Hello,world
04
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 キス、と呼んでいいのかわからなかった。
 吸い付かれた唇の間に強引に舌がねじこまれ、俺の舌がからめとられる。噛みついてやろうとすれば顎をつかまれて閉じられないようにされ、舌が容赦なく口腔内を荒らし回る。息が出来ない。
 古泉は目を閉じていない。じっと観察されながら、吸われ、からめとられ、噛みつかれ、啜られるそれは、やはりキスと言うより捕食に近い気がした。
「……っ」
 流れ込んできた唾液を飲み込めず、むせてしまう。すかさず離れた古泉は、俺が咳き込んでぜいぜいと息をついている隙に、俺の両手首をまとめて頭上に押さえつけた。カチャリと音がして手首を何かがしめつける。見ればそれは捕虜を拘束するための手錠で、そこから伸びる鎖がベッドのどこかにつながれていた。
「こいず、み……っ! ふざけんな、これのどこがパートナー契約……」
「すみません。少々強引ですが、こうでもしなければあなたは契約に同意してくださらないと思うので」
「あたりまえだ! こんなのは」
 契約じゃない。ただの暴力だ。
「それでも、同意していただかなければ困るんですよ。あなたがやたらな相手と仲良くして、その度に今日のように閉鎖空間を作られてはかなわない」
 ――は? 閉鎖空間? を、作る? ……誰が?
 あの空間を、まるで誰かが意志をもって作り上げたようなことを言われて、呆気にとられた。あれは、原因不明でランダムに発生する異相空間で、語弊はあるがいわば自然現象だ。磁気嵐なんかと似たようなものだ。そんなの常識だろ?
 自分の状態も忘れてそう言いつのる俺を、古泉は醒めた目で見下ろした。
「常識、ですか。そんなものが僕らの周りには欠片も存在しないってこと、今からじっくり教えてあげますよ」
 古泉の手が襟元に伸びてくる。
 男にしては細くて長い指が、上着のホックを上から順番にはずしていく。やがて上着の前がはだけられ、その下に着ていたアンダーシャツが首の下までたくしあげられる。するっと肌を撫でられて、全身に鳥肌がたった。蹴飛ばしてやろうと上げた足は楽々とつかまれてしまい、割り拡げられた両脚の間に古泉の身体が入って来る。逃れようのない体勢に、ぞっと恐怖が沸き上がった。
 そうしながら古泉は、なんでもないような口調で言う。
「あの閉鎖空間はね、1人の女性によって生み出されているんですよ。彼女が不満や不安を感じ、その心が不安定になったとき、あの空間が生まれます。その中で神人を暴れさせることによって彼女はフラストレーションを発散して、精神の平穏を取り戻す。――そういうシステムなんです」
 その女性が誰か、わかりますよね? 聞かれて思わず、目をしばたたいた。
「まさかそれが……ハルヒだっていうのか?」
「正解です。ああ、彼女本人は、アレを生み出しているのが自分だなんてこと、ご存じありませんよ。悟らせないよう、努力もしています」
 一瞬、自分の状況も忘れ、目の前の男の顔を、まじまじと眺めてしまった。こいつは一体、何を言ってるんだ。
「古泉。お前、正気か」
「もちろん。僕はいつでも、ほどほどに正気です」
 などと、とても正気とは思えない笑顔で、古泉は言った。
 そんな馬鹿な。ハルヒは、正真正銘の地球人類のはずだ。ちょっと優秀に過ぎ、性格に難ありではあるが、おおむね普通の地球人の女性だ。ESP検査にひっかかったって話すら、聞いたことがない。
「ええ。涼宮さんは、身体的にはごく普通の地球人類の女性ですよ。平均以上に美しく聡明で、優秀ではありますけれど。ただ彼女は……そうですね、たいへん希有にして特殊な“能力”を持っていらっしゃるのです。閉鎖空間と神人を生み出す力は、その副産物みたいなものと言えるでしょう」
「特殊な能力? なんだそれは」
「そうですねぇ。どこから説明しましょうか」
 獲物を目の前にした猫みたいに愉しそうに目を細め、古泉ははだけられた俺の胸に手を這わせた。やけに冷たい手に撫でられ、ぞくぞくと身体が震える。
「さ、さわる、な……」
 ガチャ、と手錠が鳴った。後ずさろうとしても、ここはせまいベッドの上だ。すぐに背中が隔壁につきあたり、逃げ場がなくなってしまう。古泉は赤く見える舌を出し、鎖骨の下あたりをべろりと舐めた。生温かく湿った不快な感触に、ひっと首をすくめてしまう。何が面白かったのか古泉はくすくすと笑って、そのあたりに口づけたり舐めたり吸ったりをしはじめた。唇と舌はだんだん上にあがっていき、やがて首筋から耳へと移動してゆく。
「ちょ、やめ……っ、こいず」
 くすぐったさに身をよじる。逃れようと暴れる俺の頭を押さえつけ、古泉は耳元でとんでもないことを囁いた。

「ねぇ。――本当は、地球はもうとっくに、滅びているのだと言ったら信じます?」

 はぁ? としか言えなかった。
 なんだそれは。どこの子供向けフィクションムービーのネタなんだ。顔をあげ、不信感まるだしであろう俺の表情を見た古泉は、とたんに吹き出した。なんだ、やっぱり冗談かよ。面白くないぞ、それ。
「いいえ。本当のことですよ」
「まさか、だって地球……マザーアースならちゃんと――」
 あるはずだ。月基地からは毎日、くっきりと頭上に見えていた。第一、ここに着任する前に俺はいったん故郷に帰って母親を見舞い、妹にも会ってきているんだから。間違いなく、マザーアースは存在しているはずだろ。
「そうですね。ちゃんと存在しています。でも……本当ならば地球は、7年前の移民軍の攻撃によって、惑星ごと滅亡してしまっているはずなんですよ」
 茶飲み話みたいな口調で、古泉は続ける。まるで昨日見たムービーの筋を話すかのように、淡々と。
「そんな馬鹿なことが……」
「移民軍とのあの戦争がどうやって終わったか、あなたは知っていますか?」
 いきなり聞かれて、俺はとまどいながらも記憶を探った。確か、いきなり移民軍が和平を申し入れてきたので、それを受け入れたと教わった気がするが。
 ちがうのかと聞き返したら、古泉は肩をすくめた。
「まぁ、そういうことになっているんですけどね。事実は違うのです。最終決戦にて彼らの……マザーアースに敬意をもたない彼らの指導者は、ついに禁断の兵器を地球に向けて使用してしまったんですよ。惑星一つを死の星にしてしまう、恐ろしい兵器を」
 感情を交えない口調で説明を続けながら、古泉は俺の頬を撫でた。その手はゆっくりと首筋から胸へと降りて、腹のあたりをさすり臍の周辺をなぞる。くすぐったいが、とても正気とは思えないことを淡々と話す相手に抵抗するのは、なんとなく怖かった。
「だけど何故か、地球には何も起こらなかった。兵器は完全に作動したのに、消滅したはずの地球は依然としてそこにあった……」
「……っ!」
 臍からさらにさがってきた古泉の手は、俺のそこをわざとはずして、腿の内側をなでた。ギリギリまでたどり、俺が息を飲むのを楽しげに眺めていやがる。悪趣味だ。ぞわぞわとこみ上げる快感とも不快感ともつかない感覚に俺は必死に耐えた。
「究極兵器の攻撃にさらされてさえ、完璧に無傷だった地球に恐れをなした彼らは、あわてて和平条約を結んで撤退していきました。が、そのとき確かに、間違いなく地球は滅びていたんですよ。……滅びているはずの地球を、そこにとどめている力。それこそが、涼宮さんの能力」
 腿をなでていた古泉の手が、ふいにピタリと止まった。
「――“願望を実現させる力”です」



 ――滅びているはずの地球をとどめているものとして、涼宮ハルヒの存在が発見されるにはそう長くはかからなかった。当時、13歳の少女だった涼宮ハルヒの能力について理解されるまでにはいろいろあったようだが、とにかく現在の地球は、涼宮ハルヒが願う“地球が滅びないで欲しい”という想いのみに支えられているのだと判明したらしい。
 その時の連邦のお偉方の心境やいかに、とは思いますねと古泉は言う。彼らはともかく涼宮ハルヒを保護したけれど、本人に力の自覚がないということを知ったときは、どんなに恐怖したことだろう。地球を滅亡からギリギリでまぬがらせているのは、少女の気まぐれな想いひとつ。彼女がもし心変わりしたらどうなるのか。もし彼女が能力を自覚し、とんでもない思惑に力を使おうと思ったら。
 当然、能力のことは、今後も彼女本人には知らせない方針を貫くこととなったという。そりゃ、力以外はごく普通の少女の肩に、地球の存続なんてものを預けるわけにはいかないだろうな。
「閉鎖空間は、彼女のそんな能力の一端です。特殊空戦部隊は、その空間に侵入し、破壊するための力を涼宮さんに与えられた“能力者”。僕はそのうちの1人であり、さらには能力者を中心に彼女を守護するために作られた組織……“特務機関”の一員です」
 それが、さっき言ってた“方針”を掲げた団体ってわけか。
「そうです……ご理解いただけましたか?」
「……話だけはな」
「おや、信じていただけませんか」
 いきなり古泉の手が、ズボンの上から俺の急所をつかんだ。
「……っうわ!」
 驚いてびくついた身体が、反射的に逃げようとする。が、古泉はそれを許さず、強引に俺のベルトをはずしてジッパーをおろし、中に手を突っ込んできた。
「ひっ!」
 冷たい手にいきなり握られて、身体が大きくはねた。
 のけぞって腰が浮いたところをすかさず引っ張られ、ズボンと下着がまとめてずり降ろされる。抵抗むなしく足を抜かれ、それらはさっさと床に投げ捨てられた。
 覆うものがなくなった俺の性器が、隠しようもなく無防備に古泉の目前にさらけ出される。羞恥と屈辱で頭に血が上り、目の前が真っ赤に染まった。
「おや。反応してますね、まだたいしたことしてないのに」
「う、るさい」
 ゆるく勃ちあがっているそれに、古泉はじっと視線をそそいで観察している。恥辱に顔を染めてギリギリと歯を食いしばる俺を面白そうに眺め、唇を笑みの形に歪めた。
「ちょっと胸とかお腹とか触っただけなのに……ああ、それとももしかしてあなた、縛られたり、無理やりされたりするのがお好きなんですか?」
 馬鹿なことをいうな。そんなもんが好きな奴なんかいるか。
「そんなことはないですよ。世の中には、あらゆる性嗜好があるものです」
 古泉は楽しそうに世迷いごとをほざき、半勃ちの俺のモノを指先でなでる。触れられたところから刺激が伝わって、びくびくと身体が震えるのを止められない。
「あ、完全に勃ちましたよ。ふふっ、もうあふれてきてる。あなたやっぱり、縛られて痛いのとか、こうしてじっくり見られて恥ずかしいのとかが好きなんじゃないですか」
「ちが……っ」
 古泉の指は依然としてゆるく、裏側を筋にそってたどりったり、先端をくるくるとなでては尿道をえぐるようにつつく。とっくに染み出していた先走りの液体が、古泉の指がやさしく幹を上下するたび、にちゃにちゃと音をたてた。半端な刺激がもどかしい。いっそ、もっと強くして欲しいなんて馬鹿な考えが頭に浮かぶ。そうだ。もっとそこを……。
「ねぇ、もっとして欲しいですよね?」
「……っぅ」
 思わず欲しいと叫びそうになって、唇を噛んだ。目をぎゅっと閉じて、ふるふると首を振る。こんな卑怯な脅しに、屈してたまるか。
 すると古泉は、くすくすと楽しそうな笑い声をあげた。
「そう。それでこそあなたです。強情なところも誇り高さも、昔のままですね。でも……」
 すっと、俺を弄んでいた指が離れた。つい目を開けて見上げた古泉の口元には、相変わらず笑みが刻まれている。ぞっとするほどに、酷薄な微笑みだった。
「……だからこそ屈服させてやりたくなるんですよねぇ」
「こいずみ……?」
 ちょっと待ってくださいね、と言って、古泉はベッドを離れた。すぐに戻ってきたと思ったら、どこから持ってきたのか細い紐みたいなものを取り出し、それで俺のそれ、の……根本のとこを縛りやがった。
「ちょっ……お前、なにす」
「大丈夫。きっと気に入りますよ」
 んなわけがあるか馬鹿野郎、と罵る口を、また唇でふさがれた。舌が侵入し、口腔内を乱暴に蹂躙する。やっぱりこれはキスなんてものからはほど遠い。
 そうしながら古泉は、俺の性器をつかんで本格的にこすり始めた。さっきまでのゆるい刺激ですっかり濡れそぼっていた俺のそこは、じゅぷじゅぷと卑猥な水音をたてている。ずっと焦らされる形になっていたから、もうほんの少しの刺激で射精できるくらいになってたはずだ。
 が、根本がしっかりとくくられているせいで、こみ上げる快感と熱がそこで堰き止められてしまう。もどかしさと苦しさとが体内で暴れまわって、頭がおかしくなりそうだ。我慢しきれず、喉の奥から声が漏れた。
「……っあ、あぐっ」
「気持ちいい? でもまだ、話は終わっていませんよ」
 ちゃんと聞けたら、イかせてあげましょうねなんてほざきながら、古泉の手の動きは、だんだん激しくなっていった。イきたいのにイけず、逃げることも許されない。ガクガクと腰を揺すり、首を振って暴れようとする俺の身体を押さえ込み、古泉は俺の耳元で口を開く。
「ねぇ、気分次第で惑星ひとつの、その星の生きとし生けるものすべての生殺与奪を左右する存在って、なんだと思います?」
「っ、知ら、な……っ」
「時に慈悲深くあまねくものを守護する存在であり、時に無慈悲に残酷に容赦なくすべてを奪うもの……古来からそういった存在を、僕らはこう呼んでいませんでしたか。――神、と」
 聞いていますか、と囁かれた。ああ、一応声だけは聞こえてるさ。だが内容までは理解できてる自信はない。なんだかすごくぶっとんだ、馬鹿馬鹿しいことを言われてる気はするがな。
「こい、ず……もう、これ、ほど……て……っ」
 ピタ、と俺のをしごいていた手が止まる。するりと幹をたどった指が、くくられた根本のさらに下の、やわらかい部分に触れた。
「あ……っ! あ、あぅ……や、めっ」
「ああもう、こんなにびしゃびしゃにして。しょうがない人ですねぇ……せっかく人が、大事なことを説明してるのに」
 ふざけんな。誰のせいだ。
 そんな俺の心の声が届いたのかどうか、古泉はやれやれという風に肩をすくめ、触れていたそこを容赦なくきつくつかみやがった。ぞわりと鳥肌が立ち、冷や汗が吹き出す。喉が詰まって、声も出せない。
「…………っ、」
「パートナー契約、しますよね?」
 有無を言わせない口調だった。言葉だけは質問だったが、NOと言ったら何をされるかわからない。怖い。
 俺は半ば朦朧としたまま、ぎこちなく何度も頷いた、んだと思う。古泉は満足そうに微笑んで、おもむろに俺のをくくっていた紐をはずした。
 一瞬、声も息も失った。そこでせき止められ、行き場を失って身体の内側で渦巻いていた欲望が解放される。あとからあとから吹き出して止まらない白濁と一緒に、何か大事なものまで流出してるんじゃないかって勢いで、俺は叫び声をあげて際限なくイキ続けた。



「あっ……あ、はぁ、あ……」
 ぴくぴくと、身体のあちこちが痙攣する。手も足も弛緩して、指1本も動かせない。全身がだるく、腰の奥が重い。絶頂した快感よりも、ひどい宇宙酔いから逃れたあとみたいな倦怠感だけが残る。最低最悪の気分だった。
「大丈夫ですか?」
 心配してるような様子がかけらも感じられない声が、頭上から降ってきた。白濁まみれの俺の身体を見下ろして、古泉はうっすらと微笑んでいる。
「あなたが射精してるところ、すごく色っぽかったですよ。気持ちよさそうでしたね。……ああ、録画しておけばよかったかな」
「くっそ……」
 恐ろしいことをほざきながら伸びてきた手が、頬に触れた。そこに飛んでいたらしい精液を拭った指先を、口の中に突っ込まれる。にがい。というか、えぐい。
「……もう、いいだろ。ほどけよ」
 顔ごと目をそらして、そう吐き捨てた。声が嗄れてる。さっき叫んだせいかな。
「誰にも、言わないから……さっさと解放してくれ」
 こんな乱暴、訴えれば勝てるかもしれない。けれど証拠はなにもない。合意の上だと、単なるプレイだと言われてしまえばおそらくそれまでだし、なによりどんなことをされたかなんて証言したくない。それよりもこう言って保身に走る方が、きっと賢い選択だ。
「何を言ってるんですか」
 だけど古泉は、わざとらしく声をあげ、再び身を乗り出してきた。顔ちけえ。
「まだ僕、何もしてませんよ。これからが本番でしょう?」
 言いながら古泉が触ってきたのは、後ろの……ああ言いたくもねえ、その孔、だった。同時に腿に下半身をこすりつけられる。堅くなっているものの存在を感じ、思わずぞくっと背筋に悪寒が走った。快感じゃない。恐怖でだ。
「や……むり、だ」
 ふるふると頭を振って、ベッドの上を後ずさる。だが腕は依然として繋がれたまま、身動いてもガチャガチャと鳴るだけで、はずすことはできそうにない。古泉は竦んでる俺の目の前で、ことさら見せつけるように、ベルトをはずして前をくつろげた。
「う……」
 すっかり臨戦体勢のそれが嫌でも目に入って、ますます恐怖に身が縮む。そんなの入るわけないと泣き言を言ったら、古泉はまたにっこりと笑い、いやだなぁと肩をすくめた。
「あなたは、もう僕の“パートナー”なんですから。ちゃんと、受け入れていただかないとね」
 大丈夫、と言って古泉は、ベッドサイドのテーブルからボトルを取り上げた。中には透明なピンク色の液体が入っている。なんだあれ。
「ケガをされても困るので、ちゃんとほぐしてさしあげますよ。はじめてでしょうから、ゆっくりと」
 はじめてですよね? と小首を傾げるのに、思わずがくがくと頷いた。もちろん女が相手ならばセックスの経験くらいある。が、あいにくとそこを使うようなマニアックなプレイはしたことがない。さらに言えば、この先するつもりもまったくなかった。のに、なんだよアレ。あんなのつっこまれたら死ぬ。絶対。
「や、だ……っ」
 液体はトロリと、粘性を持っていた。恐怖のあまり、歯がカチカチと鳴った。血の気が引いているのか、目の前が暗くなる。たっぷりと液体を垂らされた後ろのそこに、古泉の手が伸びる。おびえる俺の表情を楽しそうに見つめながら、ことさらにゆっくりとそこに指を侵入させてきた。ぐぷ、という音とともに感じる異物感。
「さすがに、きついですね……」
「……っあ、うわ」
「力を抜いて」
 古泉の中指が、ぐいぐいと中へと潜り込んでいく。痛い。熱い。気持ち悪い。背筋に悪寒が走って、喉から引きつるような声が漏れた。
「や、あ……いた、いっ、ぬ、抜け、って」
 ものすごい異物感と不快感。ぐじゅぐじゅと音を立てて出し入れされる指の動きが、だんだんスムーズになっていくのがわかる。やがて指は2本に増え、孔を拡げるように動きながら出し入れが続いた。
「んっ、んっ……んあっ」
 指が出入りするリズムにあわせて、声が漏れる。それがやたらと恥ずかしくて、わざと息を大きくついた。息を吐くときに指をしめつけてしまい、抜かれるところだった指の、たぶん爪、が、入り口を引っ掻くようにかすめた。
「ふっあ……!」
 ビク、と身体が勝手にはねる。射精して萎えていた性器が徐々に頭をもたげていく。古泉はニコニコしたまま、気持ちよくなってきたみたいですねと言った。
「後ろで気持ちいいのは、入り口の部分と中のお腹側にある前立腺、それといちばん奥なんだそうですよ。奥は指では届きませんけど、ちゃんとよくしてあげますから」
 指が、3本に増えた。ますます苦しくて、息を詰めて悲鳴をかみ殺す。ずっと堪えていた涙が、じわりとにじんだ。
「な、んで……っ」
 一度決壊した涙腺は、もう止められなかった。ぼろぼろと涙があふれる。なんで俺は、こんな目にあわなきゃならないんだ。
「おまえ、そんなに……っ、俺のこときらい、なのかよ……っ」
 親友だと、思っていた。
 確かにこいつは、あまり内面をみせないような部分があって、本当に気の置けない仲間とは言い切れなかったかもしれないけど。それでも3年間、ハルヒや長門や朝比奈さんと一緒にいろんな馬鹿やって大騒ぎして……SOS団で唯一の同性だったこともあって、いろいろ苦労だってわかちあってきたのに。
「ずっと、おまえは俺を……」
「…………」
 ちゅく、と水音をたててそこから指が抜かれた。古泉は何も言わない。答えない。
 腰が持ち上げられて、両脚が古泉の胴を挟むように腿の上に乗せられる。尻の間に、何か熱いものの感触が当たった。
「ひ……」
 最後の力を振り絞って、逃れようと身体をよじる。だけどもうほとんど力の入らない足は、むなしくシーツを蹴るだけだ。
 腰をつかむ指が肌に食い込む。じりじりと俺の中に、何かがねじ込まれていく。拡げられ、引き裂かれ、侵略される。身体も、心も。
 痛いなんてもんじゃない。いっそひと思いに殺せと、言いたくても声もだせない。
「……っ、ぅ」
「ねぇ……」
 やっとしゃべったと思ったらそれは、痛いですか、との質問だった。聞かれてももう、何がなんだかわからない。痛いのと熱いのと苦しいのと、全部が混ざって渦を巻いている。自分の身体がどうなっているのかすらわからない。
 はぁ、と息をついて、古泉は俺の目尻を指でぬぐった。涙が止まらない。ひっ、としゃくりあげるような声が喉から漏れた。
「――能力を自覚したとき、僕はまだジュニアスクールの生徒でしたよ」
 ふいに、古泉が囁くような声でそんなことを言った。
 古泉を受け入れてる場所の痛みが、少しずつひいてくる。じわじわとこみ上げてくる何かに耐える俺に、古泉はかすれ気味の声で続きを聞かせる。
「すぐに親元から引き離され機関に迎え入れられて、それ以来ずっと僕は、涼宮さんのためだけに生きてきました。彼女の身体と心を損ねないよう、彼女が間違っても地球の滅亡を望んだりしないよう、自身の力に気がつかないよう、そして彼女の力を他の勢力に利用されないよう……」
「ん……っ、んあ、」
 ゆるゆると、古泉は動き始めた。俺の中に収まっているものがずるりと動く。内壁をこすられて、思わず声が出た。
「子供のうちはね、楽だったんだそうですよ。彼女はすこぶる賢くて、素直な少女だったので。だけど思春期に入り、むずかしい年頃になって……僕が彼女の側近くに侍るようになったのは、その頃です。僕の役割は彼女に気に入られ、できうることなら恋人になって、彼女の力をある程度コントロールすることだった」
 出し入れされるたび、ぐちゅぐちゅと淫猥な水音が響く。俺の意志に反してそこはきゅうっと収縮して、中でうごめく熱いものを締め付ける。内壁がめくられるような感覚。もどかしい感覚が妙なうずきを生み出す。痛くて痛くて、痛いのにぞくぞくと、身体の奥からわき出る未知の感覚は、一体なんだろう。
「けれど、それはうまくいきませんでした。涼宮さんは、僕になんか興味をしめさなかった。幼い頃からずっと、彼女が好むような容姿と性格とふるまいとをたたき込まれてきたはずなのにね。あろうことか彼女が気に入ったのは、何の取り柄もない平凡な、ごく普通の男でしたよ」
 それが、俺だって言うのか? だから、古泉は。
「機関の上層部は、あわててあなたと涼宮さんを引き離しました。でも彼女は、ああ見えてとても一途な女性なのですよ。数年たっても彼女は依然としてあなただけを想い、彼女を動かすことのできる“鍵”は、やはりあなただけだった。だからあなたは、この艦に配属されたんです」
「あ……っ、やめ、ろ……っ!」
 刺激に反応して勃起していた性器を、古泉の手がつかむ。容赦なくしごかれて、慣れた快感が脳を侵す。身体の奥を穿ち内壁をこする刺激と相まって、快感が加速する。身体が熱い。頭がぐらぐらする。ダメだ。イク。
「んっ……あ、あ、ぐ……っ」
 閉じたまぶたの裏で、白い光が明滅した。さっきさんざん出したのに、またもや射精したのが自分でもわかる。びくびくと痙攣しつつ吐き出した俺の精液を腹に受けた古泉は、それを拭った手を口元へと持っていく。赤い舌が、ぺろりとそれを舐めとった。
「けっこう出ましたねぇ」
「……こ、いずみ、お前は」
 そんな子供の頃から、ハルヒのために。ハルヒのためだけに。
 ……そうか。だから古泉にとって俺は“邪魔者”なのか。
「どうしたんです? 急におとなしくなりましたね。……もしかして今の話を聞いて、同情してくださってるんですか」
「ち、が……っ」
「同情されるのは、好きですよ。僕を哀れんでくださるんでしょう? 慰めてくれますよね」
 両膝に手が置かれ、古泉が腰を動かす。いちばん奥まで入った状態で止まっていたそれが途中まで引き抜かれ、再び押し込まれる。ぐちゅ、ぐちゅ、という音がどんどん早くなり、その度に加わる衝撃に俺は歯を食いしばって耐えた。
 痛さは少々マシになり、うずくような感覚はあるものの、それはまだ快感とは言い切れない。早く終われ終われと念じつつ、目を閉じ眉を寄せてうっすらと額に汗を浮かべる男の顔を、薄目をあけて観察する。こいつでもやっぱりこういうときはこんな顔をするのか、とちらりと思った。
「っく……そろそろ……っ」
 ぎゅっと膝をつかんでいた手に力がこもる。ふいに、霞がかった脳にあせる気持ちがひらめいた。そろそろ、なんだって?
「や、やめろ、中には」
 別に妊娠するわけじゃない。こいつが病気を持っているとも思えない。が、子供を作ろうというとき以外は、ましてや愛情を伴わないパートナーが相手のときには、マナーだろう。避妊具を使うのが。
「こいず……っ、せめて、ゴム、を」
 古泉は、激しく突く腰の動きをまったくゆるめない。聞こえてないわけじゃないのを証明するように、目を伏せたまま唇の端をニッと引き上げた。
「僕、中に出すの、好きなんです。……取り返しの、つかない感じが……イイですよ、ね……っ」
「……っあ!」
 ぐっと、ひときわ深く押し込んで、古泉は動きを止めた。かすかなうめき声とともに、身体が小刻みに震える。さらに数回押し込まれ、中に注ぎ込まれているのを感じた。
 絶望が、じわりと脳を侵した。


                                                   NEXT
(2013.04.21 up)
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無茶な設定だということはわかってます……orz