午前3時 −古泉side−
00

 こんばんわ。古泉一樹です。
これが本名かどうかはナイショですが、そういうことでお願いします。

 突然ですが、今、幸せすぎて死にそうです。
ずっとずっと恋い焦がれていた人と、恋人同士、と呼んでいい間柄になりました。
彼……ええ、まぁ“彼”だということでもおわかりのように、彼との間にはあまりに障害が多すぎて、成就できたのはもう奇跡以上の何かがあったとしか思えません。
ホントに僕、もうすぐ死ぬんじゃないですかね?
それともやっぱり――全部夢だったとか、そういうオチなのかも。
あるいは目が覚めたら世界がまるごと改変されていて、すべてなかったことになっていたり、最悪僕だけが彼のいない世界に取り残されていたりして。
 そんな思いが消しきれなくて、僕は毎日毎日祈っているんです。我らが神に。



 真夜中に、ふと目が覚めた。
あたりはまだ暗くて、ベッドサイドの時計が、午前3時20分を示して淡い光を放っている。
ベッドの上には、僕ひとりきり。
僕の記憶が正しければ、今夜はたしか、彼が来ていたはずなのに。
そっとシーツを触ってみても、そこにぬくもりはない。
ぞくりと、背筋に戦慄が走る。もしかして、まさか本当に――?

 そのとき、パタンとドアの閉まる音がした。続いてペタペタと、フローリングを裸足で歩く足音。
やがて足音の主がそっとベッドに近づいてきて、僕の横にあいていた人ひとり分のスペースにもぐり込む。
ふわりと香るのは、バスルームに置いてある石けんの匂い。
間違いなく実在している彼に異様にホッとして、僕は彼の身体に手をまわして抱きしめた。
 ああ、よかった……ちゃんと、彼がいた。

「……勝手に、いなくならないでくださいよ」
 なんだか恨みがましい言い方になってしまった。彼は僕が起きていたことに驚いた様子で、シャワーを浴びてきただけだと答えた。
「全部、夢だったかと思っちゃうじゃないですか」
「まだそんなこと言ってんのかよ」
そういえば、彼が答えをくれたあの日にも同じようなことを言った。
あきれたような口調だけれど、もちろん彼だって、その可能性がゼロじゃないことを、重々承知なのだ。
「毎日、目が覚めるたび思ってますよ。昨日までの記憶が、夢ではありませんように。……いきなり世界が、変わっていませんように――」
 彼を抱く手に力を込める。
このままずっと、この夜の暗闇の中、彼と僕しかしない世界に閉じこもっていられたら。
機関とか神人とか宇宙人とか未来人とか……出来損ないの神さまとか。
そんなものにわずらわされず、彼を抱きしめるだけの日々を送れればいいのに。
 でも、夜が明けないといいのに、というつぶやきは、彼によって否定された。
何度か強制的に味あわされた様々な異常な事態は、彼の心に少なからぬ傷をつけているらしい。無理もない。
僕は内心あわてて、フォローを入れた。
 考えてみれば明日は、めずらしく彼を独占できる休日なのだ。来なくていいわけがない。
「どっか行くか? 映画とかゲーセンとか」
「そうですねぇ」
 彼の提案に、しばし考え込む。ふたりきりで遊ぶのは、きっと楽しいだろう。
そういえば僕には同世代の友人なんてずっといなかったし、屈託なく友達同士ではしゃいでまわるなんてしたことがない。
考えるだけでわくわくする。――ああ、でも。
 ふと脳裏に浮かんだのは、さっきちらりと考えた、明けない夜の妄想だった。
ふたりだけの世界……の代わりにこの部屋で、誰はばかるとなくぴったりとくっついて過ごす1日。
魅力的だ……が、彼の嗜好にはあまりあわないだろう。

 とりあえず、言ってみるだけならタダと考えて、それを提案してみた。
すると彼はきょとんとした顔をして、まじまじと人の顔をのぞきこんでくる。と思ったら、いきなりくすくすと笑い出した。
うわ、なんて可愛い……じゃなくて!
「何で笑うんですか。失礼な人だ」
「いや、すまん。どの面下げていってんのかと思ったらおかしくて」
 不機嫌な仏頂面かローテンションな惚け顔が常な彼の、レアな笑顔。ああ、可愛い。可愛すぎる。
動悸が激しくなって、一気に頭に血が上る。たまらない。
「そんなこというと、部屋どころかベッドから一歩も出しませんよ?」
 半ば以上本気でそう言った僕の言葉は、だけどさらりとかわされてしまった。
これはダメだな、とがっくりしたところに、不意打ちのように彼からのキス。
これまたレアな出来事に固まっていると、彼は僕のわがままなプランをあっさりと了承してくれた。
「……いいんですか」
「別にかまわんぞ? そういう休日の使い方も悪くないだろ。……ああ、ベッド云々ってのは却下な。月曜の1時限目は体育なんだ」
 なんというアメとムチ。でも彼の場合、これがすべて天然なのだから始末におえない。
僕は思わず、彼の身体を再びきつく抱きしめた。
僕の腕から逃れようとしつつ、やめろ、抱きしめるなと騒ぐ彼の声がとても心地いい。
 こんな幸せが続いて欲しいと祈る相手は、やはり彼女でいいのだろうか。
彼女の気持ちを考えると、それもなんだか後ろめたい。それなら一体……。
「……誰に祈ればいいんですかね?」
「は?」
「いえ、なんでもないです」
 いつのまにか暴れるのをやめた彼を抱く腕をゆるめ、目を閉じて彼に唇をよせる。
彼はしょうがないなとつぶやいて、キスを受け入れてくれた。
 ああ、ダメだ。さっきつきかけてくすぶっていた火が、また勢いを増していく。
何度か角度を変えつつ重ねるだけのキスを繰り返してから、身を起こして彼に覆い被さる。
唇の間から舌を差し入れて、彼の舌を味わいながら、シーツの上に投げ出されていた彼の手に指をからめた。
やがてお互いの息が荒くなったころ、僕は唇を彼の額から瞼へ、そして耳へと移動させて、キスの雨を降らせはじめた。
「ん、ちょっ……古泉っ」
「なんでしょう」
「俺は、さっきシャワーを浴びたばっかりだと言わなかったか」
「聞きましたね」
「やっと汗とかいろいろ流してすっきりしてきたのにだな……」
「また浴びればいいじゃないですか」
 そういう間にも、僕は彼のTシャツに手をもぐり込ませ、彼の弱い部分を刺激する。
両脚の間にねじこんだ僕の足には、いろいろ言いながらもすでに形をかえつつある彼があたっていた。
「はぁ……もういい。好きにしろ。明日は早起きも必要なかったな」
 つぶやくようにそう言うと、彼はあいている方の手を僕の首にまわして引き寄せた。そして耳元で、しっかり釘をさしてくる。
「……いいか。これ以上、身体にキスマークをつけるなよ。着替えのできない身体になりたくないからな」
「――了解しました」
 にっこりと笑って、僕はもう一度、彼の唇をふさぎにかかった。


「ん……っぅ……」
 ベッドに両手足をついた四つん這いに近い体勢で、彼は声をかみ殺している。
僕は後ろからその背中にのしかかり、左手で胸の突起から臍の周辺をまさぐりつつ、右手で彼の最奥の入り口をほぐしていた。
 身体をつなげた回数は、いまだ多くはない。
彼の身体はまだ僕を受け入れることに慣れておらず、準備にはかなり時間をかけねばならない。
もちろんその過程や手間すら僕にとっては、喜びなのだけれど。
慎重に指を出し入れ、丹念に周辺をほぐし、やがて中で固いしこりのようになってきた場所を強めに刺激する。
と、とたんに彼の身体がはねた。
「……う! っ……あ! んあ……っ!」
 思わず、といった感じであげてしまった声を、あわててかみ殺す。
キスマークをつけることは禁止されているので、僕は背中を唇でたどり、彼の耳を甘噛みしつつささやいた。
「声、もっと出していいですよ? 僕しか聞いていませんから」
「う……るさ……い……!」
 指を増やしつつ、さらに出し入れを繰り返す。
すでに1回、欲望を吐き出している彼のものがまた固く立ち上がり、先端からじわりと先走りをこぼしている。
そこをぐりぐりといじりつつ、3本目の指をぐいと深くつき入れた時、彼が声にならない声をあげた。
ぴしゃ、と左手に温い液体がかかる。
 頃合いと見て、はぁはぁと肩で息をする彼の中から指を抜き、腰をつかむ。
彼が一瞬、緊張したのがわかったが、止めようもなく僕は彼の中に自身を沈めた。
「うあ……っ!」
「力を……抜いてください」
 きつい締め付けが、恐ろしいまでの快感を呼び覚ます。
最初の波を耐えてから、僕は動き出した。最初はゆるく……徐々に激しく。
彼のポイントを集中的に刺激するように、えぐるようにすると、彼ももう声を殺す余裕がなくなってくる。
僕はさらに腰を打ち付けながら、彼の身体を強く抱きしめた。
「あっ……や……っ! こいず……もう……っ」
 身体を支えきれなくなった腕ががくりとくずれ、腰だけを高くあげた淫猥なポーズで彼はがくがくと腰をゆすっている。
何度も僕を呼ぶ声に応えて、こんなときだけしか呼ばない彼の本名を耳元で呼び続けた。……そろそろこちらも、限界だ。
その旨を伝えると、彼は荒い息をつきつつも何かを叫んだ。
中で出すな! と言っているらしい。
あなたの要望には応えたいところなんですがね、と心の中でつぶやきつつ、僕はそのまま彼の中に精を吐き出した。
ワンテンポ遅れて、彼も身を震わせて絶頂に達したようだった。


 シーツの上に突っ伏し、肩で息をつく彼の中から抜くと、続いてとろりと白いものが流れ出す。
それをティッシュでぬぐっていたら、彼が身体をひねって涙のにじむ目で僕をにらみつけてきた。
「中で出すなって、い・っ・た・だ・ろ・う・がっ!」
「いたっ! 痛いですって! 殴らないでくださいっ!」
 身を起こしてポカポカと殴りつけてくる手を避けながら、一応反論を試みる。
別に彼の意向を無視したわけではなく、それなりの理由があるのだ、これには。
 言っても反応は予想できるが、主張できるところはしておかないと。

「だってあなた、そういいつつ、外に出すと不機嫌になるじゃないですかっ!」

「な……」
 いきなり固まって顔を朱をのぼらせ、彼はさらに激しく暴れ始める。
「なってねえええええええ!」
 腹下すから中で出すな、と言われて、その次のときは射精の瞬間に抜いて腹の上に出した。
しかし、言われた通りにしたはずのに、なぜか彼はそのあとずっと不機嫌きわまりなくて。
身体にかかるのが嫌なのかと思案してゴムを使いましょうかと提案したら、お前は病気の心配があるのかそれとも俺が妊娠するとでも思ってるのかとえらい剣幕で怒られた。
 なので、数回の試行錯誤の末、問答無用で中に出し、そのあとの理不尽な彼の責めに耐えることにしたのだ。
ひとしきり文句は言うが、そうしたときが一番嬉しそうだと気づいたからだった。
 まったく、いろいろと素直じゃない。そこが、彼の魅力でもあるのだけど。


 そういうわけで、あまりの幸せに怯える毎日なのですが。
僕はどうやら後ろ向きな人間なので、こんな幸せのあとには大きな不幸の波が待っているのじゃないかと不安になってしまうんですよ。
彼は考えすぎるな、と言ってくれますが、性分的にむずかしいですね。
仕方ないので、日々の祈りを続けることにしましょうか。――我らが神に、ね。


                                                   END
(2009.11.12 up)

キョンSideと同じ場面を、古泉側から書いてみた。
まったく同じじゃなぁ、と思ってエロシーンに突入してみました。

エロというより下世話なのは仕様です(爽)。
でも、ゴムは使った方がいいデスヨネ。