午前3時 −キョンside−
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  こんばんわ。キョンです。
気に入らないあだ名だが、もーこれでいい。あきらめた。

 突然だが、今、つきあってる奴がいる。
顔もスタイルも頭も良くて、性格が悪い。
人当たりのいい笑顔が常態でいつも優しいけれど、それは全部演技らしい。
そんな奴。
最悪じゃないかって?
そうだな。確かにな。
ついでにもっと最悪なことを教えてやろうか。
そいつの性別は、男だ。名前は、古泉一樹。
もちろん、俺も男。
最悪だろ?


 ちなみに、今、俺の横で眠っているこいつがそれだ。
最初にこの部屋に来たときはシングルだったはずなのに、いつのまにかセミダブルに買い換えられていたベッドで、俺をしっかり抱きしめたまま無防備な寝顔をさらしている。
長いまつげが伏せられて、ほんのわずかにあいた唇からはかすかな寝息がもれていた。
部屋の中はまだ暗い。ベッドサイドの時計は、夜中の3時05分をさしている。
妙な時間に目を覚ましちまったな。
俺は出来る限りそっと、ヤツの腕の中から抜け出した。
そのまま身体を起こして、ベッドから降りる。
季節は初夏だから、一糸まとわぬ姿でも特に問題はない。それほど暑くもなくて、汗もかいてはいなかったがシャワーが浴びたかった。
 やれやれ。古泉のヤツ、また中で出しやがって。
おかげで腹が下りぎみだ。どうしてくれる。
俺は床に散らばっている寝間着がわりのTシャツとイージーパンツと下着をひっつかんで、風呂場へと向かった。


 シャワーヘッドからあふれる熱い湯を浴びて、身体についたアレやらソレやらを洗い流す。
終わったあとに一眠りしちまったからもうほとんど乾いちゃいるが、気分が違うからな。
石けんをつけてごしごしとこする身体のあちこちに、鬱血した痕が残っている。いわゆる、キスマークってやつだな。
俺は手をとめ、額にシワを刻んでその痕を凝視した。
 ……まぁ、これだけ言えばわかってもらえると思うが、俺と古泉はすでにそういう関係だ。
告白にOKの返事をしたら、速攻でこの部屋に連れ込まれて、後ろにつっこまれた。ああ、なんか身も蓋もないな、こう言うと。
 正確に言えば、ちゃんとつきあい始める前から俺たちはかなり不道徳な行為にハマっていて、だから晴れて恋人になったとたんに古泉を抑制していたものがはじけとんで、もうそっち方面に暴走するしかなかったのはまぁ、しょうがないんだよな。
 別に後悔しちゃいない。
はじめてヤツの気持ちを知ったのは去年の12月。忘れもしない、長門が創ったあの世界から戻ってきた直後だ。
だがそのときの俺の脳には余分な処理能力はなく、とりあえず保留、といういつもの手段で、ちゃんと考えることを避けた。
 しかしよく考えてみると、そのだいぶ以前から……たしか夏休み前あたりから、古泉の態度や言動にはイライラさせられっぱなしで、当時はなんで自分がそんなに苛ついているのか、さっぱりわからなかった。
なんとなくわかってきたのは、ちょっとした馬鹿馬鹿しいきっかけで、古泉と不道徳きわまりない関係に陥ったころからだ。
 なんていうんだろうな、アレ。セックスフレンドじゃないよな。してたわけじゃないし。
ただ、手とか口とかで抜いてもらってただけだ。しかも一方的に、俺が。
3日と開けずに誘ってきては、嬉しそうに手を出してくる古泉を見ると、変な話だが俺も嬉しかった。
すがりつくように抱きしめてくる腕を感じては、もっと欲しがればいいと思っていた。
 思うに俺は、こいつの空虚さに腹をたてていたんだな。
世界のためにとか、ハルヒのためにとか、そんなお題目を唱えては自分のことを全部あきらめて。
俺のことを好きだと言っておきながら、世界の安定を優先して俺とハルヒを結びつけようとしていた。
なんでこいつばかりが犠牲にならなきゃならない。
そのために自分を全部捨てて、いつ死ぬかもわからない戦いにかり出されて。自分で選んだわけでもないのに。
しかもなんでこいつはそれを受け入れてんだ。バカなのか。
 そんな気持ちが自覚のないままにずっと、俺の中で渦巻いてた。たぶん、その頃にはもう基盤はできあがってたんだ。
だから、古泉とそんな歪んだ関係になったとき、まぁいいか、と思っちまった。よかった。こいつにも欲は残ってたんだってさ。我ながらどうよ、それ。
 そんで、こいつの中に残ってたその捨てきれない欲ってやつが、自分の方を向いてるのが嬉しいと思っちまったらもう、認めるしかないよなぁ。
 やれやれだ。


 キュ、と蛇口をひねって湯を止める。
風呂場から出てタオルで身体を拭きながら洗面台の鏡を見ると、あたたまった身体に赤い印がくっきりと浮かび上がっていた。
おい、明後日、月曜日の1時限目は体育だぞ。それまでに消えんのか、これ。
顔をしかめたまま、俺は下着やらTシャツやらを身につけて部屋に戻った。
ベッドの上に出来ている人ひとりぶんのスペースに身体をもぐり込ませる。
と、てっきり眠っていると思った相手が、俺の身体に腕をまわしてきた。起きてたのか。
「……勝手に、いなくならないでくださいよ」
 その言い方は、普段の分別くさい話し方とはずいぶん違って、すねた子供みたいだ。
「シャワー浴びてきただけだ」
「全部、夢だったかと思っちゃうじゃないですか」
 まだ半分寝ているような顔で、古泉はささやくようにそう言った。
「まだそんなこと言ってんのかよ」
「毎日、目が覚めるたび思ってますよ。昨日までの記憶が、夢ではありませんように。……いきなり世界が、変わっていませんように――」
俺たちの場合、それは妄言でなくかなり切実な願いだ。実際に俺は一度、俺のことを全く知らない古泉に出会っている。
抱きしめてくる腕に、力がこもる。俺の髪に顔をうずめるようにして、古泉はため息をついた。
「このまま、夜が明けないといいのになぁ……」
「やめてくれ、そういうのは」
明けないかもしれない夜とか。終わらない夏とか。うんざりだ。
古泉はふと笑って、失礼しました、と言った。
「明日はめずらしく、不思議探索のない休日ですからね。せっかくあなたを独り占めできる日なのに、こないといいとは言えません」
「どっか行くか? 映画とかゲーセンとか」
「そうですねぇ」
 古泉はちょっと考えるようなそぶりをしてから、冗談めかした感じで言った。
「……わがままを言っていいですか」
「ん?」
「部屋から一歩も出ないで過ごしたいです。外で遊ぶのもそれはそれで楽しいですが……友達同士の距離を、保たないといけませんからね。出来れば明日は、部屋の中で一日中、いちゃいちゃしていたいです」
「……」
俺は思わず顔をあげて、そんな乙女みたいなことをどの顔でいってるのかとのぞき込んだ。……やばい。超真顔だ。
「何で笑うんですか。失礼な人だ」
「いや、すまん。どの面下げていってんのかと思ったらおかしくて」
「そんなこというと、部屋どころかベッドから一歩も出しませんよ?」
 そりゃ困るな。育ち盛りにメシ抜きはつらい。
俺はまだ笑いを引きずったまま、めずらしくこっちからキスをしてやった。何故か固まる古泉に、ニヤリと笑いかける。
「お前も、いろいろ言うようになったな」
あれがしたいとか、何が欲しいとか、そういうわがままを。
うん、いい傾向だと思うぞ?
「まぁ、買い物にくらいは行こうぜ。食料買い込んで、DVDでも借りてこよう。そうすりゃ1日籠もってられるだろ」
「……いいんですか」
「別にかまわんぞ? そういう休日の使い方も悪くないだろ。……ああ、ベッド云々ってのは却下な。月曜の1時限目は体育なんだ」
 自分から提案したくせに、なんだその意外そうな顔。やめろ、抱きしめるな。せっかくシャワー浴びてきたのにまた汗かくだろうが。
そんな俺の抗議の声を聞き流し……というか嬉しそうに受け止めて、古泉はぽつりとつぶやいた。
「……誰に祈ればいいんですかね?」
「は?」
「いえ、なんでもないです」
 古泉は、最近よく見せるようになった素であろう笑顔で、首を振る。そして目を閉じて、唇をよせてきた。しょうがないな。


 結局そのあと、俺たちは第二ラウンドに突入した。
せっかくシャワー浴びてさっぱりしたのに、なにやってんだろうな俺。
しかもまた中に出されたし。殴ったけど。
 な? いろいろと、最悪だろ?

                                                   END
(2009.11.12 up)

恋人同士になったとたん、なんか部屋から出なくなりましたねこいつら。
キョンの心情整理編。

あと同じ場面を、それぞれの一人称で書いてみたかった。