Hello,world
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※ ・SF知識はほぼないので、どこかおかしかったり有名商業作品をぱくっていたりします。
  ・戦術戦略をめぐらしての艦隊戦とかはありません。

<prologue>

「3年間、ありがとうございました」
 そう言ってあいつは、いつも通りの微笑みで手を差し出した。無事に士官学校の卒業式を終えた、その夜のことだ。
 3年間の在学中、ずっと寝起きしていた寮の一室。もう荷物もすっかり片付いて、備品のベッドや机の他には、身の回りのものを詰めたバッグが床に置いてあるだけという寒々しいその部屋を眺めていたら、隣で同じように立っていたルームメイトが、ふいにそう言ったのだ。
「あなたのおかげで、とても有意義な毎日を過ごせたと思います」
「お、おう。あらためて言われると照れるな」
 差し出された手を握り、俺はあいてる方の手で頭を掻く。入学以来、実務で別々の部隊に配属されたとき以外はずっと同室で起居をともにし、すっかり気心も知れている相手にそんなふうに言われると、なんとなく面映ゆい。
「俺も、お前がルームメイトでよかったぜ。確かアカデミーに進むんだよな?」
「はい。幸い、推薦をいただけましたので」
 アカデミーってのは通称だ。つまり士官学校のさらに上の、上級士官学校がそう呼ばれている。入学を許されるのは難しいが、卒業するのはさらに難しい。ただし、卒業後は輝かしいエリートの道が用意されている、そういう道をこれからこいつは歩むんだな。
「大変だろうが、がんばれよ」
「はい。あなたも……いずれ、配属先でご一緒できる日を楽しみに」
「そうだな。まぁ、そんな偶然もいずれあるかもしれん」
 次にこいつに会うときは、こんな風に気楽に話なんかできないくらい階級が離れてるんだろうなと思いつつ、俺はそう答える。あいつはそれに、ふふ、と小さく笑って、そうでもないと思いますよと言った。
「あなたとは、きっとそう遠くない未来に、肩を並べて戦いに赴くようになる気がします」
「そりゃ、大出世だな」
 こいつと肩を並べてなんて、どんな大手柄を立てれば可能なんだか。
 そのときの俺は、あいつのその言葉をただのおだてまじりの冗談と受け取って、笑い飛ばしていつものように肩を抱いた。
「まぁ、そんな日が来るまで、お互い死なないように頑張ろうぜ、親友!」
 はい、とあいつは頷いたと思う。だけど、そのときの曖昧な微笑みが、やけに俺の胸に引っかかった。
 いつも本心が見えないような、思わせぶりな微笑みや言い方をする奴ではあった。けれどその時の顔は、何か俺に言いたいことがあるのを無理やり飲み込んだみたいに感じられて、消化不良のまま俺の記憶に残り続けることになったのだ。



 ――そうやって俺たちは別れ、数年がたった現在。
 まさか、あいつが言ったそう遠くない未来≠ェ、本当に実現することになるとは夢にも思わなかったぜ。
 汎銀河連邦宇宙軍第9艦隊所属第7師団、通称SOS艦隊≠フ拠点基地へと向かうシャトルの中、スクリーンに映る宇宙空間を眺めて、つい溜息をつく。
 俺は今、なんの前触れもなく突然通達された移動命令に従い、新たな任地へと向かっているところだ。なんだかよくわからない理由でいきなり昇進もしたし、いささか特殊な部隊とは言え一個師団の幕僚となるらしいから、間違いなく栄転ではあるのだが……配属先で待ち受けている人物が誰なのかを考えると、溜息も深くなるというものだ。
 涼宮ハルヒ、という希有な人物に関する噂は、もちろん俺にだって聞こえていた。
 難関のアカデミーをトップの成績で卒業した彼女は、一個小隊を率いてどこぞの辺境惑星のいざこざを迅速におさめたとか、辺境で“営業”中の宇宙海賊たちをやつらの半分の戦力でたたきのめしたとか、HDシステムの事故で遭難しかけた乗艦を艦長代理として指揮して無傷で帰還させたとか、噂にしても盛りすぎじゃないかと思うような武功を重ねてトントン拍子に昇進し、ついには艦隊を指揮統率する権限が与えられた。俺と同じまだ20代半ば、しかもうら若き女性の身でありながら、涼宮ハルヒは少将の階級を得、艦隊の司令官として閣下≠ニ呼ばれる身分となったのだ。
 つまり、俺がいま向かっているのは、その涼宮ハルヒ閣下が統べる艦隊の拠点基地だ。閣下直々のお召しにより、なぜか俺はそのSOS艦隊とやらの参謀本部に配属されることになっている。
 もう一度、深く溜息をつく。まったく、なんで俺なんだ。
 まぁな。さっきも言ったが、これが軍人としては驚喜するべき得難い幸運だってことはわかっている。涼宮ハルヒの本性を知らない昨日までの同僚の中には、あからさまな嫉妬の視線を送って来る奴だって複数いた。
 だが俺としてはなぁ……出来ることなら替わって欲しいぜ。俺は別に、がんがん昇進して軍人としての栄達を極めようなんて思っちゃいないんだ。せっかく士官学校を無事に卒業して入隊したのだから、あとは分相応にゆっくり昇進し、ケガしたり死んだりしないような暇そうな部署で無難につとめあげて、退役の日を待ちたかったのに。あいつの指揮下に入ってしまえば、そんな穏やかな軍隊生活ももはや夢のまた夢だ。
 そう。俺はその涼宮ハルヒをよく知っている。士官学校時代、きっかけは忘れたが何かの縁で知りあいになり、その後3年間あいつの突拍子もない思いつきと無駄に旺盛な行動力に振り回され、俺と俺のルームメイトを含めた仲間数人でつるんで、学校中を巻き込んで様々なことをやらかした。
 規律に厳しい士官学校で、よくもまぁ退学にならなかったものだとつくづく思うが、それはひとえに、どうやらそのころから希有な才能を認められて特別扱いされていたハルヒ本人と、学年次席(主席はハルヒだ)のエリート候補生な俺のルームメイト、そして情報処理方面に特化した特殊能力を有していたもうひとりのメンバーのおかげじゃないかと思っている。
 そんなメンバーで作っていた団体を、ハルヒはSOS団と称していた。世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団≠フ略称だと言っていたが……まさか自分の艦隊にまでその名をつけているんじゃあるまいな? 第9艦隊は確か、黄道十二宮の星座の名が冠された9番目の艦隊で、サジタリウスなんとかという通称がついていたはずだから、SOS艦隊の少なくともひとつのSはそれのはずだ。よな?
 到着前からすでに不安要素しか頭に浮かばない状態の俺を乗せたシャトルは、やがて目的地である拠点基地のドックへと進入していった。
 着艦したシャトルから下船したのは、俺一人だった。
 さて、まずはどこへ行きゃいいんだとキョロキョロしていたら、ポートの出口らしいハッチが開いた。そこから、形はスタンダードだがあまり見かけないグリーンの制服を着た人物が入ってくる。そいつがあたりを見回し俺に気がつく前に、俺にはすでにそいつが誰かわかっていた。
「ようこそ、我が第7師団――通称SOS艦隊拠点基地へ。……おひさしぶりですね」
 汎銀河宇宙軍のダサいと評判の軍服を、ムービーの俳優かファッション雑誌のモデルみたいに着こなして。柔らかそうなブラウンの髪が縁取る秀麗としか言いようのない非の打ち所のない美貌に、にこやかな微笑みを浮かべている男。
 ああ、そうだな。士官学校の卒業式以来だ。
「ひさしぶりだ。変わってねえな。……古泉」
 エリート然とした佇まいも、本心の見えにくいその笑顔もまるで昔のまま。俺の元ルームメイトにして親友だった、古泉一樹がそこに立っていた。


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(2013.03.25 up)
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約1年ぶりの射手座編。
SF知識はほとんどないので、たぶんおかしなことを書いていると
思いますが、適当に脳内補正して読んでやってください。
先が見えない。