Missing
10

 【お題】再会10題(TOY*様より)
   01:美化しすぎかと思った記憶は逆だったらしい
   02:変わった、いや変わってない…やっぱり、変わったな
   03:思い出話をすれば昔に戻ったようで
   04:君の中ではもう過去のこと?
   05:冗談交じりに打ち明けた、僕の秘密
   06:お互いのイマ
   07:昔も今も、君は僕の心など簡単に奪ってしまうのだ
   08:焦れったい空回り
   09:成長とは恋に臆病になることなのか
   10:ここから始まる新たな関係

<10.ここから始まる新たな関係>

 ふと目を覚まして最初にしたのは、時間の確認だった。
 部屋がかなり明るいことに気がついて、何時だろうと枕元に置いてあるはずの携帯を探した。その手に、ふわりというかさらりというか妙な感触を感じて、ぱちりと目を開ける。視界に飛び込んできたのは、見慣れた男の、見慣れない寝顔だった。
「こ、いずみ……っ」
 手に感じていた感触はそいつの髪だったから、あわてて手を離す。とたんに昨夜の出来事が、いっぺんに脳内によみがえってきた。そういえばここ俺んちじゃないんだっけ、あのまま泊まっちまたんだなと考えると同時に、ゆうべの自分の醜態が次々と思い出されて頭を抱えた。
 ああ……やっちまった。酔っぱらってたとはいえ、泣きわめいて、恥ずかしいことをさんざんして、あげくにこんなテンプレみたいな事後の朝を迎えて、なにやってんだ俺は。アホか。
 隣で眠っているやつの目を覚まさせないように、そろそろと身を起こす。その動きのせいか、腰ににぶい痛みと後ろのそこに妙な違和感が襲ってきて、情けなさに顔をしかめた。だけど、さんざん泣いたはずの顔に涙の跡は全然なく、身体にも汗やら何やらの痕跡は見あたらない。……なんか恥ずかしい赤いアザは、死ぬほど残ってるけどな。
 どうやら寝ている間に身体を拭いたり等の世話を焼かれたらしいと気づき、羞恥に赤くなる顔を片手で覆いつつ、いまだかすかな寝息をたてている隣人を見下ろした。
 あと数年もしたら30の大台に乗るってのに、髪はサラサラだわ睫毛は長いわ肌はすべすべだわ、とんでもないなコイツ。よくみるとうっすらヒゲは生えてるけど、もともと色素が薄いせいかほとんど目立たない。まったく、高校の頃から9年もたつってのに、こいつは変わらんな。相変わらずイケメンすぎて腹が立つ。
「9年……か」
 とうに知ってたお互い気持ちを、確認しあうのに要した時間だ。
 勇気さえあれば、なんて最中には考えたが、あの頃にこいつが選んだ道が、間違ってたとは思いたくない。確かに俺たちは子供だったけれど、子供なりに真剣に、世界を守ろうと必死だったんだから。あんな目にあいながら、多大な不自由を抱えながら、それでもこいつは確かに、俺たちの住むこの世界を愛していた。
 俺への気持ちとどっちが大事だったのか、なんて聞くのは愚問だ。こいつにとって、世界を守ることと俺に気持ちを伝えないことは、同義だったんだから。だから、そのふたつがイコールでなくなるまでのこの9年間って時間は、古泉にとって必要なものだったんだと思う。きっと。
 寝返って横を向いた古泉の口元が、シーツについていた俺の手のあたりにくる。唇からもれる寝息があたって、手の甲がこそばゆい。男のくせにやたら形が良くてやわらかそうな唇を眺めてるうちに、ついまたゆうべのことを思い出してしまう。
 この唇が、ゆうべは俺の唇を塞いだんだな。身体中いたるところにキスをして、あげくに俺のアレを咥えて、舐めて、それで。
「うわ」
 思い出したら、ものすごく恥ずかしくなってきた。そりゃセックスそのものは初めてじゃないんだからいまさら照れるのもどうなんだって思うんだけど、相手がこいつだと思うと。なんかこう、じわじわと。
「ん……?」
 熱くなった頬を押さえてジタバタしてたら、古泉がうっすらと目を開いた。しばらく焦点のあわない目でぼんやりこっちを見てるなと思ったら、いきなりがばりと跳ね起きる。なんだなんだ。
「あ……」
 どうしたのかと目をしばたたいていたら、古泉のやつはいきなりカーッと頬を紅潮させ、掛け布団の端をつかんだまま少しあとさじった。なんだその、はじめての朝を迎えた乙女みたいな反応は。
「おっ、おはよう……ございます」
「……おう」
「えっと……あの、身体の方は……」
 ええい! いい歳こいた男がもじもじすんな、こっちが恥ずかしいわ!
「す、すみません! あなたの顔をみたらその、ついゆうべのことを……。覚醒する前は、夢かとも思ってたのでよけいに」
「はぁ?」
「目を覚ましたらあなたがいるなんて幸せすぎて、なんだか本当のことと思えなくて。これ、夢じゃないですよね?」
 そんなことを真剣な顔で言い出しやがるから、俺は思わず溜息をついた。まったく、不幸体質なのは相変わらずか。世話の焼ける。
「当たり前だろ。ほら、触ってみろよ。実体だろうが」
 両腕を広げてやると、古泉はおそるおそる手を伸ばして、そっと俺の裸の胸のあたりに触れた。それから何に気づいたのか、首筋とか鎖骨のあたりを少し強めにこすってくる。ああ、そのへんに特にいっぱい残ってるな。鬱血した赤いアザが。
「これ……」
「お前がつけたんだろうが」
 古泉の顔が、また赤くなる。すると今度は逃げ腰になるかわりに、がばっと包み込むように抱きしめてきた。
「すみません。なんか実感わいてきました。好きです」
「アホ」
 呆れた口調でそう言い返しつつ、俺もその身体を抱き返してやる。目が覚めたばかりの古泉の身体は、まだ熱かった。
 ああ、俺のものだ。この腕も。熱も。――やっと取り戻した。
「……なぁ、古泉」
「はい?」
 この腕とぬくもりを、二度と離したくないと突然思った。精神的にだけでなく、物理的にも。それを実現する方法はたぶんあるし、今の俺たちになら可能なはずだ。
「この部屋、今年中に引き払わないといけなんだって、こないだ言ってたよな?」
「ええ、そうですが……?」
 身体をひきはがして顔をのぞき込みながら、俺はその方法を古泉に告げる。
 ここから始まる俺たちの新たな関係のためには、たぶん、悪くない提案だと思うぞ?

「俺が住んでる今の部屋も、今年が更新なんだ。……奇遇だと思わないか?」


************************


 突然、視界が明るくなって、僕ははっと我に返った。
 気がつけばあたりはもう、すっかり暗い。読書に没頭していて、まったく気づいていなかった。
「何してんだ古泉、こんな暗いとこで」
 背後からの声に、手元の本から目を離して振り返る。と、そこに照明をつけてくれたらしい同居人の姿があった。まだ外出用の薄手のパーカーを着たまま僕の方にやってきて、背後からソファ越しに手元をのぞき込む。
「ああ、おかえりなさい。すみません、ちょっと本に夢中になってしまって」
「いいけど、灯りくらいつけろよ。目に悪いだろ」
「暗いところで読むと視力が落ちるというのは、俗説らしいですけどね」
「屁理屈をこねんな。読みにくいだろうが」
 彼が身を乗り出して、本の方へと手を伸ばす。顔が至近距離に来たので思わず唇を近づけたら、気づいた彼は手を止めて、仕方ないなというように目を閉じてくれた。ちゅ、と音をたてて、触れあうだけの軽いキスをかわす。
「……で、何をそんなに熱心に読んでたんだ?」
「これですよ。封が開いて中身が出してあったので……献本なんでしょう? 」
 表紙が見えるようにページを閉じて傾けると、彼は、ああとつぶやいて、なんとなくバツの悪そうな表情になった。僕はつい、小さく吹きだしてしまう。
「やっと文庫になったんですねぇ、あなたのデビュー作。これだけずっと文庫に落ちないままだったので、不思議だったんですが」
「まぁ、版元の都合とかでなかなか出来なかったってのはあるんだが……読み返すと、なんかいろいろと思い出しちまって、いたたまれなくてな」
「ふふ。いろいろありましたからねぇ、あのときは」
 かくいう僕も、以前に新書で出版された彼のデビュー作を文庫で読み返しながら、当時のあれこれを思い出さずにはいられなかった。その新書版のデビュー作が世に出ようとしていたちょうどその頃に、大学卒業以来ずっと疎遠だった僕たちは再会を果たしたのだ。
 そして多大な誤解とすれ違いの果てに、なんとかお互いが高校の頃からずっと燻らせていた想いを成就させることができたのではあったが……あれは実際、かなりの修羅場だったと思う。彼が当時、小説家としてデビューすることを隠していたのもすれ違いの原因の一端だったのが、彼が思い出すといたたまれないという理由のひとつなのだろう。人生の転機的なこと≠ニしか言ってくれなかったせいで、僕は彼が他の女性と結婚するのだと思い込み、今思うとヤケとしか思えない行動に走るところだった。

 最初の本が出版された直後くらいに、僕らはそれぞれの部屋を引き払い、一緒に住むための部屋を探して引っ越した。同居を提案したのは彼だったけれど、そんなこんなで彼は忙しかったので、実際に手続きに走り回ったのは僕だ。けれどまぁ、そういった手配関係は僕の得意中の得意だったし、なによりそこから始まるはずの彼との幸せな生活への期待で胸がいっぱいで、何の苦にもならなかった。
 まさに薔薇色としか表現できない僕の脳内は外へもダダ漏れだったらしく、ヤケクソ的行動の結果として交際を約束していたビジネスパートナーに、謝罪と約束の破棄を申し入れに言ったときも、彼女にはすぐに彼と想いが通じた事実を見破られた上、怒るどころか爆笑された。もう、ホントにイツキったら面白い子、という言葉は、いまだに褒められたのかバカにされたのか判然としない。その真相を問いただす機会を得ないうちに、彼女は仕事を終えて本国に帰ってしまったし。
 ちなみに彼女との約束については、その後、彼に本当のことを告白させられた。土下座して謝った上に、嘘を吐いた罰としてかなり高額な椅子を買わされてと散々だったが、それでよかったと言えるかもしれない。白状できて実はかなりすっきりしたし、買ってあげた椅子を、彼はずいぶんと大切に長く愛用してくれたことだし。
 ともかく、そこから無事にスタートした僕らの同居……というか同棲生活は、小さなケンカや諍いはありつつも、さしたる問題もなく今まで平穏に続いていた。彼は今では会社も辞めて、小説家としてそこそこの知名度をあげている。何度かコミカライズなどもされ、ときおりアニメ化の話が出ることもあるくらいの、まずまずの人気作家といえるだろう。
 そして僕の方はといえば、相変わらずのサラリーマン稼業である。年相応……よりは少々早く出世も果たし、今日、この日にあわせて休みをとらせてもらえるくらいの身分にはなっていた。

「そうだ。ケーキもちゃんととってきたぞ。予約してあったやつ」
 寄りかかっていたソファから身を起こし、彼がキッチンの方へと足を向けてそう言った。得意げにお気に入りのケーキ屋の箱を掲げてみせる彼をねぎらい、僕の方も準備は万端ですよと報告する。皿に盛りつけたオードブルやメインのローストチキンはレンジで温め直すだけだし、サラダとワインとビールは冷蔵庫の中で冷えているはずだ。
「悪いな。今年は打ち合わせがはいったせいで、ごちそう作れなくて。出来合いの総菜ばっかりになっちまったな」
「いいえ、とんでもない。僕が代わりに作れればよかったんですけど……」
「それはまぁやめとけ。まだローンが残ってるマンションのキッチンを、再起不能にされても困る」
「失礼ですね! そこまでひどくないですよ」
「ははっ、どうだか」
 楽しげな笑い声を上げつつ、彼は冷蔵庫から缶ビールを2本取り出した。今夜ささやかながら行う予定のパーティのセッティングはまだ終わっていないが、今日も気温はかなり高くて、ビールはほどよく冷えている。この誘惑に勝てる酒好きは、そうはいないだろう。
 1本を手渡されプルトップを引き上げると、プシュと小気味よい音が鳴った。

「そんじゃ、とりあえず乾杯、だな」
「はい。僕たちの、7年目の記念日に」

 9年もの間、想いを残しつつ離れていた僕らが、思いがけない再会を果たした7年前の今日。今年も無事に迎えられたことに、ありったけの感謝を捧げつつ。
 僕と彼との2度目の恋がはじまった日を祝し、僕たちはビールの缶同士を打ちあわせ、高らかに祝杯をあげるのだった。
                                                 END

(2011.12.04 up)

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ラストです。お疲れ様でした!
ぐだぐだにあっちこっちした二人も、なんとかおさまるべきところにおさまりました。
10回でまとまってよかった……。

最後のシーンで二人は34歳くらいなんですが、このくらいの年齢でシリーズ続けても
みんなついてきてくれるかしら……おっさん古キョンも大好きなんです。