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「今回の事件でわかったことは、実はかなり多いのです。まぁ、そうは言ってもほぼ予測というか、推測の域を出ないことばかりですけれど」
 雨が降っている。
 放課後の部室の中、他の3人はもうとっくに帰宅して、ここにいるのは俺と古泉だけだ。
やりかけだった象棋の決着をつけるという名目で残った俺たちは、すでに勝敗の決した棋盤を片付けもせず、降り続ける雨の音を聞いている。
「未来から来た朝比奈さんと藤原さん……仮名のようですが本名が不明なので、とりあえずこう呼びますね。そのお二人のやりとりを聞いた限り、どうやら朝比奈さんが規定事項とする未来は、彼女本人の消失すら可能性に含まれるような、あまりよくないものであるようです。ただ彼女はそんな未来を肯定しながらも、そのままでいいと思っているわけではないらしい。彼女自身の思惑かどうかは不明ながら、そこになんらかの策略が存在してることは確かなようです。……聞いてます?」
 はぁ、と息をついて、俺は無言でうなずいた。それはよかった、とか言ってるが、俺の意識が話から逸れがちなのは、確実にこいつ自身のせいなんだがな。
「もうちょっと、ゆっくりしましょうか……」
 ぐち、と水音が鳴る。耳元でそう囁かれるのと同時に、背後からまわって、俺に絶え間なく快感を与え続けていた手の動きが、少しゆるやかになる。確かにそれで、思考の全部を持って行かれそうだった感覚は弱まったが、これはこれでもどかしい。
「大丈夫ですか?」
 そう聞かれると、なんとも答え辛いな。そりゃあ、今はSOS団の根城となっている文芸部部室の片隅の床で、男が男に背後から抱かれるように坐っていて、しかもズボンやら下着やらをずらして剥き出しになったアレをいじられて息を荒げてんだから、頭大丈夫かと聞かれたらダメかもしれんと答えるしかない。まぁ、いじってる本人である古泉の質問の意図は、そうじゃないんだろうが。
 俺はひとこと、いいから続けろ、とだけ返答した。言っておくがこの行為をって意味じゃないぞ。話を、だ。
 どっちの意味にとったのかはわからないが、古泉は、はい、とだけ言ってまた再開する。手を動かすのと、口を動かすのと両方を。
「彼女は規定の未来にすすむよう歴史を修正しつつ、それでもその暗い未来をなんとかしようと奔走しているらしいですが……そのためにどうあっても、涼宮さんの力と、補助としてのSOS団メンバー、そして鍵≠スるあなたを必要としています。さらに涼宮さんがその力を遺憾なく発揮するためには、メンバーの団結力が確固たるものであることが重要らしい。憶えているでしょうか。去年の涼宮さんの自主映画騒動の際、お酒を飲まされた朝比奈さんがもらした言葉があったでしょう? 涼宮さんと諍いを起こしたあなたにとりすがって、なかよくしないとだめなのです、そうしないと……と言いかけ、これ禁則事項でしたとまで言ったあれです。まぁ、あのときのあなたは相当頭に血が上っていたようでしたから、憶えてらっしゃらなくても不思議はないですが」
 アホ言うな。そんな酔っぱらいの戯言……すみません朝比奈さん……ええと、寝言みたいなものを、いちいち憶えてる方が不思議だっての。
「そうですか? 彼女がうっかりもらしてしまう言葉の数々は、なかなか参考になりますよ。未来を推測するためのね」
 古泉の声には、少しばかり得意そうな色が含まれている。そりゃ朝比奈さん(大)から、聡すぎるとまで言われて警戒されたくらいだからな。自慢しても罰はあたらんだろうよ。
 ゆるゆると刺激されるそこからの感覚に、少し焦れてくる。あまりに弱い刺激がもどかしくて自然に腰が揺れ、それに気づいた古泉がくすっと小さく笑みをもらした。
「もうひとつわかったのは、涼宮さんの力が有限であるということです。また、それなりの条件を満たした器があれば、宇宙的な存在の方々にならば移動させることが可能であり、また以前に長門さんが実行したように、外部から利用することが可能であるということ。そしてさらに……」
 いきなり古泉の手に力がこもり、にわかに動きが速くなった。いままで触れられていなかった先端部分を強く握られ指先でぐりぐりと刺激されて、こらえきれない声がもれる。不随意にビクビクとはねる身体を強く抱き込まれ、古泉の手の動きにつられて身体の奥から熱がこみあげてきた。
 耳元で、古泉が囁く。熱っぽくはあるが、決して甘い睦言なんかじゃない。
「――さらにはっきりしたのは、その力を移動させるためには、なぜかあなたの許可が必要だということです。涼宮さんでも佐々木さんでもなく、彼らはあなた≠フ許可を取りに来た。なぜでしょうね……?」
 そんなの知るか。
 上擦りそうになる声を必死に押さえて、俺は吐き捨てる。
 あんな、何考えてるかわからん宇宙人のすることなんて、俺にわかるはずがない。
「でも、長門さんだってそうでしょう? どうしてか彼女は、あなたにだけは従順だ」
 右手の動きがさらに激しくなる。いつのまにかシャツの内側に潜り込んでいる左手が、俺の胸にある性感帯をもてあそぶ。耳朶を舐められ、引きつるような声を上げながら俺は、古泉がそろそろ俺をイかせようとしてるってことに気づく。
 今日が初めてってわけじゃない。こいつのそういう意図だって読み取れちまうくらいには、俺たちはこんなしょうもないことをくり返してきちまってる。
「爪をたてないで……」
 身体の奥からじりじりとこみあげる熱に逆らえず、俺は目を閉じ脚に力を入れた。容赦ない責めに追いつめられる。今しも飛びそうな意識を繋ぎ止めるため古泉の左手に必死にしがみついて、熱い息と一緒に、もう出る、と低く叫んだ。
 どうぞ、と許可されたからでは断じてないが、そう言われたとたんに俺は達して、身体を痙攣させながら、白濁を古泉の手の中に吐き出した。
「……たまってらしたようですねぇ」
 ぐったりと脚を床に投げ出し、肩で息をする俺の耳に聞こえる古泉の声には、さしたる感情はこもっていない。当然の帰結を見守る科学者みたいな、無感動な声だ。
「まぁ、許可云々についての答えを得るには、さすがに判断材料が少ないので保留にせざるを得ないわけですが……」
 手の中に吐き出された俺の精液をティッシュでぬぐいつつ、古泉は何事もなかったように話を続けた。俺を抱く腕をはなすわけでもなく、丸めたティッシュをそのへんに放りだして、再び俺のそこに手を伸ばす。普段あまり自分でもしないせいか、時々するときは大体1回じゃおさまらないってことももう、とっくに知られているのだ。
「未来側の思惑、TEFI側の都合、そして機関の期待。すべての大前提がどこにあるか、さすがに今回のことで、いかに鈍感なあなたにも理解できましたよね?」
 裏側を丁寧になぞられ、ぞくりと背筋に走る戦慄に耐えて、俺はなんとか普段通りに肩をすくめてみせる。
 さぁな。俺がしなくちゃならないこと、俺だけができることは、とりあえず俺がしたいことと合致してる。が、お前が嫌みったらしく示唆するそれが前提条件だってのには、大いに疑問を感じるな。
「いまさらそれですか? 困った人ですねぇ……まんざらでもないくせに」
 呆れた風な笑い声をもらす古泉は、聞き分けのない子供に言い聞かせるように言葉を継ぐ。
「そう……すべての可能性の大前提とは、あなたと涼宮さんが結ばれることです。おふたりがお互いを必要とし、信頼しあうことこそが、我々のこの世界と朝比奈さんの未来を守るための絶対条件なんですよ」
 まるで宇宙の法則を語るかのように、しれっとした声色で古泉は言う。だが慣れた様子で俺を追いつめるその手は、一向に止まらない。
「――だったらなんで」
 表情一つ変えずに作業を続ける奴の秀麗なツラを、無理やり振り返って睨みつける。乱れる息の下から精一杯の嫌みをこめて、その疑問を投げつけてやった。
「なんでお前は俺に、こんなことを、する……?」

 いつ、どんなきっかけで始まったかは、今さら説明する気はない。ただ今回の事件がはじまるよりもかなり前から古泉は、一方的に俺の欲望を育てては吐き出させるこんな行為を、度々くり返してきた。
 みんなが帰ったあとの部室で。移動後の誰もいない教室で。昼休みの男子トイレの個室だったこともある。ただし、こいつが俺に何かをさせようとしたことは一切ない。行為はいつだって一方通行で、何かが交換条件になったことすらない。
 俺の質問にほんの数秒だけ古泉は手を止め、だけど俺と視線をあわせないまま、再び作業を開始した。これもいつものことだ。こんな時に古泉は、甘い言葉をささやくどころか、俺の顔すら見ようとしない。だからどういうつもりでこいつがこんなことをしてるのか、俺にはさっぱりわからない。
「自分でするより、気持ちよくないですか?」
 そういうことを聞いてるんじゃない。言下にそんな意味をこめてさらに睨みつけると、その気配を感じたらしい古泉は肩をすくめた。下を向いているせいで顔のほとんどは長い前髪に隠れているが、微笑する口元だけがかろうじて見える。
「そうですねぇ。戦略のひとつ、と思っていただいていいですよ」
「……戦略?」
 なんだそれは。
「無条件であなたの庇護を獲得できる朝比奈さん、様々な能力と一途さであなたの信頼を勝ち得ている長門さんとくらべて、男であり通常空間ではさしたる力を持たない僕はあまりにも不利ですからね。ああ、それなりに信頼いただいていること、友人だと思っていただけていることは知っています。だけど僕は、あなたから完全に信頼されるには、隠し事が多すぎる」
 まぁ、そうだな。橘京子が言っていたことが本当だとするなら、お前は俺にずっと嘘をつき続けてたってことに……いや、違うか。すべてが嘘ではないのだろう。ただ、俺に言えずにごまかしていることがたくさんあるだけだ。
「あなたに、必要とされたいんです。しかしすべてを打ち明けるには、まだ時期ではない。なのでこれは、ほんの付加価値だとでも思っていただければ」
「うあ……っ! ちょ、待て……っ」
「あなたは何も考えず、ひとときの快楽に溺れてくれればいい。ただの戯れです。深い意味なんてないんですよ」
 それ以上考えることを阻止するかのように、俺を握りこんだ手の動きがスピードを上げた。ぐちゅぐちゅと響く淫猥な音と俺の押し殺した嬌声が、薄暗い部屋の中に響く。おしゃべりの時間は終わりだとでも言うのか、古泉はそれきり口を閉ざしたから、俺の意識はたぶん古泉の思惑通りに、他人の手で紡ぎ出される快感だけに集中した。
「ん……っぁ……っ……」
 ガクガクと腰が揺れる。俺の身体を支える腕にぎゅっとしがみつき、こいずみ、と呼んだ。返事はない。幾度か寸前で堰き止められ、いいかげんにしろと我ながらひどい声で文句をつけたら、ようやく小さな笑い声とともに、すみませんという声が返ってきた。
「や……イく……、もう……っ!」
 目蓋の裏に光が瞬く。2回目だというのに我ながら呆れる量のそれを、叫び声とともに盛大に吐き出して、全身の力を抜いた。身体がダルい。今は何も考えたくない。
 そのまま俺はぐったりと古泉にもたれかかり、ほとんど気絶するような眠りに引き込まれていった。


 ――だからそれが、夢だったのか現実だったのかなんてわからない。
 ゆっくりと俺の頭をなでる手が、誰のものだったかも曖昧だ。まぁ、状況的に候補はひとりしかいないんだが。
 降り続ける雨の音が、やわらかに耳を打つ。絶え間なくさやかに奏でられる雨音のメロディの中、かすかに、まるでノイズのように、誰かがささやく声が混じる。
 つまり、邪魔者は僕ひとりなんですよ、とその声は言っていた。
 あなたと涼宮さんが結ばれることは、規定事項。そうなるように、すべての事象は動いている。そのはずです。……だから、僕のこの気持ちは何かの間違いに決まってる。こんなものは、プログラムの実行を阻害するやっかいで悪質なバグに過ぎません。すみやかに消し去るのが、唯一の正解なんです。
 ぎゅう、と抱きしめられる感触。声の主はそれきり黙り込んで、震える息を吐いた。
 雨は降り続ける。眠りと覚醒の狭間を漂いながら、俺は夢のものとも現実のものともつかない雨音を聞いている。
 お前が言ってることの意味なんて、わからない。
 わかろうとは思わない。
 ただ、ばかだなぁ、と思うだけだ。

 俺は何も答えを出さないよ。今んとこはな。
 お前がお前自身と折り合いをつけるまで、知らないフリを続けるさ。
 その方がいいんだろう?
 なぁ、古泉。



                                                   END
(2011.06.03 up)
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『驚愕』読了時点での、展開予想&古キョン的捏造妄想。
原作では、古泉はキョンと熱い友情を築いてくれたらいいなと思います。