スクランブル
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あの雨の日以来、彼はときどきこの部屋にやってくる。
 いらっしゃいませんか、と誘うと、用事のあるとき以外はたいていついてきてくれて、僕の部屋でなんとなく時を過ごしていく。
ボードゲームやカードゲームに興じたり、雑誌をめくったり、たまには借りてきたDVDをノートPCで鑑賞したり。
 日が落ちて、部屋の中が少しずつ薄闇に侵食されるころ、灯りをつけましょうか? と聞いてみる。
いや、という彼の答えが了解の合図。そんな暗黙のルールが、いつのまにかできあがった。
 暗いままの部屋で、彼はソファに寝そべって雑誌を眺めている。こんな中で文字なんか読めるわけがないから、それはただポーズだけだ。
僕は背もたれ側から覗き込んで、そんな彼の耳元にささやきを落とす。
「いいですか……?」
「……だからいちいち許可取るな」
 返事をするのが恥ずかしいから、という理由らしい。
 僕は彼にちょっと笑ってみせ、そのままソファの前にまわり、寝そべっている彼の身体にのしかかった。
 特に敏感な耳たぶを甘噛みする。と、彼は小さく吐息をついて顔をそむける。恋人同士ではないので、唇へのキスはしない。
「ちょ、古泉。くすぐったい」
「すみません」
 身体がびくびくと反応するのが面白くて、つい耳の周辺にしつこくキスを繰り返してしまった。
怒られたので今度は素直に、右手で彼のベルトをはずし、ジッパーをさげて中に手を入れた。
「おや……もうお待ちかねですね?」
「ばっ……古泉!」
「嬉しいですよ」
 耳元でささやくと、彼は馬鹿にしやがってと拗ねたことを言った。本心なのに。
 すっかり硬くなっている彼のそれをにぎって、ゆっくりと上下させる。
彼が好きなのは、耳と、背中と、臍の周辺と……それから、コレのこのへんとこのへん。
「んっ……ふ……っ」
 かすかな声が、唇からもれる。大声を出すのはプライドが許さないのか、いつも彼は無理に声を押し殺して、息とともに小さく喘ぐ。
それがよけいに僕をぞくぞくさせているなんて、思ってもいないんだろう。
「ひゃ……!」
 殺しきれずに思わず声をあげてしまったのは、不意打ちのように僕が彼のそれを舐めたからだろう。
やはり口でのそれは強すぎる刺激なのか、咥えて舌を絡めながら上下させ、先の方を吸い上げたら、彼はすぐに達してしまった。
 ふと視線を感じて顔をあげると、額に汗を浮かせて肩で息をしながら、彼が僕を見下ろしていた。――ああ……最近、よくその目をしますね。
 どうしようか、ととまどう顔。何かを言い出せなくて、迷っているような。
 ……大丈夫です。言いたいことはわかっていますから。ただもうちょっとだけ、それは先延ばしにしていただけないでしょうか?



 あ。またこいつ、飲みやがった。
 そんなの飲まなくていいから吐き出せよと何度も言ったのに、いえ、あなたのですから、なんて涼しい顔で毎回はぐらかす。
言うだけ無駄っぽいから、もうそれはいいけどさ。
 それよりも言いたいのは別のことなんだが……どうすりゃいいかな。なんというか、どう言えばいいのかわからんというか。
「あのさ、こいず……」
「はい? あ、少々待っていただけますか……どうぞ、こちらへ」
 腕をとって起こされて、あれよという間に俺は、ソファに深く腰掛けた古泉の前に背中を向けて座らされ、背後からがっちり固められちまった。
うなじを舐められ、ぞくりと背筋を快感が走る。Tシャツをまくりあげて進入してきた手が、胸の突起と臍のあたりをさわさわといじる。
ちょ、やめろ。……また元気になるじゃねえか!
「いいですよ。1回ぐらいじゃ、満足できないでしょう?」
 そんなことを、ささやきやがる。ああもう、こいつのこういう低い声、なんでこんなに腰に響くんだろうな。イケメンボイスめ。忌々しい。
 やっぱりというかなんというか、また勃ち上がってきた俺を、古泉は背後から手をまわしてしごきはじめた。
うなじから、首筋へ肩へと唇の感触が移動する。
咥えられていきなりイッちまった1回目よりは、ちょっと余裕があるかな……なんて思ったら大間違いで、弱いところを的確に責められて、あっというまに何がなんだかわからなくなった。
「っあ……く……こいず……」
 ずり落ちそうになる身体を支える古泉の腕にしがみついて、絶え間なく襲ってくる快感の波に耐える。耳元に、古泉の熱い吐息を感じる。
それから、腰のあたりに当たってる、なんか硬いもの。いや、なんかっていうか、アレだろうだけどさ。
「ふ……ぁ……っ!」
 こみあげてきたすごい射精感が、瞬間、一気に解放される。先っぽを覆われた気がするから、たぶん今度はヤツの手の中に出しちまったんだろう。
脱力した身体を強く抱きしめられてそんなことを考えながら、俺はやっぱり腰に当たってる感触が気になっていた。
 なんて言えばいいのかな。
 ――なぁ、古泉。やっぱり今の関係って、よくないよな?



 終わったあと彼は、怒っているような顔で僕の手をとって、そこについている自分が放ったものをティッシュでぐいぐいと拭いた。そしてゴミを捨てるとそのまま無言で立ち上がり、乱れた服を調えはじめる。
 そのあとで、彼が僕の部屋に長居することは、ない。服を直すと灯りもつけずに、帰ると言って玄関に向かっていく。逃げるように。
 僕は彼のあとを追い、玄関先で靴を履いてドアから出て行く彼を見送った。
 最後に彼は、ちらりと僕の下半身に視線を落とし、――また、あの目をした。
 何か言いたげに唇が動くけれどそれは結局言葉にならず、彼はまた明日、と普通の挨拶をして、エレベーターの方へと歩いていった。
 もうちょっと、余韻を楽しませてくれてもいいのにな、とは思うけれど、まぁそれはぜいたくと言うものだろう。後ろめたい気持ちは、理解できる。
 僕はひとつため息をついて、部屋に戻る。
そしてソファに身を横たえて、もちろん彼にも気付かれているだろう自分の生理的な反応を処理すべく、目を閉じて、おろしたジッパーの中へと手を忍び込ませた。
さっきまでこのソファの上で声をあげていた彼の姿態を目蓋の裏によみがえらせ、
ついでにちょっと捏造をくわえてリピートしては、自らを慰める。
 ――すみません……これくらいは、許してくださいね?
 最近いつも、何か言いたげな顔で見つめてくる彼。言いたいことはわかっている。
そろそろこの不自然な関係に、違和感を持つ頃だということも承知している。
もともと、だまし討ちのような形で持ち込んだ関係だ。いつまでも続けられるとは思ってない。
むしろ、いい思い出をもらえたと喜んで、このあたりで身を引くべきなのかもしれない。
 未練はあるけれど、これ以上執着して思い出にすらなれなかったら、きっと自分は後悔することになるだろう。
「……んっ……ぅ」
 ――なぁ、古泉。やっぱりよくないよな、こういうのって。
 そんな彼の声が、聞こえてくる気がする。
 ――もうやめた方がよくないか? だって、こんなのっておかしいだろう? つきあってるわけでもないし、ましてや男同士なのに。お前も冷静になってみろよ。
 はっきりとそう言われたら、きっと僕は、そうですね、と言って笑うんだろう。
 ちょっと悪戯が過ぎましたね。まぁ、思春期にはよくあることですよ。
 そんな逃げ口上をすらりと口にする自分さえ想像できて、吐き気がする。
そして何事もなかったかのように、僕は涼宮さんの思いつきや、彼女が無意識に起こす事件や、自分が用意した事件に翻弄されて、彼と楽しく友達づきあいを続けるんだろう。大丈夫。それくらいのこと、簡単にできる。
「……んっ」
 手の中に、生温い液体が吐き出される。僕はしばらくそのままの姿勢で、暗闇に沈む部屋の中に聞こえる時計の音を聞いていた。
 彼がそれを言い出すまで、あとどれくらいだろう。なんだか、死刑執行官の足音を待っているような心境だ。
 ――ねぇ。もうちょっとだけ……執行猶予をいただけませんか?



 ――なぁ、古泉。やっぱりよくないよな、こういうのって。
 俺はエレベーターに乗り込み、1階のボタンを押しながら心の中でつぶやいた。かすかな稼動音とともに、すうっと下降する感覚が襲ってくる。
 ――よくないよな……だって、俺たちは男同士で、対等な友達同士のはずなのに。
 俺は思わず、声に出してつぶやいた。
「……不公平、だよな。うん」
 だって、あれだ。いつもいつも、俺が気持ちいいだけだぞ。今んとこ。
 腰に当たってる感覚からして、古泉も興奮してるのは間違いない。たぶん俺が毎回、ヘンな声を出しちまうせいだろう。
悪いとは思うんだが、気持ちいいんだからしょうがない。
 そのへんは、やたら俺のポイントを把握しやがってるあいつの自業自得って面もあるんで、100パー俺が悪いわけじゃないと思うんだがな。
 いや、俺もなんとかしてやりたいと毎回思うよ?
 あの、なんでもかんでもハルヒ優先の古泉が、めずらしく執着してるんだしな。……告白への答えを保留してんのに、おかしいかね。
でもこんなことに夢中になるあたり、普通の高校生らしいだろ?
 古泉、お前は世界の奴隷じゃない。欲しいものは欲しいって言えばいいし、したいことはすればいい。
ちょっと歪んでる気もするが、こんなことならつきあってやってもいいさ。お前がそれでいいっていうんならな。
 だが自慢じゃないが、俺はそっち方面の経験値はゼロだ。ましてや男が相手の場合なんて、むしろマイナスに振り切れてる自信がある。
 大体、なんて言い出せばいいんだよ? 俺がしてやろうか、とか?
「うわっ」
 想像したら、恥ずかしさのあまり死ぬかと思った。思わずエレベーターの中で、頭をかかえてしゃがみこんじまう。
チン、と音がして、箱が1階に到着してドアが開いた。
 いかんいかん。エレベーターを待っていたお姉さんに、不審者を見る目で見られてしまった。
俺はあわてて立ち上がって、なんでもない顔でエレベーターを降りた。
 古泉よ。今の俺に出来るのは、せめてお前が早く自分で始末できるよう、終わったらさっさと部屋を出てやることくらいだ。 
 そのうちきっと、勇気を出してみせるから、今は我慢してくれ。
 ――すまんな、古泉。


                                                   END
(2009.10.17 up)

思惑が果てしなくすれ違う2人。
キョンの許容っぷりがハンパない。
そして鈍感っぷりもハンパない。