年のはじめの
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 今年の正月は、空も晴れ気温も穏やかで、実に気持ちのいい日和になった。
 大晦日は蕎麦をすすりながら紅白をなんとなく流し見し、テレビで中継される除夜の鐘を聞きつつ年を越すという、実に日本人らしい過ごし方をした。日付が変わって同居人と新年の挨拶をして、その後ひと眠りしてから雑煮を食べて、近所の神社に詣でるというところまでが、このマンションに越してきて以来の定番の正月行事となっている。
 そんなわけで俺は今年も、日付が変わってから寝て起きて、のんびりと雑煮の準備を終えたところだった。
 同居人……というか、去年、その状態に区切りをつけ、家族≠ノなったばかりの相手は、まだベッドの中で布団にくるまり夢の国だ。ま、正月くらいは、ゆっくり寝てればいいさ。
 腹は減ったが、我慢できない程じゃない。あいつが目を覚ますまでのんびりしているかと考えて、俺は1階のエントランスにある集荷ポストを見に行った。やっぱり正月と言えば、日本人なら年賀状だろう。
 カタン、とポストを開けると、普段の数倍は厚みのある新聞と雑多なチラシ類にまぎれて、輪ゴムで括られたハガキの束があった。
「お、来てるな」
 大学の卒業後、就職を機に実家を出て独立してから8年。無精しているうちに年々減る一方になっていくのがなんとなく寂しくなり、数年前からちゃんと年賀状を年内に出すようになった。心を入れ替え、そうしはじめてからそろそろ……3、4年? おかげで30歳の節目を迎えた今年、ポストに届いたハガキの束の厚みは上々だ。俺は少々浮き足立ちながら、ついその場でざっとハガキに目を通しはじめちまった。さて、今年は誰から来てるのかね?
 仕事関係の会社からと行きつけの店からの、DMにも似た年賀状。実家の両親からの達筆な書面。とっくに結婚した妹からは、今年2歳になる甥っ子の写真付きだ。それと、谷口や国木田といったなつかしい面々からと、大学や社会に出たあと出来た友人たちから。
 やっぱり年賀状ってのはいいなとしみじみ思いつつ束をめくっていたら、なんだか場違いなハガキが目についた。どこか外国の……教会? の写真が使われた絵葉書だ。
「なんだこりゃ……」
 それは、年賀状には違いないようだった。が、ハッピーニューイヤーの言葉の他にもうひとつ、祝いの言葉が書き込まれている。

結婚おめでとう!

 あわてて差出人の名を探すと、そこには涼宮ハルヒの名があった。
「ハルヒの奴、どっから出してんだ」
 裏を見てみればそれはやはりエアメールで、なんと読むのか不明な国の名前がスタンプされている。今年もハルヒは、聞いても場所がよくわからない外国のどこかにいるらしいな。それにしても……一体なんで。


 心を入れ替え、年賀状を毎年送るようにした俺だったが、実はハルヒは正月の時期に世界のどこにいるのかわからず、連絡がとれない状態が何年も続いていた。だから年賀状どころか普通の手紙を送ることも電話することも出来なかったので、俺が大学在学中からはじめた長い長い交際期間を経て、30歳の区切りを目前にやっと結婚……などというものに踏み切ったことを知るはずがないのだ。
 親や親戚や仕事の関係者なんかを集めての披露宴をやったわけではなく、柄にもない海外ウェディングなどと洒落込み、ふたりきりで式だけあげたので、知っている者もそう多くないはずなんだが。一体誰が、ハルヒに知らせたんだろう。
 もしやと思いハガキの束をさぐると、思った通り中からはもう一枚、どこかの海の写真が使われたエアメールの絵葉書が出てきた。書かれているのは、賀正&祝結婚≠ニいうきっちりとした文字と、長門有希の署名。ハルヒと一緒に海外を飛び回っているはずだから、まぁ、これは当たり前だな。
 そしてもう一枚、ピンクと白の花束が描かれたハガキにやはり新年の挨拶とご結婚おめでとうございますと書かれた、朝比奈さんからのものまで発見した。未来に帰ったはずの朝比奈さんに、誰がどうやってそれを報せ、どんな経緯でこのハガキがここに届いたのか……ちょっと考えるのが怖いな。
 祝ってくれるのは嬉しいが、どんなからくりなのか気にかかる。首をひねりつつさらにハガキを繰ったら、出てきたもう一枚のハガキですべての謎が氷解した。
「これか……」
 思わず舌打ちして、差し出し人の名前を探す。思った通りの署名を発見し、額に手を当ててやれやれと溜息をついた。
 それは、今ではなつかしきSOS団のメンバー内で唯一、現在の居場所が判明している人物であるところの、古泉からの年賀状だった。
 こいつは俺がろくに年賀状を書かなかった時期も含めて毎年毎年、ずっと律儀に年賀状を送り続けてきやがるのだ。大体は、やけに可愛らしい干支のイラストの横に相変わらずの悪筆で、近況とも心境ともつかない文言が綴られているようなものを送ってくる。
 ちなみに俺からは一度も出したことはないし、もらったものに返信すらしたことはない。薄情だと言われても困るな。何故と聞かれても、必要性を感じなかったからだとしか答えようがない。それに、送られてくる年賀状は毎回、頭おかしいとしか言いようのない言葉が並んでるもんで、返信する気にもならなかったってのもあるか。
 今回の年賀状も、やっぱりいかれてるとしか思えない文面だ。内容は新年の挨拶ではあるが……まぁ、端的に言えば俺が結婚したってことを報告するものになっている。確かにこいつは知ってるはずだし、わざわざハルヒたちの居場所を調べて報告してくれたってんなら、ありがたくはあるんだがなぁ。なんか、いつもは可愛いイラストになってるところまで思わず目を逸らしたくなるような写真が使われていて、破壊力マシマシだし。こんなもんを、まさかSOS団のメンバー以外に送っちゃいねえだろうな。嫌がらせ以外の何ものでもないぞ。
「ったく……あの野郎っ」
 どうしてくれよう、と思いつつ、俺は新聞とチラシと年賀状を持って、とりあえず部屋に戻ることにした。殴ってやりたくても、今この場じゃ無理だしな。


 エレベーターで上階に上がり、ずっと住んでた場所じゃあるが、正しくは現在は新婚家庭というべき我が家に入る。最愛の同居人……いや、奥さ……いや、えっと……家族? はまだ、ベッドから出てきてはいないらしい。俺は年賀状の束を持って、寝室のドアを開けて中に踏み込んだ。
 キシッとかすかに床が鳴ったが、ベッドの上の布団の山は動かない。俺は枕元に立ち、いまだに安らかな寝息をたてているそいつを覗き込む。その顔にそーっと手を伸ばし――。

 思いっきり頬をひっぱり、ギリギリとつねりあげた。

「痛たたたたたたたたたたたたたたーーーっっ!!!!!!」
 安眠をぶち壊され、そいつは悲鳴を上げて飛び起きた。そういやパジャマを着るのも億劫だったから、裸のままだったな。どうでもいいが丸見えだ。朝っぱらから。
「なんて起こし方するんですか! 正月早々!」
 頬を抑えて涙目のそいつに、俺は年賀状をババ抜きのカードみたいに広げてよく見えるようにしながら、にっこりと微笑んでやった。
「おはよう。今日は正月晴れだぞ、……古泉?」
 去年、大学在学中からずっとダラダラ続いていた交際と、卒業後から始めた同棲に区切りを付け、日本の法律では配偶者との記載は無理な戸籍はそのままに、そいつたっての希望で海外の同性婚OKの教会で結婚式を挙げて、めでたく恋人から家族へと名称を変えることとなった相手……あー説明長ぇ……で、あるところの古泉一樹は、すぐに事態を察したらしく逃げ腰になった。
「これ、なんだと思う」
「えーっと……今年も年賀状が、いっぱいで……」
「うん。お前にも来てるぞ。会社関係とか、あと森さんとか新川さんからも」
「そ、ですか……」
 そう言いながらも古泉の目の前にひらひらさせてるのは、ハルヒたちから来たものと、古泉自身がわざわざ送って来た年賀状。
 うん。言いたいことはわかるぞ。だが説明を求められても困る。
 俺がまだ実家にいた大学在学中はともかく、その後同棲を始めてからも、古泉はなぜか毎年のように、一緒に住んでいる俺宛に年賀状を送ってくるってだけの話だ。しかも毎回毎回、アホかってほど恥ずかしい文句で埋め尽くされてて、読むだけでHPがガリガリ削られるやつをな。理由をはっきり聞いたことはないが、古泉の自己満足につきあう義理もないんで、返事はいつもスルーさせてもらってる。が、まぁ今はとりあえず、その話は置いとこうじゃないか。
「……説明してもらおうか?」
 これのな、と一枚抜き出して目の前に突きつけたのは、もちろん件の年賀状だ。古泉は布団の端を持って胸に引き寄せながら、てへ、と照れ笑いした。昔と変わらずイケメンじゃあるが、もう年相応にゴツくなった30男がやっても可愛くねえよアホ。
「よくできてるでしょ? 頑張って作ったんですよー」
「…………」
 それは、去年やった結婚式で撮ってもらったチャペルの前での1枚を、これでもかってくらいのド恥ずかしいテンプレ結婚報告風にデコったハガキだった。僕たち、結婚しました!≠フ文字と、白いタキシードを着て満面の笑みの古泉と仏頂面の俺の回りを、ピンクのハートが飛び交い、花やら天使やらが飛び回っている乙女チックにもほどがあるだろってデザインだ。とても正気とは思えんな!
「涼宮さんたちには、新年に届けるのは難しかったので先に送っておいたんです。それでお返事くださったんですね」
 ああ、それでか。先に報告しておいたのかもとも思ったけど、やっぱりこのイカれた年賀状で知られたんだな、ハルヒたちには。しかもお前、もしかして連名で送ったろ。俺と。
「当たり前じゃないですか! 僕たちの結婚報告なんですからねっ!」
 といって胸を張るアホに思いっきり枕を投げつけた。
「するなら普通にしろ! 俺の頭がどうかしたかと思われるじゃねぇか! まさかとは思うがお前、SOS団の連中以外に送ったりしてねぇだろうな?」
「……えっと」
「お前もしや、うちの親とか妹とかに」
 大慌てで古泉は、両手を大げさに振って否定した。
「いえまさか! ご両親には普通のものをお送りしましたよ!」
 ふーん、と俺はさらに不審の目を向ける。両親には≠チて言ったな?
「妹には?」
「………………えっと」
 古泉のアホはわかりやすく、目を逸らして泳がせやがった。
「おい……」
「だ、大丈夫ですっ! 封筒に入れて、妹さんの親展にして出しましたからっ!」
「そういう問題か!」
「お電話で年賀状のことをちょっと話したら、ぜひ欲しいと言われたんですよ! 結婚式にはお呼びできなかったんだし、しょうがないじゃないですか」
「というか、まず話すな!」
「だって、あんまり嬉しくてつい!」
 この野郎、と、さっき投げた枕を回収してまたぶつけてやろうと手を伸ばしたら、その腕をつかまれてひっぱられた。身を乗り出してた俺はバランスを崩して、あっという間に古泉の裸の胸に抱き寄せられちまう。
「何をしやがる。離せ」
「嫌です」
 きゅっと抱きしめられて頬に触れた古泉の裸の胸は、外気にさらされていたせいか、ひんやりとしていた。ふふっ、という笑い声と一緒に落ちてくる息がくすぐったい。
「結婚して、はじめてのお正月ですね。昨夜も言いましたが改めて、あけましておめでとうございます。本年も……いえ、本年といわずこれからずっと先も、よろしくお願いしますね。奥さん」
 そうして心底幸せそうな笑顔で、古泉は唇を寄せてくる。
 まぁな。そうする覚悟が出来たからこそ俺は、こっ恥ずかしさとかいたたまれなさとかバレる危険性とか色んなものを乗り越えて、海外での同性結婚式なんて、俺的にはありえないシロモノをぶちかましてきたんだ。だからその言葉は俺にとっても願ったりなものであるので、ここであたりまえだろとうなずいて、キスを受け入れてやるのは吝かでない。
 が、それはそれ、これはこれだ。
「誰が奥さんか」
「痛たたたたたたたたたたたた」
 唇が目標地点に到達する寸前、至近距離に来た頬を再び指でつまんで、思い切りつねりあげた。そりゃ立場的にはそっちかもしれんが、認めん。断じて認めん。……ああいや、今言いたいのはそっちではなく。
「ごまかそうったってそうはいかん。それで、あとは誰に出したんだ? あの黒歴史殿堂入り決定年賀状を」
「いひゃい、いひゃいですぅ〜〜〜〜〜」
「素直に白状しないと、雑煮にわさび練り込むぞコラ」
「い、言いまふ、から、はらしてくらさい〜〜〜っ」
 それを聞いて仕方なく手を放してやったら、古泉は涙目で頬をさすりつつ、伸びたらどうするんですと文句を言う。知るか。
「いいから言え。あと何枚出してやがるんだ。ハルヒたちと妹んとことあとどこだ」
「そんなにたくさんは……ああはい、すみませんえっと……元機関の方々です」
 ……なんだと?
「森さんと、新川さんと、多丸さんたちに……」
 再び、てへ、なんて擬音がつきそうな照れ笑いで、古泉が頭をかく。だから、可愛くねえって。
「あの人たちに、こいつをか」
「はいっ」
「バカだろお前……」
 同年代のハルヒたちや、妹ならまだシャレですむ。が、あの人たちはいまや社会的地位もある立派な人生の先輩方で……ああもう、穴があったらコイツ埋めたい。
「みなさんにはずっとご心配をかけてきたので……ぜひ、僕の最高に幸せな姿を見ていただきたいなと思いまして」
 俺が頭をかかえて悶絶してるってのに、古泉のやつは掛け布団の上に散らばった年賀状の中から自分が出した1枚を拾い上げ、相変わらずにこにことゆるんだ笑顔だ。あのころの張り付いた笑顔の仮面とは、確かにくらぶべくもない。
「いい写真ですよね」
 ハートマーク飛び交う悪趣味なそいつを眺めながら、古泉はさらにふにゃりと笑った。……ったく、なんだその顔は。馬鹿野郎が。
「……よし、お前の雑煮はわさびとカラシと納豆入りな」
「えっ、な、なんですかその罰ゲーム的お雑煮は。ちゃんと白状したじゃないですか!」
「うるせえ、文句あるならそれにケチャップのトッピングすんぞ」
 ひどい、ひどすぎる! と泣き伏すアホを放り出し、俺はベッドから降りてビシッと指を突きつける。
「たかが結婚式くらいではしゃぎすぎだっ! 最高に幸せな姿だと? 馬鹿言ってんじゃねえよ」
「えっ、あの」
 うろたえた顔の古泉にもう一言。最高ってのはもうそれ以上、上がないってことだぜ?

「……これからだろうが。本番は」

 一瞬の後、意味を理解した古泉の手が伸びてくる前に、俺は古泉用スペシャル雑煮を用意するべくそそくさと寝室をあとにした。
 ああもう、正月から無駄なエネルギー使わせやがって。恥ずかしい。
 むかついたから、さらにマヨネーズも入れてやるぜ。
 残したら承知しねえからな!


                                                   END
(2012.01.15 up)
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お正月小ネタ。
叙述トリックみたいなことをちょっと……と思ったのですが、なんだか中途半端に。
一瞬でもあれっ?と思ってもらえれば orz

古泉がなんでマッパで寝てるのかはまぁ、ご想像の通りです(笑)