、本気で死ぬことを考えた。
 そこへやってきたのが、“特務機関”だった。彼らは涼宮ハルヒに関することを両親に話し、僕の特殊能力についても説明をして、結局僕は両親のもとを離れて機関に保護されることとなった。
 機関≠ヘ始動したばかりの組織ではあったが、なぜか準備だけはもうずいぶん以前からされていたらしく、連れて行かれた施設はかなり立派なものだった。僕はそこで数人の“能力者”たちとともに生活し、勉強や訓練を重ねた。
 連れてこられた最初のときから、僕は能力者たちの中でも特別扱いをされていた。それは僕が彼女とごく年齢が近いことと、容姿や知能や性格などを考慮した結果、将来的に彼女の伴侶となる者の候補に入っていたからだった。そんな環境の中では当然、友達などひとりも出来ず、最初は寂しく思っていたがじきに諦めた。
 はじめは数人いた候補者も、僕が15歳になったときには僕ともうひとりに絞られた。が、そちらの彼がちょっとした不慮の事故で亡くなってからは、いよいよ僕は彼女に気に入られ伴侶となり、ある程度彼女の行動と思想をコントロール出来る立場になることを期待されることとなった。訓練メニューには女性の心を掴む方法や籠絡する手段などが加わり、僕はそんな手管ばかりを覚え込まされた。現在の僕が、今まで一度も真っ当な恋愛に恵まれなかったのは間違いなくその教育の弊害だと思う。まぁ、恋愛などはどうにも面倒そうだし、それならそれでかまわないのだけど。
 訓練を終えた僕は飛び級し、彼女と同じハイスクールに入学した。自然に彼女に近づき仲良くなって、最終的には恋人になる予定だった。が、いくら教わった手練手管を駆使しても、彼女は一向に僕に靡こうとはしなかった。なぜならその頃の彼女の心には、すでに一人の少年が棲みついていたからだ。
 それでも諦めることは許されず、僕はせめても仲のいい友人の立場を得て、彼女と一緒に士官学校へと進んだ。戦争はその1年前に終結していたが、まだまだ平和のためにすることはいっぱいあるはずと、彼女はためらわず軍属への道を選んだ。
 そこで僕は、長く彼女の心を占拠している件の少年に出会ったのだ。もちろん資料は読んだので顔も経歴も知ってはいたが、データではなく生身の人間として接したのはそれがはじめてだった。
 彼女は彼のことを、キョンと呼んだ。幼い頃に出会い、彼女の心に棲み着いたその頃に呼んだ名前らしいが、彼の方は彼女のことをおぼえていなかった。彼女もそれが悔しかったのか哀しかったのかその思い出については話さず、かわりにSOS団なる団体を結成して彼を引き込み、前述のような騒ぎを繰り広げ始めたのだ。

 それまでの僕がデータとして知っていた彼は、ごくごく平凡な普通の少年だった。容姿も成績も中の中、生まれも育ちも一般的で、今までに良いことでも悪いことでも目立った何かを成したことはない。10人の人間がいれば、間違いなくその中に埋もれてしまうだろうタイプだった。資料を読みつつ、こんな男のどこが、と首を傾げたことを思い出す。
 そして実際に生身の彼と接触するようになっても、その印象はなかなか変わらなかった。士官学校での成績もやはり中の中、作戦立案の授業でのみ才能の片鱗をのぞかせたが天才の域にはほど遠く、他に特技やなんかしらの技能があるわけでもない。野心を持つタイプでもなく、軍人を目指すのは食いっぱぐれがないからというただそれだけの理由で、やる気のなさは一目瞭然だった。
 こんな男のどこを気に入って僕は彼女に選ばれなかったのだろうとの思いは、それからも長く解消されずにいた。彼女の恋人になるという任務に僕が失敗したあと、彼の存在を知った機関が、涼宮ハルヒの想いを成就させ、能力を安定させるという方向に方針を変えたせいでもある。僕は新たに、ふたりの親友として、ふたりの仲を取り持つようにとの任務を命じられたのだ。
 その任務と監視のために、寮でも同室となった彼とは仕方なく仲良くなろうと努力したが、こんな男のために僕の4年間が無駄になったのかと苦々しく思う気持ちは前述の通り消えなかった。ときおり無性に腹立たしくなって、つい冷たく接してしまうこともあった。今思えば大人げなかったとは思う。
 が、そんな僕との彼の距離の取り方は絶妙だった。深入りはせず、かといって突き放すこともなく飄々として、それでいてちゃんとこちらへの気遣いや好意はしめしてくれる。一見素っ気なく見える態度ではあるが、なぜか彼だけはどこまでも自分を見捨てないと信じることができる。不思議だった。
 それまで友人らしい友人がいたことのなかった僕は、そんな彼の距離の取り方に戸惑ってばかりだった。もうちょっと彼のことが知りたいと思う一方、近くなりすぎると落ち着かず、だからといって距離を取るとさらに落ち着かない。彼は僕のことを親友として扱ってくれたけれど、一緒に過ごす時間が増えるほどに僕の心の中にはもやもやがたまり、彼を見ると妙に苛ついた。
 ここまで完璧に任務を遂行し成績を残してきた僕が、こんな平凡な、特筆すべき才能すらもたないような奴に邪魔される。それなのに本人は彼女の気持ちにすら気付かず、なんの責任ももたずに好きに生きている。そういう部分が気に障っているのだろうと、分析して納得したのを思い出す。

 卒業後、僕は涼宮さんとともに上級士官学校へと進んだ。
 彼女自身は卒業後はすぐに現場に出たいと言っていたのだが、学校側が強行に進学を勧めたのだ。彼女の飛び抜けた才能と残した成績を思えば、無理もないことだろう。渋る彼女に学校側は、上級学校を出れば佐官待遇で軍に入れること、そうすれば一隊の指揮をとれる立場になるのが早まることなどを示して説得し、やがて彼女も乗り気になった。機関としても、彼女が一兵卒として前線に立つ危険を少しでも回避するためにはその方が都合がいいとそれを認め、僕も監視役としてついて行くことを命じられた。
 彼女と彼はそこで物理的、階級的に引き離されることになるが、それまでの努力にかかわらずふたりの仲はあまり進展しなかったため、距離を置くのは有効なのではないかと判断されたようだ。離したことで彼女の彼への想いが薄れるならよし、そうでないなら再会したときには間違いなく進展するだろうとの思惑であり、SOS艦隊の草案はこの頃にたてられたものだった。
 そこから今回の再会までの間、僕は確認も兼ねて何度か彼女へのアタックを試みた。が、彼女はすでに僕を自分の右腕的なものと認識していて、そのこと自体はとてもありがたく恐れ多いが、そこから恋愛対象へとクラスチェンジさせることは不可能なようだった。機関では何度か相手を変えて同様のことに挑んだようだが、いずれもうまくいくことはなかったらしい。彼女は存外に、一途な女性なのだった。



 明日はいよいよ、キョンが到着するわよ! と、彼の着任の前日に見た彼女の笑顔を最後に、夢は途切れた。
 唸りながら寝返りを打って時間を確認すると、出撃から戻って3時間ほどが経過していた。彼を部屋に連れ込み1時間くらいは弄んでいたはずだから、2時間は眠れた計算になる。薬を常用していたときは、目覚めは頭痛と吐き気をともなう最低なものだったが、溜まった熱を発散して眠ったあとの目覚めはすっきりと気持ちよかった。パートナーを持つことの効用は、確かに高いのだなと納得する。
「パートナー……か」
 彼はおそらく、そうは思っていないだろうなと思う。
 脅迫めいた僕の誘いに、彼がなぜ応じたのかはやはりわからない。ただ、事務的な対応に徹しようとするあの態度を見るだけでも、僕をセックスを楽しむためのパートナーとして認めたわけではないのは確かだろう。僕はごろりと寝返り天井を見上げて、別にそれでいいとつぶやいた。僕だって別に、彼と楽しみたいわけじゃない。
 涼宮ハルヒの能力やマザーアースの実情について彼に話すことは、SOS艦隊発足が本決まりになる頃から決定されていたので問題ない。他の勢力もそれぞれ、自分たちの事情を彼に伝えることになっているらしいので、遅れはとれないのだ。
 が、彼を無理やりパートナーにしたのは、機関の命令ではなかった。彼と彼女の仲を取り持てというのが機関の方針だから、完全に僕の独断専行だ。涼宮ハルヒの伴侶となることはできなかったが、こうして彼を僕の支配下に置くことができれば、彼女をコントロールしやすくなるのではないか。彼女に言うことを聞かせられる彼を、思い通りにできるのなら、戦略的にはかなり優位に……。
「…………」
 そこまで考えて、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いが出た。あのふたりを思い通りに? 出来るわけがない。そんなこと、士官学校でともに過ごした4年間で、嫌と言うほど思い知っている。
 彼に手を出したあの時、僕は機関の方針とか戦略とか、そんなことはまったく頭になかった。後も先も考えない、ただの衝動だ。
 ――あの日。閉鎖空間と神人を死ぬ思いで処理し、ようやく帰還した僕の目の前で、彼はいまだくすぶっていた彼女の精神をあっさりと鎮めた。それも、頭を撫でてやるなどというごく他愛もない仕草で。
 その時、僕の中で何かが壊れてしまったのだ。
 こんなに彼女に想われているのに、いまだそれを認めようともせず。神に選ばれた存在、鍵≠ニしての自覚もなく。世界を護る重荷も背負わず。無責任なままで――。
 無性に彼を貶めたかった。自分を嫌っている僕を親友だと信じ、親しげな笑顔を見せるその顔を歪ませてやりたかった。彼の信じている世界≠ネんてものは、すべてまやかしだと教えて絶望させてやりたかった。
 だから僕は、彼を強姦した。止めようもない衝動だった。
 男としては、おそらく殺されるよりも酷い最悪な仕打ちを、しかもそれまで親友だと思っていた相手にされた気分は、どうだったろう。驚愕と絶望に染まり、身を引き裂かれる痛みに泣きわめく顔。憎々しげに睨みつけ、それでも希望を捨てられずに哀しげに僕を見る瞳を思い出すと、今でもぞくぞくする。そっと下半身に手を当ててみると、思った通り少し反応していた。ジッパーを下ろして触れてみたら、快感がじわりと湧き上がる。
 これまでは、この行為はただの処理≠セった。定期的に出しておかねば支障が出るので行うだけの、機械的な作業。だけど彼の表情を思い出しながら行えば、なかなかの快楽を感じられる娯楽となる。
 悪くない、とひとりごちて、僕は目を閉じて行為を続けた。彼にとっては大迷惑だろうなと思うと、ぞくりと感じる快感と発作的な笑いが同時にこみ上げてきた。
 とりあえず、彼を支配することで涼宮ハルヒのコントロールを試みるという机上の計画は、彼との関係が機関にバレたときの言い訳として詳細を詰めておこうと思う。
 ――まぁ、もしかしたら、ということもまったくありえないとは言えないし。



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(2014.11.03 up)
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