瞳閉ざさず愛を語ろう
05

 何を言われたか理解した彼の顔が、じわじわと赤く染まっていく。
リビングの照明は、皓々と点いたままだ。天井にとりつけられた蛍光灯のまぶしい光が、僕たちの上に降り注いで、すべてをくっきりと照らし出している。
 彼が、明るいところで行為に及ぶのを恥ずかしがることは、もちろん承知の上だ。だから、以前にキッチンで事に及んだときも、彼自身には見えないようにエプロンをしたままだったし、挿入のときはバックからにした。
 だが、今日はそうはいかない。こんなことよりほかに、方法が思いつかない。
「……っあ! ダメ、だっ」
 スカートをめくろうとしたら、彼があわてて身を起こして裾を押さえた。今日はそんな抵抗には屈しないと、強硬に嫌がる彼のその腕をひきはがし、無理やりスカートをまくり上げる。すると、なぜ彼がそんなに嫌がっていたのかがすぐに判明した。
「おや……これは」
 観念したように、彼は顔を真っ赤にしたままそっぽを向き、必死で視線をそらしている。
「本格的ですねぇ……僕もさすがにこれは、履きませんでしたよ?」
「る……さい。トランクスだと……裾からチラチラ見えて、気になったんだよ……っ」
「なるほど。でも……ふふっ、ちょっと窮屈そうですね」
 彼がスカートの下に穿いていたのは、女性用の下着だった。森さんから一式を渡されたとき、セットの中に入っているのには気づいたが、なんとか勘弁してもらったものだ。
 白いレース付きの小さな下着は、平常時にはとりあえず機能を果たしていたのだろうが、すっかり固く勃ちあがっている状態の彼の性器を、今は半分も収められていない。布地を押し上げくっきりと形を浮かび上がらせつつ、さらにウエスト側から先の部分が露出し、先端から先走りの汁がこぼれて布地を濡らしている。蛍光灯の明かりが容赦なく照らし出すその光景は、やけに倒錯的で淫猥だった。
「あんまり、見……るな」
「どうしてですか?」
「だって、そんなもん……」
「すごくいやらしくて……そそられる眺めですよ。ほら、僕ももうこんな……」
 とっくに臨戦態勢の自分を、前をくつろげて取り出してみせる。恐らく、自分以外のそんな状態のものを、明るいところでじっくり見たことはないのだろう。彼の視線は吸い寄せられるようにこちらに向かって、途端に火が付いたように顔を真っ赤に染めた。瞬間、彼自身に自覚はないだろうが雰囲気が変わる。淫靡な、とでもいうべきだろうか、そんななんともいえない気配を感じて、さらに勢いが増したのが自分でわかった。
「うわ……! なんで、さらにでっかくしてんだ馬鹿!」
「そんなの、あなたを見てるからに決まってるでしょうが」
 グイと彼の身体を抱き起こし、ソファに腰掛けた僕の膝の上に座らせる。指でウェストゴムの部分をひっかけ、少しだけ下に引くと、窮屈に押し込まれていた彼の性器全体が、飛び出すような勢いで姿を現した。
「やめ……っ!」
 隠そうとする彼の手を押さえ、それにスカートをかぶせた。短いスカートの裾を押しあげる性器を布地ごと押し包んで刺激する。小さく声を上げて肩を震わせる彼の耳元に唇を寄せながら、自分のものも布の中に潜り込ませて、彼のそれと触れあわせた。
「まだ触ってすらいないのに、この状態ですよ。……わかるでしょう? 全部、あなたのせいなんです」
 左手で彼の前髪をかきあげて額に口づけ、鼻を通って唇、頬、顎へと唇を這わせる。そうしながら右手では、自分のと彼の性器をスカートの布ごとまとめてつかみ、先端同士を擦りあわせるようにした。くちゅ、という水音とともに、そこからゾクゾクと快感が背筋を這い上る。
「っあ……あっ、……それダメ……だっ……」
「目を、閉じないで……ちゃんと見て……」
 いつの間にかぎゅっと固く閉じてしまっていた目蓋を、ぺろりと舐める。すると彼は恐る恐る目を開けて、すぐに正視に耐えないというようにまた閉じてしまう。
「ダメですって……」
「だって……なんか、見てらんね……っん!」
「そのわりには、腰が動いてますよ?」
 腿の上にまたがり膝をソファについた体勢の彼は、いつのまにか自分から擦りつけるように腰を動かしている。水気を含んで動かしにくくなったスカートをめくり、直接擦り上げる。外気にさらされたそれはもうずぶ濡れで、照明の光を反射して光っていた。
「やらしい……」
「言う……なっ……」
 グチグチと水音が響く。荒い息をつき、腰をガクガクとゆらして、彼はとうとう僕のシャツを握って、胸にしがみついた。
「っあ……は、あ……も、出っ……こいず……っ」
「僕も……っ」
 ほぼ同時に僕らは達して、お互いの手と腹のあたりに精液を吐き出した。彼は震えながら断続的な射精に耐え、何度も小さく声を漏らす。そんな彼に息を整える暇すら与えずに、僕はかみつくようにキスをしつつ、手の平に吐き出された二人分の精液を潤滑油として、彼の奥に指をねじ込んだ。
「ひ……!」
 ビクン、と彼の体がはねる。逃れようとする身体を再びソファの上押し倒し、脱げかけていた下着をはぎ取って、膝の裏を押さえて足を大きく開かせる。スカートが完全にまくれあがった恥ずかしいポーズのまま、僕はさらに羞恥を煽るように、わざと音をたてて彼の中を探った。
「や……やめろ……! うぁ……」
「何を言ってるんです……あなたのココ、もう勃ってますよ?」
 出したばかりなのにもかかわらず、再び頭をもたげている彼の性器には触れず、ひたすら中をかき回す。指が前立腺をかすめると、彼は殺しきれずに声を上げ、さらにビクビクと身体を痙攣させた。
「何から何まで丸見えです……すごく、可愛いですよ」
「…………っ」
 そう言って頬にくちづけると、彼の顔が泣きそうにゆがんだ。ぱくぱくと唇が動く。何か言いたそうなのを察して、僕は手を止めて何ですかと聞いた。
「――お前は、いつもそんな風に、言うけど、な」
 苦しそうに息を吐きながら、彼が言う。手を止めたまま、言葉の続きを待った。
「可愛いとか、綺麗だとか、そりゃこういうことするときの、定番セリフなのかもしれないけど、さ」
 僕が手を止め指を抜いたことで、少しだけ彼は落ち着き、溜息のように後を続ける。
「……リップサービスはもう、たくさんだ。自分が平凡な、どこからどう見たって普通の一般人だなんてこと、わかってるんだ。一体どこが、お前が力説するほど魅力的なのか、俺自身にはさっぱりわからない」
「そんな、リップサービスなんて」
 言おうとした言葉を遮り、彼は目を伏せた。
「黙って聞け。だから俺は……俺はな。……いつまでお前が、俺の身体に、萎え、ずに、いてくれるのかって……考えると」

 怖くて。そう、彼はつぶやいた。



 そうか、と僕は息を飲んだ。
 僕や、彼の周囲の大部分の人は、彼が魅力的な人だなんてこと、当たり前に知っている。先日、酔って会長に力説した通り、彼はとてもモテる人なのだ。だが彼本人は、そんなことをカケラも思っていなくて、どう伝えても物好きなやつだな、と一蹴されてきた。そのことについては、僕はこれまでさんざんに鈍感だなんだと腐っていたが、実は違っていたのかもしれない。
「萎えるって。僕が……あなたに?」
 小さく、彼はうなずく。
「好きだって気持ちに、外見とか性別とかが関係ないってのは、俺だって身をもって知ってるさ。好きな相手なら、どんな容姿だって魅力的に見えるってことも、あると思う。……けどな、そんなの綺麗事なんじゃないかって思っちまうのも、しょうがないんだ。特にこういう……セックスとかに関しては」
 抱くならやっぱり女の子の身体の方がいいっていうなら仕方ないし、という彼の声は、力をなくし沈んでいた。
「だったら、スカート穿くくらいしてやろうかと思ったんだ。まぁ、逆効果にしかならんということがわかっただけなんだけどな」
 やっぱり、と思う。僕は彼のすべてが大好きすぎて、ただ自分は彼にふさわしい人間なのだろうかと悩むばかりだった。彼は強い人だから、という思い込みに甘えていた。
 まさか彼自身もまた、僕に求められるものに自分が応えることができているのかと不安に思っているなんて、考えもしなかった。
 ああ、僕はまた、以前と同じあやまちをくりかえすところだったのか。

「では……あなた自身はどうなんですか?」
「え?」
 いつのまにかそらされていた彼の目が、僕を見上げる。
 彼が僕を望まないだろうと勝手に思い込んで、先に進むことを躊躇した、以前のあやまち。彼もまた本当は望んでいながら、怖くて不安で自信がなくて、その場から動けなかった。そんな過ちを、同じ間違いを、くりかえすわけにはいかない。
 ちゃんと伝えなければ。僕も彼もお互いに不安なのだと。確かなものなんてまだなくて、お僕らは互いとの関係や絆を、手探りで築こうとしている途中なのだと。
 僕は間抜けな姿なのを承知の上でシャツの前をはだけ、スラックスから半端にのぞいている性器も見えるように彼の目前にさらした。
「よく見てください。僕だってほら、ごく普通の一般的な男です。あなたはそんな僕の身体を見て、やっぱり男だなと萎えたりする?」
 嫌そうに眉を寄せ、彼はムッとした顔で言い返す。
「嫌味かそれは。……お前は、どこもかしこもイケてるじゃねえかよ。ツラもいいし、スタイルもいいし、いつもいい匂いするし、声エロいしっ」
 な、なんだかすごい勢いでデレられているような……。今まであまり面と向かってほめられたことはないのだが、実はそんな風に思ってくれていたのか。
「お、お褒めにあずかり恐縮至極ではありますが……ではあなたは、僕がたとえば顔に傷を負ったり、片方の腕をなくしたりしたら、好きじゃなくなりますか?」
「腕って……」
 とたんに、彼の顔が曇る。ああ、これは例えが悪かった。今はもうほぼないが、数年前まで僕は、いつそうなってもおかしくない境遇にいたのだ。傷どころか命さえおびやかされる日々に、彼が心を痛めてくれていたのはよく知っていたのに。
「すみません。例えが悪かったですね。では……そうですね、僕が太ってしまったり、禿げたりした場合、ならどうです?」
「ハゲ? お前が?」
「20年ぐらい先の未来なら、ありえなくはないですよ?」
 何を想像しているのか、彼はしばらく顔をしかめながら、僕を凝視していた。が、やがて少し困ったような笑みを口元に浮かべる。
「あんまり想像つかんな。お前はいくつになっても、そのままのような気がする。……でもまぁ、デブになろうが禿げようが、お前がお前なら俺はかまわんと思うぞ」
「そうでしょう? 僕だって同じです。……あなたがあなたなら僕は、太ろうが禿げようが総白髪になろうが、欲情する自信がありますっ!」
「お前はまたそういうマニアックな……」
「ですから、裸エプロンだのセーラー服だのは、あなたに付属するオマケ要素に過ぎないんです。いつも買ってるペットボトルにオマケのフィギュアがついてたらちょっと嬉しい、くらいのささいな問題です」
 彼はまた眉を顰め、お前の例えはわかりにくいんだよ、と文句を言う。僕が笑ってその唇にそっと唇で触れると、今度はなんの抵抗もなく受け入れてくれた。

「すみません……不安にさせてしまって」
 ずっと心にあった不安とはいえ、表面化してしまった原因は、僕のこの2週間の不審な態度なのだから、それは謝らなければいけないと思う。
「まぁ……俺も、しょうもないことで悩みすぎた……かも……しれん」
「それなら、信じてもらえますか? 僕が、あなたのすべてに魅力を感じているってことを?」
「う……まぁ、な」
 そう言ってまた目をそらす彼は、まだ多少信じ切れずにいるようだ。
ならば、やはりここで引くわけにはいくまい。
 僕はもう一度彼にくちづけ、舌を差し入れて彼の舌をからめとりながら、上着の裾から中に手を入れる。ウエストをなで上げると彼は、ビクリと身体を震わせた。
「ま、待て! 結局、このままする気なのか!?」
「ええ。せっかく、あなたが自ら着てくださっているわけですし」
「好きで着たわけじゃねぇ!」
 そうだな。彼はこんな服を着てまで、あきらめずに僕に歩み寄ろうとしてくれたのだ。本当に、僕は果報者だと思う。
「あ、明かりも消さない、つもり、か?」
「当たり前です! 僕があなたにどれほど欲情するか、その目でしっかり見てもらうと言ったでしょう!?」
 とりあえずさっきの続きとばかりに、僕は閉じかけていた彼の脚をさらに持ち上げて開かせ、奥に指を入れてほぐしはじめた。ついでに性器の先端をぐりぐりと触ったら、萎えかけていた彼も簡単に固くなった。
「……っあ、あ!」
「ほら、目を閉じないでちゃんと見て……ここに、入るんですからね」
「……っやぁ」
 いつもならもっと時間をかけて愛撫して、意識が朦朧とするくらいまで気持ちよくさせてから挿入にかかる。少しでも彼が痛くないようにと、つい頑張ってしまうから。だけど今日は、ちゃんと僕を実感して欲しいから、僕はゴムもつけないままで彼のそこに自分をあててねじこんだ。
「……っあ」
 ぐっと腰をすすめると、彼の顔が苦痛にゆがむ。ちゃんとほぐしたから痛くはないと思う。だけど意識がクリアなままの状態のせいで、苦しいかも知れない。彼は脚を限界まで開き、ソファの表面にきつく指を食い込ませて衝撃に耐えている。我ながらひどいと思うけれど、苦しそうな、かつ健気ですらある彼のそんな姿にさえ、僕はひどく煽られてしまう。
「見えますか……? ほら、つながってるところ……」
「んっ……あ、こいずみっ……」
 不安げなまなざしで、伸ばされる手。僕はその手をつかみ、指先にそっとキスをした。
「信じてください……僕は、あなた以外を欲しいとは思わない」


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                                                      NEXT
(2011.07.31 up)
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なんかいろいろと具体的です。
なんかすみません。

そしてまだ続く