或るひと夏の回顧録
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「で、キョンと古泉くんは、どこまでいってるわけ?」
 突然ぐるんと首を巡らせて、あまりにも唐突に涼宮さんがそう言った。
 つい1分前まで、我が光陽園学院より半月ほど遅い北高の文化祭の出し物について、長門さんと朝比奈さんの相談に乗っていたはずなのだが。
 カップを浮かせたまま固まる僕の向かいで、アイスコーヒーにむせたらしい彼がゲホゲホと咳き込む。3対の大きな目に興味津々の体で見つめられ、僕らは顔を見合わせることもままならずに、ファミレスのソファの上を後ずさった。
「ええと……どこまで、とは?」
 とりあえず、苦笑しながらとぼけた答えを返してみる。まぁ、これで逃れられる相手ではないということは、重々承知なのですが。
「バカじゃないの?」
 案の定、涼宮さんは腰まである長い髪を振り払い、光陽園の黒いブレザーに包まれた胸を張って、フンと鼻を鳴らした。
「つきあいはじめて数ヶ月経過したカップルに聞く進行状況なんて、ひとつしかないでしょ? で、どうなの? キスくらいはした?」
「す、涼宮さぁん」
 詰め寄る涼宮さんを大慌てで止めようとする朝比奈さん。彼女の隣で長門さんは、火を噴きそうに真っ赤になった顔を、メニューで隠そうと奮闘中だ。
「なによみくるちゃん。気になることは、さっさと聞いておくべきでしょ」
「で、でもこんなとこで……っ」
「誰も聞き耳立ててやしないわよ」
 押し問答する朝比奈さんと涼宮さんを前に、僕はそっと彼を盗み見た。が、彼の方はこちらにちらとも視線をよこさない。テーブルの上のお冷やのグラスに手を伸ばし、中身を一気に飲み干して、
「どこも進んでねーよ」
 と言い捨てた。
「どこもって? キスも?」
「どうでもいいだろがそんなこと」
 憮然とした顔で、彼はぷいと横を向いてしまう。彼のとりつく島を発見できなかった涼宮さんは、当然のごとくこちらに矛先を向けてきた。
「で、どうなの古泉くん。ホントのところは」
「いえ……あの」
 ぐいぐいと詰め寄られて、ついしどろもどろになってしまう。
 光陽園への編入と同時に彼女に声をかけられ、お供するようになって早1年半。金魚のフンだの腰巾着だのと揶揄されてきた経歴は伊達ではない。彼女に持っていた恋情は、すでに敬愛のようなものへと変化してはいるが、だからなおさら、僕は彼女にはなかなか逆らえない。
「えーと……キス、くらいは……」
「古泉っ!」
 彼の叱責が飛んだ。が、僕は目だけで、仕方ないじゃないですかと訴える。少しくらいは答えないと、涼宮さんは追求をあきらめやしないんですっ!
「ふぅん……それだけ?」
「え、え……まぁ……」
 少々疑わしそうな目で僕らを見比べてから、涼宮さんは腕を組み、椅子の背もたれに身を投げ出すように寄りかかった。溜息をつきつつも、その顔はなんだか楽しそうだ。
「ま、いいわ。古泉くんもキョンも、オクテそーだもんね」
「余計なお世話だ」
 ぶすっとした顔で、彼がそう吐き捨てる。涼宮さんはそんな彼に、ニマニマとしか形容できないような笑顔を向けた。
「どーせキスだって、中学生がするみたいなぬっるいやつなんでしょ〜? まったくあんたたちって……あっ、ちょっと有希! 大丈夫?」
 気がつけば、長門さんがのぼせたみたいに顔を真っ赤にして、ソファに沈み込んでいる。あわてて介抱しはじめた涼宮さんに気付かれないよう、僕はホッと胸をなで下ろした。
 ちらりと彼の方へと視線を送る。と、ちょうど彼も僕の方を見たところだった。僕と目があった途端、彼はほんのりと頬を朱に染めて目を逸らす。

 かっわ…………っ……!

 思わず叫びそうになって、必死に抑えこむ。
 たまらなくなって、そっと足を伸ばして彼の靴のつま先をつついたら、彼はこちらを上目遣いで見やって、唇だけでバーカとつぶやいた。
「…………っ!」
 だめだ。可愛すぎる。どうしよう。
 あんな可愛い人が僕の恋人だなんて、夢みたいだ。あの頭の上から足の先まで全部が、僕のものかと思うと目眩がする。
 ついにやけそうになる顔を、頑張って引き締めようと努力する。が、そんなことをしている端から、僕しか知らない彼のいろんな表情や仕草や声を思い出してしまって、いてもたってもいられない。
 だって、キスくらいはしたなんていうのは、真っ赤な嘘だ。
 本当はキスどころの騒ぎじゃない。
 今年の夏のあの日≠ゥら、約2ヶ月。僕らはすでに唇以外の部分だって、互いの身体で触ってない部分を探す方が困難なくらいなんだから。



 去年の冬、奇妙な事件を経て、僕たちは出会った。
 その事件の奇妙さゆえに、僕は出会った当初は彼に反発を覚えていた。が、彼と友人として親しくつきあううちに、僕の中では確かに反発とは正反対の想いが育っていき、だけど僕は自分でそのことを認めることが出来ず、必死にそれから逃げていた。
 けれどそんなある日、僕は彼から告白を受けることとなって、そこでもう逃げられなくなった。何故かというと、その告白を僕自身が、死ぬほど嬉しいと思ってしまったからだ。
 懸命に否定しようとしていた想いを受け入れてしまえば、残るのはもう彼への愛おしさばかりで、最初に僕を好きだと告げてくれたのは彼の方なのに、今ではどちらかといえば僕の方が彼にベタ惚れな有様だと言えるだろう。
 そういうわけなので僕は、つきあい始めて数ヶ月が経過した頃から、少しずつキスを意味深なものへと変えていった。もっともっとお互い幸せになるために必要な、ステップアップを図るために。
 お互いが共通して見ていたリアルな夢の中では、僕らはとっくに身体をかわすような仲だったから、彼にもその意味はあやまたず伝わっていたらしい。どちらからともなく僕たちは、夏休み中にはもう少し先へと進む心づもりになっていた。
 が、いざ夏休みに入ってみると、僕らの予定はことごとくすれ違ってしまった。最初にお泊まりの予定を立てた週末には、涼宮さんの提案による宿題合宿が急遽行われることとなり、週明けからは彼がご家族とともに田舎の祖母の家へと帰省してしまった。ようやく彼が帰ってきたと思えば、今度は僕が夏季特別講習だ。進学校に通う学生として勉学を疎かにするわけにはいかないとは言え、電話やメールぐらいしかできない現状に、週も半ばになるころには、僕はすっかりやさぐれていた。
「うっざいわね! そんなに会いたいなら、どっかに呼び出してデートでもなんでもしてくればいいでしょ!」
 涼宮さんはそんな風に発破をかけてくれたけれど、こんな状態で彼に会ったら、それこそ歯止めが効かなくなりそうで怖かったから我慢した。やせ我慢する僕に呆れたのか、涼宮さんは僕を置いてさっさと帰宅してしまったので、その日の僕はなんとなくボンヤリと、駅前を行き交う人の波を眺めて過ごした。
 が、その夜遅くなってから、僕の携帯には彼女からの同報メールが届いた。SOS団海洋不思議探検ツアー in 今週の土曜日!≠ニの催しは、つまるところただの海水浴らしい。気を遣って企画してくれたのかと思うと、すっかり腐っていた僕も、ほっこりと胸の中があたたかくなるのを感じた。
「……よし」
 しばし考え込んでから僕は、携帯に彼のアドレスを呼び出しコールした。呼び出し音が数回鳴って、彼が出てくれる。
「こんばんわ、古泉です。涼宮さんからのメール見ましたか?」
 ああ、見たぞ、という彼。土曜日なら他に用事はないから、了解の旨を返信したところだという。海なんて久しぶりだとの彼の声は、心なしはしゃいでいた。
「僕も、週末には夏期講習は終わるので大丈夫です。……それで、ですね。あなたの、翌日曜日のご予定は?」
『特にないが……また涼宮が何か言い出すんじゃないか?』
 まる二週間、何も活動できなかったんだしな、と、彼の読みはなかなか鋭い。でもそれならそれで、僕がこれから提案しようとしていることには、かえって好都合だ。
「あの……」
『ん? どうした、古泉』
 携帯から聞こえてくる、彼の声。ぎゅっと携帯を握りしめて、僕はバクバクいっている心臓をなだめつつ、切り出した。
「……土曜日の夜、僕の部屋に泊まってくださいませんか?」
 彼が、息を飲む音が聞こえた気がした。沈黙が心臓に悪い。頭に血が上って、目の前がぐるぐるしてきた。
 意味は、もちろん通じたはずだ。はっきり言葉にはしていなかったが、彼もこの夏休み中には恋人としてのステップをもう一段あがる気持ちが、充分にあったはず。だから、かなり長く続いた沈黙の後、彼がぽつりとつぶやいた言葉に、僕の血圧は一気に上昇した。
『……うん』
 たった一言、それだけを言って、彼は通話を切ってしまった。僕は携帯をベッドの上に放り投げ、その後自分もそこに身を投げ出して枕を抱えてごろんごろんと身もだえた。当然、その夜は眠るどころの騒ぎではなく、翌日は寝不足でボンヤリした顔で講習を受け、涼宮さんから海に行くくらいで楽しみで眠れなくなるなんて子供ね! と、ある意味でありがたい誤解を受けることとなった。



「古泉?」
「えっ? あ、はい。なんでしょう?」
 ふいに彼に呼ばれて、はっと我に帰った。つい夏休みの一連の出来事を回想していて、上の空だったらしい。
「コーヒーのおかわりいるかってさ」
 彼にうながされて横を見ると、長門さんがテーブルの横にもじもじと立っていた。どうやら、自分の飲み物をとってくるついでに、みんなのおかわりも持って来ようかというつもりらしい。僕はあわてて笑顔を作って、おねがいしますと言った。
「何をボンヤリしてんだよ」
 ひとりじゃ大変そうだからあたしもいきますね、と立ち上がった朝比奈さんと一緒に、ドリンクコーナーの方へと歩いて行くふたりを見送りつつ、けげんそうに彼が言う。
 僕は笑顔のままでなんでもありませんと答え、それでなんでしたっけと話の続きを促した。僕の隣に座る涼宮さんが、呆れたような声で教えてくれた。
「文化祭の話よ。キョンのクラスは、お化け屋敷のゲーム版をやるんですって」
「ゲーム版?」
「ああ、お化けのかわりにモンスターが出てきてな。サイコロのポイント制で勝敗を決めて、出口まで無事に出られれば賞品がでる、みたいな感じにしようかと」
「それはなかなか面白そうですねぇ」
 モンスターの種類が技が世界観が、と話す彼と涼宮さんの声を聞きながら、僕の意識はまた夏休みのあの日へと戻ってしまう。ゲームといえば、うっかり長門さんに話を聞かれてしまい、あげくにとんでもない勘違いをされたっけ。



 約束を取り付けた翌日から、僕は落ち着かない日々を過ごすこととなった。
 準備と言っても何をすればいいのかわからず、とりあえず部屋を掃除して、新しいシーツと彼用の枕を用意した。彼のお気に入りのコーヒー豆を買い込み夕食の算段をつけて、あとは何をすればいいだろうと考え、なぜかバスルームの掃除などに手を出してみる。普段は水回りなどはハウスクリーニングまかせだから当然手際などめちゃくちゃで、カランに頭をぶつけて水をかぶったりとさんざんだった。
 だが、そこまでしておきながら僕は、肝心なものの準備には気が回らなかった。僕の主目的である彼との……その、セックス、に、おいて、僕も彼も初体験なのに、妙になんとかなるだろうという根拠のない自信があったからだ。
 それは、ある一時期にさんざん見ていた夢のせいだった。前述したとおりに僕と彼とが同時期に見ていたその夢は、どうやら異世界の僕らの様子そのものであるらしく、五感も感情もなにもかも、夢を見ている間は本当に体験しているとしか思えないほどリアルだった。そして、その世界でもどうやら恋人同士であるらしい僕たちは、たびたび……本当に頻繁に身体を重ねており、その行為をまざまざと体験している僕はもう、あの通りにやれば大丈夫なんじゃないかと考えていたのだ。
 が、結果としてそれは大いなる思い上がりであり、実体験はそう簡単なものではないということを、嫌と言うほど思い知らされることとなったのだが。

 いてもたってもいられないまま迎えた土曜日。どうにも落ち着かない僕は海水浴でもさんざん僕らしくない失敗を重ねたあげく、心配したのか呆れたのか早めの解散を提案してくれた涼宮さんのお言葉に甘えて、彼とともに僕の部屋へと帰宅した。
 そうして僕らはたいそうぎこちなく、午後のひとときを過ごした。早めの解散のおかげで夜まではたっぷり時間があり、緊張のあまり会話も途切れがちで、なんとも気まずい。このままでは挫けそうだと判断した僕は夕飯の時に、自販機でこっそり買って来たビールを出してみた。彼もそのあたりを汲んでくれたようで、俺、アルコール弱いんだよなと言いつつ缶のを半分ほどあけた。ほんのりと顔を赤らめ、とろんとした表情になった彼を見て、自分自身にグッジョブとサムズアップしたくなったのはまぁ、別の話だ。
「あの、大丈夫……ですか?」
「……いちいち聞くなって、そういうこと」
 どういう流れだったかいまいち覚えていないが、気がついたら僕はアルコールのおかげでぼんやりしている彼を、床に押し倒していた。思わず妙な質問をしてしまった僕に、彼は目をそらして聞くなと答え、それから消え入りそうな小さな声で、出来ればベッドがいいとつぶやいた。
 僕はもちろん彼を抱え、ベッドに移動しようとした。が、さすがに身長もそれほど変わらない高校生男子の身体を姫抱きで抱え上げることはできず、彼には自力で移動してもらうこととなった。夢の中の僕はわりと簡単にそれをこなしていた気がするが、なにか特別なトレーニングでもしているんだろうか。
「こ、いずみ」
 不安そうに僕を呼ぶ彼を安心させようと、額や目蓋にキスをする。それから一応、このまま彼が、いわゆる女性役、でコトを進めていいのだろうかと聞いてみた。彼はまた、だからいちいち聞くんじゃねえよと言った。
「初めてなんだから……お手本があるなら、それに倣った方が、いいだろ」
「そうですね……」
 服を脱がせて、首筋に唇を這わす。夕飯前に風呂に入ったから、もうほとんど潮の香りはしない。僕と同じシャンプーと石鹸の匂いだ。
 彼は僕がどこを触っても、びくびくと身体を震わせた。あまり声を出すまいとしているようだが、時折耐えきれないみたいな声が漏れる。彼のそんな反応は、夢の中の彼と似ているようでやっぱり違っていて、僕のテンションもあがりっぱなしだ。
「……っ、は、こいずみ……っ、もう、俺っ」
 いく、と叫んで彼が、一度目の絶頂を迎える。ぎゅっと握った彼の性器が僕の手の中で震え、先端から白濁した液体がどろりとあふれる。荒い息をついてぐったりしている頬に口づけて、僕はちょっとずつ慣らしていた彼の一番奥にその液体がついたままの指で触れて、いいですかと囁いた。
「ん……っ」
 おずおずとうなずく彼の額にもう一度口づけて、入り口に自分のモノをあてがう。とにかく彼を気持ちよくさせることに専念していたので、もう僕自身もガチガチで余裕がまったくない。気は逸るけれど、さすがに何かを受け入れる構造にはなっていない彼のソコはきつくて、なかなかうまく入っていかなかった。
「ん……、むずかし……」
 幾度か失敗して、ずるりと滑らせる。その度に僕のモノが彼のソレとぶつかるらしく、彼はびくびくと身体をはねさせて声をあげた。もう一度指を2本入れたり、そのまま中で広げてみたりとしばらく試行錯誤していたら、ふいに彼がぎゅっと僕の腕をつかんだ。
「こい……ずみ……っ」
 泣き声一歩手前くらいの声に、びっくりして顔を上げる。薄闇の中、僕の腕をつかんだ彼は目尻に涙を浮かべ、震える声で懇願した。
「……やさしく、して」



 ガタン!
「ど、どうしたの古泉くん」
 突然、テーブルに膝をぶつけて立ち上がった僕に、全員の視線が集まる。僕ははっと我に返って、あわてて笑顔を作ってみせた。
「すみません、ちょっとトイレに行ってきます」
「う、うん」
 あっけにとられたような涼宮さんの視線に見送られて、僕は店の奥にあるトイレへと駆け込んだ。洗面台でバシャバシャと顔を洗う。
 ああ、ダメだ。つい、思い返すとすぐにでも遮断機の下りた踏切に飛び込みたくなる場面を思い出してしまった。まさに一生の不覚。おそらく今後も僕の人生の思い出ワーストワンの地位を、決してゆずらないであろう出来事だ。
 あのとき、張り詰め切っていた僕のモノは、ふいうちでくらった彼のひと言に敗北し、あっけなく暴発してしまったのだ。あまりに自分が情けなくて、結局その後は彼がいろいろ慰めてくれる声も耳に入らず、ソファでタオルケットをかぶって一夜を過ごしたっけな。ああ、もう……。
「……死にたい」
 はぁ、と溜息をついてから、僕はハンカチで顔を拭き、無理やりいつも通りの顔を作って席に戻った。みんなは僕の様子はそれほど気にせず、話を続けている。どうやら今度は、長門さんと彼が所属する北高文芸部の頒布品について話しているようだ。
「SF小説? 有希が書いたの?」
「うん。長いお話のね、一部分みたいな感じだけど」
「すごいわ、有希! ぜひ、読ませなさいよ」
 まだ下書きだから、と恥ずかしがる長門さんに迫る涼宮さん、それを苦笑しながら見る彼と朝比奈さんといういつもの構図をにこにこと眺めつつ、僕はさらにその翌日へと記憶をたどった。
 早朝に電話で、昨日早く帰った分も遊ぶわよ! と張り切る涼宮さんに招集をかけられて行ったゲーセンのあと、ハシゴしたカラオケ屋での出来事だ。ドリンクコーナーで昨夜の失敗について話しているとき、いきなり長門さんに声をかけられたのだった。あれは本当に、びっくりしたな。



「あの……初心者は、いきなり突っ込んだりしない方がいいと思うよ……?」
 なんて言われて、思わずそうかと納得しそうになった。初心者はやはり、いろいろ注意すべき点が……ってちょっと待てぇえええ!
「つ、突っ込……って、長門!? お前、聞いてたの……か」
「長門さん? 一体、何を……」
 突然の長門さんの指摘に、彼も動揺を隠せていない。僕だってそうだ。彼女はこんな純情そうな顔をしつつ、実はそっち方面の経験や知識にたけているっていうのか?
 人の見かけのよらなさに思わず目眩を感じたが、続きを聞くうちに別にそういうわけではないと判明した。彼女は僕らの会話を聞いて、それらがネットゲームのプレイのことだと思い込んでいるらしい。彼もそのことに気付き、安堵したみたいだった。
「そうか、長門はゲームもくわしいのか! あーびっくりした!」
「たくさんやってるわけじゃないけど……」
「いや! 俺たちはじめたばっかでヘタクソなんだ。な、古泉!」
 ゲームのことを言っているのだとわかっていても、ついムッとしてしまう。どうせ僕は童貞で早漏の暴発野郎ですよ。
「ヘタクソですいません」
 ぷいとそっぽを向いて拗ねてみせた僕を、長門さんは一生懸命なぐさめ、アドバイスをしてくれた。もちろんそれはゲームのやり方についてだったけれど、聞いているうちにあれっと思った。なんだか、いろいろと応用が利きそうな……。
「とにかく、アイテムとか武器とかしっかり準備して、落ち着いてやれば大丈夫だよ」
 そうか、アイテムと武器か。確かに僕は、例の夢のおかげで自分が出来るつもりになって、準備を怠っていた。考えてみれば未知のダンジョンに挑む前は、誰もが武器や防具や魔法アイテムを買い込んで、しっかり準備するのが常識だ。よし、漲ってきた!
 少々引き気味に応援してくれる長門さんにお礼を言って、僕はリベンジを果たすべく、その日も彼を強引に僕の部屋へと連れ帰ったのだった。
 部屋についてから僕は、彼にコーヒーを出してからパソコンで調べ物をし、帰っちゃ嫌ですよと念を押して買い物に出かけた。近所のドラッグストアで武器防具アイテムを購入して戻ると、彼は僕が見ていたネットのサイトを眺めていたらしかった。微妙な顔で迎えてくれた彼に、僕は勢い込んで主張する。
「やっぱり昨日の敗因は、長門さんのアドバイス通り、準備不足だったと思うんです。なので今日は、武器防具その他アイテムをそろえてみました!」
「長門のって……まぁ、いいけどよ」
 肩をすくめる彼の目の前の床に、買ってきた物を並べてみる。まずは基本のローション、念のためゼリー、そして男同士でも必要だと知ったコンドーム。それと……。
「一応、HP回復用の品も用意してみたんですけど……」
 滋養強壮、みなぎる回復力! などと書いてあるドリンク剤も出してみる。が、彼はそれを興味深げに眺めたあと、そっと床に戻して首を振った。
「いや……やめておこう。低レベルのうちは、高機能の回復アイテムを使っても無駄にするだけだ」
「ですよね……」
 チュートリアルも大切だと、その手のサイトをふたりで見てみる。事前準備や注意事項、手順などを確認しているうちに、なんだか昨夜のことを思い出して、変な気分になってきた。まだ時間的には夕方なのだが……正直もう我慢できないです、すみません。
「あの……」
「みっ、みなまで言うなっ」
 隣でモニタを見ていた彼にお願いしようとしたら、いきなり遮られた。すぐ近くにある彼の耳が、真っ赤になっている。どうやら彼も、僕と同じような状態らしい。僕らは無言でしばし気まずげに見つめあい、やがて溜息をついて情けなく笑った。そして、どちらからともなく顔を寄せ、唇をかさねる。
「ん……っ」
「ふ……」
 抱きあってさらに唇をあわせ、おずおずと舌をからめあう。そのままの勢いで彼を床に押し倒し、シャツの中に手を入れた。昨日ので彼の弱い場所はなんとなく判明しているので、今日はそこを中心に弄ってみる。
「耳とか……お臍とか、弱いですよね……」
「ぅあ……っ、ちょ」
 臍のまわりをくすぐるように撫でて、すでに固い彼の性器に手を触れる。逃げそうになる腰を捕まえ、下着と一緒にハーフパンツをはぎとった。昨日は部屋の灯りを消していたから暗くてはっきり見えなかった彼の性器が、目の前で勃ちあがって震えていた。
「……あんまり、見る、な」
「なんでですか……?」
「だってお前……そんなもん……」
 引かれるのじゃないかと恐々としているのが、伝わってくる。僕は彼のそんなとまどいに答える代わりににっこりと笑って、それに舌を這わせた。びっくりしたのか、彼が慌てて身体を起こす。
「ちょ、こいずみ、なん……っ」
 かまわずに全体を咥えこむ。自分でも不思議なほど、その行為に抵抗がない。夢で見ていたというのもあるが、その記憶に現実の味やら感触やらにおいやらが加わっても、嫌だとはみじんも思わなかった。
「んっ、あ……っ、あ、やば、い……!」
 よっぽど気持ちいいのだろうか。彼は昨日ほどももたず、あっという間に身体をびくんと大きく痙攣させたかと思うと、いくともなんとも言わずに白濁をほとばしらせた。おかげでタイミングを計り損ない、僕はそれを顔に浴びることとなった。
「す……すまん……我慢、できな……」
「いいえ……全然、大丈夫です」
 そんなに気持ち良かったのかと、かえって嬉しいくらいだ。そんなことを思いながら、顔を拭こうとティッシュを探していたら、彼の手が伸びて僕の頬に触れた。思わず顔を上げてみれば、なんだか彼は、ぼうっとした目で僕を見つめている。
「どう、しました……?」
 すると彼は目を潤ませたまま、ふっと困ったような笑みを浮かべた。その笑みといったらもうなんだかすごくて、僕の貧困なボキャブラリーでは、隠微な、とぐらいしか形容しようがない。そんな表情で彼は、ささやくような低い声で言った。
「お前のさ……きれーな顔に、俺のがかかってんの……やらしい」
「……っ!」
 ずくん、といきなりきた波に必死に耐える。耐えきって、ほっと溜息をもらした。
「やっ……めてください、よ。そんな煽ると……僕、また……」
「えっ? なにがだよ」
 どうやら、彼本人には煽っている自覚がないらしい。質が悪すぎる。このままでは昨日の二の舞だと、僕は急いでローションのボトルを手に取った。こうなったら先手必勝だ。
 どのくらい使えばいいのかよくわからないが、とにかく中身を手に出して体温であたためる。ぬるぬるとすべる液体を手につけたままで彼の性器をもう一度しごいたら、彼はいきなりすごい声をあげて、びくんびくんと大きく震えた。
「ひぁ……っ! や、それ、ダ、ダメ……っ、うあ!」
「そんなに気持ちいいです?」
「いや、なんと、いうか……っあ、うぁ……! あっ、あ!」
 僕の問いにもまともに答えられないほど、彼はびくびくと震え、何かに必死に耐えている。ならばそのうちにと、後ろの穴にもローションにまみれた指をそっと突っ込む。彼は再びびくりと反応して腰を引こうとしたが、少なくない抵抗があった昨日と違い、僕の指はずいぶんスムーズにそこに吸い込まれていった。
「ん……っ、んんっ、こいず、み……な、なんか」
 変な感じだと、彼が切れ切れの声で言う。痛いですかと聞いたら、必死に首を振った。
 これなら、いけるかもしれない。
 そう思った僕は、あわててコンドームを装着した。もちろんそれは彼の身体のためと……あと少しは感覚が鈍るらしいので、僕自身の暴発防止のためだ。1個失敗して2個めでようやく装着を完了し、その間に少し落ち着いたらしい彼に覆い被さった。
「挿れ、ますね」
 彼がうなずいてくれたのを確認し、入り口にあてがう。ローションで滑る感覚がする。でも彼のそこはローションの気持ちよさのおかげなのかすごく柔らかくなっていて、すこしずつ腰を進めると、僕のものをそれほど抵抗なく飲み込んでくれた。
「……っ、いた、いっ……」
 それでも、やはり痛いものは痛いらしい。必死に耐える彼の身体は、僕の侵入につれて床の上をずるずるとずり上がる。僕はその身体をもう一度強く抱きしめ、腕を背中にまわしてくださいと囁いた。
 ぎゅっと彼の腕が背中にまわった瞬間、僕のモノがずるりと滑り、彼の中にすべて収まった。耳の奧に、レベルアップの効果音が流れた気がした。



 そのあとはもうふたりとも夢中で、僕は必死に腰を動かし、訳がわからないうちに絶頂を迎えて射精した。肩で息をしつつ顔を上げたら、彼は涙をぼろぼろと流していたっけ。大いに焦って、すみませんすみません痛かったですかと謝り倒す僕に、彼は違う馬鹿嬉しいんだよちくしょうと、強がりとも本音とも思える答えを返してくれた。
 それで舞い上がってしまった僕は、初回だというのにその後調子に乗って2回目、3回目を挑んでしまった。意外にも彼もかなり夢中になって、普段の気怠げな様子とは打って変わったように、積極的に僕を求めてくれた。
 まぁ、おかげで翌日はかなりだるそうで、身も心も充実してた僕とは対照的にぐったりしていて申し訳なかった。あと、涼宮さんからのプールの誘いを、必死に断るはめになったのも悪かったと思う。なんと言っても、全身キスマークだらけにしてしまい、とても水着姿になどなれない身体になっていたものだから。
 長門さんの助言により用意したアイテムは、その後も何度もすることとなったセックスにもとても役に立ってくれた。ローションの気持ちよさは僕自身も体験したし、ゼリーもまた違った感触が楽しい。コンドームも……ときどき生ですることもあるが、そうすると彼は腹痛を起こしたりするので、やはり大切だと思う。未だに回復薬だけは試したことがないが、今度時間がたっぷりあるときに試してみるのもいいかもしれない。
 そんなことを思い巡らせ、脳内に密かに花畑を展開していた僕は、だから急に涼宮さんに話しかけられたときも、花畑から完全に脱しきっていなかった。
「……よね、古泉くん!」
「は? えっと、なんでしたっけ……」
 聞いてなかったの? と涼宮さんが口を尖らせてのぞきこんでくる。何の話だろう。さっぱりわからない。
「今日、更衣室の電気が急に切れたって話よ。言ったでしょ? 薄暗いとこで着替えたから、靴下を左右逆に履いちゃって。なんかすごい気になるのよね、あれ」
 そういえば昼休みにそんな話をしてたな、とぼんやり考えていたら、向かいで聞いていた彼が笑い声を上げた。
「ああ、そうそう。あるよな、そういうの。俺もこないだ、暗い部屋で脱いだパンツ手探りでさがして穿いて、あとで見たら裏表になっててさ」
 ああ、それは脱いだ時点で裏表になったんだろうな、と思った僕は、そのまま何も考えずに反射的に彼に答えていた。

「あ、すみません。次、脱がせるときは気をつけますね」

 ぱた、と4人が口を閉ざした。
 急に静かになってしまった場の異様な空気に、はっと我に返る。しまったと口をふさいだがすでに遅く、彼は真っ赤になって、怒りになのか羞恥になのか肩を震わせていた。
「お、ま、え、〜〜〜〜〜〜っ!!」
「すっ、すみませ……ちょっと考え事をしていて……っ」
 やばい。失言だった。せっかくさっきは、うまく誤魔化したのに!
 がしゃんと音を立てて、手が滑ったのか長門さんがカップをひっくり返す。その音で朝比奈さんが我に返ったらしく、あわあわしている長門さんが片付けるのを手伝い始めた。涼宮さんはといえば、じとっとした何とも言えない目つきで僕を見て、手に持った紙束をバサリと振った。
「ふぅん……なるほど。そういうわけで、これなのね」
「そ、それ、は……?」
「有希の書いた小説よ。夏休みあたりのあんたたちがモデルなんですって」
 読んでみる? と言われ、僕は恐々としながらそれに目を通す。まだもじもじというかおたおたしている長門さんが、真っ赤な顔でそれはと言った。
「セ、セリフとか……っ、ほとんどそのまま使ってるから……あの、まずかったら……」
 長門さんにそう言われるまでもなく、読み進めるうちに自分の顔がどんどん赤くなるのがわかった。1枚読むたびに彼にも渡し、読むようにとうながす。けげんそうだった彼も、意味がわかってくるとテーブルに突っ伏して、とうとう頭を抱えてしまった。
 なんというか……これは、夏休みのあの一連の……っ。

 ――数分後、僕らはニヤニヤしている涼宮さんの前で、意味がわからずきょとんとしている長門さんに向かって、どうか何も聞かずに頒布は思いとどまってくれと、ぺこぺこと頭を下げ続けるはめになったのだった。



                                                   END
(2012.04.04 up)
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消失長門さんは超天使。

リクエストSS 「消失世界のふたりのお初をkwsk」でした。
何のバックボーンも使命も超能力もない古泉は、脳内お花畑だなーと思いました。
あ、いちばん書きたかったのは、最後のぱんつのとこDEATH☆