コタツ生活はじめました。
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 実家を出て部屋を借りて生活するにあたり、俺にはひとつの野望があった。
とは言ってもまぁ、そんなに大層なことじゃない。
単に、冬にくつろぐ部屋に、コタツを導入したいというだけの話だ。

 俺が中学の時分には、実家のリビングにもコタツがあった。
だがある年、年代物だったエアコンをエコでクリーンな最新型に買い換えたことを契機に、リビングからコタツが撤去されたのだ。
 俺とオヤジはずいぶん反対したものだが、コタツがあるとあんたたちがまったく動かずゴロゴロしてるのが邪魔なのよとオフクロに一蹴され、我が家の男性陣は一言も反論できずに、結局コタツは物置の中へと移動を余儀なくされた。
 だが俺は、コタツをこよなく愛する日本人だ。親元を離れ、自分の部屋を借りた(まぁ、家賃は今んとこ親がかりだが)現在、暖房器具としてぜひコタツの再来をと願うのに、なんの不思議があろう。
「コタツ……ですか?」
 が、そろそろこの部屋にも暖房が必要だと感じ始めた頃を狙い、コタツの導入を提案してみたところ、同居人……いや、タダの同居人ってわけでもない、んだ、が……ま、まぁ、とりあえずその同居人たる古泉は、なんともいえない渋い顔をしやがったのだ。
「なんだよ。嫌いなのか? コタツ」
「いえ、嫌い、というわけではないんですが」
 そういいつつも、じゃあいいんだな? と念を押すと、うなずこうとしない。時々こいつが見せる言いたいことがあるのに言い出せないときの顔で、目をそらすばかりだ。
「嫌いじゃないのに、なんで反対なんだ。理由を言え」
「別に反対というわけではないです。ただ、無駄なのではないかと思うので……」
「思いっきり反対してんじゃねえか」
 なんだよ。お前もうちのオフクロと一緒で、コタツから動かなくなるのが嫌なのか。それとも部屋がせまくなるって? もともとこのマンションは、しがない大学生の俺たちには分不相応なほど広いんだから、ちょっとぐらい占有したってかまわんだろうが。
「確かにこの部屋は広いですけど……コタツなんかで暖をとらずとも、エアコンで充分あたたまるではありませんか」
「わかってないな、お前は!」
 賢しいことを言う古泉に、俺は腕を組んで、コタツの魅力を力説する。
「あったかさだけの問題じゃない! 真冬の寒い夜、コタツ布団に足を突っ込み感じる安心感! 家族が一カ所に集まり、みかんを食べながらダラダラとテレビを見つつすごすひとときの団らん! 眠くなればそのままゴロリと横になり、あったまった身体でうとうとする至福の時間! 日本人に生まれてよかったと幸せを噛みしめるその素晴らしさがわからないとは、本当に日本人かお前は!」
「はぁ……」
「はぁじゃねえよ。嫌なら嫌で、ちゃんと理由を言いやがれ。理由次第では一考してやらんでもないぞ」
「ですから、別に嫌ではないと……」
 ああ、もうこいつは!
 さっぱり煮え切らない態度のまま、古泉は目を泳がせつつそんなことを言いやがるから、俺のイライラはついに頂点に達した。
 わかったもういいと吐き捨てて、さっさと自分の部屋に引っ込む。ドアを閉めるとき、ちらりと見えた古泉はずいぶんと情けない顔をしていたが、知るか。



 翌日、古泉に行き先を告げずに外出した俺は、実家の物置を漁って、昔使っていたコタツを引っぱり出した。型は古いが、コンセントをさしてみたところまったく支障なく使えることが判明したので、オフクロに断り、梱包したそれを担いでマンションに戻った。
 古泉はどこに行ったのか留守だったから、一人で近くのホームセンターに行き、安いコタツ布団とマットのセットを購入してさっさとセッティングをすませた。
「はー……あったけぇ……。やっぱり日本の冬はこうでなくちゃな」
 さっそくもぐり込んで至福の溜息をついていると、古泉が帰宅したようだ。リビングに入り、コタツでご満悦の俺に気がつき、動きを止めて目を見開く。
「……買ったんですか?」
「うちから古いの持って来た。コタツ布団は、なかったから買ったけどな」
 自分のバイト代で買ったんだから、文句言われる筋合いはねえぞ。そんな意味合いをこめてにらみつけたら、てっきり怒るかと思った古泉は、なんとなくしょんぼりと肩を落とした。
「まぁ……持ってきてしまったものは、しょうがないですよね」
 コーヒーでも淹れますね、と言ってキッチンに立った古泉は、やがて二人分のコーヒーを持ってコタツの方に近づいて来た。カップを天板に置き、俺がソファを背にした場所に座っているのでその90度横の一辺に、座って足を入れた。
 あたたかいですね、と微笑む顔に正直拍子抜けして、俺はただ、そうだろ、としか言えなかった。まったく、なんなんだよ。

 こいつが俺の提案に対して、反対意見を言うことは割とめずらしい。
 高校時代は、機関≠ニやらの職務のせいでそれはそれは見事なイエスマンであり、ハルヒのみならず俺にまで滅多に逆らうことなんてなくて、俺はそれがことのほか気に入らなかった。
 そして高校を卒業し、お互い大学に進学するにあたって、主に俺の事情からルームシェアを始めて約1ヶ月後。紆余曲折の果てに俺たちの同居≠ヘ、同棲≠ヨと名称変更する成り行きとなった。当然のごとく、俺たちの関係も友達から……こ、恋人、同士、とかいうもんに呼び名が変更されることになったのを機に、俺は古泉の、なんでも飲み込んで我慢しちまう性格を変えてやろうと躍起になった。
が、色々と試行錯誤したあげく、どうやらこいつは我慢しているわけではなくて、甘え方が本当にわからないんだと悟るに至ったのが、身体をかわすような深い仲になってからのことだ。
 だから俺はそれ以降、お前はもっと俺に意見すべきだワガママを言えいいから俺に甘えろとさんざん言って聞かせまくってきた。その甲斐あってか同居数ヶ月が経過しようというここ最近、古泉はようやく少しずつ自分の意見を主張するようになってきたのである。
 それを俺は喜ばしいことだと思っているのだから、コタツが嫌ならちゃんとそう言えばいいのだ。俺はもちろん譲る気はないが、話を聞く耳くらいは持っているんだし、お互いそうやって意見を言い合って、妥協点を見つけ出すのが普通だろう? だってのになんでこいつは、そのくらいのことをしようとしないんだよ!
 ……なんてな。たかがコタツくらいで、何を熱くなってるんだろうね、俺は。
「……コタツだけにってか。アホか」
 自分のボケに自分で突っ込んで、アホらしくなって天板にこてんと頭をのせた。
 まったく、ここ数ヶ月の俺の努力は、一体なんだったんだ。
「どうしたんです?」
「べっつに?」
 コタツを導入してから数日。夕食後、くつろいでいる今現在も、古泉は文句も言わずに右側の一辺に座って、ノートパソコンに向かいながらコタツにあたっている。正直、なんであんなに嫌そうだったのか、いまだに理由は不明だ。
「古泉」
「はい?」
 モニタ画面から目を離し、古泉が俺の方を向く。
「俺たち、つきあい始めてどれくらいだっけ……?」
「な、なんですかいきなり」
 俺の唐突な言葉に面食らったのか、古泉は目をしばたたいた。動揺しすぎたのか湯飲みを倒したが、中はほとんど空だったらしく大事には至らずにすんだ。
「えっと……半年、かそこらだと思いますが……それが?」
 俺が何を言い出すのかと、恐々としているのがわかる。不安にゆれる古泉の表情を見て、こんなことで怖がらせるのも申し訳ないと思い直した。
「いや別に、ふと思っただけだ」
「一体、どうしたんですか……」
「なんでもねえよ。コタツはあったかいよな」
「はぁ?」
 ごそごそとコタツ布団を肩までかぶり、天板に顎をのせて目を閉じる。赤外線の熱がじわじわと身体をあたためて、思考もぼんやりとしてきた。
「確かに、あたたかいですが……」
 しばらく何か言いたげな視線を俺に向けていた古泉が、視線を落としてぼそぼそとつぶやいた。俺は片眼をあけて、そんな古泉を見上げた。
「あん?」
「足だけ、ですよね」
「は? あたってりゃ、だんだん身体全体あったまってくるだろ?」
「いえ……上半身は、けっこう寒いですよ」
 そう言ったきり、古泉は黙り込んでまた視線をモニタへと向けた。だがキーボードに乗せた手は一向に動こうとしないので、作業に集中しているわけではなさそうだ。なのに、古泉はずっと画面から視線をはずさない。
 その横顔を眺めているうちに、ふいに俺の中に閃くものがあった。

 あー……そうか。わかったぞ。
 わかっちまったよ畜生め。

「ったく……」
 俺は思わずその姿勢のまま深く溜息をついてから、顔を上げた。
「お前は、コタツの真の醍醐味のなんたるかがわかってないな。古泉」
「え?」
 いきなりの言葉の意味がわからなかったらしく、古泉がびっくりした顔で俺を見る。
「もしかしてお前の実家、コタツなかったんだろ」
「え、ええ、まあ……物心ついたときから、ずっとエアコンでしたけど」
 それが何か? と首を傾げる古泉にやっぱりなと嘆息しつつ、俺は無言で足を伸ばして、古泉がコタツの中で軽く組んでいる足の膝のあたりをつついた。
「えっ?」
 びくっと身をすくませるのをかまわず、すました顔で奴の足を先の方へとたどっていく。すると古泉は、あろうことか靴下を履いたままだったのだ。なんたる邪道だ。
「え、ちょ、な、何するんですか!」
 両足の指と、それだけではうまくいかなかったので手も少し使い、靴下をひっぱって無理やり脱がせる。そして素足になった足の甲をすりすりとこっちの足でさすりつつ、そのままするりと、ジーンズの先から中へと足を突っ込んでやった。
「や、めてください! くすぐったいですっ。あ、ちょっとどこを」
 ふくらはぎをぷにぷにしながらもう片方の足で太ももをなでたら、古泉は真っ赤になってあわてて足を崩して腰をひいた。それまでは素知らぬ顔で観察していた古泉の表情が変化が面白くて、思わず吹き出してしまう。と、キッとまなじりをつり上げた古泉は、生意気にも反撃を開始しやてきがった。
「うひゃっ! お前それやめっ、うはは」
 足の指を器用に使って、俺の足の裏をくすぐってくる。弱いところを攻撃されてひとしきり身悶えた俺は、この野郎と笑いながらコタツ布団をめくって中に頭を突っ込んだ。
「ええっ! それは反則ですっ!」
「うるせぇ! 仁義なき戦いにルールなどないっ!」
 そのままコタツにもぐり込み、暴れる足を押さえつけつつぐいぐいと身体をくぐらせて、座っている古泉の腹あたりから頭を出した。ぷはっ、と息をついて、ほとんど押し倒す形になった身体の両脇に手を置いて見下ろしながら、にんまりと笑ってみせる。
「まいったか」
「もう……あなたって人は……」
 古泉は真っ赤な顔を腕で覆って、俺をにらみ付けている。
 うん。まぁ、いくらコタツの醍醐味ったって、普通はここまではやらんな。今日はあれだ。大サービスだ。
 古泉が上半身を起こすのに手を貸してやり、俺はそのままその場所に尻を落ち着けて、古泉の身体を背もたれ代わりに寄りかかる。しばし躊躇していた腕が後ろから俺の腰にまわり、抱きしめる形におさまってから、俺はちらりと背後に視線を向けて言った。
「なかなか悪くないだろ? コタツも」
「……………………はい」
 答えるまでいくらか逡巡したのは、古泉なりの照れ隠しだろうか。
 つまり古泉は、コタツがあるといままでソファや床に座っていたときのように、寒がりの俺が熱源を求めてくっついたりしなくなるのが不満だったんだな。ホント、恥ずかしいというか、ウザいというか……しょうがない奴だ。
 それを見抜かれたと察して、今、奴はかなり気まずそうに視線をさまよわせている。
「……ったく。言いたいことがあるんなら、さっさと言えばいいだろ」
 そう言ってやると、古泉は俺の肩に顔を埋め、耳許でぼそぼそとつぶやいた。
「言えるわけないです……こんなこと」
 だって言ったら絶対引くでしょうあなた、と言われ、少し考えてあーそうかもなとうなずいた。俺のことだ、きっとウザイのキモイのと盛大に悪態をついちまったに違いない。
「まぁ実際、正気の沙汰じゃないだろ。大の男が二人して、こんなせまいとこで」
「なんですか、自分からしといて」
 ひどいですねと苦笑いして、古泉は抱きしめる腕に力をこめる。俺だって、冷静に自分のやったことを思い返してみると、いまさらのようにじわじわと恥ずかしい。ああもう、アホだな俺!
「けどまぁ……古泉よ」
「はい?」
「とりあえずだな。俺にして欲しいこととか、その逆とか、飲み込まずにちゃんと言えよ。そりゃ、全部お前の言うとおりになんてしてはやれないが、それならそれで話し合って、いろいろ決めていこうぜ。そうやってちょっとずつ、俺たちのルールってやつを作っていこう……先は、長いんだからさ」
 俺のその言葉に、古泉はなかなか返事をしなかった。どうしたんだと振り返ってみたら、奴はじっと俺を見つめたまま、なんだか泣きそうな顔をしていた。
「なんだよ。なにか文句でもあるのか」
 すると古泉は、あわてて首を振って泣き笑いの顔になる。
「いえ……あなたが、この先を長くする予定でいてくれてるのかと思ったら、嬉しくて」
「お前にその気があるならだけどな」
「僕としては最初から、いまわの際まで希望ですっ」
「マジで長ぇなそりゃ」
 まぁいいか、と肩をすくめたら、さらにきつく抱きしめられた。苦しいって。
「しかし、さすがにこの体勢はせまっ苦しいから度々は無理だな。けどたまになら……っておい、どこ触ってる」
 肩にのっかった古泉の頭をぽんぽんと叩きつつ溜息をついていたら、いつの間にか腰を抱いてる手が、何やら不穏な動きを始めていた。Tシャツの上から探るように、さわさわとうごめいている。……しまった、油断した。
「いえ……ちょっと、思い出したことがありまして」
「何をだ、ってこら古泉……っ!」
 何をしやがる離せとわめいても、長い脚で腰をがっつりと挟み込まれて動けない。しかもなんか手が、おいシャツひっぱるなベルトはずすな中に突っ込むな!
「っひ……!」
 馬鹿野郎! いきなり握んなヘンな声出たじゃねえか。しかもお前、あたってんぞ何かが! 腰に!
「仕方ないでしょう? あなたが可愛い声出すからですよ」
「ってそりゃ不可抗力だって……っ、も、馬鹿、やめ……っ」
「やめていいんですか? もうあなたもこんなだし……ここでやめたら、つらいだけだと思いますけど……?」
「ちくしょ……っ」
 もともとすっぽりと古泉の腕の中だったせいで、ろくに抵抗もできない。耳を舐められ首筋にキスを繰り返され、前をいじられてぞくぞくする。たまらない感触に耐えてるうちに、古泉の指はいつのまにか俺の後ろをさぐって、そこの準備をはじめていた。ちょっと待ておい!
「おまっ……この状態で突っ込む気かっ!」
「大丈夫です。前に何かで見たことが」
 ぐり、と中を擦られて、悲鳴をあげる。大丈夫ってなんの根拠が、それともさっき何か思い出したって言ってたのがあれなのか……と、聞き返そうとした瞬間、あてがわれていた熱いモノが、グッと中にねじこまれた。
「待っ、お前、ゴムくらい……っ」
 せめてゴムをつけやがれという俺の抗議をまるっと無視して、古泉は後ろからぎゅっと俺を抱きしめ、挿れたままゆるゆると腰をゆすりはじめた。
「うぁ、は……っ、こいず……っ」
 コタツの天板に両手をつき、息をつめて押し殺した嬌声をあげる。体勢のせいかあまり激しく突かれたりということはないが、古泉はその分、俺のイイ部分を探るようにゆっくりと動いている。いやらしい音をたてつつ前をいじっている手も、服の裾からもぐり込んで乳首をつまんだりこすったりしている指も、イかせるためというよりは、ただもてあそんでる感じだ。やばい……なんかじわじわくる……。
「っや……も……いいかげん……に……っ」
「せっかくですから……もうちょっと、味あわせて……ください」
「くぅ……っ……」
 ああ……なんかもう、ちくしょ……。
 天板に爪をたて、じれったさに身もだえる俺の耳に、ふふっという、古泉の笑い含んだ声が吹き込まれた。

「炬燵がかり≠チて、言うそうですよ、これ……四十八手の」
 いいですねぇ、コタツって、と、しごく幸せそうなうかれた声を聞きながら俺は、終わったら絶対殴ってやる、と心に決めたのだった。



                                                   END
(2011.04.22 up)
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桜もとうに散ったというのに季節外れすぎるネタ。
しかもせっかくいい話に落ち着きそうだったのに、オチが大変残念な感じですね!
大学生編の二人のような気もするんですが、時系列的におかしいのでとりあえず短編に。