seesaw game
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 こそこそと、部下たちが遠巻きに噂している気配が伝わってくる。
 原因はわかっている。極力、普段と同じように振る舞ってはいるのだが、それでもどうやらにじみ出てしまっているらしい。僕もまだまだ人間が出来ていないな。
「あの〜……古泉課長?」
 呼ばれて、はっと我に返る。振り向くと部下の一人が、何枚かの書類を持って立っていた。
「あ、はい。なんでしょう」
「これ、すぐに確認お願いしたいんですけど……大丈夫ですか?」
 心配そうにのぞき込んでくる部下に、もちろんですよとにこやかにうなずいてみせる。が、彼女はそれでも顔を顰めたままだ。
「課長、何かあったんですか? なんか……お疲れみたいですけど……」
「いえ? 別に、いつも通りですよ?」
「ええー……だって課長、画面が……」
「えっ?」
 指さされて振り返ると、報告書を作成中だったはずのPCのモニタ画面が、ずらりと妙な記号で埋まっていた。しかもさらに、増殖中だ。
「ああっ!?」
「課長課長。テンキーの上に資料乗ってます」
 騒ぎに気付いてのぞき込んできた別の部下が、僕がうっかりキーボードのテンキーの上に積んでいた重い資料をどけてくれ、ようやく謎文字の増殖はストップした。データ自体がどうこうなったわけではないので、大事には至らないのが幸いだ。
「すみません……うっかりしました」
 恥じ入って謝罪すると、手が空いているらしい何人かの部下たちが集まって来る。さっきまで噂していた女性たちも、やってきていた。
「古泉課長。朝から、ホントおかしいですよ? ボーっとして溜息ついたかと思えば、新入社員でもやらないようなミスしたり」
「しっかりしてくださいね。ただでさえ忙しいのに、ここで課長に倒れられたら、仕事まわらなくなっちゃいますよ」
 部下たちは口々に心配してくれるのだが、そして僕の調子があまりよくない原因もわかっているのだが、あまり言いたくない。言えば、反応はわかりきっているからだ。
「いえ、本当になんでもないんです。うっかりしただけで……」
「ちゃんと睡眠と食事取ってます? 顔色悪いですよ」
「ははぁ、もしかして……」
 黙って見ていた一人が、訳知り顔でうなずいた。彼は、部下ではあるが僕と同い年の僕の同期だ。
「カノジョと喧嘩でもしたんだろ? 怒らせて、口聞いてもらえないとかじゃないか?」
「いえ、そんなことは!」
 鋭い指摘を受け、ついあわてて否定してしまう。本当に、喧嘩というわけではないのだ。
「そうかぁ? 他にお前が、そんなに落ち込む理由が思い当たらんのだが」
「いえホントに……。第一、あの人は先週から仕事で一週間ほど北海道に行っていて、昨夜遅く帰ってきてすぐに寝てしまったので、喧嘩する暇なんて」
 焦りながらそう説明した途端、部下たちが一斉に嘆息した。なぁんだ、とのつぶやきも聞こえてくる。しまった……。
「なんかここしばらくテンション低いなーと思って心配してたんですけど、そういうことだったんですねー。あははー、心配して損しましたー」
「やっと帰ってきたのが嬉しすぎて、気もそぞろですか。アホらしい」
「早く帰りたい気持ちはわかりますが、仕事はしっかりしてくださいね課長。ああ、のろけはけっこうです」
 心配ムードはあっという間に霧散霧消し、部下たちは三々五々に散って自分の席に戻ってゆく。僕はいたたまれない気分で、頭を抱えるしかなかった。
「難儀なやつだな、お前さんも」
 最後に残っていた同期の部下が、そっと肩に手を置いてきた。
「うう。僕が何をしたっていうんですか……」
「ははは。まぁ、気にすんな。お前んとこのあまりのラブラブっぷりに、みんなアテられてるだけだ」
「聞かれたことに素直に答えてるだけなのに……」
 毎日の、普通の生活の様子とか一日のキスの回数とか、そんなことを聞かれたときに正直に話しているだけだ。もちろん僕の相手が、彼≠ナあることだけは、巧妙に隠してはいるのだが。
 同期の部下はバンバンと僕の背中を叩きながら、あーそうですかと投げやりに言った。
「ま、せっかくの週末だ。一週間ぶりなんだろ? 帰ったら、思う存分いちゃいちゃすればいいさ」
「はぁ……」
「頑張りすぎて、週明けに腰が抜けたとか言い出すなよ!」
 セクハラとオヤジギャグすれすれの暴言を吐いて、同期の部下は席に戻っていく。ついでによろしくと置いていった要確認の書類に目を落として、僕は溜息をついた。嬉しくて気もそぞろ……だったのなら、どんなによかったか。
 いや、確かに旅行に行っていた最愛の恋人が帰ってきたのは嬉しい。それこそ、仕事なんか放り投げて一日中、片時も離さず抱きしめていたいくらいに嬉しくてたまらない。
 だからこそ、だ。
 離ればなれだった恋人と、一週間ぶりの逢瀬。待ちわびて、ようやく迎えた帰宅の日。僕がどれだけ、逢いたいのを我慢し続けていたか。それなのに。
 肩を落とし、はぁ、と再び深い溜息を吐いた。

 ――おかえりのキスのひとつくらい、してくれても罰はあたらないと思いませんか?



 新作のための取材だという北海道旅行。一週間の行程を無事に終えた彼の、帰宅の予定は昨日だった。
 昼過ぎごろ、ホテルをチェックアウトしたとの報告が来た。その後、夜になってからこちらの空港に到着したことと、編集者と少し打ち合わせしてから戻るとの予定を報せるメールが入り、そこで連絡は途絶えていた。が、打ち合わせが白熱して時間を忘れることなどままあることだし、そんな最中に茶々を入れるわけにもいかない。子供ではないのだから、心配しすぎるのも迷惑だろう。
 だから僕はその後、仕事を早めに切り上げ、ちょっといいワインを仕入れて、彼を迎えるべく急いで家に帰った。前日にホテルの部屋から電話をくれた彼が、みやげにうまいチーズををたくさん買い込んだから楽しみにしてろと言ってくれたので、ならばと思っての準備だった。
 だが彼は、終電の時間が近づいても、なかなか帰ってこなかった。メールしても返事はないし、かけてみても留守電センターに転送されるだけ。予想が的中している可能性をひしひしと感じながら、それでも僕は何度も携帯の画面を覗き、何度も玄関からマンションの共用廊下に出ては地上を見下ろすことを繰り返した。
 もう数十回目になる外廊下とリビングの往復から戻り、僕はソファにドサリと腰を下ろして溜息を吐いた。ボンヤリと眺めた壁掛け時計は、すでに午前1時をまわっている。終電に乗れたならそろそろ着く頃なのにと、クッションを抱えてソファにごろんと寝転んだそのとき、玄関のドアがガチャリと音をたてた。
 ただいま、と声がする。待ちに待ったその声に跳ね起き、僕は文字通り飛ぶように廊下を走って、玄関で彼を出迎えた。
「お帰りなさい。大変でしたね、疲れてるでしょうに」
 片脚を上げて靴紐をゆるめながら、彼は僕を見て目を見開く。
「なんだ、お前まだ起きてたのか?」
 確かに、普段なら僕はとっくにベッドに入っている時間だ。だから彼は、いつもはくれる帰宅メールをよこさなかったのだろう。
「簡単にするつもりだった新作の打ち合わせが、担当と意見が食い違って長引いちまってな。連絡できなくて悪かった。先に寝ててよかったのに」
「長旅からやっと戻られたんですから、お出迎えくらいしますよ」
「長旅って、大げさだな。たかが一週間だろうが」
 脱いだ靴を揃えることなく適当に玄関先に放り、彼は部屋に上がって僕の脇を通り過ぎる。僕はそのあとを追い、言い募った。
「一週間といえば、ひと月の四分の一です。その間、離ればなれだったんですから、じゅうぶん長旅ですよ」
「北海道なんて、ヒコーキ使えば1時間の距離だし、毎日電話してたろうが」
「そうですけど、でも」
「はいはい。出迎えご苦労さん」
 食い下がる僕に辟易したのか、彼は大きめの旅行カバンを掛けた方の手でぞんざいに僕の頭をぽんぽんと撫でる。たったそれだけであとはあっさりと、もう一方の手にみやげがつまっているらしい紙袋を下げたまま、リビングへと入っていってしまった。思わず立ち止まった僕が再び追いかけたときには、彼はカバンと上着だけをソファに残し、バスルームへと移動したあとだった。
 なんというか、おおげさに再会を喜んで欲しいとは言わないが、もうちょっとこう……。
「おーい、古泉−」
「はい?」
 呼ばれて、あわててバスルームに向かって返事をする。
「すまんが、カバンあけて一番上に入ってる布袋持ってきてくれ。洗濯物もってくるの忘れた」
 言われた通りに布袋を持って脱衣所に出向く。と、彼はとっくにバスルームの中だったから、僕は持ってきましたよと彼に伝え、洗濯機の中に布袋の中身をあけた。
「洗濯機の中に入れて置きますね」
「おう、サンキュ」
 ガチャ、と音がして、バスルームのドアが開く。中から髪を泡だらけにした彼が、顔をのぞかせた。
「古泉。いいからお前、もう寝ろ」
「でも」
「明日も普通に会社あるんだろ。寝不足じゃ、他の人に迷惑かかるぞ」
 確かに、常時睡眠が不足気味ではあったが気合いでもたせられた高校時代ならいざしらず、この歳ではもうそうそう無理はきかない。彼の言うことはしごくもっともなので、僕は不承不承うなずいた。
「わかりましたよ。おとなしく寝ますので……せめて」
「ん?」
「おかえりなさいとおやすみの、キスを……」
 なんと言っても一週間、離れていたのだ。その間、彼に触れることすらできなかった。確かに、毎日くれた電話で声だけは聞けたが、それはかえって離れている寂しさを際立たせるばかりだった。だから僕のこの要求は、しごく当然のものだったはずだ。
 が、あろうことか彼は、僕の鼻先でぴしゃりとドアを閉めてしまった。
「アホ言ってねえで、はよ寝ろ。寝坊してもしらんぞ」
「えっ、ちょっと。閉めないでくださいよー!」
「キスなんていつでも出来るだろうが。疲れてんだから、また明日なー」
 それきり彼は、鼻歌を歌いながらシャワーを浴び始めてしまった。さすがにドアをあけて乱入するわけにもいかず、僕はすごすごと退散して寝室へと引き下がるしかなかった。彼は結局、僕が寝付いてしまうまで寝室へはやってこなかった。



 と、これが昨夜のいきさつなのである。
 仕事を終え、帰宅する電車の中で思い出していると、またもや理不尽だと思う気持ちがふつふつと湧き上がって来る。どう考えても、昨夜の彼の態度はあんまりな仕打ちではないだろうか。僕はたぶん、少しは怒ってもいい立場だと思う。
 別に、疲れている彼に無理やりセックスをせまろうと思ったわけではない。ただ単に、キスとか、あと少し抱きしめさせてもらいたかっただけなのに。だって、しつこいようだが一週間だ。一週間といえば日数にして七日、昨夜彼に言った通りひと月の四分の一。我ながらよく我慢したと、自分で自分を褒めてやりたい。
 高校で出会い三年を共に過ごし、大学卒業以降疎遠になり……だが、社会人になってから再会して、そして奇跡のように恋人同士となって、一緒に暮らすようになり数年。もちろん仕事の都合や体調などの問題もあるから毎日セックスするというわけにはいかないが、ハグやキスなどのスキンシップは一日だって欠かしたことはない。それはもはや僕にとっては毎日の食事と同じくらい……いや、それ以上に大切で不可欠な栄養源だから、長く切らすと死活問題なのだ。
 そんな主張を、何度か彼本人の前でしたことだってある。すると彼は、今までだって自分が取材旅行に行ったり実家に戻ったり、僕が出張したりすることはあるんだから片時も離れないわけじゃねえだろ大げさなと、肩をすくめて溜息をついた。当然その間は、あなたに触りたすぎてキスをしたすぎて、毎回死にそうになっていますよと答えれば、彼はそりゃもはや飯や栄養じゃなくてヤバイ方のクスリじゃねえかと呆れて笑った。冗談のつもりだったらしいその言葉に僕がしごく真面目な顔で、そういえばそうですねと頷いたら、さらに呆れられたのを憶えている。
 たかが七日。されど七日だ。
 仕事なのだからと我慢して、この一週間を過ごしていた。だからこそ、やっと今日帰ってくる、彼に触れることが出来ると思い、ずっと起きて待っていたのに。
 電車の車窓を流れる夜景を見ていると、なんだか悲しくなってきた。昨夜からずっと抱えていたイライラなどはとっくに通り越し、湧き上がる怒りを経て、気持ちはもはや落ち込むばかりだ。僕の方はずっとそんな状態だったのに、彼の方は一週間くらい僕に触れなくてもなんとも思わないんだなぁと思うと、どうにも浮上できない。
 その上マンションに戻ったら、彼はまた留守だった。
 テーブルの上に、資料がたらんので本屋に行ってくるとのメモが残っている。夕食の準備はしてあったから着替えて待っていると、やがて彼が帰ってきた。
「おう、古泉。帰ってたか」
「はい。資料はみつかりましたか?」
「近所の本屋じゃだめだな。明日、でかいとこ行ってくるわ」
「そうですか……」
 ということは彼は、せっかくの休日である明日も仕事のために外出するつもりなのだ。どうやら次の作品のことで頭がいっぱいらしいと、ますますがっくりした。
 彼の旅行話を聞きながらの夕食の最中は、僕はごく普通にしていたと思う。ただ、彼の土産のチーズをつまみに飲み始めたワインをあけるペースは、我ながらだいぶ速かった。だから、風呂から上がってきた彼が、半分以上も空いた瓶を見てぎょっとしたのも無理のないことだったろう。
「なんだよ古泉。めずらしいな、お前がそんなに飲むなんて」
「別にいいでしょう。明日は休みですし」
「まぁ、そうだけどよ」
 彼はまだ濡れたままの髪をタオルで拭いながら、僕の隣に腰を下ろした。皿の上のチーズに手を伸ばし、いくつかを口に運んで咀嚼する横顔をボンヤリと眺める。
「お、これうまいな。この白いやつ」
 指についたチーズを、彼は舌で舐め取った。ひらめく赤い舌に目を奪われつつ、僕の気持ちはますます荒んでゆく。本当に、何事もなかったみたいに彼は通常営業だ。こんな風になっているのは、僕だけなのか。
「こっちも好きだな。ちょっとクセがあるが……」
 ブルーチーズの一種らしい一切れをかじり、彼はそれをためすがめつしている。片手で器用に自分のグラスにワインを注いで、ひとくちすすった。
「ふぅん。普通の青カビタイプと違って、脂肪分が高いから軽めの赤にあうって言われて買ってきたんだが、なるほどな。なぁ、古泉」
 うんうんとうなずいて、彼が手にしたチーズを差し出してくる。
「ほら、あわせて食ってみろよ。いけるぞ」
「…………」
 ふい、と、僕は彼の手から顔をそむけた。
「……ブルーチーズは苦手なんです」
「んなこと言わずに、ひとくち」
「けっこうです」
 そこでようやく、彼は僕の様子に気付いたらしかった。目をしばたたき、首をかしげているようだ。
「なんか、怒ってるか? お前」
「別に。怒ってないですよ」
「嘘つけ。あきらかに機嫌悪いじゃねえか」
 のぞきこんでくる彼の視線からかたくなに顔をそむけ、僕は手にしていたグラスの中身を飲み干した。くらくらと視界が揺れる。
「昨日のことか? 確かに、連絡もせずに遅くなったのは悪かったよ」
「お仕事なら仕方ないでしょう。気にしてません」
「でも、ずっと起きててくれたんだろ」
「勝手に待ってただけですから。あなたが無事にお帰りなら、それでいいですよ」
 もちろん、僕のこういう言い方を、彼がことのほか嫌がるのは承知の上だ。ムッとしたのが気配でわかる。だが彼はそこで大きく息をついて、気を取り直したらしかった。
「お前なぁ……何を拗ねてんだよ。やっと旅行から帰ってきて、久しぶりに二人でゆっくりできるってのに」
 何を言っているのだか。やっと帰ってきた? 久しぶりに二人でゆっくり? 昨日だって今日だって、離れていたことにも一週間ぶりの顔合わせにも、特になんの感慨もなかっらしいのに。酔いも手伝って、僕はすっかり卑屈モードに突入していた。
「……キスのひとつも、させてくれなかったくせに」
「…………」
 そっぽを向いたまま、ボソリとつぶやいた僕の言葉は聞こえたはずだ。だが、リアクションがない。怒るか呆れるか笑うか、どれかだと思っていたのに、あまりになんの反応もないので、僕はそっと彼の方を振り返ってみた。と。
「……えっ!?」
 彼は、なぜか真っ赤になって黙り込んでいた。
 僕がびっくりしてまじまじと見つめると、赤い顔を隠すように手で覆い、視線を外す。一体、どういう意味の反応だ。
「あの……?」
「ったく……そんなことで拗ねてたのか」
 やっぱり呆れているのか、彼は早口でそう言った。そんなこと、などという言いぐさについムッとして言い返そうとする。すると彼は、片手に持ったままだったグラスをテーブルに置き、ポンと僕の頭に手をおいて顔を近づけてきた。文句を言おうと開いた口を、さっさと塞がれてしまう。
「わかったわかった。明日は休みだし、ベッドに行こうぜ」
 仕方ないといった口調だが、それが照れ隠しだということは、微妙に上気した顔と仕草でわかる。とてもめずらしい彼からのお誘いは嬉しいのだが……昨夜はあんなに素っ気なかったというのにと思うと、なんだか無性に拗ねた気持ちになる。僕が怒っているとみて、機嫌をとることにしたのだろうか、などと。
「ん? それともここでしたいのか? ……ちっとせまいけど、たまにはいいか。ああ、灯りは消せよ、まぶしいからな」
 なんという大盤振る舞いだ。いつもはソファで押し倒そうとすると、かなり抵抗するくせに。あまりに乗り気な彼に、つい拗ねた気持ちが口をついて出てしまった。
「なんですかそれ。誤魔化そうったって、そうはいきませんからね」
「ひねくれたこと言ってんなよ。……ほら、一週間ぶりだろ」
 手を取られ、軽く引っ張られる。
 重ねて言うが、彼がこんなに積極的に誘ってくれるなんて、本当に貴重な出来事なのだ。
男らしく大胆ながら、やっぱり恥ずかしさは拭えないのか頬はほんのり赤い。あまりにも可愛すぎて愛おしすぎて、見ているうちに……なんだかだんだん、怒っていたこともどうでもよくなってきてしまう。いますぐ抱きしめて、思い切りキスしたい。
「古泉……?」
 いや、ダメだダメだ。今日ばかりは、そう簡単には絆されないぞ。このまま誤魔化されてなるものか。
 引かれる手に力を入れて抵抗し、吸い込まれそうになっていたまなざしから無理やり視線をはずす。ぷいっと顔をそむけ、わざとらしく鼻を鳴らした。
「ええ、そうですよ。一週間ぶりですよね」
「ん?」
「僕はこの一週間というもの、あなたに会いたくて触りたくてどうしようもなくて、文字通り悶々と過ごしていました。それなのに、あなたときたらゆうべはなかなか帰って来なくて」
 僕が突然文句を言い出したので、引いていた彼の手の力が弱まる。きょとんとしている顔に、さらに勢いで文句をぶつけた。
「やっと帰宅したと思ったらいつも通りに素っ気ないし、一週間我慢してたハグとかキスとかたくさんしたかったのに、平然とスルーされてしまって、僕一人だけホントにバカみたいじゃないですか」
「え? いや、おい、古泉」
「いえ、別にいいんですけどね。あなたがそういうことに積極的でない上、一週間くらい何もしなくても平気な質なのは知っていますし、僕が人一倍スキンシップを好む質だという自覚はあります。疲れていたあなたに、僕の我が儘につきあっていただくのも申し訳ないし」
「ちょっ、こいず……」
 ああ、みっともない。子供じゃあるまいし、こんな駄々をこねてどうする。そうは思っていても止まらない。僕は本当に、彼に甘えているんだな。
「新しいシリーズの立ち上げを控えて、あなたの頭がお仕事のことでいっぱいなこともちゃんとわかっています。わかっていますけど、でも僕は」
「ちょっと待てって! 古泉!」
 ぐいっと、急にすごい力で引っ張られた。あっというまにソファの上に引き倒され、乗っかられてしまう。さすがの彼だってここまで言われたら怒るだろうとは思ったが、素直に謝る気になれずムッと口を引き結んで見上げる。と、腰のあたりに馬乗りになった彼は、怒っているというより困ったような顔で眉を寄せていた。
「お前の言いたいことはわかった。本当に悪かったよ。でもな」
「謝って欲しいわけじゃないです。僕の我が儘ですし」
「だからそんなことは……なくて……」
 何かを言いかけて口を噤み、彼はしばし僕の上で逡巡した。やがて僕が着ているシャツの胸元をつかみ、じんわりと頬を染めながら目を逸らす。
「だって……しょうがないじゃねえか」
 拗ねたような怒っているような、でも少しためらいがちな口調だった。ふて腐れているわけじゃない。不器用な彼は、僕に甘えるときにこんな口調になることを知っている。驚いてじっと凝視すると、彼は僕と目を合わせないまま早口で言った。
「お前、今日も仕事だったんだし……俺と違って朝早いのに、あそこでキスなんてしちまったら」
「してしまったら……?」
「だから……一週間ぶり、なんだぞ? そんなことしたら、キスのひとつやふたつで我慢できるわけねえだろうがっ」
「そ、れは……でも僕だってそのくらいの自重は」
 そんな節操なしだと思われているのかと、つい言い返す。が、がばりと身を起こした彼は、そこでなぜか胸を張った。
「違う! 俺がだっ!」
 なぜだか偉そうに鼻息も荒く、キスだけでお預けって拷問だろアホが、と言い募る彼。そして二の句が継げずにぽかんとしていた僕にまた、眉を寄せて謝罪の言葉を重ねた。
「お前を寝坊させるわけにはいかんと思っただけなんだ……すまなかった」
「…………っ」
 僕は思わず顔を両手で覆い、深く溜息をついてしまった。なんだ、そうか……そうだったのか。
「もう……それならそうと、ちゃんと言ってくださいよ……」
 今日一日、僕がどれだけ落ち込んだことか。ちゃんと昨夜、理由を言ってさえくれれば、こんな無駄に悩まなくてすんだのに……。
「言ったらお前、無理するだろうが」
 ただでさえ、毎日遅くまで大変そうなのに、と彼は呟く。本当に、どこまで優しい人なのだろう。優しくて懐深く、僕なんかはとても叶わないほどに大きな愛情を持つ人だけれど……ときどきこんな風に発揮する妙な鈍感さは、一向に変わらない。
「古泉?」
 黙り込んだ僕の様子が気になったのか、彼が上からのぞき込んできた。
 彼は昔からそうなのだ。人のことを気遣うあまり、その人の本当の望みに気が付かない。自分がどれだけ想われているか、望まれているか、理解しようとしない。そんな彼に、あのころの僕がどれほどやきもきし、どれほど翻弄されたことか。
 そんなところは今もっても変わらない彼が、愛おしくて憎らしくて、僕の中に得体の知れない感情がわき起こる。なんだかすごく、彼をいじめたい。
「もういいです……気が抜けました」
 しかめ面を作って、おおげさに溜息をつく。彼はまた、すまんと言った。僕はそれを無視し、ソファに置いてあったクッションを引き寄せて顔を埋める。
「はぁ……今日はもう疲れた。酔いも回ってしまったし……」
「そ、そうか? じゃあ……もう、寝た方がいい、かな」
 あからさまにガッカリした様子が伝わってくる。彼の言い分からすれば、彼だって今はすごくしたいと思っているはずだ。が、疲れたという僕に、それでもとねだれないのがとても彼らしい。もっと僕に我が儘を言って、甘えてくれればいいのに。彼がして欲しいと願うことなら、僕は何を犠牲にしたって、たとえ命と引き替えだろうと叶えるのに。――まぁ、そんなことを彼が喜ぶわけがないのも知っているけれど。
 ちらりと見上げた彼は、どことなくしゅんとした顔をしている。あきらめきれないのか、またがったままの僕の身体の上からどこうとしない。
 僕はくすっと笑って、頭上にある彼の頬に、そっと手を伸ばした。
「そんなにしたいんですか?」
「え、な、何を」
「もちろん、セックスですよ? そんなに物欲しそうな顔をして」
 一瞬目を見開いた彼の顔が、じわじわと赤く染まってゆく。自分はどんな顔をしているんだと考えたのだろう。耳まで真っ赤だ。
「潤んだ目がせつなそうで……、唇が真っ赤でいやらしい」
「あ、アホか! 俺は、そんな」
 反射的にかそう反論して、途中で彼は言葉を途切らせた。さっき、そのようなことを自分が叫んだ事実を思い出したのだろう。くそ、と小さくつぶやいた。
「でもお前は、疲れてんだろ……?」
 必死に平静を装った声で、彼が言う。僕はまた小さく笑って、提案した。
「――そんなにしたいなら、僕をその気にさせればいいじゃないですか?」
「は?」
「先程のような、男らしいお誘いも嫌いではないですけどね。せっかくなので、疲れてる僕を奮いたたせるくらい、色っぽく誘惑してみてください」
 しばし彼は、ぽかんと僕を見つめていた。やがて言われた意味が浸透してきたのか、赤い顔をますます赤くしてうろたえはじめる。可愛い。
「ゆ、うわくって……」
「どうしました?」
 そんなの俺の柄じゃねえしと、彼は往生際悪く抵抗する。だが、わざとらしくあくびをして、それじゃ僕はもう休ませてもらいますねとソファを降りる素振りをみせたら、彼はあわてて僕の服を引っ張り、うーとうなり声をあげた。
 正直、その仕草だけで僕的にはすっかり煽られてしまい、誘惑されたも同然なのだが、彼が逡巡しつつどうにかしようとしているのでぐっと耐える。もじもじと視線をさまよわせていた彼はさんざん唸ったあげく、僕のシャツの胸元をきゅっとつまんで、上目遣いで僕を見上げた。
 ほんの少し首を傾げ、ためらいがちな声で言う。

「……しよ?」

 ……あぶない。あやうく理性が吹っ飛ぶところだった。
 気がついたら僕は、ソファに突っ伏して悶えていた。もうなんなんだこの人。そろそろ三十路も半ばだってのに、なんでこんなに可愛いんだ。犯罪だ。殺される。
 だが、こんなくらいで負けるわけにはいかない。若干涙目になっていることを自覚しつつ、僕はソファに起き上がって嘯いてみせた。
「……まだまだ、この程度じゃその気にはなりませんね!」
「ふうん?」
「あなたへの思慕と欲情を押さえたまま高校大学の約7年、親友をやり続けた僕を舐めてもらっては困ります。そんな程度で僕が陥落すると思われては」
 思い切り強がる僕を胡乱な目で眺めていた彼の視線が下がり、あらぬところで止まった。ソファの上で向かい合わせに座っている僕の方へ、そっと手を伸ばす。
「ここはもう、その気みてえだけど?」
 ぎゅっとつかまれて、思わず声が出た。部屋着用のコットンパンツの下で、とっくに反応しているのがあっさりとばれた。
「き、気のせいですっ」
「へー」
 無理な言い訳を聞こうともせず、彼は再び僕の脚にまたがった。僕が抵抗しないのをいいことに、さっさとジッパーを下ろして下着ごとパンツをずりさげる。まじまじと観察され、さすがに羞恥がこみあげた。
「ははっ、もうガチガチだな」
「……あんまりじっくり見ないで下さい」
「いまさら何言ってる。ホラ、溢れてきてるぜ」
「ちょ……っん」
 彼の手が、僕のそれをゆっくりとしごきはじめる。恥ずかしくはあったが、気持ちよさの方がそれを上回った。口を押さえて声を殺し、びくびくと身体を震わせる。はぁ、と熱い息が上から落ちてきて、僕を翻弄しながら見下ろしている彼の方も、だいぶ興奮気味なのが見て取れた。
「気持ちよさそ、だな……こんなにびしょびしょにして」
「んっ……」
「ビクビクしてる……」
 そこで彼は、ふっと小さく笑みをこぼした。
「色っぽく誘惑して、その気にさせればいいんだっけ?」
 さっきまで困惑気味だった彼の声が、はずんでいた。面白いことを思いついたと、その声と表情が語っている。獲物を見つけた猫みたいだ。
 こういうところ、涼宮さんに似てるよなと、心の中だけで呟いた。



「っふ、……んあ」
 ぴちゃぴちゃという水音と、鼻から抜けるような彼の声。僕のソレはさっきから、生温かいものでじっくりと舐められ、吸われ、つつかれ続けている。あくまで優しく、まるで仔猫がミルクを舐めるみたいに。
「っく……あの、もう……」
「んー?」
「そろそろ、いい、ですから」
「あんで。舐めろったの、おまえらろ」
「それは、言いました、けど」
 言った。確かに言った。奪われそうになったイニシアチブを取り返そうと、僕が欲しいならちゃんと準備してくださいねとか、Sっぽいセリフを確かに口にした。だからと言って、これは。
「んむ……あ、またれてきた」
 ちゅ、と彼が先端に唇をつけてすすり上げる。堪えきれず、また声を上げて身体をびくつかせてしまう。
「先っぽ、ぱくぱくしておもひれえ」
「ちょ……もういい加減、に」
 ざらりと全体を舐めあげ、舌が離れていく。あとにはうずくばかりの感覚が残った。あっ、と声をもらした僕の様子に、彼が笑った。
「……いい加減、に、して、くださいってば!」
「その気になったのか?」
「見ればわかるでしょう」
「どうかな……俺の気のせいかもしれんし」
 さっき言った無理な強がりをまぜっかえされる。身体を起こし、ソファの上に座り直して、彼は着ていたスエットの下だけを脱いだ。
「俺さ、SかMかで分けるんなら、不本意ながらM寄りかなって自分のこと思ってたんだよな。どう見ても攻撃型ってより防御型だし」
 しばし躊躇った後、下着にも手をかけて脱ぎ去ってしまう。が、スエットの裾を引き下ろしているので、そこは隠れていた。
「だけどこないだ読んだ本に書いてあったんだよな〜」
「ちょ、なにを……っ」
 ぐっと、彼の足が僕のそこを踏みつける。力を入れすぎず抜きすぎず、絶妙な力加減で踏みながら、足指で幹を挟んで撫で上げた。ついで先端を、足の裏でぐりぐりとこする。
 ちょっと待て、こ、これは。
「Sって結局、相手のために何かしてやりたいって思っていろいろするわけだろ? だから、同じようにいろいろ相手に世話してやりたいっていう世話焼き体質には……Sが多いんだそうだ」
 僕の反応を確認し、彼は、ふふっと含み笑いしながら、両足で僕をはさむようにしてしごきはじめた。見れば裾からのぞく彼のものも、すっかり勃ちあがって震えている。にちゃにちゃ、と卑猥な水音がして、彼の足指はたちまち僕の先走りまみれになった。
「ど、こで、憶えてくるんですか、こんなの……っ」
「あ? 今時、本でもネットでも、このくらいいくらでも見られるぞ。……おお、すごいなお前」
「っあ、もう……」
 足で少々乱暴に踏みつけられ、翻弄される。もどかしい刺激に、つい腰が動く。なぶられている感じがたまらないと思うなんて……いや、自分に少々Mっ気があるのは自覚してますけど!
「足なんかで踏まれて、こんなにしちまって……気持ちいいのか?」
「んっ……う……っ」
「いつもより感じてるんじゃねえのか。恥ずかしいやつ」
 彼の足指が、器用に先っぽをえぐった。思わずびくりと腰を跳ねさせる。また出てきたと、彼が含み笑った。
「見ろよ。俺の足の指、もうお前のでぐちゃぐちゃだ」
 彼が足を少し浮かせて指を動かすと、にちゃと音がした。粘液がいやらしく糸を引く。僕のものの先端から、透明な液にまみれて濡れる彼の足先へと。目が離せない。
「物欲しそうにしやがって……」
「ううー」
 おかしい。
 僕は今日、彼をいじめたいなと思ったのに、なんでこんなことになってるんだ。
「コレ、を、どうしたい……? 言ってみろよ」
 はぁ、と息を吐いて、かすれた声で彼が言った。熱を帯びたその声に顔をあげると、足で僕をなぶる彼自身の手は、ゆるゆると自分のモノをいじっている。ときおり身体をびくつかせ、小さく声をもらす様子が恐ろしいほどいやらしい。どうしたいかなんて聞かれるまでもないし、言うのをためらう理由もない。
「もちろん、いれたい、です……っ」
 まっすぐ彼を見て、思いっきり力説する。彼は目を見開き、ちょっとあきれたように苦笑した。
「ちったぁ恥ずかしがれよ。情緒を理解せんやつめ」
 ああ、ここはそんなこと言えない、とか言って恥ずかしがるべきところだったのか。すみません、欲望に正直すぎました。
 彼は、まぁいいけどなと呟き、苦笑を挑発的な笑みにかえた。
「ここ、だろ……?」
 前を弄っていた彼の指が、後ろにもぐり込む。まさかと思い見ていたら、んっ、と声をあげて、なんと彼は自分の指でそこをほぐすようにしはじめた。
「あ、そんなの、僕が……」
「だめだ」
 手を伸ばそうとするのを止められる。いいから見てろと言われ、彼が眉をしかめ、時々声をもらしつつ、準備する作業を見せられた。なにこれ。拷問?
「はぁ……」
 真っ赤な顔で瞳を潤ませて、彼が息をつく。僕はと言えばもう、焦らされすぎておかしくなりそうだ。たぶん今、鏡で映したらそこには、犯罪者のような顔をした自分がいるのではないだろうか。
 そんな僕を見た彼が、にやりと笑う。さらに焦らしてくるかと思ったら、起き上がって僕の足をまたぎ、自分のそこにあてがった。じりじりと押し入れる。
「んっ……あ、っく、ぅう……」
「だ、だいじょうぶ、です、か」
「いい、からっ! お前は、うごく、な」
 すごくキツそうだ。腰を抱えて少しひろげるようにして支援すると、それでやっと全体が中に飲み込まれた。熱くて、きゅうきゅうと締めつけてくる感覚がたまらない。
「っく……」
 彼の腰が、不器用に動く。角度を変えながら探るように、ぎこちなく上下させているので、腰を押さえて動こうとしたら止められた。
「動く、なって……」
「でも」
「お前は、動く、の禁止」
 ふふ、と楽しそうに彼が笑う。そんな、と文句を言おうとした口をキスで塞がれてしまう。舌で舌をなぶられながら、しかたなく耐えた。が、かなりキツイぞこれ。
「ん……んんっ……っふ……っあ」
 彼は汗まみれで腰を動かしながら、眉を寄せて必死に耐える僕の表情を観察している。苦しそうだが、すごく楽しそうだ。
「んっ、ん……っ、も、もう……」
「こい、ずみ……おまえ、すごいかお……」
 こっち見ろ、と言われて顔をあげる。そんな彼こそすごい表情だ。普段の彼からは想像もつかないほど、いやらしく蕩けた色っぽい目つきで僕を満足そうに見ている。
「きもちいいの、がまんできないのか……? そんなに真っ赤になって」
「なん……」
「……かわいい」
 蕩けるような顔で囁かれて、カッと頬が熱くなった。その言葉はときどき僕が彼に言うものと相違ないが、なんだこれ、すごい恥ずかしい。いたたまれない。
「えっ、おい……!」
 ぐいと彼の手をひいて腰を抱え込み、いきなり突き上げた。悲鳴じみた彼の抗議の声に耳を貸さず、彼の中のいい部分を探してえぐる。彼の感じるポイントなんて、すでに知り尽くしている。
「や……っ、だめって……っあっあ」
 僕を止めようというのか、ぎゅっとそこが締まる。もちろん逆効果だ。
「こい、ず……やめ」
「もう、限界です……っ」
「おま……っあ、は……っ」
 しばし彼は抵抗したが、すぐにその力は弱くなった。あきらめて、快楽を追う方向に切り替えたらしい。たぶん、気持ちよさに負けたのだろう。普段の彼はストイックな人だが、与えられる快楽には存外弱いのだ。すでに僕にぎゅっと強く抱きついて、荒い息と甘い声を僕の耳元で響かせている。
「こいず、み……っ、んっぁ」
「もっと、ですか……?」
 たぶん彼も、もどかしくは思っていたのだと思う。僕をイジメるために、結果的に自分を焦らすことになっていたのだ。その証拠に、弱いポイントを責め立てると彼は、いつもより激しく身もだえ、高く声をあげてのけぞった。
「あ、……っや、なんか……すご……っ」
 それ以上、まともな言葉は出ない。ガクガクと身体が震え、しがみつく手にすごい力がこもる。かたく尖った胸の突起に吸い付き軽く歯を立てると、ぎゅうっと彼の中が僕を強く締めつけた。
「あッ……っあ! っあ、や、だ、だめ……っあ、も、う……っ、イク、イク、イク、っあ……! こいずみぃ……っ!」
 ビクンビクンと身体を痙攣させながら、彼の性器から白濁が吹き出す。それでも突き上げるのをやめないでいたら、彼は泣き声に近い嬌声をあげ、僕が中に吐精すると同時にもう一度絶頂した。



 翌朝、すっきりと目が覚めると、ベッドの中に彼の姿はなかった。
 隣のリビングから漂ってくるコーヒーの香りに誘われるように、ベッドから降りて寝室のドアを開ける。リビングのソファに座り、新聞を読んでいる後ろ姿を見つけて、自然に口元がほころんだ。
 一週間ぶりだ。朝起きたとき、同じ部屋に彼がいるという幸せ。もう何百回と繰り返したはずのその情景に、僕はいまだに酔いしれる。
「おはようございます。早いですね」
「ん、おはよ……まぁな」
 一瞬、ちらりと新聞から目を離して、彼は僕の方を見てうなずいた。その髪が少し湿っている。どうやらシャワーを浴びたらしいと気付いて、昨夜のことを思い出した。そういえば昨夜は、一週間ぶりということもあって歯止めが効かず、最終的に彼はシャワーを浴びることもできずにダウンしたのだった。気絶するように眠ってしまった彼の身体は、汗くらいは拭いてあげたが、さんざん中出しした後ろはどうしようもなかった。それで彼は、起きるなりそのあたりの処理をせざるを得なかったのだろう。
 だがそんなことを指摘すれば、彼の機嫌が悪くなることは目に見えている。照れると、怒ったようなポーズをとるのが、彼のクセだから。僕はくすっと小さく笑い声をもらすだけで何も言わず、キッチンカウンターの上でいい匂いを漂わせているコーヒーメーカーへと歩み寄った。
「コーヒーいただきますね」
「おう」
「あなたもおかわりいかがですか?」
 彼の手元のカップが空になっているのを見て、そう聞いてみた。彼はそうだなとつぶやいて新聞から目を離さないままうなずいた。
「どうぞ。……なにか面白いニュースでもありますか」
 カップにコーヒーをつぎ、彼の前に置きながらそう聞いてみる。彼はバサリと新聞をめくりながら、いいやと肩をすくめた。
「トップニュースは某アイドルの結婚記者会見だ。日本は平和だな」
「ふふ。けっこうなことですね」
 相手は野球選手か、よくある組み合わせだよな、などとつぶやき彼は記事に目を走らせる。カップに口をつけ、コーヒーを啜るその横顔をじっと見つめた。
 ……あまり変わらないな、と思う。高校大学の頃にくらべれば確かに年相応の変化はあるが、すっきりとした凛々しい顔立ちも、そこに浮かぶ少し眠そうな表情もそのままで、とても格好いいと思う。そんな彼がベッドの中では、あんなに淫らに可愛らしくなるのだから反則だ。ギャップに破壊力がある過ぎる。特に昨夜は、久しぶりだったせいなのか彼も夢中で、いつもなら絶対に見せてくれないような痴態をあんな風に大胆に……などとにこにこしながら考えていたら、彼がいつのまにか僕を横目で睨んでいるのに気付いた。
「忘れろ」
 唐突に、彼がそう言った。
「何をです?」
「何考えてるか丸わかりなんだよアホが」
 心なし、彼の顔が赤い。どうやら彼には、僕の思考など駄々漏れであるらしい。すっかり思考を読まれて恥ずかしいことは恥ずかしいが、なんだか嬉しい気もしてますます笑顔に気合いが入ってしまう。
「朝っぱらからへらへらしてんな」
「してませんよ。普通です、ほら」
 頬に手を当てて、ふにふにと頬をつねってみせる。彼はテーブルの上に新聞を投げだし、ったくお前はとつぶやいて盛大に溜息をついた。
「あー、もういい。なんかお前の間抜け面見てたら、急に腹減ってきたわ」
「あ、そうですね。僕もすきました」
「んじゃ、トーストでいいか? あと卵とベーコンと……」
 そう言いながら彼は、まだパジャマのままの身体を背もたれから起こし、ソファから立ち上がろうとする。と、その動作が途中で止まった。
「……っ痛っててて」
 半端に腰を浮かせた姿勢で、彼が顔をしかめる。僕はあわててカップをカウンターに置き、素早く彼の身体を支えた。
「大丈夫ですか?」
「……うー」
 恨めしそうな彼の顔を見るまでもなく、腰に手を当ててうめいている原因は明らかだ。にらみつけてくる彼の視線を、にっこり笑顔で跳ね返す。さらに追い打ちを掛けるように、僕は彼の耳元でこそりと囁いてみた。
「あまり無理しない方がいいですよ。……昨夜、あれだけ酷使したんですから、ね」
 いきなり彼の顔が、真っ赤になった。あまりといえばあまりの反応に、思わず吹き出してしまう。一緒に暮らしてもう数年。年齢だって、ともに過ごした時間だって、セックスの回数だってかなり積み重ねて来ているのに、いまだにこんなに可愛らしい反応だなんて。
「お前なっ。だ、っれの、せい、だと」
 笑ったことが気に触ったのか、彼が拳を握りしめて言い返してくる。僕はしれっと頷いて、肩をすくめた。
「ええまぁ、おおむね僕の責任ですけど、でも原因を作ったのはあなたですよ」
「は? 俺が何だって?」
 まだ赤い顔で、彼が不満そうに口をとがらせた。自覚がないとは、困った人だ。
「お忘れですか? 昨夜、あんなに色っぽく僕を誘惑したくせに?」
「う……っ」
「歯止めがきかなかったのはそのせいですよ。いやはや、すごい破壊力でした」
「だっ……忘れろっ……て、言ったろが」
「嫌ですよ。あなたのあんないやらしくて可愛い姿、脳内フォルダに永久保存に決まってるじゃないですか」
 実のところ、今朝の彼がたぶん、昨夜自分が行った言動を思い出さないよう、必死に平静を装っているんだろうなとは最初からわかっていた。僕が意地悪く言葉を続けると、彼は面白いほど真っ赤になって耳を塞ごうとする。だから僕は抱いた腰をぐいと引き寄せて、さらに言い募った。
「いやぁ、貴重な体験でしたよ。あなたに誘っていただけたこともそうですが、まさかあなたに」
「うわ言うな馬鹿忘れろ忘れやがれ!!!!!」
 必死に止めようとする声はもちろんスルー。
「――言葉責めされる、なんてね?」
 言うなっていってんだろあほー! と叫んで、彼は僕の腕から逃れようと暴れ出す。が、僕はそれを許さずに笑いながらさらに強く抱きしめた。
「そういわずに、またしてくださいよ。言葉責め」
「やめろ、なんか響きがすげえヘンタイっぽい」
「変態とはなんです。立派なプレイでしょうが」
「プレイ言うなアホ!」
 ますますいたたまれなさそうな彼は、本気でそのへんに穴を掘って埋まりそうだ。一通りからかって彼の可愛い姿を堪能してから、僕はまだ赤いままの彼の耳に唇を寄せた。
「でも、本当に嬉しかったんですよ。これで少しは乗り切れそうですし」
「乗り切る?」
 僕にとって、彼と一週間もの間離れるのはやはり辛い。
 だが、これからもそんなことはよくあることだろうし、彼に行かないでなどと言うわけにもいかない以上、そうやって自分を納得させるのはいい方策かもしれない。離ればなれのあとには、あんなご褒美があるのだと言い聞かせれば、これからも我慢することができそうではないか。
「たまには離れてみるのも、その後のお楽しみのためだと思えるじゃないですか」
 いつの間にか暴れるのをやめていた彼は、それを聞くと不機嫌そうに口を尖らせ、冗談じゃねえよとぼやく。……やはりダメか。
 だが、もう二度とあんなことするもんかと言うと思った彼の口から出たのは、思いがけない言葉だった。
「そんなことのために、そうそう離れてたまるか。長いんだぞ、一週間ってのは。……古泉」
 腕の中で、彼が僕を見上げる。ちょいちょいと指で呼ばれ、口元に寄せた耳に彼のひそめた声が吹き込まれる。
「次こそお前も連れてくからな。がんばって有給もぎとれよ」
 どこ行くんだってお前と一緒の方が楽しいしな、と言う彼の声を聞きながら、僕はこみあげる幸福感をかみしめながら、了解しました、と答えるのだった。


                                                   END
(2015.03.30 up)
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年代ははっきり決めてませんが、たぶん前回のお話の前後くらい。

キョンの襲い受けを書こうとしたんだと思います……。
ラストが気に入らなくて、ずっと放置してあったのを書き直しました。