Hello,world
05
<epilogue>

 終わった後は、手枷だけをはずされて、もうお帰りになってけっこうですよと言われた。
 後始末もしない、シャワーしていけとすら言わない。まるで遊び飽きた玩具を放り出すみたいに、古泉はこちらを振り返りもしなかった。
 全身が、どこもかしこも痛い。これでもそれなりに鍛えているんだが、おそらく普段の運動とは違う筋肉やらを酷使したんだろう。特に腰と……その下のあらぬ場所がズキズキと悲鳴をあげていて、起き上がるのもベッドから降りるのも一苦労だ。
「今日お話ししたことは、ご内密にお願いしますね。まぁ、話したところで、誰も信じないでしょうが」
 どうでもいいと言いたげな、眠そうな声で、古泉が言った。
 俺は腰をかばいながら床に落ちていた下着とズボンを拾い、なんとかそれに足を通す。俺の中にはまだ、さっき古泉が出したものが入ったままだ。動くと後ろからあふれた生ぬるい液体が、ツッと腿を伝って流れ落ちる。気持ち悪い。
「……俺だって、まだ信じちゃいない」
 話で聞いただけだ。信じるに足る証拠を見たわけじゃない。たとえ思い当たる節が、方々にあったとしても。古泉は俺に背を向けたまま、あざけるように笑いを漏らした。
「そうですね。用心深いのはいいことです。どんなに親しい相手にも、思わぬ一面があったりすることですし」
「…………」
 皮肉なんだが揶揄なんだかよくわからん。だけど俺はもう、一刻も早く自分の部屋に戻って、シャワーを浴びて寝ちまいたかった。
 俺がこの部屋に来てから、銀河標準時でまだ1時間と少し。だが俺にとっては長い長い、悪夢の時間だった。でもやっと終わったんだ。こんなことは、事故だと思ってさっさと忘れちまうに限る。
 俺はよろよろと、ドアへと向かった。一刻も早く、この部屋から逃げ出したかった。
 ――が、かけられていたはずのロックがはずれているのを確認し、ドアを開けようとしたとき、背後から声がかけられた。
「ああ、そうだ。作戦参謀」
 無視したかった。が、そう呼びかけられたら、応えないわけにはいかない。
「……なんでしょう。幕僚総長殿」
 振り返った俺の視界で、古泉はいつも通りの優しいまなざしを俺に向けていた。頬杖をついた姿勢で、にっこりと笑顔になる。そうして吐き出された言葉は、俺にとっては処刑宣告に近かった。
「次回は、ちゃんと準備してから、いらしてくださいね」
 次回、という単語にゾッとする。血の気が引いた気がした。
 そうか、俺は勘違いしていた。まだ、何も終わっちゃいないのか。
「忘れないでくださいね。あなたは僕の“パートナー”なんですから」
 たぶん顔色が変わったであろう俺の内心に、こいつは気づいているはずだ。だからこそことさらに、古泉は微笑みを浮かべ、優しい声音で俺を追い詰める。
「――返事は? 作戦参謀?」
 うながされた俺は、完璧に表情を殺し、たった一言を古泉に返した。もとより、別の答えを許す気はないんだろう男に向けて。

「……アイ・サー」



                                          END (to next episode)
(2013.04.21 up)
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とりあえず第一話完。
お話はむしろこれから。