月のことのは
00

※便宜上、古泉→キョンの順で載せていますが、ペーパーの時は両A面のつもりでした。
 どっちが先でも後でもない感じでお読みください。

【月のことのは -side I-】


 涼宮さんたちが先に帰宅し、彼とふたりきりになった帰り道。ふと頭上を見上げると、すっかり暮れた空に綺麗な月が上がっていた。
 そういえば今日は、中秋の名月であったはずだ。今年の名月は確か満月ではなかったはずだが、それでも濃紺の夜空にひときわ輝くその姿は充分に美しい。
 道を照らす月明かりの中、彼と並んで黙々と歩く僕は、かの夏目漱石の有名な逸話を思い出していた。
 彼は、その話を知っているだろうか? ふいに、言ってみたいなどというふざけた想いが湧き上がる。
 妙なところで博識な彼のことだから、もしかしたら知っているかもしれない。でも僕は、じわじわと大きくなるその誘惑に、勝てる気がしなかった。
 もし知っていて突っ込んでくるようなら、実はあの逸話は確かに夏目漱石が言ったという証拠はないらしく、などという蘊蓄で煙に巻く用意をしつつ、僕は決して許されない、伝えてはならない想いをその言葉に仮託する。

「月が、綺麗ですね」

 彼の方を振り向けない。彼がどんな顔をしているか、確認するのが怖い。
 ドキドキと高鳴る胸を必死で抑え、ひたすら月を見続ける。死にそうな心持ちの僕の耳にやがて届いたのは、のんきそうな彼の声だった。
「月見日和だな」
 どうやら彼は、かの逸話については知らないらしい。思わずほっと胸をなで下ろす。
 ああ、だけどほんの少し残念な気もすると、勝手な気持ちも湧いてくる。もし、お前それあれだろなんて言われたら、取り繕った笑顔で必死にごまかすしかないというのに。
 そんなことをごちゃごちゃと考えていると、ふいに隣を歩く彼がため息をついた。どうかしたのかと、月明かりに照らされる彼の横顔をのぞき込む。
「どうしました?」
「……なんでもねえよ」
 首を振った彼は、口元だけで笑っていた。その微笑みが少し悲しそうに見えるのは、清冽な光ですべてを洗い流す、月明かりの作用だったろうか。
 思わず見つめていたら、彼は僕の視線から逃れるように目を逸らした。そして再び夜空を見上げ、月をじっと見つめたままつぶやく。

「ただ――本当に、月が綺麗だなと思っただけさ」
 月あかりに小さく微笑んで、彼がもらした言葉はため息に似ていた。







【月のことのは -side k-】


「月が綺麗ですね」
 遅くなった下校の途中、隣を歩いてた男が空を見上げて、ふいにそんなことを言った。
 つられて見上げればそこには、澄んだ夜空にぽかりと浮かぶみごとな月。そういえば現国の教師が、今日は中秋の名月だとか言ってたっけ。
「月見日和だな」
 俺は、教師が続けて語った夏目漱石についての逸話を思い出しながら、そう返した。
 その逸話は、クラスの連中にはえらく受けていた。
 ハルヒの奴はどうやら知ってたらしくて特にリアクションはなかったが、谷口なんかは授業が終わったあと、コイツは使えるぜ!なんてひとりで盛り上がってた。ま、すぐに国木田に、相手がこの話知ってればいいけどね、とか突っ込まれて唸ってたけどな。
 そんなことを思い出しつつ、隣を歩く男の横顔をちらりと見上げた。月明かりに照らされる横顔は、なんの他意もなさそうにただのんびりと月を見ている。
 まぁ、そうだな。きっとこいつは、そんな逸話なんて知らないで言ってるんだろう。月についての、ただの感想だ。そこに俺が期待してるような意味なんぞ、カケラも含まれてないんだろうさ。あたりまえだ。
 ひとつため息をつくと、古泉は月から目を離し、視線を俺に向けた。不審そうな顔で、首をかしげる。
「どうしました?」
 やめろ。そんな目で俺を見るな。胸が詰まる。
 だけど俺はそんな気持ちをおくびにも出さず、軽く笑って首を振る。
「……なんでもねえよ」
 見つめてくる古泉の視線から目を逸らし、俺はもう一度、夜空に光る月を見上げた。
 ……そうだな。どうせ知らねえんなら、言ってやれ。

「ただ――本当に、月が綺麗だなと思っただけさ」
 やけくそ気味のはずだったのに、出せた声はなんだかため息みたいだった。





(2015.12.13 up)
BACK  TOP  NEXT

スパーク無配。元は中秋の名月の日にツイッターに流したつぶやきでした。
なんということもないポエムみたいなものです。