Hello,world
01
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 マザーアースに発祥した人類が、母なる星を飛び出し、銀河系の外までその版図を広げはじめてから数世紀。
 その間に人類は、いくつかの惑星を開拓しコロニーを建設してはその場所に根を下ろし、世代を重ねてきた。民族闘争や独立戦争、衝突と和解とつかの間の平和を繰り返す歴史を経て、人々はやがて統一政府を築くに至った。銀河系第三惑星マザーアースに中枢を置き、広く外宇宙までその支配の手を及ぼす行政機関。それが、汎銀河連邦だ。
 まぁ、その成り立ちとか理念とかのくわしい説明は、専門書か歴史書のたぐいにあたってもらいたい。ざっとしたことを知りたいだけなら、ジュニアスクールの教科書を読むのがおすすめだ。少々偏っちゃいるが、概要がわかりやすく書かれているからな。
 俺が物心ついたころ、汎銀河連邦は戦争のまっただ中だった。
 とは言っても、俺がガキの時分に住んでいたのがマザーアースの東の端、イーストアジア地区のど田舎だったせいかな。戦争については、大人が戦況について話しているのを漏れ聞くか、情報媒体でちらりと見聞きするくらいだったから、あまり戦時中だという実感はなかった。外宇宙から突然帰還してきた、元移民船団の子孫たちとのもめごとに端を発したという戦争は、その時点で勃発から数年ほど経過しており、戦況は双方ともに膠着状態だったようだとあとから知った。
 戦況が一変したのは、今から8年前のことだ。まがりなりにも自らのルーツでもあるマザーアースを傷つけることを厭っていた敵側の指導者が、事故で亡くなった。そして彼に替わって新たな指導者となった者は、マザーアースへの畏敬を持たない人物だったそうだ。彼はそれまで禁じ手とされていた、惑星の生態系を破壊しかねない危険な武器を用い、汎銀河連邦とマザーアースへの徹底攻撃を開始した。
 戦いは激化し、戦禍は広がった。俺が住んでいた田舎にもその影響は如実に表れ、技術者だった俺のオヤジは要請を受けて前線基地へ出向していった。似たような話が随所で聞かれるようになり、俺や同級生たちものんきに学校に通っていられるような状況ではなくなった。いずれ徴兵制が敷かれ、学生も戦争に駆り出されるのではなどというまことしやかな噂も現実的になってきた。
 だが、戦いが激化しはじめてから1年後、ある日唐突に戦争は終わった。一体何がどうなったのか、よくわからなかった。が、ともかく敵対していた連中は撤退し、汎銀河連邦には数十年ぶりの平和が訪れのだ。
 それはそれでめでたしめでたしってとこなんだが……俺自身の環境は大きく変化しちまった。出向したオヤジは基地からとうとう帰ってこず、もともと身体が弱かったオフクロは心を病んで入院した。年の離れた妹は親戚の世話になることとなったが、ちょうど高校を卒業する年齢だった俺は自分の身を自分自身でなんとかしようと思案して、結局士官学校に入学することに決めたのだ。寮もあるし給料も出るし、ちゃんと卒業できれば就職先の心配もないしな。
 戦争は確かに終わったが、数十年も続いていた“戦争中”という体勢が完全に変わるには、まだ何年もかかるだろう。戦後復興の進み具合も場所によってまちまちだし、もめごとの類がなくなったわけでもない。軍そのものが無用の長物になる時代は、たぶんずっと先のことだ。
 だがそれでもとにかく、戦争は終わったのだ。今のところ軍の仕事といえば、戦後の後始末がほとんど。汎銀河連邦内での大小のもめごとや小競り合いへの介入、撤退した元移民軍への警戒、あと戦後の混乱を狙って横行する宇宙海賊たちへ対処とかそんなものだ。出世が望めない代わりに、そうそう命の危険もないだろうという打算の元、俺は冷や飯食いの軍人として平凡な人生を送るつもりでいたんだ。
 けれど俺のそんな思惑は、涼宮ハルヒなる人物に出逢ったことで大きく外れてしまった。まさか20代前半の若さで、一個師団の幕僚として最前線に駆り出されることになるとはな。
 まったく、人生何があるかわからんもんだぜ。



 エリート然とした我が昔なじみにして親友は、この師団の司令官補佐および幕僚総長として参謀本部を統括していると言った。エリート然どころか、まさにホンモノのエリート様ってわけだな。
 師団内では司令官閣下に続くナンバー2であろうこいつが、わざわざ俺の迎えになんて出向いてくれたのは昔の誼だとは思うが、他の兵士たちも大勢行き交う基地内部に足を踏み入れたら、いろいろと気をつけないといかん。さっきはつい、昔の調子で答えちまったけどな。
「我が艦では涼宮閣下があまり堅苦しいのを好みませんので、それほど気になさらなくても大丈夫ですよ?」
「そういうわけにはいきません。サー」
 人の往来が増えるにつれ、にわかに敬語になった俺に、古泉は苦笑してみせる。
「これから僕らはこの旗艦の幕僚として、ともに勤めていくのですし……僕たちとあなたが士官学校時代からの友人であることなど、すでに知っている者も多いですから」
 そうは言ってもな。こいつは俺より階級も上だし、幕僚総長だってんなら俺の直属の上司ってことになる。いくら昔なじみの友人同士でも、馴れ馴れしくしてたら部下にもしめしがつかんだろ。
「お気持ちは大変ありがたいですが、そのあたりは自分のけじめでもありますので」
「ふふ。そうですか。……変わりませんね、あなたも」
 そう言って古泉は、笑顔を見せた。3年間、誰よりも多くの時間を共有し誰よりも近くにいたはずなのに、やっぱりどこか本心の見通せない、作り物めいてみえる笑顔。お前だって変わらねえよと胸の内だけで言い返しているうちに、どうやら目的地に着いたらしい。古泉はドアを開け、広い室内に足を踏み入れた。
「閣下、お連れしました」
 正面に置いてあるデスクの向こうに座っていた人物が立ち上がる。
 着ている軍服はやはり、デザインは普通の将官クラスが着るタイプなのに色は鮮やかな赤という見慣れない代物だった。軍人にあるまじき派手さだとは思うが、腰に手を当て胸を反らし、トレードマークの黄色いリボンをなびかせて立つ、銀河系の中心たる恒星みたいに瞳を輝かせているこの女には、よく似合うと思う。
「来たわね、キョン! ようこそ、あたしの艦隊に!」
 そう。この女こそ、前代未聞の若さで一個師団を預かる艦隊司令官。涼宮ハルヒ閣下、その人だった。
「あんたは今日から、このSOS艦隊の作戦参謀よ。このあたしのために、キリキリ働きなさい!」
 相変わらずの高飛車極まりない言い方だが、悲しいかなハルヒは上官で、階級もずっと上だ。よくも学生時代のあだ名なんかでID登録しやがったなとか、下っ端だった俺にいきなり作戦参謀だなんて何を考えてやがるとかいろいろ言いたいことはあったが、軍人たる俺にできる返答はたった一言しかない。
「……イエス、マム」
 ハルヒの奴はそれを聞くと、あからさまに不満そうに口をとがらせた。
「なによその他人行儀な言い方! 普通に話しなさいよ、普通に。似合わないわ」
「そう言われましても、自分は部下ですから」
 確かにここはハルヒの執務室のようだが、プライベートな空間ってわけじゃない。立ち働いてる兵士も数人いるし、こんなとこでタメ口なんてきけるわけがあるか。
 俺がかたくなな態度を貫いていたら、ハルヒはぶちぶちと文句を言い、やがて後で憶えてなさいよとつぶやいて、ドサリと椅子に座り直した。
「まったく、キョンってば、相変わらず頭が固いんだから。でもまぁ、いいわ。これでやっと4人! SOS団完全復活まであと1人ねっ!」
 やっと4人? あと1人? 言われて俺は、思わず執務室の中をぐるり見回した。と、その気配を感じたのか、部屋の右側に据え付けられたコンソールの椅子がくるりと回転し、座っていた人物の姿があらわになった。
 白を基調とした制服が、マザーアースの凪いだ海みたいに静謐な瞳にしっくりとなじんでいる。一見感情をどこかに置き忘れたみたいな、だがわかる奴にだけはわかるゆらぎをたたえた表情でこちらを見ている小柄な姿が、そこにあった。――ああ、こいつともずいぶんひさしぶりだな。
「長門、か?」
 こくり、と長門有希はうなずいた。すっと立ち上がり、無言で敬礼するよく見知った姿に思わず返礼すると、古泉が背後から補足してくれた。
「彼女には、我が師団の情報参謀として参加していただいております。それと、すべての艦のシステムとセキュリティの管理も」
 ああ、そうだろうな。こいつの持つ、情報処理方面に特化された特殊能力。その力を生かすにはもってこいのポストだろう。情報量は膨大だろうが、さしたる苦もないに違いない。
 俺が、そう納得してうなずいた時には、長門本人はすでに再び端末のモニタへと視線を戻している。士官学校時代、つるんで悪さをしていたころは、古風な紙の本ばかりを好んで読んでいたが、今ではそれがモニタへと変わっているんだろうか。どっちにしても長門らしい。
 そうか。ハルヒと古泉と長門に俺、それで4人か。とすると、まさかあと1人というのは……。
 考えたのが顔に出たんだろうか。いつのまにかこっちを見ている古泉の視線に、ついうろたえる。そんな俺に、古泉はにこやかに言った。
「ええ。どうやら遠くの任地にいらっしゃるらしくて、呼び寄せるのに時間がかかっているのですけどね。閣下はいずれ朝比奈さんも我が艦隊の幕僚の一員として、兵站参謀に任官するおつもりのようですよ」
 朝比奈さん。朝比奈みくるさんは、士官学校時代につるんでいた仲間の中では唯一の上級生だった。今現在、彼女がどこに所属しているのかはわからんが、軍人らしからぬほんわか癒し系の彼女をこんな前線に引っ張り出そうってのか?
「あったりまえよ!」
 椅子にそっくりかえり、デスクの上に行儀悪く足を投げ出していたハルヒが、楽しそうに言い放った。胸を張って堂々と、まるでそれが、不変なる宇宙の法則かなにかであるかのように。
「あたしたちは5人そろってSOS団なんだから! ひとりだって欠けるのは許されないのよ!」
 どうやらハルヒの奴は本気でこの第7師団の幕僚を、士官学校時代の訳分からん集まりのメンバーで固めるつもりらしい。仮にも汎銀河連邦宇宙軍の艦隊をなんだと思っているのか。公私混同も甚だしい。
 ちらりと視線を向けた古泉も、そのことに何も文句や諫言はないようだ。そういやこいつは昔から、ハルヒの言葉に逆らうことなんて、一度もなかったっけ。
 言っても無駄なのだと早々に悟った俺は、いつのころからか身についてしまった口癖を、溜息とともにこっそりと吐き出した。
 ――やれやれ、だ。



「つっかれた……」
 ハルヒの執務室を辞したあとは、参謀本部へ挨拶に行ったり、諸々の事務手続きをこなしたりと大忙しだった。合間を縫って食堂で簡単にメシを食ってから、ようやく自室にたどり着いたときは、すでに銀河標準時を示す時計は23時をまわっていた。
 俺のプライベートスペースとして割り当てられたのは、ごく普通のフラットだった。ベッドと端末と簡易シャワーがついてるだけのそう広くもない部屋だが、一人部屋ってだけで充分にありがたい。
 とりあえずベッドに倒れ込み、今日はシャワーも省略してすぐ寝るかと、乱暴に靴を脱いでそのへんに放り投げた。起床時間をセットするため枕元のコンソールをいじっていたら、いきなりコールが鳴って、インターフォンが来客を告げた。確認すると、どうやら訪ねて来たのは古泉だった。
『お休み中ですか?』
 その声に、大丈夫ですと返事して、フラットのドアを開ける。と、古泉の背後に部下らしき兵士が何やら抱えて立っているのが見えたので、とっさに敬礼した。
「わざわざのお運び、恐れ入ります。何かご用でしょうか?」
「あなた用の制服を持ってきました」
 そう言って背後に合図すると兵士が入って来て、端末の乗ったデスクに抱えていた荷物をおろす。パッキングされた包みをいくつか重ねて、兵士はさっさとフラットから退出した。
「ご苦労様。もう戻ってけっこうですよ」
 古泉の言葉に従い、兵士は敬礼して去っていった。一方で古泉はといえば、そのままフラット内に足を踏み入れ、ドアを閉める。俺は思わず肩の力を抜いた。
「本日は、お疲れ様でした」
「ああ。ホント疲れたぜ……」
 俺より間違いなく激務であろう幕僚総長殿にそんな使いっ走りをしてもらい、あまつさえねぎらわれてしまって恐縮だとは思う。が、今は勤務時間外でプライベートな時間のはずだ。俺たち以外の目もない。昔通りの態度に戻ったって、かまわねえよな?
「わざわざすまんな。こんなもん持って来させて」
「いえ、どちらかといえば届け物が口実です。ルームメイトとの数年ぶりの再会なのですから、凉宮さんたちより一足早く、旧交をあたためさせていただこうと思いまして」
「そっか」
 にやりと笑って、俺は古泉に近づき軽く肩をこづいた。
「ホント、ひさしぶりだよな。元気にしてたのか、お前」
「ええ。あなたもお元気そうで何よりです。月基地にいらしたと聞きましたが」
「ああ。あちこち行ったが、月が長かったかな。そういうお前は、ずっとハルヒについてたんだろ? 噂はいろいろ聞いたぜ」
 凉宮ハルヒの派手な活躍や常勝神話とともに俺の耳に入って来ていたのは、あいつの影とも右腕とも言われる副官の噂だった。名前なんて聞く前から、俺にはそれが誰のことかわかってたさ。あんなめちゃくちゃな無軌道娘につきあえるやつが、そうそういてたまるか。
「そうですね。ずっと凉宮さんのお供をしていたおかげで、僕も不相応な出世を果たしましたよ」
 古泉は肩をすくめ、おどけた様子でそう嘯く。よくいうぜ、と言う俺の悪態にも古泉はただニヤニヤしてるだけだった。
「あなたは明日から、さっそく本部詰めですよね。期待していますよ」
 ああ、そうだった。突然の抜擢のせいなのかちょっとぎくしゃくしてる針の筵に、明日から座りにいかにゃならんのだった。
 期待なんかされても困るんだがな。確かに俺はずっと作戦部にいたが、ただの下っ端でしかなかった。単独で立てた作戦案が採用されたことなど、まだ一度もない。
「模擬戦闘の授業のときは、いつも素晴らしい成績だったじゃないですか。僅差だったにせよ、涼宮さんに勝ち越したのはあなただけでしょう? 派手な勝ち方はしないけれど、とにかく友軍の生還率がずば抜けていたと記憶しています」
「積極性がない、これじゃ敵を殲滅することは出来ないってD評価しかくれない教官の方が多かったけどな」
 士官学校の教官は、あたり前だが軍属だ。勇ましさや猛々しさを尊ぶ風潮のある軍においては、戦略は派手に攻め込み一機でも多くの敵を殲滅するような作戦が評価される。防御と補給に重点を置く俺の立案はすこぶる評価が低く、臆病者の作戦だなんてあからさまに揶揄されることもままあった。まぁ、聞き流してたけどな。勇猛果敢に攻撃して華々しく散るなんてのは、俺の性分じゃない。そういうのは、他の奴に任せるさ。
「ふふ。実にあなたらしいですね」
「どういう意味だ」
「言葉通りですよ。……あ、そうだ。制服、着てみてくださいよ。もしサイズがあわなかったら取り替えますから」
「制服なら、予備もあるから別にいい……って、なんだこりゃ」
 古泉がパックから手早く取り出し渡してくれた制服は、形は普通だった。が、色が……こんなブルーのやつなんて見たことないぞ。
「涼宮さんのご要望でね。我が艦隊だけのオリジナルカラーなんですよ」
 そういや基地内ですれ違った中でも、ちらほらと見た気がするな……。
「みんな同じ、暗い色の軍服ばっかりじゃ気が滅入るとおっしゃって。作戦部はみなさん、青系統の制服を着てらっしゃいますよ。情報部は白で、兵站は補給や医療などジャンルごとに色分けしてあります」
「ハルヒのは赤だったな」
 はい、と古泉は、不承不承着替えるために服を脱ぐ俺を眺めながらうなずいた。
「涼宮さんの赤い軍服は、彼女のためだけの特別あつらえです」
 なるほどと思いつつ、軍のお偉いさんたちがよく許したなと感心する。士官学校時代から、ハルヒのわがままは、なんでだか通っちまうことが多い。実は何か、強力なコネでもあんのかね?
「ああ……よくお似合いです」
 白いハイネックのアンダーシャツにブルーの上下、階級章のついたベレー、そして手袋。サイズはどうかと腕や足を動かしていると、俺の着替えなんてしょうもないものを飽きずに眺めていた古泉が、感心したように言った。
「さすが、涼宮さんのお見立てです。青がよく似合いますね」
「単に、参謀本部の制服が青だったってだけだろ?」
「凉宮さんは、最初からあなたを作戦参謀に抜擢するつもりでしたからね。ちゃんと、あなたに似合う色を選ばれたんだと思いますよ?」
「まさか。んなわけねえだろ」
 また始まった、と俺は溜息混じりに失笑する。
 そりゃ、学生時代は確かにずっとつるんじゃいたが、あいつにとって俺は雑用係だの使いっ走りだの、ようするに便利な下僕だ。わざわざ似合うの似合わないのなんて、考えてるわけがないだろうが。
「たまたまこの色があまったとか、そんなとこだろうよ」
「まったく、あなたって人は……」
 古泉が笑顔のまま、肩をすくめる。
「まだそんなことを言ってるんですか? 本当に困った人ですねぇ」
「お前こそ、まだそんな世迷いごとを言ってるのか。お前の勘違いだって、何度も言っただろうが」
「何度言われても、凉宮さんのあなたへの好意は疑いようがないですよ。おそらく今でも彼女は、一途にあなたを想っているはずです」
 これだ。本当に、どこからこんなとんでもない誤解が生まれたんだろうなぁ。
 古泉の奴は学生時代からずっと、しつこくこんな主張を俺に聞かせてくる。この野郎はどういうわけだか、ハルヒが俺に気があるのだと信じて疑わず、しかもその主張のもと俺を焚きつけて、ハルヒとくっつけと推してくるのだ。どう見たってそんなわけないってのに。俺なんか、いいとこ下僕だって言ってんだろ。
「あいつにはそもそも、そういう発想がないんだ。ハルヒの頭ん中は終始、面白いことや不思議なことを探して楽しもうってことでいっぱいで、フツーの女みたいに恋愛ごとで一喜一憂してる隙間は1ミクロンもないんだよ」
「そう言って、ご自分の中の気持ちを否定するのもどうかと思いますけど。あなただって涼宮さんのこと、憎からず思っているのでしょうに」
 ほんっとにしつこいな。そりゃハルヒのことは、面倒な奴だとは思うが別に嫌いじゃない。が、そういうアレじゃないんだって、これも何度も言ったよな?
 あんまりくどいんで、俺は逆襲してみることにする。わざとらしく揶揄する口調で、古泉の方に顎をしゃくってみせた。
「そこまでしつっこく言うって事は、お前の方がハルヒに気があるんじゃねえのか。試しに口説いてみろよ」
 いくらハルヒでも、お前みたいなイケメンエリートでしかも頼りになる副官とくれば、少しくらいはぐらっとくるだろうよ。実際、“不沈の女神”なんて呼ばれてマスコミに持てはやされるハルヒの恋のお相手として、凄腕副官の噂が飛び交うゴシップ誌の紙面を何度も見たことがあるぞ。
「……いままで僕が、それを試みなかったとでも?」
「えっ……!?」
 マジびっくりした。やったのか。
「まぁ、文字通り試しに、ですけどね。どうですかと聞いてみたら、古泉くんらしくない冗談ねと笑われただけでしたよ。撃沈です」
 そんなことを言う古泉の様子は、さして残念そうでも傷ついた風でもない。本当に、ちょっと試してみただけなのか? 噂が噂のまま、何度浮上してもそのまま消えていくだけなのは、本当に双方にその気がまったくないせいなんだろうか。
「お酒が入っていたこともあって、酔ったあげくの戯言だと思われてしまったようでした」
「そりゃお前、タイミングが悪すぎたんじゃねえの」
「かもしれませんね」
 だからあなたも試してみてくださいよなんて、どさくさに紛れて言いやがるのに、やなこったと返す。それから皺にならないうちにと、とりあえず新しい制服を脱いでベッドに放った。アンダーシャツのみの姿でベッドに身を投げ出すように座ったら、古泉がくすっと笑う声が耳に入った。
「なんだよ」
「いえ、そんな姿を見てると、なんだか学生時代に戻ったみたいだなぁと」
「あー、そうだな。上官の前でするような格好じゃないな。申し訳ありません、古泉幕僚総長殿」
「あはは、やめてくださいって。……おっと」
 気安い冗談を交わしていたら、ふいに古泉の手首あたりでコール音が鳴った。腕についている通信ユニットに、赤い光が明滅している。それをちらりと見て、古泉は残念そうな顔で、すみません呼び出しですと言った。
「せっかくの再会ですし、もっとゆっくりお話したかったのですが」
「しょうがないだろ。幕僚総長ともなると、さすがに忙しいな」
「中間管理職なんて、使いっ走りみたいなものですからね。――それでは」
 あわただしく席を立ち、古泉は脱いでいたベレーをかぶり直す。ではまた、と踵を返してドアに向かう後ろ姿に、俺は声をかけた。
「ああ。わざわざ時間作ってくれてありがとな。来てくれて嬉しかったぜ。やっぱり持つべきものは親友だよな」
「…………」
 ピタリと、古泉はドアのだいぶ手前で一瞬足を止めた。ど、どうした?
「……古泉?」
 俺の呼ぶ声に振り返らないまま、古泉は再び動きだし、ドアを開けて廊下に足を踏み出した。思わずあとを追い首を傾げて見送る俺の前で、ようやく振り返った古泉の顔は、拍子抜けするくらい通常営業の笑顔だった。
「では、明朝に。遅刻は厳禁ですよ」
「……了解です。サー」
 にっこり笑って古泉は、廊下を歩いて行く。その背中を俺は、なんとなく釈然としない気持ちを抱えて見送ることとなった。


                                                   NEXT
(2013.03.25 up)
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設定いろいろ。
なるべく原作を踏襲しようとしています。