50%の願い
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「男の理想の死に様?」
 また唐突に、こいつは何を言い出すんだ。
 そう言わんばかりの顔で見てやっても、当人である谷口はこたえた様子もなく、相変わらずの脳天気さで話を続ける。
「そうそう。昨日、テレビでやってたんだよ。お前らならどうだ?」
 手にしたフライドポテトを、マイクよろしく同席中の俺たち3人に順に向け、谷口はいつもながら楽しそうだ。今度は一体何に影響されたんだと問い返そうとしたら、谷口の隣に座ってる奴が、先回りして口を挟んできた。
「ああ、確か映画の宣伝番組だよね。そういうテーマの映画が今度公開されるんだよ」
 チーズバーガーをかじりつつ、にこやかに説明する国木田のフォローは、相変わらずソツがないな。
「主人公が死神みたいな奴に、お前に理想の死に様を選ばせてやる、とか言われて、何度も死んだり生き返ったりする話だっけ」
 ちょっと面白そうだよね、と話を振られ、それまで話に入らず俺の隣でにこにことコーヒーを飲んでいた古泉が、そうですねと頷いた。

 とある日曜日の昼下がり。俺たちはむさ苦しくも男4人で、ファーストフード店の一角に陣取っている。くだらない話をしつつ、もう1時間ほどもここでこうしちゃいるが、別にしめしあわせて4人で遊びに来たわけではない。
 古泉と2人、たまたま入ったCD屋で、なんとかいうアイドルグループの新譜を見に来た谷口と国木田の二人連れと行き会った。声をかけられ、偶然だなとか話しているうちに、そのへんで昼飯でも食うかという流れになったのだ。お前らは何しに来てんだと聞かれたが、団活の買い出しだとか適当に答えたら、なんだ涼宮のパシリかと勝手に解釈してくれたので助かった。……だってまさか、本当のことは言えねーしさ。
「理想の死に様、ねぇ……」
 アイスコーヒーのストローをくわえ、考え込む。つい眉間に皺が寄っちまうのは、死に様なんて言われると、過去に二回ほど死にかけたときのことを思い出すからだ。まぁ少なくとも、女にナイフで刺されてってのは、理想とはほど遠い死に方だろうな。
「なんだよ、そう深刻に考えんなって。古泉はどうだ?」
「え、僕ですか?」
 俺がなかなか答えを出さないと見ると、谷口の奴はしびれを切らしたのか、古泉の方に話の矛先を向けた。手にしていたカップをテーブルに置き、古泉はそうですねぇと首を傾げる。なんとなく俺は、眉間の皺が深くなるのを感じた。
 あまり、古泉にその手の質問はして欲しくない。
 死とはほどほどに無縁な俺たちと違って、こいつは常日頃から、死と隣り合わせの世界で生きている。灰色の空間で命を削って戦い、多数の組織や勢力との陰謀やら裏切りやら殺戮やらの薄暗い場所に身を置いて。
 自分で望んだわけでもないそれらを、あきらめにも似た気持ちで受け入れて、ただ穏やかに笑っている。そんな奴の理想の死に様なんて、聞きたくもない。
 俺の不機嫌には気がつかないのか、古泉はうーんと考え込んだ。
「男の、理想の死に様ですか……」
「おう。どうよ、お前なら」
「やっぱり、あれじゃないですかね」
 形のいい眉を寄せ、しごく真面目な顔で、古泉は人差し指を立てる。
 やめろ、という言葉が、喉まで出かかった。
「あれってーと?」
「腹上死」

 ……すまん。コーヒー吹いた。
 が、まぁ、谷口と国木田も同時に吹いたから、お互い様だな。
「大丈夫ですか?」
 むせてげほげほと咳き込んだり、あわてて目の前のバーガーやらポテトやらを待避させたりしてる俺たちを、とんでもない爆弾発言しやがった本人は、きょとんとした顔で見ている。最初に立ち直った国木田が、苦笑ながら肩をすくめた。
「……谷口あたりが、絶対言うとは思ってたんだけどね。さすがに意表を突かれたよ」
「い、意外性あるイケメンだなお前」
「そうですか? 男の夢、と言われて思い出しただけですけど」
 しれっとした顔でそう言いやがる古泉の肩をばんばん叩いて、回復の早い谷口がニヤニヤ笑う。そうだよな、お前はなかなかわかってるぜと、嬉しそーだなおい。
「男としては究極の理想的死に方だよな。極上の美女たちとのめくるめく愛の一夜のその果てに! サイッコーに気持ちいいその瞬間に、文字通り極楽へ昇天!」
「あこがれますねぇ」
「まったくだぜ! この世の極楽からあの世の極楽へ、まさに直行便だな!」
「アホかっ!」
 思わず椅子を鳴らして立ち上がり、思いっきり突っ込んじまった。古泉はびっくり顔、谷口は不満げに口を尖らせている。
「なんでだよキョン。これぞ男の本懐ってもんじゃねえか」
「冗談じゃねぇ、死なれた方はたまらんだろうが! そんな、直前までそういう、ことしてたやつが自分の上で、なん」
 そこまで言っちまって、はっと我に返った。
 あっけにとられたような視線を集め、うろたえてつい古泉の方を見てしまう。古泉は困ったように笑いながら、そっと、ほんの少しだけ首を振った。……うわぁ! 俺って奴は! 何やってんだ! 馬鹿か!
 カッと頬に血が集まって、顔が赤くなったのが自分で解った。くそぅ、今すぐ死にてぇ。
「まぁ、そうですねぇ。後味はよくないですよね、女性側にしてみれば」
 フォローのつもりなのか、古泉がにこやかにそう言う。女性、ってとこをことさら強調されて、ますますいたたまれない。椅子に座りなおしてそっぽを向いていたら、わかってんだかないんだか国木田がさらに乗ってきてくれた。
「そりゃそうだよね。相手の立場になって考えるなんて、さすがキョンは優しいなぁ。谷口も、見習った方がモテるんじゃない?」
「うわ! そこか! そういうとこで差がつくのか! こんちくしょう!」
 リア充め爆発しろ! とかわけのわからんキレ方をしている谷口は、俺の発言を特に深読みはしなかったようだ。……助かった。
 まぁまぁ、とそんな谷口をなだめつつ、古泉はさらにフォローしようというのか、国木田に同じ質問を向けた。どうなんですかと聞かれた国木田は、シェイクのストローから口を離して、僕? と目を見開く。
「んー、そうだなぁ……やっぱり好きな子を守って、とか言うのが王道じゃない? 相手をかばってとか、身代わりにとか、映画なんかでよくあるシチュエーションだよねぇ。ああ、映画と言えばこないだテレビで見た奴で、彼女の平和な生活を守るために、ヒーローがひとりで人知れず死地に赴くってシーンがあったよ」
 そう言って国木田があげた映画のタイトルは聞いたことがなかったが、どうやらけっこう古い作品らしい。あれはカッコよかったなぁと国木田はしきりにうなずいてるが、俺はやっぱりなんとなく面白くなかった。
「……それだって、守られた方は嬉しかねぇだろうよ」
 ついそう漏らしちまったら、だらしなく頬杖をついて国木田の話を聞いてた谷口に、ストローの先でつつかれた。
「なんだよー、さっきから文句ばっか言いやがって。ダメ出しばっかじゃ、女には嫌われるぜ? そういうお前は、なんかねーのかよ。理想の死に様って奴が」
「いや俺は……あれだろ。普通に生きて普通に歳くって、老衰で大往生ってのが理想だと思うがな」
「かーっ! つっまんねー男だなぁ! キョン」
「うるせーな! 俺は平凡を愛する一般市民なんだよ」
 まぁ、今現在はあんまり平凡とは言い難い境遇だがな! とは言わずにそっぽを向くと、俺の境遇を非凡なものにしてくれている元凶の一人が、隣で小さく笑みをこぼしやがった。
「ふふ。あなたらしいですね」
「……うるせぇよ」
「わかりますよ。自宅の畳の上で、大勢の子供や孫たちに囲まれての大往生。それもまた素敵ですよね」
 別に、と俺はさらに視線をそらした。
「いや……別に子供や孫は……いなくても、いい」
「そうなんですか?」
「まぁ、好きな奴だけそばにいりゃ、それでいいよ」
 ふと、古泉は口をつぐんだ。……いや、単に最近は子供作らない夫婦だって結構いるだろという、そういう意味であって、深い意味はないぞ? ないからな? ないんだからそう、じっと見つめるな。
「そ、そういう古泉は、ホントにあれなのか。腹上死が理想か?」
 だったら少々、考えなおさせてもらわにゃならんことがあるんだが。そんな意味を込めて横目で睨んでやると、古泉は微笑んで、まさかと返した。谷口と国木田も、顔を上げて古泉の方を見る。
「それは一般的には、という例えであって、僕自身の理想ではないですね」
 古泉はすっと手元に視線を落とし、ほとんど空になったカップの取っ手を回しながら、静かに言った。
「僕が、その死神とやらに死に様を選ばせてもらえるなら、愛する人よりほんの少しでも先に、死なせてくださいとお願いします。僕は弱い人間なので、愛する人のいない世界には1秒だって耐えられそうにないので」
「…………」
 同い年の野郎が語るには、あんまりにも気障だ。普通だったら、笑っちまうようなセリフだと思う。が、古泉が言うと、どうにも気楽に笑い飛ばせない。
 そう思ったのは俺だけじゃなかったみたいで、しばし俺たち3人は言葉を失った。沈黙しちまった場の中で古泉は動揺も見せずに、カップに残ったコーヒーをゆっくりと飲み干した。
 最初に立ち直ったのは、谷口だった。ひゅう、と口笛を吹いて、わざわざ席を立ってまで、古泉に肘鉄をくらわしに来る。
「さっすが、イケメンは言うことが違うぜ! 今度、使わせろよそれ」
「っていうか、古泉くんそれ、漫画のパクリでしょ」
 やだなぁ、とからかうような口調で、国木田も笑う。古泉はそらとぼけた顔で、おやバレましたか、なんて言ってたが、俺は笑うことも出来ずに、グラスに残ってた氷をガリガリとかみ砕いた。
 ……だからこいつに、この手の話をさせるのは嫌なんだよ!



「お前、あれはずるいだろう」
「何がですか?」
 谷口たちと別れて、俺たちは人気のない夕暮れの道を二人で歩いていた。
 先に立った俺がポケットに手を突っ込みつつ歩き、古泉はその少しあとをついてくる。向かってるのは古泉が住むマンションだ。……お泊まり荷物が置いてあるんだよ。悪かったな。
「愛する人より先に、とか……。それじゃあ、残された方はどうすんだよ」
「ああ……そのことですか」
 ちらりと後ろを振り返ると、古泉は踏みしめる道路を見つめてつぶやいた。そこから伸びる長い影が、俺の足下まで届いている。
「そうですね。ずるいかもしれません。……でも僕は本当に、ちゃんと相手を見送れる自信が無いんですよ。その人のいない世界で、さらに先の時間を生きていく自信も」
「そんなこと言ったって、実際は選ばせてくれる死神なんていないんだからな。お前がその、相手、を見送る確率は50%だ」
「そうなんですよねぇ……」
 困りましたね、と古泉は、それほど困ってないみたいな口調でつぶやく。なんとなくイラッときて、俺はそこで足を止めた。
 まったく。本当に腹上死に憧れてくれてた方が、いくらかマシだ。
「だからって、手ぇ抜くんじゃねえぞ!」
「はい?」
「あのヘンテコ空間での戦いだ! 先に死んだが勝ちだとか思って、自分の身を守ることに手を抜くな。帰ってくることに全力を尽くせよ」
 早死に願望を抱きつつあんなとこを飛び回るなんて、冗談じゃない。石にかじりついてでも生き残って、こっちの世界に戻って来てくれなきゃ困る。お前は理想の死に様なんて考えるより先に、まず理想の生き方について考えろ!
「理想の生き方、ですか……」
 ぽつりとつぶやいて、首を傾げている気配がする。そんなことで何を考え込むことがあるんだと、ますますむかついた。
「死神にお願いするわけには、いかなさそうですねぇ」
 管轄外だとでも言われますかね、と、古泉は肩をすくめながら、クソ面白くもないジョークを飛ばしやがる。本っ当に、カケラも笑えねえよ。
「だったら俺もその死神とやらに、相手より先に死なせろって願ってやる。どっちを叶えるべきか迷ったあげくに、同時に死なせてくれるかもしれんしな!」
 そう言い捨てて俺は、くるりと踵を返して再び歩き始めた。肩を怒らせてがしがしと歩を進めたが、古泉がついてくる気配がない。立ち止まり、ぐるんと身体ごと振り返って、さっきの場所からさっぱり動いてないアホ野郎を、思いっきり睨みつけてやった。
「……なんだよっ! なんか文句があるのか!」
 はっと我に返ったように顔を上げ、古泉はまた笑った。今度はさっきまでとは違って、戸惑ってるような、困ってるみたいな感じだ。
「いえ……僕、でいいのかな、と」
「あ?」
「その……同時に最期を迎える相手、というのは」
 はぁ?
「なんだか今の話……気のせいか、相手を僕に想定して下さってるような感じが、するんです、が」
 ……むかついた。史上最大にむかついたぞ、今。
「今さら! 何を言ってやがるんだお前はっ!」
 ああもう、ほんっとに腹が立つ!
 そりゃ俺たちはまだ高校生で、人生のほんの5、6分の1程度しか生きちゃいないし、これから先どうなるかなんてわからんけどな! その覚悟がなきゃこんなクソめんどくさい性格の、しかも世間一般的には認められないだろう同性の相手なんて選びやしねーっつの!
「さっきの大往生がどうとかってやつも! 国木田の映画の話も! ついでに腹上死がどうのってのも! 残念ながら全部、相手はお前で想定済みだ、ざまあみやがれバーカ!」
 それだけ言うと、俺はまた踵を返して歩き出す。
 一瞬の間のあと、今度はちゃんと走って追いかけてくる気配がした。

「……やっぱり僕は、あなたより先に死にたいです」
 追いついた途端に後ろから抱きしめられて、肩に顔を埋められた。走って乱れた息を整えてから、古泉は性懲りもなくそんなことを言う。
「お前な……」
「手は抜きませんから……ずっとあなたの傍にいて、幸せな時間を飽きるほど一緒に過ごして、それからでいいですから……。僕を、置いていかないでください」
 泣き出しそうに震える声を耳元で聞いて、俺は溜息をついた。首に回された腕を、ぽんぽんとたたいてやる。……ったく、しょうがねえな。
「俺は死神でもなんでもない、ただの一般人だからな。絶対の約束はできないが……叶える努力だけはしてやるよ。――ただし」
 ぽふ、と肩に乗ってる頭に手をのせた。
「お前も、俺の理想の死に様につきあうって、誓ったらだ」
「はい……誓います」
「よし。俺の理想は、さっき言ったとおり老衰で大往生だからな。覚えとけよ」
「わかりました。肝に銘じます」
 そこでようやく、古泉は小さく笑った。抱きしめる腕にさらに力を入れるものだから、吐息が耳に当たってこそばゆい。大体、人通りがないとはいえ天下の往来で、何をやってんだ俺たちは。
「でも、あったかいです」
「そりゃまぁそうだが、いつまでもこうしてるわけにもいかんだろう。ほら、離せよ。帰るぞ」
 名残惜しそうにしている腕を、もう一度叩いてやる。それでも離そうとしないので仕方なく、部屋に戻ってからにしろよと言うと、何を考えついたのか古泉のアホは、しおらしかった声のトーンを一変させた。それでは……という囁きが、耳に吹き込まれる。
 ……まぁ、言うんじゃないかとは思ってたがな!
「僕の理想の死に様追求の一環として、まずは腹上死のシミュレーションを痛い痛いですって耳ひっぱんないでくださいよ!」
「うるさいわ! 調子にのんな、アホが」


                                                   END
(2012.04.15 up)
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古泉に、腹上死と言わせたかっt

冒頭の映画は適当な捏造ですが、国木田の言う「漫画」はモトネタありです。
セリフまんまではありませんが、ニュアンス的に。