続々・仲良きことは
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 明日は3月14日。ホワイトデーです。

 バレンタインデーからちょうど1ヶ月。
 涼宮さんが言うには、女の子が贈ったチョコレートに対して、もらった男どもが誠心誠意をこめてお返しをしないとダメな日≠ネのだそうです。
「あたりまえよ、みくるちゃん! あたしたちのチョコには、それだけの価値があるってことなの!」
 いつもの団長席の椅子の上に立って、涼宮さんは腕を組んでそう言います。
 視線の先にいるのはもちろん、いつも通り向かい合わせの席に座ってる、キョンくんと古泉くん。キョンくんはあきれたみたいな仏頂面、古泉くんはにこにこ笑顔なところもいつも通りです。
「誠心誠意っていわれてもな。俺たちに手作りクッキーでも作れってのか」
「あら、それいいわね」
「おいハルヒ」
 たぶん冗談で言った提案にあっさりうなずかれちゃったキョンくんが、あわてて組んでた足をほどいて立ち上がろうとしました。でも涼宮さんは、別に本気でうなずいたわけじゃなかったみたいです。ニヤニヤって感じの笑顔で、楽しそうに返します。
「た・だ・し! あたしたちが作ったチョコの3倍はおいしくないと許さないわ。ホワイトデーのお返しは3倍返し! 常識よね?」
「え、そうなんですか?」
 お盆を胸に抱えたまま、あたしは思わずそう言っちゃいました。
 全員の視線があたしに向きます。……あれ、これってこの時代の常識だったのかな?
「あっ、えっと……」
 どう言い訳すればいいかなっておろおろしてたら、キョンくんがいえいえ朝比奈さん、騙されちゃいけません、って言ってくれました。
「そんな常識、一部の人間が声高に叫んでるだけですって。大体ホワイトデーってのはバレンタインに比べて歴史が浅くて、ルールみたいなものもあんまり固まってないんですから」
「そうですねぇ」
 キョンくんの言葉をフォローするみたいに、古泉くんも首を傾げながら言ってくれます。
「プレゼントするものも、クッキーとかマシュマロとかキャンディーあたりとなっていますけど、それぞれが持っている意味はあまり統一されてませんしね」
 クッキーだとイエスでマシュマロだとお友達だとか、いやいやマシュマロはごめんなさいだとか、いろいろあるんだそうです。
「ほえー……そうなんですかぁ」
 感心しちゃってうなずいてたら、涼宮さんに、ダメよみくるちゃん! って怒られちゃいました。
「ホワイトデーのお返しは3倍! SOS団採用のルールはこれに決定なの。さぁ、キョンに古泉くん、期待してるわよっ!」
「無茶言うなよ、まったく」
 なぁ、って、キョンくんが同意を求める相手は古泉くん。
 困りましたね、って肩をすくめあってるふたりを見ながらあたしは、そういえば古泉くんはキョンくんに、何をお返しするのかなって思っちゃいました。

 ……あ! ダメですダメです、これ禁則事項でしたぁっ!
 あたしが内心で焦ってるのがわかったんでしょうか。長門さんが読んでた本から顔をあげて、あたしの方を見ました。
 わかってます長門さん。ナイショですよね、特に涼宮さんにはっ。
「みくるちゃん、お茶おかわり!」
「は、はぁい!」
 涼宮さんの声にお返事して、あたしはあわててコンロのところに走っていきました。ついでに、全員の分を入れ替えようかなって思って振り返って……。
 あ、またやってる……って、思わず目が泳いじゃいました……。
 涼宮さんの席からだと、パソコンのモニターが邪魔をして、キョンくんと古泉くんの足元は彼女の視界に入りません。それがわかってて、古泉くんはときどきキョンくんの足を自分の足でつついたり、からめたりしているんです。
 ときどき、やりすぎてキョンくんに足を踏んづけられてる姿も見ます。そういうのがまた古泉くんは嬉しいみたいで、ますますにこにこしてはキョンくんにうざがられてることに、あたしと、たぶん長門さんも気がついてます。
 長門さんはずっと読書してるし、あたしは立ち歩いてることが多いので、きっと知らないと思ってるのかな。でも、正直すごくすごく……目のやり場に困ります……。

 そうなんです。
 キョンくんと古泉くんは、いわゆる……おつきあい、をしてるみたいなの。
もちろん、涼宮さんは当然として、あたしにも長門さんにもナイショのつもりらしいです。でも、今みたいなことしょっちゅうしてるし、特に涼宮さんがいないときは気が緩むのか、言葉とか態度の端々からいろんなことがぽろぽろ漏れてて、バレバレです。
 涼宮さんに知られちゃうと、禁則事項が禁則事項しちゃうかもしれないので、禁則事項しないようにするためには禁則事項を充分に注意して欲しくて……あ、ごめんなさい。これじゃわかりませんよね。
 えっと、とにかく絶対にバレちゃまずいので気をつけて欲しい、というか、つまりその……ラブラブすぎて恥ずかしいので、なんとかしてくれませんかぁっ! こっちは彼氏も作っちゃダメなのにぃっ!
 ……ってことなんです。
「お茶ですぅ……」
「ありがとうございます、朝比奈さん。……どうかしたんですか?」
「いえ……なんでもないです……」
 心配してくれるキョンくんに、笑顔で返事します。古泉くんはわかってるのかいないのか、ただにっこりと笑顔をみせてくれました。
「はい、長門さんもどうぞ」
 長門さんの側に湯飲みを置いたら、長門さんはめずらしく本から顔をあげて、じっとあたしを見つめました。わかってますよぅ……。

 大丈夫です。
 最初にうすうす気がついてそうなのかなって思ってから、もうずいぶんたってますから、そろそろ慣れました。
 大体あたしは、みんなより年上のお姉さんなんですから、そのくらいのことで動揺なんてしていられません。大人にならなきゃ!
 1ヶ月前のバレンタインの翌日、キョンくんがやけにぐったり疲れてて、涼宮さんにキョンったら転んで腰打って腰痛なんですってって聞かされて、ちらっと見た古泉くんがすごくツヤツヤしてたときだって、華麗にスルーできましたもん!
 あたしは先輩なんだから、しっかりしなくちゃいけませんよね!



 ホワイトデーの当日。
 涼宮さんご要望のプレゼント3倍返しは、結局、キョンくんたちがもともと用意してたお菓子探しゲームを、参加人数を増やして賑やかにすることでクリアしたみたいです。
 普通に探すだけだったものを、5組のお友達にお願いして妨害役にまわってもらって、対戦ゲーム風にして、結果的に涼宮さんをすごく楽しませてあげられたみたい。
 ゲームが終わったあとは、キョンくんと古泉くんは後片付けがあるからって、部室に残りました。
 涼宮さんは上機嫌で先に下校して、長門さんもいつのまにかいなくて、あたしも着替えてからお先に帰りますねって2人に挨拶して、部屋を出ました。でも下駄箱まで行ってから、手袋を部室に忘れたことに気がついちゃったんです。
「どうしよう……」
 なんとなく、2人が残ったのは後片付けのほかにもいろいろあるんだろうなって気がするので、戻るのはダメかなぁ。でも、手袋がないと明日、寒いし困るんです……。
「しょうがないよね……」
 あたしはおそるおそる、部室に戻りました。大丈夫、まだ校内に人もいっぱいいるし、何かしてるとしても、キ、キス、くらいですよね? そのくらいならあたしだって、ちゃんと心構えしてれば平気です。なんでもなくふるまえますっ!
 でも……ノックした方がいいかなって思ったとき、中からキョンくんの声が聞こえてきて、つい手が止まっちゃいました。
「ん……っ、古泉……もうちょっと、強く……」
「こう、ですか……?」
「ぅあ……きもちい……」
 ……えっ?
 キョンくんの、絞り出すみたいな声と少し荒い息づかい……な、何してるの?
「いっ……! いたっ……痛い、こいずみ……っ」
「……声、大きいですよ? いけません……そんな色っぽい……」
「い、色っぽい……言うなっ、んぁ……っ」
 ふえええええええええっ!
 だ、ダメですよキョンくん古泉くん、学校でそんなっ! もし誰かに見つかったら涼宮さんの耳にも、っていうか、ふふ不謹慎ですぅっ! あたしはせんぱいとしてそんなことをゆるすわけにはっ……!
 そうですっ、止めなきゃっ!
「あああああああああのっ! そんなことしちゃ、いけませぇん!」
 思い切ってドアを開けて、あたしは中に飛び込みました。でも、思わず目を閉じちゃった……だ、だって、だってぇ!
「あ、朝比奈さん。どうしたんですか?」
「おや。なにか、お忘れ物ですか?」
 ……あれっ?
 ごく普通に返されて、びっくりして目を開きます。そこに見えたのは……もちろん制服姿のまま椅子に座ってるキョンくんと、その後ろに立ってキョンくんの肩をマッサージしてる古泉くんの姿でした。……ですよねー。
「あのあのあたし……その、手袋を」
「手袋……ああ、これですね」
 きょろきょろとあたりを見回した古泉くんが、冷蔵庫の上からあたしの手袋をとってきてくれました。キョンくんはその間も、肩をぐるぐる回しています。
「あーちょっとは楽になったかなー」
 首をこきこきと鳴らしてるキョンくんに、あたしはつい言わずもがななことを聞いちゃいました。
「あの……肩を、揉んでもらってた、んです……か?」
「あー、はい。今日の菓子探しゲーム、準備期間が短かったせいでとにかく大慌てで走り回ったもんで……もう、あちこちダルくって」
「お、お疲れ様ですぅ……」
 確かに、助っ人を集めて機材を準備するのは大変だったと思います。多分、昨日の放課後から今日の休み時間までをめいっぱい使って準備したんだろうな。それで疲れちゃって、マッサージしてもらってたんですね。
 そうですよね、いくらなんでもこんな時間からこんなとこで、そんな……えええええええっちなこととか、するわけないですよねっ! もう、あたしったら何考えてたんだろ。
 キョンくんは大きく伸びをしながら、まったくハルヒのやつってぶつぶつ言ってます。
「いきなり3倍返しだとか、無茶振りも大概にしろっての。朝比奈さんからも、ハルヒにちょっと言ってやってくださいよ」
「ど、努力はします〜」
 受け取った手袋を手にはめて、あたしはなんとなくいたたまれなくてもじもじしちゃいました。1人で変なこと考えて早合点しちゃって、なんだか恥ずかしい……。
「朝比奈さん、どうしました? なんだか顔が赤いですよ?」
 古泉くんに顔をのぞきこまれて、あたしは大慌てで手をパタパタ振りました。
「い、いえっ! 大丈夫です、なんでもないですっ! あ、そうだ。片付け終ってたら、一緒に帰りませんか? あたし、何かおごっちゃいます!」
「えっ? いいんですか?」
「あたし、これでもキョンくんたちの先輩ですからっ! えっと、お仕事ご苦労様というかありがとうというか、そんな感じです!」
 勘違いしちゃったお詫びもかねて、とはとても言えませんけど!
 鶴屋さんが教えてくれた駅前のクレープ屋さん、おいしいですよ、って熱弁したら、古泉くんがくすくす笑いながら、ではごちそうになりましょうかって言ってくれました。
「たまには、先輩に甘えさせていただくのもオツなものです」
 キョンくんはそんな古泉くんに、肩をすくめてみせてます。
「まぁそうだな。それじゃありがたく甘えるか」
 はい、ってうなずいて、古泉くんは椅子に置いてあったコートを取りました。
「それでは、3人で帰りましょうか。あ、朝比奈さん。僕ら、支度をしたらすぐに出て部屋に鍵をかけますので、どうぞお先に」
「はぁい」
 古泉くんにうながされて、あたしは一足先に部室を出ました。ドアに寄りかかって待っていると、最後にてきぱきと片付けてるお二人の声が聞こえます。
「さて、それでは行きますか」
「ああ。……しかしなぁ」
「どうしました?」
「せっかく朝比奈さんにも3倍返ししたのに、また返してもらうのも本末転倒って感じだ」
「いいではないですか。ともかく涼宮さんは上機嫌でしたし、朝比奈さんもほっとしたんでしょう。すべてあなたのおかげですよ」
「まぁ、そう言ってもらえると、疲れた甲斐もあるけどな」
 そんな会話を聞いてたら、ますます悪いなって気持ちになってきちゃいました……。
キョンくんも古泉くんも、真剣に涼宮さんのこと考えてくれてたんですよね。邪なこと考えちゃって、ゴメンナサイ……。

「それにしても……3倍返し、でしたっけ?」
「ん?」
 そのとき、古泉くんが何か考えながら言うのが聞こえてきました。
「……何だよ。何が言いたい」
「いえ。バレンタインの……ということは、僕もあなたに、お返しを3倍差し上げた方がいいのかな、と思いまして」
「い、いやいや、いらん!」
「遠慮なさることないのに」
「いらんと言ったらいらん! というかむしろ全力で遠慮させてもらう!」
 バレンタインの……お返し? その時、あたしの頭に浮かんだのは、バレンタインの翌日にぐったりしてたキョンくんの姿でした。
「僕としては、ぜひお返ししたいですけどね? SOS団ルールだそうですし」
「そんなルールは守らんでいい! もうお前黙れ!」
 なんだか……すごくすごく、前言を撤回したくなるような流れに聞こえるのは、あたしの気のせいなんでしょうか……。
 くす、と古泉くんが楽しそうに笑う声が聞こえます。

「まぁ……さすがに3倍お返ししたら、あなた今度は3日くらい足腰たたなくなってしまいそうですしね」
「うるさい黙れったら黙れぇえええええええ!」

 ああ…………神様。
 えっと、涼宮さんじゃなくて、どこかの世界のどこかの神様。
 あそこのバカップル、早くなんとかしちゃってください………………。



                                                   END
(2011.03.27 up)
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もはや日付ってなんだっけ? レベルのホワイトデー。
バカップルを第三者視点で観察するネタが大好きです。