ヘブンズドア
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 玄関のドアが閉まった、と思った瞬間、背後から抱きすくめられた。
 一瞬だけ右手が離れ、後ろ手で器用にカギを閉める音がする。からみついてきた腕に顔を上向かされ、かみつくような激しさで唇が重ねられた。
「ん……っう」
 唇の隙間から、舌が滑り込もうとしてくる。ちょっととまどいながら薄く開いてみると、熱くて湿ったものが入り込んできて、俺の舌をからめとった。腰を抱かれて後頭部を抑えられていては身動きも出来ずに、俺はただ蹂躙する勢いでむさぼられるキスに応えるしかない。

 つーか、ここまだ玄関なんだが。

「……いずみっ! 待てって、おい!」
 やっとの思いで、古泉の顔をもぎ離す。
「なんだよ、部屋にくらいあがらせろ」
「すみません。……1秒も惜しくて」
「アホかっ!」
 ほんの数十分ほど前に、いつぞやから保留してきたこいつの告白に返事をして、俺たちはまぁ……そういう関係になることが決定した。
 泣きそうな顔をしてた古泉をやっと立たせ、今日はもう帰ろうぜとうながしたら、ヤツはいきなり俺の手をひいて猛然と歩き出したのだ。どこに行くつもりなんだと思ったが、どうやら自分の住むマンションに向かっているようだと気が付いたときから、まぁ、予想はついてたんだけどな。
 俺は古泉の腕をむりやりほどいて、靴を脱いでさっさと部屋に上がりこんだ。帰路をたどる間に日はすっかり落ちて、部屋の中ももう薄闇の支配下だ。俺は部屋の真ん中に立って振り返り、部屋の主を待った。
「逃げないって言ったろうが。……あせりすぎだ」
 あとから入ってきた古泉は手ぶらだった。どうやらカバンは玄関先に置いてきてしまったらしい。
いつも余裕の微笑を浮かべているのが常態の古泉らしからぬ切羽詰った表情に、俺はちょっと困惑した。
「古泉……?」
 ヤツは無言で近寄って来ると、そっと俺の手を取って指先にキスをした。そのまま手を引かれて、ベッドに導かれる。
 そういえばいつもソファだったから、ベッドでってのは初めてだな。
 なんて思っているうちにシーツの上にそっと押し倒され、古泉がのしかかってきた。ぎしっと、ベッドのスプリングがきしむ。

 だが、壊れものを扱うような慎重さだったのは、そこまでだった。
「……すみません。手加減できる自信がありません」
「なん……うぉ!?」
 いきなり古泉の手が、俺が着ていたシャツの前をはだけた。ひっぱられて、ボタンが全部はじけ飛ぶ。同時に唇がふさがれて、ねじこまれた舌が俺の舌を翻弄する。しつこいくらいに、舌がからみ、吸い上げられ、舐められて……な、なんかこれ……すごく腰にクルな。
 激しすぎるキスに息もできず、俺は必死に空気をもとめてもがく。そのうちにも古泉の手は止まらずに、いつのまにがジーンズも下着も半分脱がされ、シャツの下に着ていたTシャツも首までめくり上げられているというすさまじい格好になっていた。
「こ……古泉……っ、待……」
「待てません」
 一言かよ! 
 古泉の舌は俺の耳の穴に入り込み、ぞくぞくとした感触を伝えてくる。手の方はとっくに俺のアレを握りこんで、容赦のない責めを開始済みだ。耳をなぶっていた舌は首筋を這い降りて、胸のあたりに……うわっ! 
 ぴちゃ、という音を立てて、古泉の舌が動く。
 俺は常々、男の乳首に存在価値はあるんだろうかなんて考えていたんだが……き、気持ちいいんだ、な、意外、と。くすぐったいような、疼くような、落ち着かない感じだ。今までもけっこう触られたりはしてたけど、舐められたのははじめてで……。くそっ、下の方も気持ちいいしこっちもなんだかあれだし、もうどうしていいか……!
「あ……こいずみっ……もちょっとゆっく……り」
「無理です」
 だから一言ですませるな!
 身体をたどってきた舌が臍を舐め、やがてアレが生温かいものに包まれる。舐められて吸い上げられ、同時に根元のやわらかい部分もやわやわともまれて、ものすごい快感が身体を貫く。俺は自分でも意識しないうちに腕で顔を覆って、高く声をあげていた。
「や……っあああ! あ、い……っ!」
 射精感がこみ上げてくる。俺はガクガクと腰をゆらし、たまらずに古泉の口の中に吐き出した。なんだか凄い、と自分でも思うほどの勢いだった。

「大丈夫ですか?」
 乱れた息をつきながら朦朧としていると、古泉が心配そうな顔でのぞきこんできやがった。俺はジーンズが半分ひっかかった状態の片足で蹴飛ばした。
「痛っ! 痛いですよ、一体何を」
「こっちのセリフだ!」
 ドカドカと蹴飛ばす足を避けながら、古泉はすみませんすみませんと謝り倒してくる。どうしても止められなくて、というその顔が笑っている。
 でも俺は古泉のそんな笑顔より、ヤツの下半身の方が気になっていた。
 いや、違う。そーいう意味じゃないぞ! そうじゃなくて……まだ制服のズボンをはいたままの古泉のそこは、布地の上からでもわかるほどの臨戦状態だったから。
「……古泉、それ」
 俺が指摘したのが何か理解して、古泉は微笑んだ。
「ああ……いいんですよ。今すぐ無理をしなくても。いずれ、ということで結構ですから」
 おまえ今、手加減できないっていってたじゃないか。そこまで余裕のない状態なのに……それでもおまえは俺を気遣って、我慢しちまうんだな。
 ――ダメだ。
 それじゃダメなんだ。これじゃあ、今までと変わらない。
 俺は古泉を受け入れると決めたんだし、そうである以上は古泉にも気持ちよくなってもらわないと、俺の気がすまないんだ。
 俺は意を決して、覆いかぶさるような体勢だった古泉の背中に腕をまわした。
「どうしましたか?」
 見下ろしてくる視線を、まっすぐとらえる。俺の一世一代の決心だ。理解しろ。
「――どうすればいい?」
「え……?」
「どうすればお前が気持ちよくなるかわからないから。……教えてくれ」
 古泉は一瞬声を失ったようだった。
 目を見開いて俺をじっと見つめていた顔が、やがて泣きそうな笑みを浮かべた。ああ……この顔はさっきも見たな。
 古泉は俺をぎゅっと抱きしめて、耳元でささやくように言った。
「……では、無理を承知でお願いしてみますが」
「言ってみろ」
「あなたと、一番奥でつながりたい、と言ったら怒りますか……?」



 え……と。これはきっと……あれ、だよな? なんとなく知識はあるが……マジでか。
 完全に未知の領域なので、しばらく返答に間ができた。古泉は小さく笑って、無理しなくていいですと言ってくる。
 いや、えーと。……うん、そうだな! 男に二言はない! ここはひとつ、どーんとこいだ!
「どーんと、と言われましても」
 古泉の顔に苦笑が浮かぶ。なんだよ、調子が戻ってきたじゃないか。
 いったんベッドを降りた古泉が、洗面所の方にいってすぐに戻ってくる。なんだろうと思っていたら、奴は左腕で俺の身体を抱き起こし、右手を腰にまわして……その、後ろの部分に指で触れてきた。
 ビクリと身体が跳ねる。同時にそこにひやりとした冷たさと、なにかぬるぬるした感触が……。な、なんだこれ。
「ただのハンドクリームです。……あのクスリではありませんので、ご心配なく」
 前に間違えて飲んだ紫の瓶のやつか。そういえば、塗りこんで使うこともできるとか、解説されたな。高校生にそんなヤバイもんをみやげで渡すって、一体どんな叔父さんなんだ。
 とか考えてるうちに、クリームの滑りを助けに、指がぬるりと中に入り込んできた。
「ひっ……!」
 思わず声をあげると、背中にまわった古泉の左手に力がこもり、なだめるように額に口づけられる。
「力……抜いてください」
 ぐぷ、としか表現できない、粘りけのある水音が聞こえる。自分の中に異物が入り込み、うごめいている感触。ぞわぞわと肌が粟立つ。クリームのおかげか特に痛みはないが、どうにもこう……身のおきどころがないっていうか、いたたまれないというか……。
 俺は今、一体どんな顔をしているんだろう。
 どうすれば身体から力を抜けるのか、わからない。シーツをつかもうとする指が、かしかしと滑る。古泉の指は反応を探るように、俺の中でぐりぐりと動い……て……。
「……っぁあ!」
 な、なんだ今の。
 古泉の指が中の一点をこすった瞬間、身体の奥になんとも表現しようのない……なんというか……うぁ! な、なんだこれっ……!
「あ……! こい……ぅあ!」
「ここ……ですね」
 何かを発見したような嬉しそうな顔で、古泉が俺を見つめている。指が中で動くたび、さっきのおかしな衝撃が走って、身体がびくっびくっと痙攣する。俺のその反応をためすがめつしながら、古泉はさらに強く、そこをこすりあげた。
「ふぁ!……なんっ……そ、そこっ……!」
「前立腺、というやつです……ほら、前も勃ってきましたよ」
 そんなこといわれても、見てる余裕なんかない。というか、身体がまったくいうことを聞かない。
 おかしいぞ、俺の身体。どうなってんだよ。さっきから聞こえてるこのぐだぐだな甘い声は、俺の声なのか? まったく意味不明だし、どうやっても止められない。もう気持ちいいんだか死にそうなんだか判断がつかなくて、俺は無意味に首を振った。
 やだ、とかやめろ、とか、拒絶の言葉をこぼしてるはずなのに、我ながら完全に逆の意味に聞こえる。古泉にも当然、そう聞こえているのだろう。その場所を丁寧に丁寧にほぐす手を止めることなく、耳に目蓋に唇にくちづけて、首筋や胸に舌を這わせることもやめようとはしない。もう全身のどこをどうされてもすごく気持ちよくて、おかしくなりそうだ。
 視界が涙でにじむ。快感がすさまじすぎて、そろそろ息さえまともに出来ない。
 自分のものとも思えない声も、唇の端をつたう唾液も、あふれるばかりで止めようもなくて、ちゃんとした思考なんてもう望むべくもなく、もうどこもかしこもぐちゃぐちゃのぐずぐずなんだろうなと思うくらいがやっとだ。ぐぷぐぷ、とかぐちゅぐちゅ、とかいうすごい卑猥な水音が響いている。一体どこの音なんだ、これは。
「ほら、もう3本入りましたよ……」
 3本? 何が? ……ん、なんかへん……だ。
「もっと楽にしてください。締めないで」
「そ……なこと……いわれ……れも……っぁ!」
 やばい。なんかろれつもまわってない。
「うぁ……!」
 また、来た。下半身から、何かが這い上ってくる。怖い。
「こいず……いやだ……っ」
 いままで知っていた、アレへの刺激で感じるのとは種類の違う、未知の感覚。
 自分がどうなっていてどこへと向かっているのかわからず、俺はただやみくもに目の前の身体にしがみついて、嫌だ嫌だとくりかえす。
 古泉はそんな俺の額に、頬に、目尻に何度もキスを降らせていた。なだめるみたいに。
「大丈夫です……信じてください、僕を……」
 古泉の声が耳朶をうつ。もう意味も理解できなかったけれど、ただ古泉の甘い声が、耳から直接身体の芯を震わせる。
 ああ、ダメだ。ダメ……っ、もう……っ!
「ぁああ……!んぅ……!」
 いきなり突き上げてきたものすごい快感に、身体が激しく痙攣する。続いて襲いかかる解放感。
 そして、ピシャ、という音とともに、腹のあたりに生温かいものがかかる感触が。ああ……俺、イッちまったのか……。
 もう身体のどこにも力が入らなくて、ぐったりとシーツに沈み込む。そのままぜいぜいと空気をむさぼっていたら、力のはいらない膝を割って古泉が間に身体をいれてきた。そして、まだぐずぐずな感じのそこに、指よりももっと大きな異物感。
「え……っあ……。ま……っ」
 未知の恐怖が襲いかかる。世界が、これを境に全部変わっちまうような心細さ。天国のドアを開けて、どこか知らない場所に生まれ出るような。
「や……こいず……っあ! こいずみっ……!」」
「はい……いますよ、ここに。どこにも、行きません……からっ」
 無意識に背中にまわした手に力を込めて、力一杯しがみつく。汗ばんだ身体からは、いつのまにかかぎなれていた古泉の匂いがする。たぶん俺は、バカみたいにひたすら、古泉の名を呼んでたんだと思う。律儀にそれに返事するヤツの声だけが、聞こえていた。
「……あ」
 ズッと、何かが押し込まれた。ずぶずぶと飲み込んでいく感触。その部分からざっと、血の気が引いたような感じがした。痛い……というか、強烈な違和感が内臓を押し上げる。今いったい、なにがどうなってるんだ。誰か教え……いや、やっぱいい。怖い。
「……入り……ましたよ……全部……」
「んっ……あ、ああ……」
 いつのまにか瞑っていた目をあけると、視界はにじんでいた。泣くほど嫌なわけでも痛いわけもないが、ボロボロとこぼれる涙が止まらない。熱い息が、耳に吹き込まれる。余裕のない声で、それでも俺を気遣っている。
「大丈夫、ですか……?」
「わ……わかん……ね……」
 耳元で、はあっ、と感極まったような溜息が聞こえた。
「もうこれで……あなたのすべてが、僕のものだ……。そうですよね……?」
「ば……っか……いまさら……」
 なに言ってんだ、という声は、吐息と一緒に消えたと思う。
 もう痛くはない。ただ、異物を飲み込んだ衝撃に震える足は、血が通ってないみたいに現実感がない。何か質量をともなったものが、俺の中にぎっちりと詰まっているのを感じる。
 これが、お前なんだな、古泉。いっぱいいっぱいすぎて、もうお前の他に何も入らねえや。
 お互いにしがみついていた腕をほどいて、顔を見合わせる。古泉は俺の涙にそこで気づいて、すみませんとつぶやき、唇でそれをぬぐった。
「謝るな……。謝るようなことは……お前は何一つ、しちゃいねえ……」
 俺だって望んだことなんだから、とささやくと、腕の中で古泉の身体が小さく震えた。ぐいと俺の身体を抱き寄せ、息をつめる。何かをこらえるように。
 けど、そこが限界だったらしい。
「もうダメだ……さすがにここからはもう……止められないです……!」
 悲鳴のような激しさで叫ぶと、古泉は動き始めた。ずるりと抜けそうになったものが、また奥に押し戻される。衝撃が内蔵を圧迫する。押さえつけていた熱情と欲望を吐き出すように、古泉の腕が俺をきつくかき抱き、激しく突き上げる。
「んぅ……あ!うあ……っ!」
「あ……キツっ……」
 激しく荒い息の下から、普段めったに聞かない本名を耳元で何度も呼ばれる。
 むさぼるようにキスが繰り返されて、舌が俺の舌をもとめてからみつく。どっちのものかもわからない唾液が唇の端からあふれて伝い落ちた。
 あふれる生理的な涙でにじむ視界の中に、額に汗を浮かべた古泉が見える。眉を寄せて、せつなく俺を見つめるこいつの顔は……なんて色っぽいんだろうな。欲しいものを欲しいって、全力で叫んでるその顔。いつもの分別くさい笑顔より、ぜんぜんいいと思うぞ。
 いつもいつも、お前は欲しいものを自覚するより前に、あきらめちまってる。
 そんなお前が初めて、あきらめきれないくらい欲したのが、俺なんだろう? 数ヶ月も返事を保留してたのに、な。……だったら、もっと全力で欲しがっていいぞ。応えてやるから。
「……うぁっ!」
 どうしようもなく張り詰めていた俺のアレが、強く握り込まれた。
 はじける寸前にまで昂ぶっていたものがなすすべもなく暴発し、精を吐き出す。同時に後ろが強くしまったのが自分でもわかり、耳元で古泉が息をつめて小さく声を上げるのが聞こえた。
「……っ!」
 腹の中に熱が広がるのを感じる。じわりと、身のうちを侵すように。
 汗をしたたらせ、疲れきって脱力した身体が、すがりつくように俺を抱きしめてくる。かすれた声で、本当に大好きですとささやくのに、小さく、俺も、と返してやった。



 ごそ、と身動きした拍子に、古泉は眠りの淵から浮上したようだった。せっかくの寝顔だったのに、ちょっと惜しい。
 終わったあと古泉は、俺を抱きしめた状態のまま寝入ってしまった。正直、俺はアレやらソレやらでぐちゃぐちゃな身体をシャワーで流したかったんだが、すやすやと寝息をたてる古泉の寝顔があまりに幸せそうでな。起こすのも可哀想だと仏心を出したあげく、うとうとしたり覚醒したりを繰り返してた。
 古泉はうっすらと目を開けて、ふと何かに気づいたように俺をみた。
「あれ……? あなたは、本物ですよ……ね?」
 目を覚まして、第一声がそれか。どういう意味だ。
「すみません……もしかしたら、全部夢かも、と思ったもので」
「ひとつのベッドの中で、同じシーツに素っ裸でくるまった状態で何言ってやがる」
「そうですよね……」
 古泉はそっと手を伸ばして、向かい合っている俺の頬に指を触れた。何をしたいのかすぐに察して、俺は目を閉じる。
 唇の感触。もぐり込んできた舌をからめあい、唾液の糸をひいて唇が離れたあと、古泉は俺の頭を胸に抱いて、ため息をつく。
「ちょっと、怖いです」
「何がだ」
 古泉は笑ったようだった。たぶん眉を下げた、困ったようなあの笑顔だ。なんとなくわかる。
「幸せすぎて、と言っておきましょうか」
「アホか」
「酷いですね。絶対叶わないと思ってた想いが叶ったんですから、舞い上がりもするってものですよ。……正直に言うと、今でも信じられません」
「まぁ俺も、自分自身が信じられん。なんでお前と、こんな状態で寝てんだろうな」
 そう言うと、古泉は今度はにっこり極上のスマイルを返してきやがった。
「それはもちろん、愛を確かめあったから、ですよ?」
 お前なぁ、よくもそういう恥ずかしいセリフが吐けるもんだな。
「この世のものとも思えない気持ちよさでした……。あなたも、だいぶよさそうでしたね?」
 ニヤケ面で何を言ってやがる。ノーコメントだ! と叫んで、俺はベッドの中で古泉に背を向けた。
 ……ああ、よかったさ。初めてとは思えないくらい、ものすごく気持ちよかったとも。だがそんなことを言ってやるつもりは毛頭ないぞ。調子に乗らせてたまるか。
 古泉が俺の身体を、背中から抱きしめてくる。ちゅ、というキスの音が、耳元で聞こえた。
「……ところで、ひとつお願いがあるのですが」
 ささやく声が、耳に入り込んでくる。言ってみろ、とうながすと、古泉はそのままの声のトーンで、まるで何でもないことのように続けた。

「ある日、突然僕が消えても……できることなら僕を、忘れないでくださいね」

 そんなバカなことがあるか……と、笑い飛ばすことができないってことを、俺たちは知ってる。あの存在が俺たちの新たな関係を知ってどう思うかなんて、予想もつかない。
「……そのときは、一緒に消えてやるよ」
 抱きしめる腕に力がこもる。まるで、怖い夢をみた子供が母親にすがりつくような必死さで。
 俺はその腕を抱え込んで、ぽん、とたたいてやった。
 古泉は俺の髪に顔を埋めたまま、泣きそうな声で、はい、と答えた。


                                                   END
(2009.10.23 up)

実質、初H。
最初から最後までがっつりエロでがんばりましたが、エロくなってるのかどうか。
あまりリアルなことは考えないでください。ファンタジーですからっ!