Hello,world
03
<3>

 ――神人≠ニいうのは、通称だ。
 本来の呼称は、未確認宇宙生命体D77A−β−305号。見た目は青く発光する巨大な人型の、おそらく生物。……ではあるが、自律的に動いているから生物であると仮に認定しているだけで、実際はどうだかわかりゃしない。顔とおぼしき部分には目も鼻も口もなくて、ただ複数の赤い光が明滅しているだけだ。こいつらは汎銀河連邦の領空内に、なんの前触れもなく単独、あるいは複数で出現する。
 敵と称されてはいるのだが、実はこいつらは俺たち人類に攻撃を仕掛けたりはしてこない。というか、互いに触れることも、通常はできない。難しい理論はよくわからんが、どうやら存在している位相≠セか次元≠セかが異なるらしく、やつらが俺たちと接触することは不可能なのだ。
 しかし、だったらほっときゃいいかというと、そういうわけにもいかない。こいつらは何が気に入らないのか次元の向こう側で暴れ、そっちの空間を破壊する。破壊された部分はどんどん拡大し、放っておくとこちら側に影響をもたらすというのだ。早い話が、放っておくとあちらの異相空間――閉鎖空間≠ニ呼称されている――に浸食され、こちら側がとって変わられてしまう。らしい。
 だから拡大する前にやつらを倒す必要があるのだが、やっかいなことに、やつらの存在する閉鎖空間に侵入し、攻撃することができるのは、一部の特異な能力を持ったものだけなのだ。
 そして、汎銀河連邦宇宙軍第9艦隊所属第7師団、通称SOS艦隊は、その特異能力者を集めた空戦部隊を有する、特殊遊撃隊のひとつでもあるのだった。



『第一級警戒態勢発令。総員、ただちに配置につけ。特殊空戦部隊は緊急発進に備え、3番ゲートに集合せよ』
 緊急アラートが鳴り響く。俺は司令室に駆け戻り、事態を把握すべく作戦部を招集した。神人¢且閧フ戦闘は実は初めてだが……このSOS艦隊が、そのための特殊部隊でもあることはもとより承知だ。俺自身にはその特異な力はないけれど、彼らを指揮するための準備も心構えも整えてきた。正直、スクリーン越しとはいえ肉眼で視認するのも、実は初めてなんだが、まぁ、なんとかなるだろう。
「よし、総員戦闘配置! 神人は何体だ?」
 俺の質問に、長門の冷静な声が答える。
「総数は6体。天頂方面より二時から三時の方面に集中している。次元侵略は現在6.78%。ただし、加速している」
「多いな……それに速い」
 顔を上げると、腕組みをしてスクリーンを見つめるハルヒの横にいた古泉が、何やらハルヒに耳打ちして踵を返すのが見えた。こちらに歩いてくる。
「作戦参謀。僕が戻ってくるまでの間、閣下の補佐をお願いします」
 突然言われて、一瞬言葉につまった。疑問や反論は許されない。発する言葉は「アイ・サー」のみだとわかってはいるが、どこへ行くのだと聞きたかった。古泉は俺のその疑問を、察してくれたようだ。
「今回は数が多いので、僕も出撃してきます」
 古泉が当たり前のように告げた言葉に、俺は今度こそ目を剥いた。……知らなかった。古泉も能力者≠セったのか。
 そんな俺に古泉は、唇の前に指を1本立て、気障ったらしくに片目を閉じて見せた。
「聞きたいことがありそうな顔ですね。ですが、説明は戻ってからにいたしましょう。この場をよろしくお願いします」
 俺はきゅっと唇を引き結び、手を敬礼の形で挙げる。
「……アイ・サー」
 そう答えて、俺は司令室から出て行く古泉の後ろ姿を見送った。
 ハルヒはスクリーンを見上げ、目標地点に達した対神人用特殊空戦部隊を指揮した。俺は情報部からのデータを確認しながら、刻一刻と変わる戦況を読んで総司令たる涼宮閣下に直接進言する。普段なら閣下に進言するのは、幕僚総長たる古泉の仕事なんだがな。
 スクリーン上にめまぐるしく展開する戦況を見つめているハルヒが、ふとした隙に俺を見て、ふうんとつぶやいた。
「あんたの作戦、なかなか手堅いじゃない。変わんないのね、昔っから」
 これは褒められた、と思っていいのか? 微妙なとこだが、とりあえず礼を言っておく。
「恐れ入ります、閣下」
 が、ハルヒはすぐに肩をすくめてフンとそっぽを向いてしまった。
「ちょっと手堅すぎて、あたしの好みじゃないけどね」
「……申し訳ありません」
 やっぱりそういうオチかよ。まぁ、似たようなことは、学生時代からずっと言われてるからな。いまさらだ。
 ハルヒは再びスクリーンに視線を向け、ふいに一点を指さした。
「あ、古泉くんが行くわよ。ホラ」
 見れば後から合流した一機が、編隊の先頭についたところだった。表示されている識別番号は、確かに古泉のもののようだ。
 肉眼で見なければわからないが、能力者が乗り込んでいる特殊空戦部隊の各機は、なぜか赤い光に包み込まれている。熱をともなわないその可視光線は、光源もメカニズムも不明のものだ。だがあの光に包まれている機体は、次元の壁を突き破って閉鎖空間内に侵入し、神人の身体を切り刻むことが可能になる。
 ちなみに奴らには、あらゆる武器が通用しない。倒すためには体当たりという原始的な手法で、青く輝く不定形なその身体を切り崩すしかないのだ。
 そして前述の通り、確かに奴らは直接攻撃は仕掛けてこない。が、身を守ろうとする本能はあるのかそれとも単にうるさいと思うのか、戦闘機が周囲を飛び回り始めると腕を振り回して追い払おうとする。その際に運悪く腕に接触したり、避けようとして周辺に浮遊するデブリにぶつかったりして、機体の破損や負傷することなどはあるから、油断は禁物だ。
 赤い光を帯びた古泉の機体は、一番巨大な神人の後方にまわりこんだ。他の機を制するように、たった一機で神人に突っ込んでいく。無謀な、と密かに舌打ちしつつ見ていると、古泉機は振り回される腕を巧みに避け、周囲を飛び回って攻撃を繰り返す。やがて神人の身体はよじれ、細切れになっていった。
 そして閉鎖空間は、神人がすべて倒れると同時に消滅した。



「おつかれさま! 見事だったわ!」
 ハルヒの、形式を丸無視したねぎらいが基地内のすべての回線を通して響く。赤い光が急速に消え、通常空間に戻ってきた空戦部隊の各機にも届いていることだろう。警戒態勢解除の放送に思い切り息を付いて、俺はモニタ前の席に身を投げ出した。とりあえず、俺にとっての対神人緒戦はなんとかこなせたみたいだ。ホッとした。
 自分では冷静なつもりでいたが、実際はかなり緊張していたんだろう。戦闘の事後処理データに目を通しながら、俺はなんとなくボンヤリしてたらしい。いきなりグイッと後ろから襟をつかんで引っ張られ、バランスを崩して椅子から転げ落ちた。
「痛っ……なんだよ! 危ねえだろうが!」
「ボンヤリしてるからでしょ」
 床に打ち付けた腰をさすりさすり見上げると、そこに腰に手をあてて立っていたのは、ハルヒ……いや、涼宮閣下だった。
「まだ古泉くん、戻ってきてないんだから。気を抜いちゃだめよ」
「……申し訳ありません」
 憮然と謝罪しつつ、とにかく立ち上がる。ちょっと気を抜くたびにこんな目にあうのではやってられん。横暴にもほどがあるぞ。
「お叱りはありがたく……で、何かご用でしたか」
 おとなげないと思いながらも、つい慇懃無礼な態度になってしまう。だがハルヒはそんな俺の様子には気づいてないようだった。
「別に用事があるわけじゃないわよ。ただ……」
「はい?」
 ハルヒはめずらしく、煮え切らない態度で俺から目をそらしている。何か言いたいことでもあるのかと、俺は首を傾げた。
「閣下?」
「やめなさいよ、それ」
「は?」
 ハルヒは急に不機嫌になって、無茶なことを言い出した。
「その、閣下、ってやつ。普通に呼びなさいよ……」
 んな馬鹿な。いくら幕僚だろうと学生時代の友人だろうと、司令室で上官を……というか艦隊の最高司令官を呼び捨てなんてできるか。ヘタすりゃ軍法会議ものだぞ。
「そういうわけには参りません。……さすがに」
 困った顔をしてみせたら、さすがのハルヒもそれ以上は駄々をこねなかった。それでも全身から不満が吹き出しそうな態度で、頬を膨らませている。俺はしかたなく周囲を見回し、誰もこっちを見ていないのを確認してから、そっとハルヒの頭を数回ぽんぽんと軽くたたいてやった。まぁ、この場じゃこれが精一杯だな。
 ハルヒはますます膨れっ面になって、子供あつかいすんじゃないわよ、とつぶやく。
「さっきの話……」
「え? さっき、ですか?」
 いつのさっきだと俺がさらに首を傾げたら、ハルヒはぼそっと休憩スペースの、と言った。
「あんたが、この基地に来た早々にサカってるって話よ」
「だ、誰が……! あ、いえ、失礼しました。自分は、そんな、ことは」
 ただの雑談です、と言い返した。ハルヒが部屋に入ってくる直前は確か、古泉に恋人とかパートナーとかがいるのかと聞こうとしてたはずだ。それでなんで、俺がサカってるという話になるんだ。
「ふうん……」
 なんだその、疑わしそうな目は。そりゃ、確かに昨日あの場に女の子はいたが、一緒に飲んで騒ぐくらいいいだろうが。非番だったんだし。
「まぁ、いいわ。どうせあんたなんて、赴任早々に彼女ができるほどモテるわけないし」
「はぁ」
 その通りだろうが、余計なお世話だ。
「それじゃ、報告書は古泉くんに出しといてね。任せてあるから」
 了解しました、という答えをろくに聞かず、踵を返したハルヒはカツカツとブーツの踵を鳴らして自分の席へと戻って行ってしまった。肩くらいまでの髪に映える黄色いリボンが、歩調にあわせてひらひらと翻る。結局、何をしに来たんだあいつは。
 しばらくその背中を眺めて首を傾げていたら、背中に視線を感じた。振り返ったとたん、ドキッとする。そこに、いつの間に戻ってきたのか古泉が立っていて、俺をじっと見つめていたからだ。
「古泉、幕僚総長」
 にっこりと、古泉は微笑んだ。いつもの笑顔なのに、なぜか背筋にゾクリとするものがあった。……なんだ、一体。
「作戦参謀。ちょっとこちらへ」
「は……」
 呼ばれたので、素直に席を離れて古泉の方へと歩み寄る。すると古泉はいきなり俺の腕をつかみ、ぐいと引っ張った。たたらを践んでよろけた俺の耳元で、小さく囁く。
「お話があるので、本日の業務が終わったら僕の私室に来ていただけますか?」
「えっ、あ、ああ……」
 そういえば出撃の前に、説明はあとでみたいなことを言ってったっけ。そのことかな。
 勤務が終わってからって言うなら、プライベートタイムだろう。何か食い物でも持って行くか、なんて考えてた俺は、思えばあまりにのんきだった。
 思ってもいなかった。
 ――まさかその日、俺が信じていた世界のすべてが崩れ去り、すべてが塗り替えられてしまうだなんて。



 その日の勤務が終わり、俺は約束通り古泉の私室へと向かった。
 夜間勤務明けだから、時間的には朝だ。だが基地内部の様子は、朝も夜もたいして変わらない。俺自身は非番の翌日だったから特に眠かったりはしないが、古泉は大丈夫なんだろうか。
「失礼します。キョン作戦参謀です」
 インターフォン越しに名乗ると、ドアはすぐに開いた。入ってくださいと言われて足を踏み入れたフラットは、さすがに俺の部屋よりはかなり広く、設備も少し豪華だった。
「いらっしゃいませ」
 そう言って微笑む古泉は私服でこそなかったが、ベレーも脱いでいるし襟元もくつろげている。手袋もはずされて、端末が設置されたデスクの上に投げ出されていた。その手袋の横に、ガラスみたいに透明な素材で作られたゲーム盤がある。チェック柄のボードの上には、様々な形にかたどられたコマ。――チェスか。なんともレトロな代物だな。
 だが、部屋の中の古泉の私物らしきものは、それだけだった。他にあるものといえば、もとから部屋にあった備品とおぼしきものだけ。そのほかには、雑誌の1冊も私服の1枚も見あたらなかった。もしかして、部屋替えでもあって移動してきたばっかりなのか?
「広い部屋だな」
「こんな広さは、僕には必要ないのですけどね」
 座ってください、コーヒーでも淹れますからと言って、古泉は簡易キッチンに立った。俺の部屋にはないダイニングセットの椅子に座るよう促されて腰をおろすと、やがてテーブルにカチャとかすかな音をたてて、コーヒーの入ったマグカップが置かれた。
「どうぞ。合成品ですが」
「すまんな」
 陶器のカップなんて、この基地に来てはじめて見た。これが贅沢ってやつか。さすが、幕僚総長ともなると違うな。などと考えつつ、なんとなく落ち着かなくて椅子の上でもぞもぞとしていたら、向かいに座った古泉がクスッと笑った。
「そうかたくならず、楽にしてください」
「ああ……なんか、何もないんだな。殺風景というかなんというか」
「業務が忙しくてあまり戻れないので……寝るためだけの部屋ですから」
 だから本当にこんなに広いフラットじゃなくていいんですよね、と古泉は肩をすくめる。そんなもんかと内心でつぶやき、カップに口をつけた。
「それで、話ってなんだ?」
 コーヒーを半分ほど飲んだところで、そう切り出す。古泉は、いまだ微笑みをたたえたままの顔をあげた。
「聞きたいことがあるのは、あなたの方ではないですか?」
「それは、まぁ……」
 カップをテーブルに置いて、古泉を見る。相変わらずまだるっこしい奴だな。昔っからこいつはこんな風に、遠回しで思わせぶりな言い方ばっかりしてたっけ。
「じゃあ聞くが……お前は能力者≠ネんだよな?」
「はい。神人を殲滅するための特殊能力を持っています。だから僕の身分は正確には、涼宮閣下の副官にして幕僚総長、兼特殊空戦部隊中隊長ということになりますね」
 なんともにぎやかなもんだな。
「特殊空戦部隊の隊員はイレギュラーですからね。みな、別の部署で働いていて、神人が出現したときのみ出動するので」
「一体、いつからそんな力を?」
「自覚したのは、ごく幼いときですねぇ」
「じゃあ、学校にいたときにはもう……」
 ええ、と笑う顔に、なんともいえない気持ちになった。そんなこと、まったく気がつかなかった。3年間も同じ部屋で過ごしたのに。
「関係者以外には、隠さなければならなかったんですよ。そういう方針なんです」
「特殊空戦部隊のか?」
「まぁ、それも含まれていますね」
「それ“も”?」
 古泉は俺の疑問には答えず、ただにこにこと笑っていた。答えたくないのか、それともこれも“そういう方針”なのかもしれない。俺は仕方なく、肩をすくめて見せた。
「いいさ。どうせ俺は下っ端だ」
「そんなわけないじゃないですか。あなたなんて、むしろ中心人物ですよ」
「はぁ? 何言ってんだお前は」
 さっきから、何か重要なことをちらちらと示唆されながら、微妙に話を逸らされ続けている。こいつの話し方がまわりくどいのは確かに昔っからだが、いい加減イライラしてきた。
「古泉。言いたいことがあるならはっきり言え。まだるっこしくてたまらん」
「そうですか? では、あなたにひとつ、お願いがあるのですが」
「なんだよ。言ってみろ」
 思わず身構える。幕僚総長直々のお願いって、一体なんだ。古泉はテーブルの上で両手を組み合わせ、その上に顎をのせた姿勢で言った。
「軽々しく、“パートナー”を作ったりするのをやめていただけませんか」
「……はぁ!?」
「まぁ、あなたも若い男性ですからね、そういう相手を作って発散したいという気持ちはわかりますけど、あまり遊び歩かれるのも困るのですよ」
 いや、俺は別に、どうしてもパートナーを作りたいってほどでもないんだが……。なんだってそんなことを、お前に釘刺されなきゃならんのだ。
 すると古泉は、したり顔で目を閉じる。
「気にされる方がいらっしゃるからですよ。好きな相手が、女性と遊び歩く姿なんて見たくはないでしょう?」
「……それは、ハルヒのことか」
 ったく。またそれか。いい加減しつこいぞ。
 そう怒鳴りつけてやろうと座っていた椅子から身を乗り出したところで、思わず凍りついた。古泉が続けて言った、とんでもないセリフが耳に飛び込んできたからだ。
「どうしてもとおっしゃるなら、僕がお相手いたしますよ?」
 は……?
「別にかまわないでしょう? パートナーに同性を選ぶ人は、少なくないですしね」
「……古泉」
「はい?」
「そういう冗談は、笑えないからやめろ」
「おや? 別に冗談ではないですが」
 それほど悪い物件ではないと思うんですけどねぇ、なんて言ってる古泉は、確かにしごく真面目だ。まさか本気なのか、こいつは。
 俺は椅子に座り直し、額に手をあてて眉を寄せた。
「あー……申し出は嬉しいんだが」
「そうですか。では、パートナー契約しますか?」
「いや、その……お前も知ってると思うが、俺の出身地は田舎でな」
「イーストアジア地区ですよね。日本でしたっけ?」
 その通りだ。さらに言えば、その小さな島国である日本でも山奥の、年寄りの数が若い奴の数を大きく上回ってるような場所なんだ。いまだに昔の、古い風習が脈々と受け継がれているような。
「中央都市あたりじゃもう同性婚もめずらしかないが、俺の田舎じゃまだまだそういうのは異端視されててな。俺もそんな環境で高校生まで育ったもんで……できれば相手は、女の子がいい」
 士官学校は中央にあったし軍隊生活もそれなりだから、同性を相手にすること自体には偏見はない。お前だから嫌ってわけでもなくて、単に個人的な嗜好の問題なんだ、すまんな、と一応謝っておく。古泉はくすっと笑って、あっさりとそうですか残念ですと言った。
「コーヒー、おかわりどうですか?」
 聞かれてうなずくと、古泉は空のカップを持ってキッチンに立った。断られたことをさほど気にしていない様子にホッとして、俺はその背中に問いかける。
「俺にそんな申し出をするってことは、お前には今、そういう相手はいないってことか?」
 パートナー契約には法的拘束はないが、契約というからにはお互いに誠実に相対することが、暗黙のうちに求められている。一種の閉塞空間である艦内での、浮気やら二股やらに端を発するもめ事を避けるのが、この慣習の主目的みたいなものらしいからな。
「特にいませんね。忙しいですし」
 さらりと、古泉はそう答えた。見た目通り淡泊そうだなとの感想は、口にはしないでおくか。
「ふーん。お前なら相手なんて、選り取りみどりなんだろうになぁ。……というか、お前が選ぶとしたら、対象は同性ってことなのか」
 古泉は振り返らない。カチャカチャと、手元で陶器が触れあう音をたてながら、古泉は器用に肩をすくめた。
「いいえ。僕もどちらかといえば、女性の方が好きですねぇ」
「お前な、だったら俺なんかにもちかけんなよ」
「ふふ、すみません。誘われることが多いので、いちいち断るのが面倒で。あなたが相手なら気楽でいいかなー、なんてね」
「ふざけんな。俺だって男より、可愛い女の子の方がいいわ」
 あはは、と笑う声が、途中で不自然に途切れた。少しだけこっちを向いた古泉の視線が、ちらりと俺に向けられる。
「……そんなに女性がいいとおっしゃるのなら、涼宮さんのお気持ちを受け入れてさし上げればいいのに」
 息と一緒に投げ出すように、古泉はまたそんなことを言った。もう何度も繰り返されている応酬だったから、俺もいつもどおりに溜息をついて、またそれかよと答える。
「いい加減にしろ。ハルヒの気持ちなんて、お前の思い込みだって言ってるだろ。ハルヒにとって俺は便利な下僕だし、俺にとっては昔一緒にバカやった仲間、ついでに俺にとってのお前はかけがえのない親友だ」
 ふと、キッチンから聞こえ続けていた音が止まった。古泉は黙ったまま、なぜかドアの方へ歩いて行く。壁についているパネルを操作すると、ピッピッと連続した電子音が聞こえた。見るともなしに見たパネルには、ドアがロックされたことが示されていた。
「古泉……?」
 くるりとドアの前で振り返って、古泉は微笑む。いつも通りの笑顔で。
「困ったものですね、あなたの贅沢にも。僕もダメ、涼宮さんもダメだなんて」
「え……?」
「わがまま勝手にもほどがあるでしょう。……でもまぁ、それでもあなたは、あんな他愛のない、頭をちょっとなでるなんて仕草だけで彼女の精神を静めてしまうんですけどね。僕らが、あんな思いをしてまで処理しているものを」
 古泉が、近づいてくる。微笑んでいるのに、全然笑っているようには見えない。どうしたんだ、一体。
「本当に……どうしてあなたなんでしょうねぇ」
「こ、いず……」
 手首をつかまれ、ぐいと引っ張られた。勢い余ってつんのめり、転びそうになったところを受けとめられる。古泉の腕の中で、抱きしめられるような形になった。
「おい、離せ……!」
 俺のあげる抗議の声を、古泉は聞いちゃいなかった。身体にまわった腕に力がこもる。それは抱擁というよりも、拘束というべきだったろう。うろたえる俺の耳元で、古泉は低い声で囁いた。
「ねぇ。やっぱり、僕としましょうよ」
「な、なにを?」
「ですから、パートナー契約です。悪いようには、いたしませんよ?」
 耳朶を吐息でくすぐられて、ぞくっとした。反射的に古泉の身体を突き飛ばそうとしたが、俺のその腕は簡単に押さえられてしまう。
「離せ、古泉……! さっきも言ったとおり俺は異性オンリーだし、お前のことは親友だって……」
「申し訳ありませんが」
 古泉はさらに囁く。いかにも楽しくてしかたない、というように。
「――あなたのことを親友と思ったことは、今までに一度もありません」
「…………っ!」
 抵抗する力が、抜けるほどの衝撃だった。古泉はその隙をつくように、俺の身体を楽々と荷物みたいに肩に背負いあげる。そのまま数歩足を進め、投げ出されたのは間違いなくベッドの上だった。
「……っ、しん、ゆうじゃなければ、なんだ……っ」
 跳ね起きようとする俺の身体の上に、古泉が覆い被さってくる。こんなときにも古泉の綺麗な顔には、薄い微笑みが浮かんでいた。
 俺の問いに、俺がずっと親友だと思っていた男はにっこりと笑って答える。
「強いて言えば……邪魔者、でしょうか?」
 その冷たい声とうらはらな熱い唇が、俺の唇に喰いつくように重ねられた。




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(2013.04.14 up)
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次回エロ。
で、1話完の予定です。